追憶令嬢のやり直し

夕鈴

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第百二十二話 後編 大事なこと

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目を開けると誰かの腕の中にいました。耳には胸の鼓動が聞こえ、体に馴染むよく知っている温もり、頬に手を伸ばし指で触れると温かく、瞼が上がった銀の瞳は優しい色、生きてます。

「バカ。なんて無茶を。セリアの被験者になるなんて死んじゃうかと思いました。どうして」
「どうしても思い出したかった」

ありえません。死んだら終わりなんです。私なんかの記憶のために、なんて危険なことを。

「記憶なんか」
「他はどうでもいいけど、君のことだけは別。傍にいるよ。約束する。ただいま」

いつもの調子の良いリオの頭を撫でる手に力が抜けて視界がどんどんぼやけていきます。

「バカ。お帰りなさい。もう二度とごめんです」

「二人の世界は後にしてくれる?レティシア、説明がほしいわ」

涙を拭いて、体に力を入れて楽しそうな笑顔のセリアを睨みます。

「覚えてません。リオを被験者にしたことはセリアでも許しません」
「予想外の結果よ。気が狂いそうだったからレティシアの顔を見れば耐えられるかなと思ったのに」

また正気を失うような薬を飲ませたなんて許せません。私の顔を見ても何も起こりません。いくら被験者が欲しくても酷い。

「同意もなく被験者にしないでください。人体に害がないって死なないことではありません。意識や精神がおかしくなるのも駄目です。セリアの基準はおかしいです」
「厳しい基準すぎない?レティシア、でも記憶が戻って良かったでしょ?」
「私はすでに断りました。記憶より体が大事です。リオを危険にさらしたことは許しません。もう今後一切協力しません。魔力も血も提供しません」
「ビアードは困るんじゃないの?」

天才でなくても、セリア以外の伝手はありますわ。試すような笑みを浮かべるセリアに笑みを返します。

「シオン伯爵かセリアのお兄様にお願いします。もしくはサラ様とレオ様を頼ります」
「レティシア、落ち着いて。俺は大丈夫だから」
「なにが、」

体に力が入らず瞼の重さに負けて目の前が真っ暗になりました。





***

目を開けると天井が見えます。胸の上にはディーネがいます。なぜか私の上に跨がっているリオがびっしょりと濡れてます。

「リオ、なんで濡れてるんですか?」
「なんで、猫が」

猫?
頬を染めて呆然と呟くリオに笑顔でごまかします。学園では個人の動物の飼育は禁止されてます。ディーネを見えるんですか…。このリオは私のリオではありませんわ。

「内緒にしてください。私の友達のディーネです」
「話してなかったか?」

ディーネの声が聞こえるわけないですよね…。契約者にしか聞こえないはずですわ。寝転んでいる体を起こして笑ってごまかしましょう。

「リオ、疲れてますね。ゆっくり休んで下さい。そろそろ授業に戻らないといけません」
「シアって呼んでいい?」

顔色も良くリオが元気になって良かったです。ディーネのことを追究されないように逃げましょう。この際、呼び名はどうでもいいですわ。ディーネの正体は知られるわけにはいきません。

「こだわりますね。構いませんわ。私は失礼します」
「レティシア、待って、髪、」

椅子から立ち上がると腕を掴まれました。リオの視線を受けて髪を切ったの忘れてました。カツラが必要ですわ。魔導具は髪の色だけで長さは変えられません。
学園を抜け出して市に買いに行くしかありませんわ。全てセリアの所為にしましょう。シオン伯爵令嬢の研究への協力のためなら授業を休んでも許されます。課題が出るかもしれませんが仕方ありません。

「大丈夫です。リオはゆっくり休んで下さい」
「せめて、もう少し毛先を整えないか…。おいで」

リオは器用なので、なんでもできるんですよね。
言われるままに前に座ると、髪が少しずつ切られています。

「貴重な髪を」
「髪はいずれ伸びます。リオの命よりも大事なものはありません」
「命の危機じゃなかったのに」

後ろから不満そうな声が聞こえますが、リオはセリアのことを分かっていません。セリアにとって治癒魔法の効果があることは全て安全なことに含まれます。

「セリアの言葉はあてになりません。長い方が好みですか?」
「短髪も可愛いよ。貴族社会だと生きにくいだろう。ビアード公爵になんて説明すれば」
「セリアの所為にします。リオは関係ありません」

気にしなくていいのに。リオの手が髪から離れて後ろから抱きしめられました。
慣れたぬくもりに力が抜けます。リオが元気ならなんでも良いです。いなくなるのは寂しくて痛くて苦しかった。必死に見ないフリをして世界から消そうとしてましたが、もう認めましょう。一番大事なのは私のリオですが、ぬくもりを与えてくれるリオも大事です。体は正直ですわ。

「俺と一緒に卒業してくれないか。早く婚姻したい」
「リオがお父様に勝てたらです」

成人しても許可がなければ婚姻できません。

「ビアードから婚約破棄の書類が。土下座すれば許してもらえるかな」

初耳ですわ。マールではなくうちから?土下座は無意味だと思います。リオの得意な頭を使えばいいのに。このリオは頼りになりません。そんなところも可愛いと思う私も中々重症ですわ。

「リオの腕の見せ所ですね。私と婚姻したいなら頑張ってください」
「シアはどっちの味方だよ」

不満そうな声ですが私には選ぶ権利はありません。婚姻は両当主の判断に従うだけですわ。

「中立です」
「冷たい。俺のこと好き?」
「はい」

拗ねてるリオに笑みがこぼれます。そういえば、今のリオなら通じるんでしょうか。

「リオ兄様、大好きです。結婚してください」

顔を見ると目を丸くして、赤面しています。

「シア、国外逃亡しよう。小さな教会で式をあげて二人っきりで生活を。苦労はさせない。幸せにするよ」

うっとりと語るリオは情緒不安定かもしれません。国外逃亡なんてありえません。

「冗談です。落ち着いてくださいませ」
「冗談なのか…」
「私はビアード公爵令嬢ですから」

首筋に口づけられ、振り返ると甘い瞳で見つめられました。長い指に顎を持ち上げられ、触れるだけの口づけに胸がじんわりとします。

「シアの綺麗な髪が隠れるのは嫌だからこのままで」

耳元で甘く囁かれ途中から聞き取れません。
髪を一房手に取り、甘い瞳で髪を見つめそっと唇を当てられ、心臓の鼓動が速くなっていきます。髪に口づけられただけなのに、覚えのある感覚に気合いを入れます。負けてはいけませんわ。

「貴族令嬢として」
「毎日、俺が結うよ」

とろけそうになるくらい甘い笑みを向けられ気を抜くと何も考えられなくなりそうです。胸の鼓動がどんどん大きくなり、体の熱が上がっていきます。

「そんな時間ないのに」
「訓練の後で会いにいく。いつもの木の上にいてよ」

いつも?平常心を取り戻さないと。深呼吸します。思考はできるので大丈夫ですわ。
おかしいことを言ってますわ。でも正気を失ったり、死にかけたりするのはもうごめんですわ。リオが笑ってくれるなら構いませんわ。もう二度と見たくありません。

「わかりました。待ってます。早くお父様に勝ってください」
「ああ。勝てなかったら攫うから」

リオは頼りになるかならないかわかりません。一人だと生きられなそうですわ。心配で攫われたら一人にできないから側にいるかもしれないと思ったのは内緒です。

「バカなことは言わないでください」
「今日は俺と過ごして。勉強は教えてあげるよ」
「課題が出たら手伝ってくださいね」
「もちろん」

抱きしめる腕の温もりを手放す気がおきずカツラを探しにいくのはやめました。
触れられるだけで、胸がじんわりと温かくなる感覚がたまらず、リオの腕の中にいると時間はあっという間に過ぎてしまいます。どっちのリオへの感情かは考えることを放棄し、心のままに甘えてしまいましょう。目の前のリオが幸せそうなので…。







馴染む声に耳を傾けていると気づくと窓の外が暗くなってきました。

「リオ、そろそろ」
「ビアード公爵にどうしたら勝てるかな」
「頑張ってください」

リオの腕が解け、膝の上から降ろされて離れていく姿に寂しさがよぎりました。
すぐに戻ってきたリオが嬉しそうに笑い抱き上げてくれました

「どれがいい?」

渡された箱の中には色とりどりのリボンがありました。リオの部屋から私の痕跡は全て消したのにどうしてあるんでしょうか。濃紺の下地に銀糸の刺繍のある美しいリボンを渡すと強く抱きしめられました。謝らないといけませんが、今日はやめましょう。無粋なことを考えずに温もりを堪能させてもらいましょう。

「魔石も飾っていい?」
「あんまり、重たいのは嫌です」
「小さいのだから」
「おまかせします」

リオの手で髪が編み込まれていきます。懐かしい感覚にいつの世も器用な手が羨ましいです。

「シアの髪に俺の色が」

感極まる様子が可愛くてまた笑みが溢れます。手を繋いで部屋を出た途端に短い髪は視線も集めました。寮に帰ると私の髪に飾ったリボンと魔石への問いかけが凄かったです。短い髪よりも不仲の噂が広がっていた私とリオが一緒にいることのほうが衝撃が強かったようです。貴族社会は情報戦なので髪よりも両家の関係のほうが重要な情報ですわね。
切られた髪はセリアの所為と説明すると何も言われませんでした。国に認められるシオン伯爵令嬢の研究への貢献は評価されますので。

***

リオは髪飾りを作り始めました。リオの髪色にそっくりな濃紺の素材に魔石を飾っています。あまりにたくさん作るので、いらないと断っても贈られ続けます。どんどん部屋に溜まっていきます。
卒業が近づいているため一緒にいる時間を増やしたいと言われ、放課後は生徒会があるので朝に逢瀬の約束をしました。
二度目の人生では枯れてしまいましたが今世は立派に成長しているお気に入りの木で待ち合わせをしています。
伯爵令嬢に諦めるからお菓子を食べて欲しいと願われ、前に進む手伝いをするために口にいれたそうです。迂闊な行動を後悔されてました。反省しているならもう終わったことです。私への言葉を気にされていますが私も酷いので。反省したら後悔して蹲るよりも前に進むほうが大事です。
心地よい風を感じながらリオの訓練の様子を眺めるているとリオは飛べる時間が増えました。時々視線が合うので手を振ると嬉しそうに笑いますが集中できているんでしょうか。元気な姿に安心します。リオの見たくない姿を二度も見ることになるとは思いませんでしたわ。
訓練を終えて制服に着替えたリオは私を抱きしめて満足すると顔をあげて髪を結います。一緒に食事をして手を繋いで登校するのが日課になりました。抱き寄せられる腕に甘えてぼんやりしながら過ごす時間が幸せです。願わくばこれからも一緒にいられればいいと思います。
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