追憶令嬢のやり直し

夕鈴

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元夫の苦難20

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ビアード公爵夫人から今月のレティシアの予定が届いた。丁度うちの夜会に参加する日の昼間の予定が空いていたので、誘うと了承の返事をもらえた。お礼と言っていたが一緒に過ごせればどんな理由でも構わない。
約束の日にローブを着たレティシアの手を繋いでマール領を案内した。
薔薇が見頃の公園に案内すると、懐かしそうに見つめていた。俺は今のままが良かったけど、話し合わないといけないことがある。

「レティシア、婚約のことなんだけど・・・」

花から俺に視線を向けた彼女が不思議そうに見ている。
破棄したらまた何もない関係に戻るのかと思うと先の言葉は言いたくなかった。俺を見つめるレティシアと本物の婚約者になれたらいいのに。今の俺の立ち位置は仮りだから。

「マール様のお好きにしてください」

聞き間違いかと思った。

「え?そう言われると破棄しないけど」
「どうぞ、お好きに」

穏やかな顔で見つめる瞳には何の感情も映していない。それでも構わない。

「俺の妻になってくれるのか?」
「両当主の同意のもとでしたら。お母様は婚約はそのままとおっしゃってましたが」
「幸せにするから」

憂鬱な気持ちが一気に晴れて感動して抱きしめるとゆっくりと背中に回された手に胸が熱くなった。見つめると腕の中で微笑む顔に顔が緩む。俺を見つめる銀の瞳を見つめ、頬に手を添えるとゆっくりと目を閉じたのでゆっくりと唇を重ねた。背中に回る手も離れず、口づけを受け入れてくれることが幸せだ。目を開けたレティシアのうっとりする顔に頬が緩む。俺の胸に体を預けるレティシアが愛しくてたまらず、口づけたあとに俺に甘えてくれるのも初めてだった。

「シア」
「その呼び方やめてください」

俺の胸に体を預け、目を瞑っていた体がビクっと強張り冷たい声が聞こえた。意地っ張りなレティシアの頭をゆっくり撫でると力が抜けていく。

「混同していいのに」
「余計に寂しくなるだけですわ。政略結婚に愛など不要です」

受け入れてくれて幸せだけど俺もわかってる。責任感の強いレティシアは婚約破棄して俺に全部押し付けることに罪悪感を感じたんだろう。でも俺は傍にいる権利が欲しいから、優しさや甘さを利用することに罪悪感を覚えたりしない。レティシアが体裁を気にしてでも受け入れてくれるなら絶対に離さない。性格が悪く狡猾な自覚もある。
ビアードの婿に迎え入れられるように外堀は埋めていたけどこんなに早くレティシアが頷いてくれたのは嬉しい誤算だ。

「政略って・・・。今はいいか。婚約披露いつするか・・・」
「お父様がお忙しいので、当分は無理ですわ。全然お会いできません」

国防の責任者のビアード公爵は忙しそうだ。うちは海の皇族との話し合いが終わり落ち着いている。もうレティシアへの手出しはできない。メイ伯爵夫人もロダの所属していた派閥も勢力を失った。父上も国王陛下も海の皇国への大きな貸しを作れて上機嫌だった。王太子の従兄弟で名目上はフラン王国序列1位のマール公爵家の婚約者。フラン王国武門貴族筆頭ビアード公爵令嬢。両殿下の婚約者のいない現状で一番手を出したらまずい高貴な令嬢はレティシアだ。
陛下の護衛として同行したビアード公爵の冷たい空気に海の皇国側は怯えて交渉は有利に進んだ。ビアード公爵はレティシアに何かあれば爵位を返上して、滅ぼしにいきそうな雰囲気だった。レティシアへの非を申し立てようとした途端に殺気が飛びうちの国王陛下と父上だけが穏やかな顔をしていた。
ビアード公爵にいつか勝てるんだろうか・・・。今は忘れて腕の中の幸せを堪能しよう。

「俺がドレス贈ったら着てくれる?」
「ドレスならたくさんあります。それにいただく理由がありません」

レティシアの中でいつになったら俺は関係者になるんだろうか。ゆっくりと髪を梳くと気持ちよさそうに笑っているのは無自覚なんだろうな。

「婚約者」
「私は目立ちたくありません。壁の花を目指したいのでお気持ちだけで」

いつも目立っている自覚はないんだろうか・・。凛とした立ち振る舞いに、華奢な体を包む上品なドレスに輝かしい銀髪、美しい顔立ち。彼女が入場すると会場の視線を集める自覚はないんだろうか。

「どんなものを着ても目立つけど・・・。これからは俺の隣にいるだけでいいよ。俺が代りに交渉してあげるよ」
「お気持ちだけで」

ゆっくりと顔を上げたレティシアがが空を見上げた。

「マール様、雨が降ります。そろそろ」
「夜会まで時間があるから、書庫に案内しようか?」
「一度、ビアードに戻って着替えないといけません」
「持って来なかったのか?」
「はい」
「ビアード公爵邸まで送るよ。いつもドレスはどこで仕立ててるんだ?」
「ビアードの服飾店に素材を持ち込んでます」
「案内してくれる?」
「マール様が見ても楽しくは」
「雨が降る前に行こうか。濡れて風邪を引いたら大変だ」

レティシアの手を繋いで、馬車に移動してしばらくすると雨が降ってきた。水の魔導士は雨の気配を読めるというが、実際に読める者は少ない。レティシアの雨の感知は外れないのでクロード殿下が重宝している。
案内された店は貴族御用達の店ではなく、平民向けの簡素な店だった。

「お嬢様、ドレス合わせなら呼んでくだされば。」
「気にしないで。素材は足りてる?」
「はい。新しいデザインはお持ちですか?」
「前のドレスの装飾を変えて・・・」

夫人に渡されたドレスの絵を見つめ、考えこんでいるレティシア。レティシアの声に答えて、絵が書き足されていく。

「レティシア、いつも自分でデザインを?」
「侍女達が色々案を出してくれますから、参考にしながら。色の希望は目立たない色を。時々リクエストがあればそれに合わせて」
「お嬢様のお洋服やドレスはお手頃価格なので下位貴族や平民に人気なんです。お嬢様のお支度着も動きやすくて可愛いと」
「エイベルのお古で良かったのに」

公爵令嬢がお古はないだろう。苦笑しているレティシアは本気のようだが・・。

「お嬢様のデザイン集見ますか?」
「是非」

夫人から本を受け取ると中には幼いレティシアの絵が何枚も描かれている。

「そんなものがあったんですね・・・」
「お嬢様はせっかくなので出来上がったドレスを合わせしましょうか。お連れ様は楽しそうですよ」
「俺のことは気にしないで行ってきて。婚約者のドレス姿を一番に見られるなんて幸せだ」
「マール様?」

戸惑うレティシアに微笑んで手を振ると夫人に連れて行かれた。
ページをめくると、懐かしいドレス姿に頬が緩む。レティシアのドレスの謎が解けた。レティシアのドレスに憧れお抱えデザイナーを探す貴族もいたが見つからなかった。ビアードは騎士関連の商売にばかり手を出すから何度仲介を頼まれても服飾関係への介入は断っていた。その辺は俺がいずれ手を回せばいいか・・。
俺も要望出したら着てくれるだろうか…。

「なにか希望はありますか?」

戻ってきた夫人に声を掛けられ顔を上げた。

「ドレスを贈りたいが断られてしまって」
「自分の色を纏わせたいですか?」

男としては憧れる。俺の濃紺色の髪はレティシアの好みではないよな。

「できれば。濃い色は好まないようで」
「もう少し成長されてからのほうが紺のドレスは似合いますね。明るい銀糸で織った布に紺の花を飾りましょうか。落ち着いた感じに仕上げるので、好まれるデザインかと」

想像しただけで口元が緩む。レティシアが俺の色に包まれるのは夢のようだ。

「後日素材を送る。これからも贔屓にさせてもらう」
「いつでもお越しください」

商売上手な感じの良い夫人だ。ここなら採寸しなくても、レティシアのドレスを作ってくれるだろう。いくつかうちにもレティシア用のドレスを置いておくか。そしたら困らないよな。
強引に連れてきてもらって良かった。

「お嬢様、お似合いですよ」
「ありがとうございます。着替えますわ」
「せっかくですから、婚約者様にも」
「殿方が見ても、楽しいものでは」

若い女性に連れられて近づく黄色のドレスを纏った姿は可愛らしい。

「レティシア、うちの夜会はそのまま参加すればいい」
「これは夜会向けのものではありません。昼間のお茶会で、」

もっと明るい色を纏う令嬢もいるから全然違和感ないけど・・・。レティシアにしては雰囲気が明るいドレスだ。

「可愛いし母上好みだから大丈夫。ドレスコードも問題ない」
「お嬢様、お支度はお任せください。腕がなりますわ」
「ビアードには使いを出すよ。ここで支度してうちでゆっくりしようよ」
「かしこまりました」

苦笑するレティシアが頷いた。今日のレティシアは押しに弱い。婚約したからだろうか?レティシアの用意が整うのを眺め髪の結い方を見ていると簡単で俺にもできそうだ。少し勉強するかな。自分好みに銀髪を飾るのも楽しそうだ。

婚約の話は母上達は敢えて俺に教えてくれなかったんだよな・・・。これからは堂々とエスコートできるのか。
支度の整ったレティシアを抱き上げて馬車に乗り込んだ。驚いても暴れずに腕の中にいる様子にまた口元が緩む。
マール公爵邸に帰ると母上に出迎えられた。
海の皇国の件で迷惑をかけたことを頭を下げるレティシアに母上が微笑んだ。

「レティシア、義娘を助けるのは当然よ。ようこそマールへ。歓迎するわ」
「よろしくお願いします」
「招待客リストね」

いつの間にか現れたエレン義姉上が笑顔でレティシアに書類を渡している。

「かしこまりました」
「リオは着替えなさい」
「支度をおえたら返してください」

真剣に書類を読んでいるレティシアを母上達に任せて離れた。
着替えていると兄上達が来たけどなんでいるんだろう・・。

「リオ、おめでとう。初恋叶って良かったな」
「レイヤ、残念ながらまだ叶ってない。彼女は強引に婚約され、破棄できなかっただけだ。だろう?」
「ビアードに示した利に頷いてくれた自覚あります。彼女の中では政略結婚です。それでも傍にいる権利をもらえただけでもありがたいです」
「浮かれて気付いてないと思って悪かったな」
「どうして俺が知らなかったのに婚約の話を知ってるんですか?」
「彼女から聞いたほうが嬉しいだろう?」
「どうせなら答えを知った上で格好良く求婚したかった・・・」
「何度フラれた?」

なんで知ってるんだろうか。片手の数を超えた時点で数えるのをやめた。
 
「なんで今日は揃ってるんですか?」
「義妹に挨拶を。あとは社交のお手並み拝見だ」
「ビアードの人間に期待しないでください」
「俺は父上に呼ばれたから」

婚約披露する前からレティシアを鍛えようとしているカナト兄上に嫌な予感がした。
レティシアは母上達に捕まって返してもらえなかった。なぜ他国の貴族の情報を教えこんでいるんだろうか。義姉上はレティシアに課題出してるし、躊躇いもなく頷くレティシアは大丈夫だろうか。
その後の夜会で俺の腕を離れて動き回ろうとするのを必死で止めていた。レティシアの話しかけにいく貴族を見て苦笑した。母上達に親交を深めろと言われたのは気難しい奴ばかりだった。レティシアは笑顔で談笑している。
いつの間にかマールの戦力に数えられている。ただ俺に寄り添う姿に頬が緩むのを止められなかった。
夜会が終わり一人で帰れると拒むレティシアを強引に説得しビアードまで送った。
差し出す手に躊躇いもなく重ねられる手も、肩を抱くと身を委ねる仕草も堪らなかった。彼女の成人まで、手を出せないのが辛い。
帰宅すると兄上達がレティシアの有能さに祝杯をあげていた。マールの人間にならないのに。
俺が婚約して救出を願った時にこうなることを父上達は読んでいたのかもしれない。父上達ほど広い視野を俺は持っていない。でも歓迎されるならいいかと思いながら、兄上達のレティシアの育成計画には突っ込みを入れた。レティシアは外交官にはならないのになんで俺より期待されてるんだろうか。
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