追憶令嬢のやり直し

夕鈴

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第百三十二話後編 初恋作戦

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恋とはどうすれば経験できるのでしょうか。
エイミー様にもカトリーヌ様にセリアにも見惚れないエイベル。美人も可愛いお顔も駄目なんでしょうか。

「お兄様、恋をしましょう!!」
「邪魔」

腰に思いっきり抱きつくと頭を叩かれました。

「ソート様はどんな方がお好きですか?」
「俺に尽くしてくれて母上達とうまく付き合える令嬢」
「エイベルもソート様くらい意見を持ってください。ビアード公爵夫人に相応しい方はたくさんいますわ。エイベルを押し倒せる令嬢はいませんし。未亡人好き?」
「母上と妹で手一杯だ。レティシア、暇なら付き合え」
「かしこまりました」

空に上がって戦うエイベルに令嬢達が歓声をあげても見向きもしません。エイベルを水浸しにして頬を染めて見ている令嬢。水も滴る姿にイチコロ?令嬢に水を滴らせるわけにはいきません。エイベルは積極性のない令嬢ならお話できます。大量の荷物を運んでいれば自然に手伝いますし、転んでいれば手を差し伸べます。令嬢には人気なのに誰にも見向きはしません。エイベルの教室に令嬢を連れて食事に同席させてもずっとソート様と話していました。手作り弁当というものに憧れると言うので用意していただいたのに手をつけませんでした。

「エイベルをイチコロさせる令嬢がどこかに転がっていないでしょうか」

令嬢をエイベルに向かって思いっきり突き飛ばしても、うっとりするのは令嬢だけ。

「クロード様、恋の体験ができる魔法はありませんか?違法にならない」
「美姫の国に連れていくか?男の夢が詰まったという」
「恋であり欲を求めているわけではありません。恋に落ちるというものを色々試しましたが効果はありません」
「勅命出そうか?」
「いえ、お気持ちだけで」

侍従が淹れたおいしいお茶を飲みながらため息をつきます。クロード様の冗談に力が抜けました。ブリザードが吹き荒れることは時々ありますが、健やかなお顔を見れることが嬉しく思います。

「王族扱いされない生活はいかがですか?」
「顔が良く見えるから思考が読みやすい」
「クロード様も恋慕う方ができれば教えてくださいませ。協力致しますわ」
「必要ない感情だ。レティシアはあるのか?」
「はい。夢の中では優しくて頼りになる殿方に恋をしましたわ」
「夢か。エイベルに初恋しろと言える立場か」
「私は婚約者がいますので夢の初恋で充分ですよ。それに恋を知らない方が生きやすいと思ってしまう私はお母様のお考えを理解できません」
「公爵家は政略結婚は少ない。だから」

言いよどむクロード様の思考はわかります。アリア様の悪戯がクロード様の心に闇を落としました。私は絶対にクロード様の罪を認めません。アリア様が療養中であっても容赦しませんわ。生前に私はクロード様のためだけにあるようにとアリア様に教わりました。私は教え通りアリア様のお心を受け継ぎます。教えがなくても自業自得ですので同情の余地はありません。明るい笑いを浮かべます。

「クロード様は何も悪くありません。恋に狂うのは自己責任ですわ。私達はただ人です。どんなに律しても心が抑えきれないこともありましょう。夫婦問題は子供には関係ありませんわ」
「レティシアもあるのか?」

暗さを持つ瞳に悪戯顔で笑いかけます。真面目なクロード様が気にしないですむようにまたロダ様と相談しましょう。

「内緒です。令嬢の心を覗こうなど無粋なことはやめてくださいませ。今度のお休みはどこに行きますか?」

侍従に声を掛けられたのでお茶の時間は終わりです。打ち合わせも終わり資料を持って退室しました。訓練場に顔を出すと今日も訓練をしています。強くなるのに必死なエイベルに恋は必要なんでしょうか。ルーンにも王妃教育にも恋の教えはありません。感情を隠して優雅に笑顔でいることだけを求められました。ビアード公爵夫人の考えはわかりません。ビアード公爵夫妻は一目で恋に落ちたと聞きましたが私にはわからない感覚です。リオを好きなことは覚えておりますが恋をした瞬間はわかりません。

「ここにいたのか。シア?」
「恋心は必要なんでしょうか?」
「価値観はそれぞれだ。恋にも才能があるって母上が言っていた。恋に夢中になり追いかけられるのは才能のある人だけだって」

応えがあることに驚き横を見るとリオがいました。才能ですか。恋に気付いてもきっと私は夢中で追いかけられませんわ。生前は国外逃亡した私をリオが追いかけてきてくれましたが逆の立場なら私は追いかけられなかったと思います。

「私もエイベルもありませんわね。迷った所で結論は変わりませんね。どうされました?」
「手伝いが終わったから顔を見に」
「お嬢様、ビアードから伝令です!!外出届は処理してあります」

駆けてくるロキの気遣いに頷き、駆け出し学園の門を出るとマオが待っていました。マオの風で飛べばビアードまですぐです。
診療所に着くと真っ青な顔で倒れている夫人がいました。治癒魔法をかけますがもう胸の音は小さく消え始めています。魔法は反応しません。

「家族を呼んでください」

血を失い過ぎています。魔力のない者は失った血を魔力では補えません。
祈りを捧げて家族に伝えるように命じて退室すると赤子を抱いて走る男性とすれ違いました。手配は医務官達がしてくれるでしょう。
赤子を生み、意識の戻らない夫人を診療所に運んだ時にはすでに遅かったんでしょう。
ビアードは出産は産婆が立ち合います。ビアードの誇る産婆を否定するわけではありません。ですが誇り高い産婆は出産の際に医務官を同席させるという申し出は嫌がられます。
ビアードの産婆は絶対の自信を持っているので医務官も治癒魔導士も部屋に入れるのを嫌がります。そして赤子を取り上げたあとの責任は一切持ちません。無事に出産が終えればいいという恐ろしい思考の持ち主です。ビアード公爵夫妻はなぜか絶対の信頼を置いていますが、産婆のいない環境で育った私には理解できません。ルーンは医務官が産婆の代わりに付き添い母子共に体が回復するまで責任を持ちます。産婆の意識改革は無理でしたわ。幼子の言葉は流され私の実績の薄さでは説得にかけました。子供を取り上げた経験はありますが数では劣ります。ビアード領の子供を私が一人で取り上げるのはできません。頑丈な領民が多いからなのか、諦めを知っているからかその後の悲劇を受け入れられているのでしょう。

木に登って冷たい風を感じます。
エイベルの初恋よりも大事なことがありませんか?
でもビアード公爵が相応しくなることのほうが大事なのでしょうか。ルーン公爵に治癒魔法を教えてもらうたびにルーンの治癒師が欲しくなってしまいます。頭にポンと置かれる手に顔を上げるとリオがいました。

「リオも帰られたんですね」
「ルーンの力を借りないのか?」
「頑張りますよ。ふがいないですわね。私の指導不足ですわ」
「どう考えても」
「新しいことを始めるよりも変えることのほうが大変です。歴史があるものは尚更。それに救われているのも事実です」

マールにもルーンの治癒師が派遣され産婆の文化はありません。だからビアードの酷い惨状が信じられないのでしょう。
価値観の不一致はどうにもならないことです。
ビアード公爵令嬢なのでビアード公爵夫妻が大事にするものは大事にするように振舞います。感情を見せないで動くのは得意です。
そして必要性がわからないことでもやるべきことも変わりません。
弱気になったことを見つからないように明るく笑いかけます。
やることはたくさんありますわ。
まずはビアード公爵夫人の命令を叶えるために動きましょう。


頬を撫でる風にふと気づきました。
ルーンの治癒師を恋しく思う気持ちは恋に似ています。
放課後に作戦会議を開きましょう。リオが学園まで送ってくれるというので風で送ってもらいました。安定した飛行に笑みがこぼれました。

「恋とは難儀なものですわね。手が届かなくても欲しくてたまらなくなります。そして反対されるとさらに盛り上がるのが初めてわかりましたわ」
「シア!?」
「送っていただきありがとうございます。気を付けて帰ってくださいませ」

礼をして学園に帰りました。
私にとって絶対的なウンディーネ様の教えと治癒魔法。そして産婆はノーム様の生まれる力を信仰しています。
理想の形が違うので反発します。
私にとっての理想の実現に邪魔なものを排除したくなる。
恋敵を排除したくなった当時の嫌な私と同じです。
絶対の立ち位置を取られたくなかった私。
私情に流されてはいけません。任された箱庭の中でできることを探しましょう。
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