118 / 286
元夫の苦難 14
しおりを挟む
生徒会室に向かう途中に聞き覚えのある声が聞こえたので、足を速める。
やはりレティシアだった。
レティシアが令嬢と言い争い、生徒達も集まっているから仲裁するか。放っておけば殿下のお叱りを受けるだろう。
声を掛けると、レティシアの言い争いの相手に見つめられた。ライラ・イーガン伯爵令嬢か…。俺はこの強引で二面性が激しい令嬢が苦手だ。
レティシアは片頬だけが異様に赤く、よく見ると手形の跡があり、叩かれたのか!?
「レティシア、頬」
「申しわけありません。妹が」
もう一人の令嬢のことは知らないが、イーガン伯爵令嬢の妹なのか。
「淑女の行為ではないな。学園内にも身分はある」
「マール様、私はハンナ様に叩かれてません」
レティシアが明らかに無理のある笑いをして、握った拳が震えている。
「私がお咎めしたのが気に入らないんですね」
「どんな理由があろうとも人に手をあげてはいけません」
「怖いわ。うちが逆らえないからって」
イーガン伯爵家の妹の方は怯えた様子で俺達を見ている。
レティシアは曲がったことが嫌いだ。
妹への乱暴をレティシアが庇って叩かれて喧嘩になったのだろうか。
商会からの成り上がりのイーガン伯爵家は貴族の常識に疎いんだろう。色々言いたいことがあるが上位貴族である俺やレティシアに下位貴族出身の彼女達が逆らうのは許されない。これ以上手荒なことをされないようにで警告するか。
「それが貴族だ」
思ったよりも冷たい声が出たがこの状況で熱の籠った視線を向けられるのも気持ち悪い。
「マール様、ここをお願いします。失礼します」
生徒会の笛の音が響きレティシアが笛の音のほうに駆けて行ったけど、俺に任せるのか?
「生徒会に取締られたら従うのは生徒の義務だ。上位貴族の頬を叩いたなんて知られれば家が取りつぶされても文句は言えない」
傷ついた顔で見られても事実は変わらない。
「リオ様は私を信じてくださいませんの…」
自分が信じられるほどの価値があると思えるのか。
「連帯責任だよ。どちらが手を出しても家の責任だ。相応しくない行いを止められなかったことも。生徒会役員の取り締まりに逆らった時点で校則違反。反省してないようだから後日呼び出す。いかなるときも淑女として相応しくない行為は控えるように」
「申し訳ありませんでした」
頭をさげる妹と泣きそうな姉を取り残し、レティシアを追いかけると目の前の光景に茫然とした。
拘束されるレオ様に血まみれのカーソン、クロード殿下と冷戦をするレティシア…。
クロード殿下はレオ様を疑っているのか。殿下はレオ様への信用皆無だからな。
「咎は受けます。恐れながら殿下、証拠もなく判断するのは早計です。聡明な殿下の判断をお願い申し上げます」
レティシアの声が響き渡り、クロード殿下の空気がどんどん冷たくなっていく。
「この件はお任せください。レオ様の身は私にお預けいただけませんか」
「レオに肩入れするのか」
クロード殿下の前にレティシアが跪いた。
「私は王家にお仕えしております。王子殿下が不当な罪をきせられるなど、見過ごすことはできません。聡明なクロード殿下ならご理解いただけると信じております」
不機嫌なクロード殿下によくも堂々と言えるな。王家の行事は緊張で寝込むってやっぱり嘘だろうか…。
「レオを逃がしたりしないかい?」
「もしレオ様が罪を犯して、逃げたなら責任をとり首を差し出しましょう」
即答したレティシアは冷笑している。空気がさらに冷たく感じるが、もしかして、怒っているのか?
不敬罪になるようなことを言わないといいんだけど。
「それはビアード公爵家として咎を受けると?」
「ビアード公爵家の名にかけてレオ殿下をお預かりします。逃がすことなどありません」
張り詰めた緊張感の中、睨み合っている二人にためらわずに声をかけるのはさすがビアード公爵家の嫡男。
「ビアード公爵嫡男としての判断か」
「はい」
クロード殿下はビアードまでレオ様に肩入れすることにさらに視線を鋭くなった。ビアードの評価は高かったから尚更か。
「この件は、リオ、やるか?」
この状況で任されるなら俺だよな。
危険な調査を令嬢に任せられないし、殿下達を除けばこの中で一番家格が高いのは俺。
荒事慣れしているビアードがレオ殿下の保護につくなら、信用できないってことだよな。レティシアも心配だし引き受けるか。
「殿下の命であれば」
レティシアが目を見開いた。
悪いけど2年生のレティシアに任せられる件ではない。まずレオ様を庇った時点で候補者から外れるから。
「リオに一任する。エイベル、監視しておけ」
不機嫌なクロード殿下が立ち去った。
当分荒れるかな…。殿下は自分に逆らうものも、レオ様も嫌ってるんだよな…。
ここまで不機嫌な殿下は久々に見た。
「レオ様を放してください」
レティシアがレオ様を拘束している後輩に文句を言うのをレオ様が止めた。
クロード殿下に不敬な発言をしたから、兄に叩かれていた。二人に宥められ、移動することにした。いつか彼女が不敬罪で捕まらないか心配だ。
ここにいる生徒達には箝口令を敷いたけど、明日には噂になっているだろう。
保健室にフィル・カーソンを寝かせたが起きる気配はなく、レティシアは長いため息をこぼした。
「レオ様、ご飯の用意をしましょう。エイベル、行きますよ」
レオ様の手を取り歩き出したレティシアに慌てて声をかける。
「レティシア、待って。レオ様の話を聞きたい」
きょとんとして俺を見つめて、ニコッと笑う。
「マール様、よければエイベルのお部屋で話を聞いてください。お茶をご用意しますわ」
俺の答えなど聞かずにレオ様の手を握ったまま保健室を出ていく。
「事情聴取は俺の部屋でやれ。レオ様には見張り役の護衛をつける。放課後は俺の部屋でレティシアに監視させる」
「関わっていると思うか?」
ビアードが黙り、しばらくすると気まずそうな顔で口を開いた。
「嫌な予感がする。レオ様ではなくうちの妹が関わっているかもしれない。あいつを関わらせると厄介なことが起こるから必要以上に関わらせたくない」
学園で起こる荒事によく巻き込まれてる。
「俺に譲ってくれれば全力で守るけど」
「やらない。必要ないから近づくな」
ビアードの前で彼女に口づけてからは警戒されている。責任とれって迫られたかったのに残念だ。
レティシアはお茶を出した後、ビアードにキッチンに追い払われた。事情聴取に参加する気はないらしい。
レオ様から事情を聞くと、研究棟に向かう途中に友人が倒れており、近づき呼びかけたところを拘束されたらしい。事実確認もせずに、王子を拘束する後輩に呆れた。ビアードも呆然としている。
沈黙を破ったのは明るいレティシアの声だった。
ビアードと兄妹喧嘩をする姿に空気がかわった。無邪気にレオ様の料理が食べたいと願うレティシアに暗い顔をしていたレオ様が小さく笑った。こんな場合ではないけど、可愛くおねだりされることが羨ましかった。俺も料理がうまくなれば、あの顔を向けてくれるだろうか。幸せそうに俺の料理を頬張るレティシアを想像すると口元が緩んだ。
ビアードに肩を叩かれて、カーソンに会いに行くというレティシアを慌てて追いかけた。目覚めたなら事情を聞かないといけない。
眠っているカーソンの顔にレティシアがクッキーを近づけると、目が開いた。愛らしい笑顔で口の中にクッキーを入れた。
「レティシア、チーズ」
起き上がり、レティシアからクッキーを受け取り上機嫌で食べている後輩は本当に刺されたのか?
二人の能天気なやり取りを見守っていたが、抱き合う様子は不愉快なので引き離すために声を掛ける。俺の手伝いを申し出るレティシアにレオ様のことを頼み、ビアードの部屋に送り出すことに成功した。
レティシアがいなくなると能天気な顔をしていたカーソンの空気が変わった。
「事情説明は必要か?」
「いえ、レティシアの話でなんとなく。俺は下駄箱に入っていた差出人不明の手紙に従い待ち合わせ場所に行きました。待っても誰も現れず、突然激しい眠気に襲われ抗えませんでした。刺されても気づかなかったのは強い魔法にかかったんでしょう。殺気も魔法の気配も気づけなかったので、あの場になにか仕掛けられていた。移動してもよろしいでしょうか?」
「体は?」
「大丈夫です。あいつの魔法のおかげで調子がいいです」
サイラスは二人は何もないというがこの分かり合っている様子が悔しい。現場検証は必要なのでカーソンと共に移動した。
「マール様、魔力の残滓はわかりますか?薄く魔力を広げて探ると違和感があるんですが、俺は魔力の量が少ないので広範囲はできません。レティシアが得意なんですが」
俺はわからないので、ここを立ち入り禁止にするために結界で囲む。
「刺される心当たりはあるか?」
「恨みを買ってる自覚はあります。心当たりがあるので、エイベル様に確認してから報告します。明日でもよろしいでしょうか?お許しいただけるなら明日の早朝、ここをレティシアと調べます。うまく扱うので問題なく」
「放課後、俺の部屋で。ビアードも呼んでおく」
レティシアの前とは様子が違う。魔力操作はレティシアには敵わないから力を借りるか。ビアード公爵令嬢をうまく扱えるって…。彼と親しくなれればレティシアの誤解を解けるだろうか……。とりあえずこの件は早めに片付けないとか。
他にも調べることがあるから、現場検証は任せるか。
***
翌日の放課後にビアードの犯人を罠に嵌めると言う策に半信半疑だった。
ただ調査も行き詰まっていたので乗ることにした。なによりレティシアからの評価が上がるなら断る理由はない。
レティシアの友人のアロマから台本を渡された。
「エイベル、もう少し感情こめてください。棒読みです」
「レティシア様、申し訳ありません。台本を書き換えます。エイベル様の役、どうしましょう」
カーソンを保健室まで連れて行く場面をビアードは何度もやり直させられていた。レティシアだと保健室まで運べないので共犯者は増やしたくないらしい。運ぶだけなら俺がやればいい。
「俺、やろうか?」
「マール様、フィルを保健室まで運べますか?」
「ああ。大丈夫だ」
「ありがとうございます。不甲斐ない兄で申し訳ありません。」
打ち合わせを終えたのであとは時を待つだけだった。
昼休みの約束の時間に2年1組を訪ねるとグレイ嬢が飛び出してきた。
「マール様、申しわけありません。一緒に来てください」
慌てている彼女に頷き、教室に入るとカーソンの手を握って、顔を真っ青にして瞳を潤ませているレティシアがいた。
「フィル!!」
悲痛な声のレティシアに近づき、肩に手を伸ばすと潤んだ瞳で見つめられた。
「マール様、フィルが、魔法が、どうすれば」
レティシアの表情が一瞬だけ俺を睨んで状況を思い出した。台本通りに保健室に運ぶとレティシアが結界を構築した。防音と目くらましか・・。
「レティシア、しくじるなよ」
「もちろんです。フィルも見つからないようにしてください。食事はマナに用意させます」
「愉快な時間の始まりだ。一人にはなるなよ」
「わかってます。行ってらっしゃい」
先程まで悲痛な声を出していた二人には見えなかった。にっこりと手を振るレティシアに見送られ変装を終えたカーソンは窓から抜け出した。
「フィルが迷惑をかけて申し訳ありません」
頭を下げるレティシアの言葉はおもしろくない。
「いや、大丈夫だ」
「私は寝込みますのでよろしくお願いします」
保健医がビアードに連れられてきたので、レティシアはベッドで眠るフリをした。
倒れたのはレティシアということになっている。俺はレティシアはビアードに任せて集まっている生徒達を追い払うことにした。
***
翌日にはカーソンは刺されたため、意識不明の噂が広がっていた。サイラスも顔が暗いが余計なことは言えなかった。
昼休みにレティシアを訪ねると暗い顔をして、後ろの机を見て泣きそうな顔をしていた。
「ビアード様、やはりまがいものですね」
「治癒魔法も使えず」
マートン侯爵令嬢達がレティシアを睨んでいる。この状況でも言いがかりをつけるのか。クラスメイトの無事ではなく批難を選ぶか・・・。
レティシアは悲しそうな顔で何も言わず見ていた。
「マートン、やめろよ。不謹慎だ」
「でも」
「ビアード様、お気をたしかに」
泣きそうな顔で頭を下げているレティシアの肩に手を置き、大丈夫かと聞くと静かに頷いたけど大丈夫には見えない。
「君の所為じゃない」
顔が歪んで手が震え、
「私の魔法が効けば、フィルは・・・。私は治癒魔法が使えるのに、なんにも、フィルが死んじゃったら。どうしてフィルが」
自分を責めるレティシアを抱き寄せようとすると俺の腕は空を切った。グレイ嬢に抱き寄せられるレティシアを見て演技だったのを思い出した。抱きしめるなんて台本にはなかったけど・・。令嬢の動きではなかったような・・。
「フィル、ごめんなさい。私、フィル・・。フィルを刺した方は絶対に捕まえます。だからちゃんと、しないといけないのに。こんなのいけないのに。」
「レティシア、俺が犯人見つけたら婚約してくれる?」
「フィルが報われるなら、私にできるお願いはなんでも叶えますわ」
「レティシア様、落ち着いてください。マール様、不謹慎です」
「つれないレティシアが頷いてくれるなんてそうそうないだろ?俺が願いを叶えるから楽しみにしていてよ」
俺の言葉に周りの男達が息を飲む音を拾った。不愉快だけど台本通り。レティシアを狙う男が情報を持って近づいてくるだろう。
***
最近は俺とレティシアの仲を応援してくれる令嬢達が増えた。令嬢達も情報を集めているので笑顔で受けとる。令嬢達に囲まれるけど今だけは仕方ない。
友人に肩を組まれた。
「リオ、大丈夫か?」
「は?」
「レティシア、遊んでるだろ?」
「彼女が頷いてくれるなら手段は選ばないよ」
「そうか。まぁ頑張れよ」
俺はレティシアを見るたびに心が痛むのに友人は演技と見破るのか・・。
ビアードが一部にはバレると言っていたのは真実だった。肯定はできないので曖昧に頷いてごまかした。
ビアード達の策通りだった。
ビアードが犯人と疑っているコクーンがレティシアに近づいた。
俺はレティシアの部屋の扉の前にたたずんで風魔法で聞き耳を立てていた。
レティシアはコクーンが関わっているとは知らない。悲痛な声で事情を聞き姉の罪の告白をしたコクーンに感謝をささげ気遣う様子に邪魔することにした。
ノックして入室許可を待たずに部屋に入ると、コクーンに嫌悪の視線を向けられた。レティシアの手がコクーンの手に重ねられ邪魔したことに後悔はなかった。
穏やかな顔を作り退室したコクーンを見守った。
「エイベル、情状酌量の余地はあります。正義を貫いたコクーン様は騎士として相応しいと思います」
「レティシア、ロキが心配しているから任せていいか」
ビアードが話を逸らし、不安そうな顔のロキをレティシアが抱きしめて宥めている。
俺は自分の役割を果たすために退室した。
コクーンがレティシアの優しさを傾けられるのは不愉快だからさっさと片付けよう。
コクーン嬢を呼び出し、俺の誘いに上機嫌で訪問した彼女に弟から告発があったことを話すと涙を流して弟に脅されたと話す。怖くて従うしかなかったと。睡眠の魔法と人払いの魔法を仕込んだこと。ただ彼女より魔力の多いレオ様には効果がなかった。欲しい情報は手に入ったので宥めるとうっとり見つめられるのは気持ち悪いが仕方ない。彼女に隠れて監視をつけて部屋に返した。
レティシアがビアードに言われて寝込んでいる間に全てが解決した。
コクーン姉弟が王宮に護送された日にカーソンは学園に復帰したのでレティシアの様子も元に戻った。
レティシアとの婚約のチャンスを逃したことを友人達に同情されたけど俺がレティシアに惚れてる噂が広まったのは良かったと思う。
レティシアの俺の女癖の悪さへの誤解を解く方法を探さないといけないという現状は変わらないけど。
やはりレティシアだった。
レティシアが令嬢と言い争い、生徒達も集まっているから仲裁するか。放っておけば殿下のお叱りを受けるだろう。
声を掛けると、レティシアの言い争いの相手に見つめられた。ライラ・イーガン伯爵令嬢か…。俺はこの強引で二面性が激しい令嬢が苦手だ。
レティシアは片頬だけが異様に赤く、よく見ると手形の跡があり、叩かれたのか!?
「レティシア、頬」
「申しわけありません。妹が」
もう一人の令嬢のことは知らないが、イーガン伯爵令嬢の妹なのか。
「淑女の行為ではないな。学園内にも身分はある」
「マール様、私はハンナ様に叩かれてません」
レティシアが明らかに無理のある笑いをして、握った拳が震えている。
「私がお咎めしたのが気に入らないんですね」
「どんな理由があろうとも人に手をあげてはいけません」
「怖いわ。うちが逆らえないからって」
イーガン伯爵家の妹の方は怯えた様子で俺達を見ている。
レティシアは曲がったことが嫌いだ。
妹への乱暴をレティシアが庇って叩かれて喧嘩になったのだろうか。
商会からの成り上がりのイーガン伯爵家は貴族の常識に疎いんだろう。色々言いたいことがあるが上位貴族である俺やレティシアに下位貴族出身の彼女達が逆らうのは許されない。これ以上手荒なことをされないようにで警告するか。
「それが貴族だ」
思ったよりも冷たい声が出たがこの状況で熱の籠った視線を向けられるのも気持ち悪い。
「マール様、ここをお願いします。失礼します」
生徒会の笛の音が響きレティシアが笛の音のほうに駆けて行ったけど、俺に任せるのか?
「生徒会に取締られたら従うのは生徒の義務だ。上位貴族の頬を叩いたなんて知られれば家が取りつぶされても文句は言えない」
傷ついた顔で見られても事実は変わらない。
「リオ様は私を信じてくださいませんの…」
自分が信じられるほどの価値があると思えるのか。
「連帯責任だよ。どちらが手を出しても家の責任だ。相応しくない行いを止められなかったことも。生徒会役員の取り締まりに逆らった時点で校則違反。反省してないようだから後日呼び出す。いかなるときも淑女として相応しくない行為は控えるように」
「申し訳ありませんでした」
頭をさげる妹と泣きそうな姉を取り残し、レティシアを追いかけると目の前の光景に茫然とした。
拘束されるレオ様に血まみれのカーソン、クロード殿下と冷戦をするレティシア…。
クロード殿下はレオ様を疑っているのか。殿下はレオ様への信用皆無だからな。
「咎は受けます。恐れながら殿下、証拠もなく判断するのは早計です。聡明な殿下の判断をお願い申し上げます」
レティシアの声が響き渡り、クロード殿下の空気がどんどん冷たくなっていく。
「この件はお任せください。レオ様の身は私にお預けいただけませんか」
「レオに肩入れするのか」
クロード殿下の前にレティシアが跪いた。
「私は王家にお仕えしております。王子殿下が不当な罪をきせられるなど、見過ごすことはできません。聡明なクロード殿下ならご理解いただけると信じております」
不機嫌なクロード殿下によくも堂々と言えるな。王家の行事は緊張で寝込むってやっぱり嘘だろうか…。
「レオを逃がしたりしないかい?」
「もしレオ様が罪を犯して、逃げたなら責任をとり首を差し出しましょう」
即答したレティシアは冷笑している。空気がさらに冷たく感じるが、もしかして、怒っているのか?
不敬罪になるようなことを言わないといいんだけど。
「それはビアード公爵家として咎を受けると?」
「ビアード公爵家の名にかけてレオ殿下をお預かりします。逃がすことなどありません」
張り詰めた緊張感の中、睨み合っている二人にためらわずに声をかけるのはさすがビアード公爵家の嫡男。
「ビアード公爵嫡男としての判断か」
「はい」
クロード殿下はビアードまでレオ様に肩入れすることにさらに視線を鋭くなった。ビアードの評価は高かったから尚更か。
「この件は、リオ、やるか?」
この状況で任されるなら俺だよな。
危険な調査を令嬢に任せられないし、殿下達を除けばこの中で一番家格が高いのは俺。
荒事慣れしているビアードがレオ殿下の保護につくなら、信用できないってことだよな。レティシアも心配だし引き受けるか。
「殿下の命であれば」
レティシアが目を見開いた。
悪いけど2年生のレティシアに任せられる件ではない。まずレオ様を庇った時点で候補者から外れるから。
「リオに一任する。エイベル、監視しておけ」
不機嫌なクロード殿下が立ち去った。
当分荒れるかな…。殿下は自分に逆らうものも、レオ様も嫌ってるんだよな…。
ここまで不機嫌な殿下は久々に見た。
「レオ様を放してください」
レティシアがレオ様を拘束している後輩に文句を言うのをレオ様が止めた。
クロード殿下に不敬な発言をしたから、兄に叩かれていた。二人に宥められ、移動することにした。いつか彼女が不敬罪で捕まらないか心配だ。
ここにいる生徒達には箝口令を敷いたけど、明日には噂になっているだろう。
保健室にフィル・カーソンを寝かせたが起きる気配はなく、レティシアは長いため息をこぼした。
「レオ様、ご飯の用意をしましょう。エイベル、行きますよ」
レオ様の手を取り歩き出したレティシアに慌てて声をかける。
「レティシア、待って。レオ様の話を聞きたい」
きょとんとして俺を見つめて、ニコッと笑う。
「マール様、よければエイベルのお部屋で話を聞いてください。お茶をご用意しますわ」
俺の答えなど聞かずにレオ様の手を握ったまま保健室を出ていく。
「事情聴取は俺の部屋でやれ。レオ様には見張り役の護衛をつける。放課後は俺の部屋でレティシアに監視させる」
「関わっていると思うか?」
ビアードが黙り、しばらくすると気まずそうな顔で口を開いた。
「嫌な予感がする。レオ様ではなくうちの妹が関わっているかもしれない。あいつを関わらせると厄介なことが起こるから必要以上に関わらせたくない」
学園で起こる荒事によく巻き込まれてる。
「俺に譲ってくれれば全力で守るけど」
「やらない。必要ないから近づくな」
ビアードの前で彼女に口づけてからは警戒されている。責任とれって迫られたかったのに残念だ。
レティシアはお茶を出した後、ビアードにキッチンに追い払われた。事情聴取に参加する気はないらしい。
レオ様から事情を聞くと、研究棟に向かう途中に友人が倒れており、近づき呼びかけたところを拘束されたらしい。事実確認もせずに、王子を拘束する後輩に呆れた。ビアードも呆然としている。
沈黙を破ったのは明るいレティシアの声だった。
ビアードと兄妹喧嘩をする姿に空気がかわった。無邪気にレオ様の料理が食べたいと願うレティシアに暗い顔をしていたレオ様が小さく笑った。こんな場合ではないけど、可愛くおねだりされることが羨ましかった。俺も料理がうまくなれば、あの顔を向けてくれるだろうか。幸せそうに俺の料理を頬張るレティシアを想像すると口元が緩んだ。
ビアードに肩を叩かれて、カーソンに会いに行くというレティシアを慌てて追いかけた。目覚めたなら事情を聞かないといけない。
眠っているカーソンの顔にレティシアがクッキーを近づけると、目が開いた。愛らしい笑顔で口の中にクッキーを入れた。
「レティシア、チーズ」
起き上がり、レティシアからクッキーを受け取り上機嫌で食べている後輩は本当に刺されたのか?
二人の能天気なやり取りを見守っていたが、抱き合う様子は不愉快なので引き離すために声を掛ける。俺の手伝いを申し出るレティシアにレオ様のことを頼み、ビアードの部屋に送り出すことに成功した。
レティシアがいなくなると能天気な顔をしていたカーソンの空気が変わった。
「事情説明は必要か?」
「いえ、レティシアの話でなんとなく。俺は下駄箱に入っていた差出人不明の手紙に従い待ち合わせ場所に行きました。待っても誰も現れず、突然激しい眠気に襲われ抗えませんでした。刺されても気づかなかったのは強い魔法にかかったんでしょう。殺気も魔法の気配も気づけなかったので、あの場になにか仕掛けられていた。移動してもよろしいでしょうか?」
「体は?」
「大丈夫です。あいつの魔法のおかげで調子がいいです」
サイラスは二人は何もないというがこの分かり合っている様子が悔しい。現場検証は必要なのでカーソンと共に移動した。
「マール様、魔力の残滓はわかりますか?薄く魔力を広げて探ると違和感があるんですが、俺は魔力の量が少ないので広範囲はできません。レティシアが得意なんですが」
俺はわからないので、ここを立ち入り禁止にするために結界で囲む。
「刺される心当たりはあるか?」
「恨みを買ってる自覚はあります。心当たりがあるので、エイベル様に確認してから報告します。明日でもよろしいでしょうか?お許しいただけるなら明日の早朝、ここをレティシアと調べます。うまく扱うので問題なく」
「放課後、俺の部屋で。ビアードも呼んでおく」
レティシアの前とは様子が違う。魔力操作はレティシアには敵わないから力を借りるか。ビアード公爵令嬢をうまく扱えるって…。彼と親しくなれればレティシアの誤解を解けるだろうか……。とりあえずこの件は早めに片付けないとか。
他にも調べることがあるから、現場検証は任せるか。
***
翌日の放課後にビアードの犯人を罠に嵌めると言う策に半信半疑だった。
ただ調査も行き詰まっていたので乗ることにした。なによりレティシアからの評価が上がるなら断る理由はない。
レティシアの友人のアロマから台本を渡された。
「エイベル、もう少し感情こめてください。棒読みです」
「レティシア様、申し訳ありません。台本を書き換えます。エイベル様の役、どうしましょう」
カーソンを保健室まで連れて行く場面をビアードは何度もやり直させられていた。レティシアだと保健室まで運べないので共犯者は増やしたくないらしい。運ぶだけなら俺がやればいい。
「俺、やろうか?」
「マール様、フィルを保健室まで運べますか?」
「ああ。大丈夫だ」
「ありがとうございます。不甲斐ない兄で申し訳ありません。」
打ち合わせを終えたのであとは時を待つだけだった。
昼休みの約束の時間に2年1組を訪ねるとグレイ嬢が飛び出してきた。
「マール様、申しわけありません。一緒に来てください」
慌てている彼女に頷き、教室に入るとカーソンの手を握って、顔を真っ青にして瞳を潤ませているレティシアがいた。
「フィル!!」
悲痛な声のレティシアに近づき、肩に手を伸ばすと潤んだ瞳で見つめられた。
「マール様、フィルが、魔法が、どうすれば」
レティシアの表情が一瞬だけ俺を睨んで状況を思い出した。台本通りに保健室に運ぶとレティシアが結界を構築した。防音と目くらましか・・。
「レティシア、しくじるなよ」
「もちろんです。フィルも見つからないようにしてください。食事はマナに用意させます」
「愉快な時間の始まりだ。一人にはなるなよ」
「わかってます。行ってらっしゃい」
先程まで悲痛な声を出していた二人には見えなかった。にっこりと手を振るレティシアに見送られ変装を終えたカーソンは窓から抜け出した。
「フィルが迷惑をかけて申し訳ありません」
頭を下げるレティシアの言葉はおもしろくない。
「いや、大丈夫だ」
「私は寝込みますのでよろしくお願いします」
保健医がビアードに連れられてきたので、レティシアはベッドで眠るフリをした。
倒れたのはレティシアということになっている。俺はレティシアはビアードに任せて集まっている生徒達を追い払うことにした。
***
翌日にはカーソンは刺されたため、意識不明の噂が広がっていた。サイラスも顔が暗いが余計なことは言えなかった。
昼休みにレティシアを訪ねると暗い顔をして、後ろの机を見て泣きそうな顔をしていた。
「ビアード様、やはりまがいものですね」
「治癒魔法も使えず」
マートン侯爵令嬢達がレティシアを睨んでいる。この状況でも言いがかりをつけるのか。クラスメイトの無事ではなく批難を選ぶか・・・。
レティシアは悲しそうな顔で何も言わず見ていた。
「マートン、やめろよ。不謹慎だ」
「でも」
「ビアード様、お気をたしかに」
泣きそうな顔で頭を下げているレティシアの肩に手を置き、大丈夫かと聞くと静かに頷いたけど大丈夫には見えない。
「君の所為じゃない」
顔が歪んで手が震え、
「私の魔法が効けば、フィルは・・・。私は治癒魔法が使えるのに、なんにも、フィルが死んじゃったら。どうしてフィルが」
自分を責めるレティシアを抱き寄せようとすると俺の腕は空を切った。グレイ嬢に抱き寄せられるレティシアを見て演技だったのを思い出した。抱きしめるなんて台本にはなかったけど・・。令嬢の動きではなかったような・・。
「フィル、ごめんなさい。私、フィル・・。フィルを刺した方は絶対に捕まえます。だからちゃんと、しないといけないのに。こんなのいけないのに。」
「レティシア、俺が犯人見つけたら婚約してくれる?」
「フィルが報われるなら、私にできるお願いはなんでも叶えますわ」
「レティシア様、落ち着いてください。マール様、不謹慎です」
「つれないレティシアが頷いてくれるなんてそうそうないだろ?俺が願いを叶えるから楽しみにしていてよ」
俺の言葉に周りの男達が息を飲む音を拾った。不愉快だけど台本通り。レティシアを狙う男が情報を持って近づいてくるだろう。
***
最近は俺とレティシアの仲を応援してくれる令嬢達が増えた。令嬢達も情報を集めているので笑顔で受けとる。令嬢達に囲まれるけど今だけは仕方ない。
友人に肩を組まれた。
「リオ、大丈夫か?」
「は?」
「レティシア、遊んでるだろ?」
「彼女が頷いてくれるなら手段は選ばないよ」
「そうか。まぁ頑張れよ」
俺はレティシアを見るたびに心が痛むのに友人は演技と見破るのか・・。
ビアードが一部にはバレると言っていたのは真実だった。肯定はできないので曖昧に頷いてごまかした。
ビアード達の策通りだった。
ビアードが犯人と疑っているコクーンがレティシアに近づいた。
俺はレティシアの部屋の扉の前にたたずんで風魔法で聞き耳を立てていた。
レティシアはコクーンが関わっているとは知らない。悲痛な声で事情を聞き姉の罪の告白をしたコクーンに感謝をささげ気遣う様子に邪魔することにした。
ノックして入室許可を待たずに部屋に入ると、コクーンに嫌悪の視線を向けられた。レティシアの手がコクーンの手に重ねられ邪魔したことに後悔はなかった。
穏やかな顔を作り退室したコクーンを見守った。
「エイベル、情状酌量の余地はあります。正義を貫いたコクーン様は騎士として相応しいと思います」
「レティシア、ロキが心配しているから任せていいか」
ビアードが話を逸らし、不安そうな顔のロキをレティシアが抱きしめて宥めている。
俺は自分の役割を果たすために退室した。
コクーンがレティシアの優しさを傾けられるのは不愉快だからさっさと片付けよう。
コクーン嬢を呼び出し、俺の誘いに上機嫌で訪問した彼女に弟から告発があったことを話すと涙を流して弟に脅されたと話す。怖くて従うしかなかったと。睡眠の魔法と人払いの魔法を仕込んだこと。ただ彼女より魔力の多いレオ様には効果がなかった。欲しい情報は手に入ったので宥めるとうっとり見つめられるのは気持ち悪いが仕方ない。彼女に隠れて監視をつけて部屋に返した。
レティシアがビアードに言われて寝込んでいる間に全てが解決した。
コクーン姉弟が王宮に護送された日にカーソンは学園に復帰したのでレティシアの様子も元に戻った。
レティシアとの婚約のチャンスを逃したことを友人達に同情されたけど俺がレティシアに惚れてる噂が広まったのは良かったと思う。
レティシアの俺の女癖の悪さへの誤解を解く方法を探さないといけないという現状は変わらないけど。
37
あなたにおすすめの小説
ざまぁはハッピーエンドのエンディング後に
ララ
恋愛
私は由緒正しい公爵家に生まれたシルビア。
幼い頃に結ばれた婚約により時期王妃になることが確定している。
だからこそ王妃教育も精一杯受け、王妃にふさわしい振る舞いと能力を身につけた。
特に婚約者である王太子は少し?いやかなり頭が足りないのだ。
余計に私が頑張らなければならない。
王妃となり国を支える。
そんな確定した未来であったはずなのにある日突然破られた。
学園にピンク色の髪を持つ少女が現れたからだ。
なんとその子は自身をヒロイン?だとか言って婚約者のいるしかも王族である王太子に馴れ馴れしく接してきた。
何度かそれを諌めるも聞く耳を持たず挙句の果てには私がいじめてくるだなんだ言って王太子に泣きついた。
なんと王太子は彼女の言葉を全て鵜呑みにして私を悪女に仕立て上げ国外追放をいい渡す。
はぁ〜、一体誰の悪知恵なんだか?
まぁいいわ。
国外追放喜んでお受けいたします。
けれどどうかお忘れにならないでくださいな?
全ての責はあなたにあると言うことを。
後悔しても知りませんわよ。
そう言い残して私は毅然とした態度で、内心ルンルンとこの国を去る。
ふふっ、これからが楽しみだわ。
悪役令嬢の逆襲
すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る!
前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。
素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!
しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない
千堂みくま
恋愛
細々と仕事をして生きてきた薬師のノアは、経済的に追い詰められて仕方なく危険な仕事に手を出してしまう。それは因縁の幼なじみ、若き公爵ジオルドに惚れ薬を盛る仕事だった。
失敗して捕らえられたノアに、公爵は「俺の人生を狂わせた女」などと言い、変身魔術がかけられたチョーカーを付けて妙に可愛がる。
ジオルドの指示で王子の友人になったノアは、薬師として成長しようと決意。
公爵から逃げたいノアと、自覚のない思いに悩む公爵の話。
※毎午前中に数話更新します。
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います
織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。
目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。
まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。
再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。
――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。
限られた6年の中で、セレノアは動き出す。
愛する家族を守るため、未来を変えるために。
そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。
良くある事でしょう。
r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。
若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。
けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる