追憶令嬢のやり直し

夕鈴

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元夫の苦難19

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フラン王国に着き、入港の手配を終えるとレティシアは眠っていた。ずっと水流操作の魔法を使っていたから疲れたようだ。ぐっすり眠るレティシアを抱き上げて、馬車に乗せる。
一度目を覚ましたけどまた目を閉じる。腕の中で無防備に眠る彼女が無事でよかった。寝ぼけて胸に縋りつく姿に頬が緩んでしまった。
ビアード公爵邸に送り、ビアード公爵夫人に礼をして立ち去る。
報告は後日でいいだろう。彼女の帰還を喜ぶビアードに水を差す気はない。
マール公爵邸に帰ると母上に迎えられた。

「リオ、お帰りなさい。旦那様は出ているわ」
「母上、報告書です。俺は学園に戻ります」
「お疲れ様。そうね。騒がしくなるから気をつけてあげなさい。彼女なら大丈夫でしょうが」

レティシアが学園に戻る前にやることがたくさんある。

「精一杯得点を稼ぎます」

穏やかに笑う母上に礼をして学園に戻るといつも以上に視線を集めていた。レティシアが学園で攫われたことは話題になっていた。

「リオ、お帰り。婚約おめでとう」

明るい声のサイラスに肩を叩かれた。
俺とレティシアの婚約も広まっているのか。海の皇国では最愛の婚約者が消えたので必死に探すマール公爵家の三男として通っていたが、フラン王国内でも広まっているとは思わなかった。

「ありがとう」
「まさか、マールが動くとは」
「ビアードは国防で忙しいから。マールに産まれて良かったよ」
「風向きが変わったよ。努力が報われて良かったな」
「攫われたレティシアを連れ戻したのは大きかったな。出遅れた奴らは嘆いてるけど」

話を聞くとレティシアの帰国は噂になっていた。サイラスから渡された記事に目を丸くした。俺がレティシアを抱き上げて船から降りたことが書かれていた。
攫われた令嬢救出。婚約者の腕に抱かれて帰国。
民にも広まっているのか…。俺との婚約も相当広まっているな。俺としては破棄できないほど広まってくれればありがたいけど。

ビアードは常にクロード殿下の傍に控えていたようだ。妹よりも王家を選んだビアードへの賛否両論は仕方ない。
俺はレティシアとの婚約を聞かれるたびに笑顔で肯定する。
攫われた恋人を連れ戻しに動いたことでレティシアに好意的な令嬢達に憧れの視線を向けられている。レティシア様をありがとうございますと手を握って感謝された。誤解を生んでいるけど否定も肯定もしない。

「マール様、ご婚約の話は本当なんですか?」
「ああ。ようやく了承をもらえたよ」
「ですがビアード様は」
「俺が婚約できたのが理由だよ。傷心の婚約者への無礼はしかるべき対処をさせてもらうよ。俺達の婚約についてはレティシアではなく、俺に声を掛けるように広めておいて」

レティシアを嫌う令嬢達には何度目かわからない説明と牽制をする。婚約者という立場があれば俺が引き受けられる。レティシアにバカなことをするなら容赦なく報復することを公言すれば、絡んでいく令嬢は減るだろう。

***
学園に復帰したレティシアは生徒達、レティシアの信者に囲まれて近づくことは諦めた。
俺のファンや令嬢達は傷心のレティシアに近づかないでほしいという頼みを聞いてくれているようだ。俺と婚約したことで、令嬢に追いかけられたらすぐに婚約破棄されそうだ。出来れば破棄したくない。
レティシアを眺めているとビアードに肩を叩かれた。

「マール、レティシアを」
「俺が勝手に動いただけだ。感謝はいらない」
「婚姻までは手を出すなよ」
「善処する」
「感謝はするが、やり方は汚いと思う」

婚約のことだろうか・・・。でも今、破棄すればレティシアが悪意に曝される。俺の婚約者になったことは辱めを受けていないことの証明になる。傷物扱いされる彼女は見たくない。
睨むビアードは状況がわかっていないんだろうか・・。
ただレティシアとの距離が近づいた気がする。触れる手を振り払われることはなくなった。頭を撫でると、気持ちよさげに身を任せてくれる。
ビアードにはどう思われようと構わないので、弁明はやめた。確かにズルい自覚はある。冷静に考えれば婚約しなくても動く方法はあった。

***

多忙な日が続いていた。
父上に頼み海の皇国とのやり取りは同席させてもらっていた。
ずっとレティシアの傍にいたかったけど、優先すべきことがあった。
俺が心配せずともレティシアは何を言われてもビアードとして助けを信じて待っていた。自身よりも王家を優先した兄達を誇りに思うと微笑み、俺の助けなど全く必要とせず介入も断られた。

カナト兄上がメイ伯爵とレティシアを見張っていた男を連れて帰国した。
今回の件で海の元皇子であるロダの処遇を話し合わないといけなかった。ビアード公爵夫妻に許可をもらいロダの件はマールで預からせてもらった。
ビアード公爵令嬢の誘拐は大事件とされた。

傷心のレティシアの代りにビアード公爵夫人が全て引き受けていた。
未成年の攫われた公爵令嬢に調査協力しろというほど国王陛下も冷酷ではない。
レティシアからの事情聴取は俺の報告書とカナト兄上がレティシアの見張りをしていた男を買収し証言させた内容でまとめられた。

ビアード公爵夫妻はビアード領民であるナギを人質にとられ、攫われたレティシアが軟禁され毎日酷い言葉を浴びせられ泣き暮らしていたと知り顔を曇らせていた。クロード殿下さえも顔を顰めていた。
レティシアが演技で泣いていたのを知るのは俺だけだったので余計なことは言わなかった。
おかげでうちは、ビアードに恩を売れ、想像以上の酷い状況に助け出したことを感謝された。レティシアには嫌な記憶を思い出せないため、事情は聞かないこととされた。レティシアは軟禁されただけで何もなかったと笑顔で話したという夫人からの言葉は見張りの証言で否定され、公爵令嬢として相応しい振舞いをできなかったため隠したと判断された。
展開を誘導したカナト兄上のおかげで傷心の彼女を船の中で俺が慰め持ち直したことになってたけど否定はしなかった。
おかげで婚約者の椅子を手に入れた。婚姻前に手を出さないことを約束させられた。また婚姻はビアード公爵に勝利とレティシアの同意が条件だった。

王宮預かりだったロダを父上が連れて帰宅した。
部屋には両親にカナト兄上とメイ伯爵とロダがいた。

「このたびはありがとうございました」

メイ伯爵に頭を下げられてもまだ助けるとは決めていなかった。

「礼はいりません。まだ助けるとは決めてません。ビアード公爵家はレティシアの願いを聞き、ロダ様は無関係のため変わらぬ賓客としての対応と。ただこの件はうちに任せていただけることになりました。国王陛下は海の皇国を捨てフラン王国のために生きるのなら一度だけ機会をと」
「リオ、言い方に気をつけなさい。」

敵意の籠った言葉を咎められた。

「母上、レティシアはローナ達の保護のために献上され、子を宿したら命を絶つ覚悟もしてました。今後も必要ならローナ達やロダ様の保護のために動くでしょう。保護されるなら、寝返らないと言う保証が欲しいです」

ロダが目を見張る。

「レティシアは一言も」
「言いませんよ。本当はすぐに連れ戻せた。ただローナ達が攫われたら大変だから海の皇国側と話さないと帰れないって俺の手を振り払った。何の関係もないレティシアが酷い言葉と軟禁生活に泣きながら耐えた」
「メイ伯爵夫人は拷問し、情報を吐かせて最終的に献上する予定だったみたいだけどな。海の皇国には皇族の喜ぶ拷問がたくさんあるようで」

兄上の言葉にロダとメイ伯爵の顔が青くなった。兄上からの調書を読んで、書類を握り潰して怒られた。公衆の前で辱めを受ける準備が進められていた。妾に人権などない国でレティシアの救助が間に合わなかったら、失っていた。母上さえも顔を青くしていた。
無事だったのは運が良かっただけだ。
二人にはしっかりと罪悪感を覚えてもらいたい。レティシアは無関係と言うけど、違うから。ビアードは国防の見直しで大忙し。ビアード公爵家としてはレティシアも無事だったため罪人の断罪だけを望んだ。思い切りがよいけど甘いよな。

「もう二度と攫われることはないと思いたいです。ですが先のことはわかりません。俺はレティシアほど甘くありません。亡命するなら海の皇国と敵になる覚悟を望みます。貴方達がどんな選択をしてもローナ達には影響が出ません」

沈黙の中、ロダがゆっくりと口を開いた。

「国は捨てた。母上達のためなら義妹をも手にかけるよ。レティシアが母上達を命懸けで守ってくれようとするなら差し出せるものは全て渡そう。母上達の平穏さえ守れれば何もいらない。国王陛下に膝を折ろう」

「膝を折って欲しいのは父上ではなく私にだけど」

突然現れたクロード殿下の声に驚く。

「殿下、どうして」
「リオの手腕を見ようかと。それに隠し事があるみたいだから。不自然なんだよ。ビアード公爵家は確証のないことは話さない。攫われた理由に違和感があるし、あのレティシアが大人しく救助を待っていたのも信じられない。酷い言葉と軟禁生活でレティシアが傷心するとも思えないし、敵の前で醜態を晒すなら自決するだろう?死を覚悟してたのは事実みたいだけど。遺書も残されてたし。ただどうしてもね・・」

遺書!?
クロード殿下には敵わない。攫われた理由はそこまで重視されていなかった。確かにクロード殿下はレティシアのことを知っている。元気なのに大人しく救助を待つなどありえないという考えもよくわかる。

「彼女は本当に命をかけて…。娘達と皇子を保護してくださるなら、フラン王国に仕えます。海の皇国に情はありません」
「命を奪ったりしない。わが国のために動くなら歓迎しよう」

クロード殿下の思惑通りか。
メイ伯爵がローナ達の事情説明を始めた。
メイ伯爵夫人の狙いはローナではなく息子のロキ。初代の瞳の色を持つ皇子は皇族でも特別。動揺していない父上は理由を知っていたのか。
クロード殿下が楽しそうに笑う。

「事情はわかった。レティシアは引きが強いな。海の皇国は油断できない。皇子は私付きの王宮魔導士に任命するよ」
「殿下、危険では」
「近くにいるほうが監視できるだろう?休みはビアードに帰っていい。それに私はあの皇女がこのまま引き下がるとは思えない。メイ伯爵はマールに預けるよ。リオに免じてレティシアには詳細を話さないよ。きっと抗議に来るから」

さすがクロード殿下。レティシアのことをよくわかっている。殿下が海の皇国を警戒してくれるなら動きやすい。

「王宮魔道士はさすがに」

母上が戸惑う声をこぼした。
王宮魔導士は貴族に準ずる地位と名誉を持つ。
ただし生涯王家に逆らわず身を捧げる誓約を結ぶ。遺体さえ王家のために捧げられる。
好待遇のため当主を目指せない子息や平民には人気である。
王家のために生きるのは貴族なら当然と教え込まれるからフラン王国の貴族にとっては受け入れやすい。ただ他国の者には受け入れがたい。レティシアは貴族ではないロダが無理矢理任命されたと知れば確実に抗議に行く。

カナト兄上がロダに王宮魔導士の説明をしている。

「レティシア達に危害を加えるようなことは」
「レティシア達は私の大事な臣下だ。臣下は大事にするよ。それにビアードは王家に逆らわないから敵になることはない。国が滅びるなら最後まで共にするだろう。忠誠心は王国一だ」

忠臣として名高いビアード公爵家。武を極め常に王族を守ってきた歴史を持つ家。長い歴史の中で一度も王家への裏切り行為はしていない。国と王家を守ることを第一にする一族。
家の利よりも迷いなく王家を優先するのはビアード公爵家だけだろう。裏では脳筋一族と揶揄されているが。だからレティシアの件もビアードは動けなかった。

ロダがゆっくりと跪いた。

「クロード様に忠誠を捧げます」
「私も友人を助けたいから歓迎するよ」

クロード殿下は笑みを浮かべた。これで海の皇国の魔法と情報が手に入る。海の皇国にはロダの存在は話していない。メイ伯爵夫人が勘違いしてレティシアが攫われたことになっている。ロダの国民登録はされていない。素性不明の未成年を保護しても責められることはない。
クロード殿下はロダの肩を叩いて転移魔法で消えていく。

「殿下は自由だな。クロード殿下は優しい方だから心配いらないよ」

父上がロダ達に話しかけた。殿下が優しいのかは俺にはよくわからない。

「メイ伯爵はうちで文官として働いてもらおう。他国に亡命するなら止めないが」
「許されるなら、お仕えさせてください。決して裏切ったりは致しません」
「リオがビアードに婿入りするから、付いていってもいいけどな」

兄上にニヤリと笑われた。婚約はまだレティシアの同意がないから仮である。

「カナト、あまり意地悪しては駄目よ。リオなりに必死なんだから」
「せっかくいい風が向いている。うまく風を操れよ。女の扱いは上手いのに本命には・・・」
「兄上」
「せっかくだから二人に教えてもらえば?」
「私などでお役に立つのでしたら」
「レティシアを取り巻きにしたいビアードの敵か」

ロダの言葉に凝視した。ロダはずっとビアード公爵邸で過ごしていた。フラン王国で受け入れるなら二人の心象を良くした方が良いよな。レティシアのお気に入りの兄なら尚更。

「レティシアの味方なら歓迎するよ。父上、新たな家臣へ歓迎の支度をしましょう」
「うちの息子がごめんなさい。今日はゆっくりしてください。皇子様は明日主人が王宮に送ります。メイ伯爵はうちに部屋を用意します。」
「他の使用人と同等の扱いで構いません。もう爵位もありませんので」

メイ伯爵は父上達と話し込んでいるのでロダと親交を深めることにした。
ロダはナギのおかげか情報をたくさん持っていた。
俺のビアードでの心象の悪さに兄上が笑っている。
ロダが大事にするのはローナ達とメイ伯爵だけ。情が薄いというよりも俺と同じ線引きがしっかりしている。ビアードでの日々はロダにとっては幸せだったようだ。温かい人たちに囲まれて初めて心が休まったと笑う顔にレティシアと過ごす様子に嫉妬を覚えたのは隠して笑う。
ロダは魔導士としての腕は皇族として上位らしい。メイ伯爵も魔法が使えるので、いずれ教えてもらうか。
レティシアが海の皇国のために姿を消すのは絶対に避けたい。
送り返せないないならしっかり利用させてもらう。
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