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元夫の苦難39
レティシアはビアード領の平民の店がお気に入りである。装飾品や服飾関係は全て平民の店を選んで使っている。貴族御用達の店はほとんど使わないらしい。訪ねた仕立て屋は魔物の素材を使った装飾品も多数とり扱っている。レティシアがデザインした物は美しく手頃な価格なのですぐに売り切れる人気商品。レティシアはデザインを無料で提供し、匿名であるがビアードの民はお嬢様のデザインと気づき誇らしげに販売している。魔物の素材もきちんと処理してから提供し、使い方も丁寧に教えるため領民達は忌避しない。魔物を忌避せず動物と同じように扱うのはビアード領民だけだろう。
リール嬢に巻き込まれた演奏会も無事に終わり、ビアード領の仕立て屋に向かった。
レティシアはいつの間にかハンナとも仲良くなっている。
ハンナは3姉妹の末っ子でそばかすを隠すために派手な化粧を好んだ姉とは正反対。化粧もせずに地味な外見で欲深く強引な姉達とは違い大人しい性格。恩人のレティシアに感謝しているが信者ではない。搾取されることの多かったハンナはレティシアからの親愛を戸惑いながらも受け入れている。
無邪気な孤児に囲まれ、親や姉に圧迫され使用人のように使われて育ちできた傷を癒しているようだ。ハンナが孤児院で笑っている顔を見たレティシアはふんわりとした笑みを浮かべていた。
無理矢理引き取ったことを気にしていたので、抱き寄せて宥めると幸せそうに笑う。時々ぶっ飛んだ思考回路を持つレティシアの軌道修正方法がわかってきた。
レティシアにとって大事なことさえ尊重すれば、他のことはうやむやにして納得させるのは簡単だった。単純なところは兄とそっくりだった。
レティシアはハンナとグレイ嬢と手を繋いで仕立て屋に入っていく。
「お嬢様、納品しましたのに」
「せっかくなので取りにきました。髪飾りはできてますか?」
「はい。お確かめください」
夫人が真珠と魔石と小さい花が飾られた髪飾りを渡した。
「上出来ですわ。ハンナと私とフィルの魔石で作りました。真珠も泉で取り、花はステラが用意しました。合作ですわ」
にっこり笑って髪飾りをグレイ嬢達に渡した。
「レティシア様、高価なものを」
「髪に飾って見せてください。成人するまでハンナは私のものです。私からの贈り物を身に付けるのは義務ですわ」
レティシアに自分のものって言われるのは羨ましい…。
「ハンナ様、お気になさらず。遠慮なく受け取ってください。私はお友達とお揃いに憧れてましたの」
「給金を受け取らないんですから、これは受け取ってください。ハンナのおかげで孤児院が助かっていると聞きました。命令ですよ」
戸惑うハンナを説得している。茶目っ気たっぷりに笑う顔が可愛い。
「ハンナ、受け取ってやれ。金持ちのレティシアは貢ぐの趣味だから。ステラも俺も色々もらってる」
「そうですわ。私はこれでもお金持ちですのよ。笑顔で受け取っていただければ充分です。これってリアナの話す悪役令嬢みたいですわ」
ルメラとレティシアは変な遊びをしている。
ルメラの母親の妄想の世界ではレティシアは悪役令嬢でルメラは主人公。
ルメラが男を落として幸せになる物語で、レティシアが邪魔をする役。ルメラの指導の下レティシアは演技力を磨いている。どう考えても配役は正反対だと思う。
「もっと高慢にマートンみたいに言ってみろよ」
「マートン様の言動は私には理解できません。ごきげんよう、ハンナ様。私からの贈り物を受け取れないなんて無礼ですわ…台本が必要ですわ。アロマを連れてくれば良かったです」
台本無しで悪役令嬢はできないだろう。レティシアは善良すぎる人間だ。
考えこんでいるレティシアが顔を上げてニコッと笑った。可愛いけど絶対に悪役令嬢のする顔じゃないから。
「悪役令嬢は強引ですわ。ステラ、ハンナの髪に付けてしまいなさい。遠慮はいりませんわ」
「お任せください。ハンナ様は私達には逆らえません。覚悟なさって」
笑顔でグレイ嬢も悪乗りしている。
「悪い。ハンナ。諦めろ。この遊び最近気に入ってるんだ。ステラはレティシアの友人役だ」
「かしこまりました。お二人のお心のままに。ありがとうございます。大事にします」
「どんどん私の悪役令嬢振りに磨きがかかりましわ」
「ある意味はまり役だよな」
「さすがレティシア様です」
同級生っていいよな。こんな感じでいつも遊んでいるのか。
二人の称賛とハンナの笑顔にレティシアが満足そうに笑った。悪役令嬢は絶対にそんな顔はしない。
レティシアの分の髪飾りに手を伸ばす。
「リオ様?」
「つけてあげるから動かないで。悪役令嬢は自分の手を汚さないんだろう?俺は悪役令嬢にイチコロされた憐れな下僕だから」
「リオ様はリアナにイチコロされる役ですが」
「冗談でもやめて。俺は悪役令嬢を自分のものにしようと企む役だから」
「そんな役はありません」
「真の悪役だから表には出てこないよ。追放された悪役令嬢を攫って二人で幸せに暮らすのが最終目的」
「お話が変わってしまいますわ。悪役令嬢は断罪されて不幸にあう決まりです。でも国外追放が一番ありがたいです。家の取りつぶしだけは避けないと」
「監禁でいいなら俺がいつでもしてあげるよ」
「冗談でもやめてください」
俺の語った悪役を本当に狙っていた人間がいたとは生涯気付かなくていい。
国外追放されるなら俺も付いて行こう。
夫人が朗らかに笑いながら近づいてきた。
髪飾りは似合うけど、他の男の魔石を纏うのは複雑だ。
「お嬢様、打ち合わせをしてもよろしいですか?」
「はい。いつもと同じで構いませんよ」
レティシアがドレスのアレンジについて話し合いを始めた。
「このお色が素敵ですわ。絶対に似合います」
「この色なら装飾はこちらが映えます」
いつの間にか目を輝かせたグレイ嬢達が混ざっている。
レティシアを自分好みに飾り立てるなら俺も混ざりたい。
「私は目立ちたくないんですが…」
「もちろん上品に仕上げます。お嬢様のお好みに」
夫人や店員も混ざりますます盛り上がり、3着ほど新調を決めた。
代金はうちに請求してもらうように頼んだ。公爵令嬢で銀貨で購入できるドレスを着るのはレティシアだけだろう。どんなドレスもレティシアが着れば美しく高級品に替えてしまう。レティシアのドレスのお抱えデザイナーに辿り着く貴族はグレイ嬢達以外は誰もいない。
手配を終えた頃にはレティシアとカーソンがいなかった。
「レティシア様は飽きてしまいましたね」
「あまり興味ありませんものね。お買い物より狩りがお好きですから。私も今度森に連れていってもらいます」
「是非私も誘ってください。狩りはフィル様達に敵いませんが」
楽しそうに笑う二人にはよくある光景のようだ。
カーソンとグレイ嬢は内輪で婚約話が持ち上がっていた。よく一緒にいる二人だから驚かないけどほぼ決まりという噂だ。
グレイ嬢も人気はあるが、無属性なので上位貴族から望まれることは少ない。
名門伯爵家の嫡男であるフィル・カーソンが相手なら中級貴族のグレイ伯爵家には良縁である。
グレイ嬢のファンはレティシアの信者が多くレティシアが祝福するなら快く祝うだろう。
「グレイ嬢は妬かないのか?」
「私はレティシア様のお傍にいられれば幸せです。それにフィル様といるレティシア様も大好きです」
グレイ嬢もレティシア信者だった。
店を出るとカーソンから花束をレティシアが笑顔で受け取っていた。
「好きだったって言ったら?」
近づこうとする腕をグレイ嬢に止められた。
「マール様、お待ちください」
「過去形なんですね。私はフィルが大好きなのに」
「鈍いよな」
恋人同士のようなやりとりに、隣を見ると笑顔で見つめている。
「グレイ嬢、あれはいいのか!?」
「お二人が楽しそうですから」
楽しそう!?あれも遊びなのか!?
「あら?私の初めてのプロポーズを断ったのはフィルですわ。それでもあきらめきれずにずっと傍にいるのに…」
「俺に惚れてた?」
「ステラを悲しませることは許しませんよ。騎士としてのフィルもお友達のフィルにも惚れこんでますわ。出会った頃よりどんどんたくましくなっていくフィルの成長は感慨深いですわ。これからも一緒にいてください」
「お前は俺とステラが好きすぎるよな」
「迷惑ですか?」
「まさか」
これって告白だよな。プロポーズ?
二人の親しそうな雰囲気を壊したいけどグレイ嬢に腕を掴まれている。
「リオ様、ハンナに何したんですか!?意地悪したら許しませんよ」
近づいてきた冷たい瞳のレティシアに睨まれている。グレイ嬢は愛らしい笑みを浮かべて、俺の腕から手を放している。
俺は何もしていない。
青い顔をしているハンナのことは目に入っていなかった。
レティシアが花束を受け取るグレイ嬢達を見て、瞳の冷たさが嘘のように優しく笑った。
「何もないんだよな?」
「はい?」
カーソンと仲が良くても友人なんだよな。二人の距離の近さが悔しい。
俺よりも近くて恋人に見える。
レティシアは俺からの贈り物をいつも断る。
強引に渡すけど、素直に受け取ってくれたのは風の魔石だけ。
髪に飾られてるのもカーソンの魔石か…。
いつの間にかグレイ嬢達の輪に入っていったレティシアに複雑だった。
「余裕ないですね」
近づいてきたカーソンは笑っている。
「面白がってないか」
「別に邪魔するつもりはありませんよ。ビアードにはマール様のような方も必要です。食事に行きましょうか。何か食べたいものあります?」
敵意はない。
昔より雰囲気が柔らかくなった気がする。
俺の同行を拒否したレティシアを宥めてくれたのは彼だった。
「任せるよ」
「わかりました。レティシア、食事だ。マール様が奢ってくれるって。何食べる?」
「せっかくなので、鳥を狩ってきますわ。新鮮なお肉を食べさせたいです」
「狩りは今度。門限に遅れるよ」
グレイ嬢達に生肉はきついだろう。
レティシアを宥めたカーソンに連れられ、市に向かった。カーソンが適当に買いレティシア達に食べさせていた。
俺におごられるつもりはなかったらしい。
「レティシアに任せると食事が疎かになるんで、栄養価のあるものしっかり食べさせてください。嫌がっても口にいれれば食べますんで」
カーソンは母親なんだろうか。世話をやき慣れている。
ビアード公爵夫人がビアードよりも安心できる組み合わせと言った理由がわかった。
カーソンからもらうレティシアの情報はありがたい。
放っておくと最低限の生活もできないのか。
レティシアの取り扱い方法を教えてもらう日がくるとはな…。
いずれこの二人の距離感に慣れる時がくるんだろうか。親子と思えばいけるだろうか…。
食事を終えてハンナを孤児院に送り、カーソン達が帰ったので二人の時間と思ったら甘かった。
ビアード公爵邸ではナギに捕まり、簡易の演奏会が始まった。
ロキと共にバイオリンを弾いていると、ナギとレティシアがいなかった。
演奏会をお開きにして追いかけると、木陰に座り膝枕で眠っているナギの頭を優しい顔で撫でているレティシアがいた。ロキがナギを連れて行ったので座ったままのレティシアの隣に座る。
「レティシアの初恋は誰なんだ?」
愛しそうな顔で空を見上げるレティシア。銀の瞳が細くなり目を閉じたレティシアの思い描く相手はカーソンではないだろう。
「私が恋したのはたった一人だけです」
「そうだよな・・・」
「ちゃんと役割は果たしますから安心してください。良いお友達に」
目を開けてナギ達に見せる慈愛に満ちた顔で見つめられている。空を見上げていた表情と違いすぎる。リオの代わりでもいい。むしろ代われるなら代わりたい。でも男として見られたい。
「俺が目指すのはそこじゃないから。なんで最近、子供を見るような目をするんだよ」
「拗ねないでくださいませ。可愛いリオ様は嫌いではありません。ビアードとしては頼もしくあってほしいですが有事の時だけで構いません。エイベルもポンコツですから」
頭を優しく撫でられるけど複雑だ。
彼女は俺が好きな事わかってるんだろうか。
腕を引いて抱きしめるときょとんとする。どうすれば意識してもらえるんだろうか。
「どうしてリオを好きになったの?」
「わかりません。ただリオが傍にいないと苦しくて痛くて寂しくて堪らないんです。私に色鮮やかな世界を教えてくれたのはリオです。リオがいなければ気付けないことがたくさんありました。リオ兄様だけは特別だったんです。リオの前だけは貴族の仮面がいりませんでしたわ。絶対的な、最強の味方でしたわ」
目を瞑って胸に顔を埋めているのは思い出してるんだろうか。
「何があっても俺は君の味方だよ」
「お戯れを。私達は家と王家のために生きます。個人の味方にはなれませんわ。でも、心意気は」
頭を優しく撫でられている。複雑すぎる…。
「俺はもうすぐ成人する男なんだけど」
「成人するまでは子供ですわ」
クスクスと笑っているレティシアに強引に唇を重ねた。
背を強く叩かれ離すと寒気がした。
「婚姻前は手を出すなと。稽古をつけてやろう」
レティシアはため息をつき、後ろを振り向くとビアード公爵がいた。
油断していた。一番見られたらまずい人だった。
ビアード公爵にボロボロにされ、レティシアに治癒魔法をかけられお疲れ様でしたと笑顔で労わられた。
ビアード公爵にはまだまだ敵わない。
手を出さないことを約束させられた。
でもどこまでかは明言されてないから、見つからなければいいだろうか。
レティシアに意識してもらい、ビアード公爵に勝つ方法を見つけないといけない。
今度の武術大会は個人戦ではなく団体戦で優勝を狙う。
戦術についてはターナー伯爵家から秘蔵の本を送ってもらった。
ターナー伯爵家は俺のビアードへの婿入りを応援してくれている。
リール嬢に巻き込まれた演奏会も無事に終わり、ビアード領の仕立て屋に向かった。
レティシアはいつの間にかハンナとも仲良くなっている。
ハンナは3姉妹の末っ子でそばかすを隠すために派手な化粧を好んだ姉とは正反対。化粧もせずに地味な外見で欲深く強引な姉達とは違い大人しい性格。恩人のレティシアに感謝しているが信者ではない。搾取されることの多かったハンナはレティシアからの親愛を戸惑いながらも受け入れている。
無邪気な孤児に囲まれ、親や姉に圧迫され使用人のように使われて育ちできた傷を癒しているようだ。ハンナが孤児院で笑っている顔を見たレティシアはふんわりとした笑みを浮かべていた。
無理矢理引き取ったことを気にしていたので、抱き寄せて宥めると幸せそうに笑う。時々ぶっ飛んだ思考回路を持つレティシアの軌道修正方法がわかってきた。
レティシアにとって大事なことさえ尊重すれば、他のことはうやむやにして納得させるのは簡単だった。単純なところは兄とそっくりだった。
レティシアはハンナとグレイ嬢と手を繋いで仕立て屋に入っていく。
「お嬢様、納品しましたのに」
「せっかくなので取りにきました。髪飾りはできてますか?」
「はい。お確かめください」
夫人が真珠と魔石と小さい花が飾られた髪飾りを渡した。
「上出来ですわ。ハンナと私とフィルの魔石で作りました。真珠も泉で取り、花はステラが用意しました。合作ですわ」
にっこり笑って髪飾りをグレイ嬢達に渡した。
「レティシア様、高価なものを」
「髪に飾って見せてください。成人するまでハンナは私のものです。私からの贈り物を身に付けるのは義務ですわ」
レティシアに自分のものって言われるのは羨ましい…。
「ハンナ様、お気になさらず。遠慮なく受け取ってください。私はお友達とお揃いに憧れてましたの」
「給金を受け取らないんですから、これは受け取ってください。ハンナのおかげで孤児院が助かっていると聞きました。命令ですよ」
戸惑うハンナを説得している。茶目っ気たっぷりに笑う顔が可愛い。
「ハンナ、受け取ってやれ。金持ちのレティシアは貢ぐの趣味だから。ステラも俺も色々もらってる」
「そうですわ。私はこれでもお金持ちですのよ。笑顔で受け取っていただければ充分です。これってリアナの話す悪役令嬢みたいですわ」
ルメラとレティシアは変な遊びをしている。
ルメラの母親の妄想の世界ではレティシアは悪役令嬢でルメラは主人公。
ルメラが男を落として幸せになる物語で、レティシアが邪魔をする役。ルメラの指導の下レティシアは演技力を磨いている。どう考えても配役は正反対だと思う。
「もっと高慢にマートンみたいに言ってみろよ」
「マートン様の言動は私には理解できません。ごきげんよう、ハンナ様。私からの贈り物を受け取れないなんて無礼ですわ…台本が必要ですわ。アロマを連れてくれば良かったです」
台本無しで悪役令嬢はできないだろう。レティシアは善良すぎる人間だ。
考えこんでいるレティシアが顔を上げてニコッと笑った。可愛いけど絶対に悪役令嬢のする顔じゃないから。
「悪役令嬢は強引ですわ。ステラ、ハンナの髪に付けてしまいなさい。遠慮はいりませんわ」
「お任せください。ハンナ様は私達には逆らえません。覚悟なさって」
笑顔でグレイ嬢も悪乗りしている。
「悪い。ハンナ。諦めろ。この遊び最近気に入ってるんだ。ステラはレティシアの友人役だ」
「かしこまりました。お二人のお心のままに。ありがとうございます。大事にします」
「どんどん私の悪役令嬢振りに磨きがかかりましわ」
「ある意味はまり役だよな」
「さすがレティシア様です」
同級生っていいよな。こんな感じでいつも遊んでいるのか。
二人の称賛とハンナの笑顔にレティシアが満足そうに笑った。悪役令嬢は絶対にそんな顔はしない。
レティシアの分の髪飾りに手を伸ばす。
「リオ様?」
「つけてあげるから動かないで。悪役令嬢は自分の手を汚さないんだろう?俺は悪役令嬢にイチコロされた憐れな下僕だから」
「リオ様はリアナにイチコロされる役ですが」
「冗談でもやめて。俺は悪役令嬢を自分のものにしようと企む役だから」
「そんな役はありません」
「真の悪役だから表には出てこないよ。追放された悪役令嬢を攫って二人で幸せに暮らすのが最終目的」
「お話が変わってしまいますわ。悪役令嬢は断罪されて不幸にあう決まりです。でも国外追放が一番ありがたいです。家の取りつぶしだけは避けないと」
「監禁でいいなら俺がいつでもしてあげるよ」
「冗談でもやめてください」
俺の語った悪役を本当に狙っていた人間がいたとは生涯気付かなくていい。
国外追放されるなら俺も付いて行こう。
夫人が朗らかに笑いながら近づいてきた。
髪飾りは似合うけど、他の男の魔石を纏うのは複雑だ。
「お嬢様、打ち合わせをしてもよろしいですか?」
「はい。いつもと同じで構いませんよ」
レティシアがドレスのアレンジについて話し合いを始めた。
「このお色が素敵ですわ。絶対に似合います」
「この色なら装飾はこちらが映えます」
いつの間にか目を輝かせたグレイ嬢達が混ざっている。
レティシアを自分好みに飾り立てるなら俺も混ざりたい。
「私は目立ちたくないんですが…」
「もちろん上品に仕上げます。お嬢様のお好みに」
夫人や店員も混ざりますます盛り上がり、3着ほど新調を決めた。
代金はうちに請求してもらうように頼んだ。公爵令嬢で銀貨で購入できるドレスを着るのはレティシアだけだろう。どんなドレスもレティシアが着れば美しく高級品に替えてしまう。レティシアのドレスのお抱えデザイナーに辿り着く貴族はグレイ嬢達以外は誰もいない。
手配を終えた頃にはレティシアとカーソンがいなかった。
「レティシア様は飽きてしまいましたね」
「あまり興味ありませんものね。お買い物より狩りがお好きですから。私も今度森に連れていってもらいます」
「是非私も誘ってください。狩りはフィル様達に敵いませんが」
楽しそうに笑う二人にはよくある光景のようだ。
カーソンとグレイ嬢は内輪で婚約話が持ち上がっていた。よく一緒にいる二人だから驚かないけどほぼ決まりという噂だ。
グレイ嬢も人気はあるが、無属性なので上位貴族から望まれることは少ない。
名門伯爵家の嫡男であるフィル・カーソンが相手なら中級貴族のグレイ伯爵家には良縁である。
グレイ嬢のファンはレティシアの信者が多くレティシアが祝福するなら快く祝うだろう。
「グレイ嬢は妬かないのか?」
「私はレティシア様のお傍にいられれば幸せです。それにフィル様といるレティシア様も大好きです」
グレイ嬢もレティシア信者だった。
店を出るとカーソンから花束をレティシアが笑顔で受け取っていた。
「好きだったって言ったら?」
近づこうとする腕をグレイ嬢に止められた。
「マール様、お待ちください」
「過去形なんですね。私はフィルが大好きなのに」
「鈍いよな」
恋人同士のようなやりとりに、隣を見ると笑顔で見つめている。
「グレイ嬢、あれはいいのか!?」
「お二人が楽しそうですから」
楽しそう!?あれも遊びなのか!?
「あら?私の初めてのプロポーズを断ったのはフィルですわ。それでもあきらめきれずにずっと傍にいるのに…」
「俺に惚れてた?」
「ステラを悲しませることは許しませんよ。騎士としてのフィルもお友達のフィルにも惚れこんでますわ。出会った頃よりどんどんたくましくなっていくフィルの成長は感慨深いですわ。これからも一緒にいてください」
「お前は俺とステラが好きすぎるよな」
「迷惑ですか?」
「まさか」
これって告白だよな。プロポーズ?
二人の親しそうな雰囲気を壊したいけどグレイ嬢に腕を掴まれている。
「リオ様、ハンナに何したんですか!?意地悪したら許しませんよ」
近づいてきた冷たい瞳のレティシアに睨まれている。グレイ嬢は愛らしい笑みを浮かべて、俺の腕から手を放している。
俺は何もしていない。
青い顔をしているハンナのことは目に入っていなかった。
レティシアが花束を受け取るグレイ嬢達を見て、瞳の冷たさが嘘のように優しく笑った。
「何もないんだよな?」
「はい?」
カーソンと仲が良くても友人なんだよな。二人の距離の近さが悔しい。
俺よりも近くて恋人に見える。
レティシアは俺からの贈り物をいつも断る。
強引に渡すけど、素直に受け取ってくれたのは風の魔石だけ。
髪に飾られてるのもカーソンの魔石か…。
いつの間にかグレイ嬢達の輪に入っていったレティシアに複雑だった。
「余裕ないですね」
近づいてきたカーソンは笑っている。
「面白がってないか」
「別に邪魔するつもりはありませんよ。ビアードにはマール様のような方も必要です。食事に行きましょうか。何か食べたいものあります?」
敵意はない。
昔より雰囲気が柔らかくなった気がする。
俺の同行を拒否したレティシアを宥めてくれたのは彼だった。
「任せるよ」
「わかりました。レティシア、食事だ。マール様が奢ってくれるって。何食べる?」
「せっかくなので、鳥を狩ってきますわ。新鮮なお肉を食べさせたいです」
「狩りは今度。門限に遅れるよ」
グレイ嬢達に生肉はきついだろう。
レティシアを宥めたカーソンに連れられ、市に向かった。カーソンが適当に買いレティシア達に食べさせていた。
俺におごられるつもりはなかったらしい。
「レティシアに任せると食事が疎かになるんで、栄養価のあるものしっかり食べさせてください。嫌がっても口にいれれば食べますんで」
カーソンは母親なんだろうか。世話をやき慣れている。
ビアード公爵夫人がビアードよりも安心できる組み合わせと言った理由がわかった。
カーソンからもらうレティシアの情報はありがたい。
放っておくと最低限の生活もできないのか。
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いずれこの二人の距離感に慣れる時がくるんだろうか。親子と思えばいけるだろうか…。
食事を終えてハンナを孤児院に送り、カーソン達が帰ったので二人の時間と思ったら甘かった。
ビアード公爵邸ではナギに捕まり、簡易の演奏会が始まった。
ロキと共にバイオリンを弾いていると、ナギとレティシアがいなかった。
演奏会をお開きにして追いかけると、木陰に座り膝枕で眠っているナギの頭を優しい顔で撫でているレティシアがいた。ロキがナギを連れて行ったので座ったままのレティシアの隣に座る。
「レティシアの初恋は誰なんだ?」
愛しそうな顔で空を見上げるレティシア。銀の瞳が細くなり目を閉じたレティシアの思い描く相手はカーソンではないだろう。
「私が恋したのはたった一人だけです」
「そうだよな・・・」
「ちゃんと役割は果たしますから安心してください。良いお友達に」
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「俺が目指すのはそこじゃないから。なんで最近、子供を見るような目をするんだよ」
「拗ねないでくださいませ。可愛いリオ様は嫌いではありません。ビアードとしては頼もしくあってほしいですが有事の時だけで構いません。エイベルもポンコツですから」
頭を優しく撫でられるけど複雑だ。
彼女は俺が好きな事わかってるんだろうか。
腕を引いて抱きしめるときょとんとする。どうすれば意識してもらえるんだろうか。
「どうしてリオを好きになったの?」
「わかりません。ただリオが傍にいないと苦しくて痛くて寂しくて堪らないんです。私に色鮮やかな世界を教えてくれたのはリオです。リオがいなければ気付けないことがたくさんありました。リオ兄様だけは特別だったんです。リオの前だけは貴族の仮面がいりませんでしたわ。絶対的な、最強の味方でしたわ」
目を瞑って胸に顔を埋めているのは思い出してるんだろうか。
「何があっても俺は君の味方だよ」
「お戯れを。私達は家と王家のために生きます。個人の味方にはなれませんわ。でも、心意気は」
頭を優しく撫でられている。複雑すぎる…。
「俺はもうすぐ成人する男なんだけど」
「成人するまでは子供ですわ」
クスクスと笑っているレティシアに強引に唇を重ねた。
背を強く叩かれ離すと寒気がした。
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油断していた。一番見られたらまずい人だった。
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ビアード公爵にはまだまだ敵わない。
手を出さないことを約束させられた。
でもどこまでかは明言されてないから、見つからなければいいだろうか。
レティシアに意識してもらい、ビアード公爵に勝つ方法を見つけないといけない。
今度の武術大会は個人戦ではなく団体戦で優勝を狙う。
戦術についてはターナー伯爵家から秘蔵の本を送ってもらった。
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第二王子・アエルバートの婚約者の座を手に入れたセラフィンはゆくゆくは王妃となり国を牛耳るつもりでいた。しかし伯爵令嬢・ブレアナ=シュレイムの登場により、事態は一変する。
アエルバートがブレアナを気に入ってしまい、それに焦ったセラフィンが二人の仲を妨害した。
そんな折、セラフィンは自分が転生者であることとここが乙女ゲーム『治癒能力者(ヒーラー)の選ぶ未来』の世界であることを思い出す。
自分の行く末が破滅であることに気付くもすで事態は動き出した後で、婚約破棄&処刑を言い渡される。
処刑時に逃げようとしたセラフィンは命は助かったものの毒に冒されてしまった。
そこに謎の美形男性が現れ、いきなり唇を奪われて……。