追憶令嬢のやり直し

夕鈴

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第百二十二話 前編 大事なこと

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突然訪問するセリアには慣れました。お茶を出すと綺麗な顔で飲んでいます。無駄が嫌いなセリアがお茶を飲むのは打ち合わせをしたい時だけです。

「マール様は良かったの?」

セリアが興味を持つことに驚きました。お土産のセリア特製アップルパイは今日も美味しい。林檎がいつもよりも甘く、また改良したんでしょうか。聞いてもわからないからやめましょう。

「はい」
「記憶を戻したい?」
「必要ありません。生活に支障はありません」
「協力するわ」

笑顔のセリアの思惑に気付いて苦笑しました。

「被験者は他をあたってください。絶対にリオ様に飲ませないでください。ご用件は?」
「魔石と血を」

セリアの指示通りに魔石を作った後に血を提供しました。途中で渡される薬は受け取りませんでした。

「記憶を消す薬もあるけど」
「被験者になる気はありません」
「残念」

シアにとって記憶ほど大事なものはありません。大事な記憶があるからいつも前を向いて頑張れます。偽物でもビアード公爵令嬢でも大丈夫なんですよ。この記憶だけは私の物で、まがいものではありません。
今世はセリアにお友達ではなく被験者か素材として扱われていますわ。銀の瞳の水属性という変わっている私に興味を持たれるのは仕方のないこと。セリアと取引できる価値が私の体にあるのはありがたいこと。被験者になりたくないですが必要なら躊躇いません。それは今ではないので、話題を変えましょう。


「お願いしている魔導具はどうですか?」
「もうすぐ完成するわ。なにか新しい閃きがあれば教えて。レティシアの発想は楽しいわ」
「そろそろ血を抜くのやめてください」
「またね」

セリアは素材さえ手に入れば被験者にならない私には用がないので颯爽と立ち去っていきました。アップルパイを食べ終わると魔力が抜かれた後の特有の体の重さ。全身の力が抜け始めたので長椅子に体を預けます。今の私を見たら長いお説教をする愛しい人を思い出し目を閉じます。脳裏に浮かぶのは幸せな記憶。記憶を失えば胸の痛みも寂しさもなくなる。どんな痛みに襲われても愛しい記憶の前では軽いもの。


目が覚めると保健室にいました。眉間に皺のあるエイベルにお説教を受けました。
エイベルはセリアとの関わりを嫌がりますがビアードの発展に必要と何度目かわからない説明をすると嫌そうな顔で頷きました。今後もセリアとの取り引きはエイベルではなく私が引き受けることになるでしょう。エイベルはポンコツなので私がしっかりしないといけません。極上の魔力を送ってくれたエイベルに免じて許してあげましょう。夕食に誘われましたがアップルパイを食べたのでお腹が減ってません。お菓子はご飯じゃないって酷いです。またお説教が始まったので聞き流しましょう。

***

いつまで経ってもリオとの婚約破棄の打診がありません。名目上は私の婚約者が令嬢に囲まれているのを嫌そうな視線で見つめる令嬢達がいます。特に婚約前からリオと私の仲を勘違いして絶賛していた令嬢達の目が怖いんです。伯爵令嬢に夢中だったリオに向ける視線よりも冷たいものになっています。それでもありがたいことに彼女達は私の言葉を聞いてくれます。
一番困るのは感情のままに動く存在です。リアナがここまで怒るとは思いませんでしたが何度目かわからないやり取りをします。

「レティシア、あれはいいの!?婚約者じゃないの?」
「政略結婚に愛などありません。お願いですから関わらないでください」
「あんなに令嬢を…」

窓から見えた令嬢に囲まれるリオを見るリアナの不満そうな声にため息が我慢できませんでした。

「リアナだって同じことをしてましたよ。自己責任ですわ。私は何も思いません。愛人との子にビアードの財産は一切渡さないことだけわかってもらえればいいんです」
「あんなに付き纏ってたのに」
「飽きたんですよ。ほら怖い顔をやめてください。手を動かしてください。そこ違ってますよ。マール様や周りの令嬢に喧嘩を売りに行ったらリアナと過ごしませんから」
「レティシア様、私も納得いきません」
「ベリーも気にしないで。ビアードにとって利があればいいんです。私は気にしてませんから。エイベルの迎える令嬢さえマトモならいいんですよ。お父様がどなたを選ぶか楽しみですね」

リアナはともかくベリーまで嫌がるとは思ってませんでした。ベリーはいずれビアード家門の騎士に嫁ぐと意気込んでいます。将来的にリオと関わりたくないんでしょう。愛人問題でビアードを揺るがさせませんし、いずれ婚約破棄しますわ。婚約については口にできませんので宥めるようにお菓子を勧めます。リアナ達には勝手に動かないでほしいとお願いしています。なぜか一部の令嬢達の間では私はリオに酷いことをされて捨てられたことになってます。私がリオに苦言を言って嫌われたことになってるので間違ってはいないような…。私を慕ってくださる令嬢達にありがたいとは思ってますよ。お願いだから喧嘩しないでくださいませ…。
リオの気配を見つけるとリアナを連れて移動するようにしています。男爵令嬢が公爵子息に喧嘩を売りにいくなんて危険ですから。今度は庇ってあげられないので自重してくださいな。
平穏な生活が恋しいですわ。お願いですからこれ以上余計な仕事を増やさないでください。フィルと遊びに行きたいのに時間がありません。
私の部屋だと荒れたリアナが乗り込んでくるので仕事が進まないことに気付きました。
アロマがリアナを見張ってくれると言うので任せました。面倒なことが増えるのはやめてほしいです。私を気遣ってくださるなら自由な時間を潰さないでください。どんなに願っても願いは届きません。それでも祈ることはやめられません。
仕事が溜まっているので部屋を明け渡して書類を抱えてエイベルの部屋に逃げることにしました。エイベルの部屋に突撃する生徒はいないので仕事が進みますわ。当分はエイベルの部屋で過ごしましょう。静かな部屋がありがたいですわ。

「マールと婚姻したいか?」
「私はお父様の命令に従います。もしも破棄するなら咎はうちで引き受けることを望みます」
「そうか」
「私は大丈夫ですよ。心配しないでください」

なぜか機嫌よく笑っているエイベルに乱暴に頭を撫でられました。満足したのか頭から手をどかして書類を提出に去っていくエイベルを見送りました。私の書類も一緒に提出してくれるさり気ない優しさに頬が緩みます。
生徒会で会うとリオから探られる視線を向けられます。できれば会いたくないので助かります。お互いの平穏のために関わらないことが一番だと言いたいですが、無礼ですし関わることは面倒なので諦めました。

****

リオは毎日令嬢達に囲まれて過ごしてます。
笑顔で腕を抱く令嬢の手を握っている元気そうな顔に安堵します。セリアの薬に記憶喪失以外の副作用がなくって良かったですわ。リオを見かけても胸の痛みは無くなりました。生徒会で会うとリオからの突き刺さる視線の意味はわかりません。できれば早く相応しい令嬢を選んで幸せな人生を歩んで欲しいと思います。一度切れた糸は戻りません。そして結び直すために動く気もありません。必要ないことですから。最近はリアナが腰に抱きついてきます。淑女の行為ではありませんがクロード殿下が気にしないので嗜めるのをやめました。平等の学園ですし、多少なら羽目を外してもいいでしょう。イチコロせずに喧嘩を売りにいかずに生活してくれるなら。

「価値観はそれぞれです。貴重な学生生活を楽しみましょう。図書室に行きますがどうしますか?その後エイベルの部屋でお菓子を作りましょうか」

不満そうなリアナの頭をロキにするように撫でると頷きリオ達を睨むのをやめました。図書室に向かうためにはリオ達の前を通らないといけません。運が悪くリオ達はどうしても避けられない場所で見かけることが多いです。視線さえ合わなければ気配を消して立ち去りますが。

「私にお任せください。望まれない婚約をしているリオ様は私がお慰めします」
「私が心も全てお支えしますわ。ビアード様もよろしいでしょう?」

「ごきげんよう。どうぞ。失礼します」

無礼な令嬢達よりもリアナが令嬢達の挑発に乗らないように気をつけないといけません。リオと令嬢達に笑みを浮かべて礼をして立ち去ります。リオの周りに見覚えのある後輩達がいます。

「待っ」
「レティシア様!!一緒に行ってもいいですか」
「図書室に行きますので静かにしてくださるなら」
「おすすめの本を教えてください」
「わかりましたわ。新しい植物図鑑が入りましたよ。興味深いものが」


リオに不満を持つ令嬢達を引きはがします。喧嘩を売らないと信じたいのですが武門貴族は直情的に動いてしまうときがあります。リオがリアナを呼んでますが名前を言われてないので聞こえないフリをしましょう。リアナがイチコロするとは思えませんが、私の平穏のためにリアナはやめてほしいです。ベリーが更生させ、令嬢達と問題を起こさないように育てあげましたのに。さすがにルメラ男爵家への婿入りはマール公爵家が許しがでるか、余計なことは考えるのはやめましょう。お互いに関わらずに充実した学園生活を送ればいいでしょう。新しくできた魔導具の設計書をクロード殿下に見せたら興味を示されるでしょうか。クロード殿下はサーカスよりも魔導具のほうが興味を持たれています。サーカスの良さは実際に体験しないとわかりませんが、気持ちが高まるようにまた魅力を語ってみましょう。



「マール様はようやく気付いたんですね」
「平等の学園であり自己責任ですわ。私は関与しません」

マートン様の嫌味も流します。意外なことにマートン様はリオを追いかけていません。リオを囲む令嬢の塊に入っていくつもりはないようです。どんどんリオの取り巻きの令嬢達が増えています。今世のリオは特に大人気です。やはり女好きという噂は本当でしたわ。アナ達には関わってはいけませんと伝えておきましょう。リオの争奪戦に巻き込まれたら大変ですわ。


***


授業中にセリアから緊急の呼び出しを先生が伝えに来ました。先生さえも好きに使うのは流石セリアですわ。授業をしている先生に礼をして、案内されたのはセリアの研究室。先生は中に入ることなく立ち去りました。セリアの研究室は怪しいものがたくさんあり、また実験に失敗して被害者が出たんでしょうか。時々あるので扉を開けて中に入るとセリアが立って一点を見つめていました。近づき視線の先を確認すると頭を抱えてうずくまっている生徒がいました。見覚えのある濃紺髪に驚き膝を折り顔を覗くと全身に滝のような汗を流し震えています。真っ赤な顔で呼吸も荒く苦しそうに目を閉じており、じっとりとした肩に手を置きます。

「マール様!?」

苦しそうな顔をしているリオに治癒魔法をかけようとすると魔力が発動しません。この感じは魔封じ…。リオを被験者にした楽しそうに観察しているセリアを睨みつけます。

「何をしたんですか!?」
「彼が望んだこと」
「魔封じを解いてください」
「解けないわ」
「ディーネ、魔封じ壊して」

ディーネが反応しないなら水魔法の魔封じと精霊除けが仕込まれているでしょう。リオを連れてこの建物から出るしかありません。なんでこんなことになってるんでしょうか。

「リオ様、少しだけ我慢してください。セリアでもリオ様が死んだら許しませんわ」
「死なないわ。記憶を戻す薬を飲んでるだけよ」

やはり被験者になってましたわ。バカなんですか!?学習能力ないんですか!?

「解毒薬をください。なんで飲ませたんですか!?被験者にしないで」
「了承は取ってるわ」
「バカなんですか。ありえませんわ。そんなことのために」

セリアは研究のためなら手段を選びません。リオは被験者の欲しいセリアに誘導されましたの?記憶を失ったことをリオが気づくはずはありません。おバカなリオを引っ張り部屋を出るしかありません。

「リオ様、ごめんなさい」

リオの手を引いても力の入っている体は重たくて動きません。無理でもここで治癒魔法をかけるしかありません。セリアは絶対に解毒薬をくれないのはわかっています。助けを呼びにいく間に何をされるかわかりません。研究経過を観察するために邪魔なものは全て排除するセリアなら解毒薬を処分することくらいやりますわ。リオの震える手を握り治癒魔法をかけようとしてもできません。ルーン一族の魔法は使えません。ただもう一つ、ディーネの力を借りる方法があります。魔封じの解き方は調べました。王宮で襲われたことを反省してきちんと練習しました。同じ間違いは起こしません。魔封じの魔力を超えればディーネの力を使えます。私の魔力で魔封じを破ってディーネに治癒魔法を頼めば可能性はあります。顕現できなくてもディーネにはきっと声が届きます。私の相棒最高ですもの。両手を握って天窓から覗く青空に祈りを捧げながら口を開く。

「レティシアが望む。かの者に癒しの力を降り注ぐことを」

ディーネにお願いができたはずなので次は魔封じを壊します。
いつも足に隠しているビアードの紋章入りの短剣を取り出し、髪を掴んで切る。魔力を帯びた髪に左腕を切り血に染めます。銀の髪が血で赤く染まるとキラキラと輝き出しました。ビアードの血には魔力を増幅させる力があります。左腕から流れる血を指につけて空間支配の魔方陣を書く。書き上がった魔法陣の中心に髪を置くと小さな魔力を感じたので体中の魔力を放出して詠唱します。この空間を私の魔力で満たすために一気に。魔方陣が輝き、どんどん大きく広がり冷たい魔力が部屋を覆う。パリンと音がして、魔方陣が解け消えたので部屋に仕掛けられている魔封じが解けましたわ。

「我が髪と血を媒介にかの者に癒しを与えよ」

女神姿のディーネが私の魔力と詠唱に呼ばれて出てきました。
ディーネがリオに手をかざすと雨と光が降り注ぐ。リオの苦痛の顔が段々和らぎ、呼吸も落ち着き震えも止まりました。ぐっすりと眠るリオの頬にに触れると温かく、魔力の乱れもなく落ち着いています。気持ちよさそうに眠る顔にほっとして長い息を吐くと力がぬけ視界が歪み真っ暗になりました。
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