追憶令嬢のやり直し

夕鈴

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兄の苦労日記37

長期休みになりビアード公爵邸に帰ってきた。
今年は近衛騎士試験があるので、訓練に力を入れている。
いつの間にかマールは母上に気に入られてうちに住んでいた。マールを認めていない家臣達が妹に近づけないように動くから心配はしていない。
母上に挨拶に行くか。末の妹の話は着替えるために私室に戻った時にレティシアから聞いている。

「おかえりなさい。イナリアよ」
「ただいま帰りました。母上の体調に変わりなく」
「遊んで!!」
「レティシアに遊んでもらえ。じゃあな」

母上の膝の上に座っている小さいのにきちんと話す初めて見る妹はビアードの天才なんだろうか?
時々成長の速い子供が生まれると聞く。来週に試験があるので遊ぶ時間はない。
制服から着替えたレティシアが来たから任せるか。

「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
「明後日に出立します。ビアードの社交はリオにお願いしてあります。お茶会がありますのでこれで」

部屋を出ようとすると魔力の気配がした。
イナリアが手に持っていた玩具が宙に浮いている。レティシアが受け止める前に玩具が風に包まれた。

「壊れますよ。シア、お帰り。令嬢達がすでに集まっているよ」
「早いですわね。ありがとうございます」

魔法の気配はマールの風か。
礼をして去っていくレティシアを見守るマールは珍しい。いつもなら付いていくのに。

「ビアード、これ、渡しとくよ。俺はシアを呼びにきただけなので失礼します」

渡されたのはイナリアが遊んでいたボール。ずっしりと重みがある。

「エイベル、遊んであげなさい」

母上の膝から降りたイナリアが足に抱きついた。
もう飛び跳ねるのか。母上の評価は親バカじゃないのかもしれない。
イナリアにボールを渡し風で包んで母上の膝に返す。昔は俺達もよく風で飛ばして父上に遊んでもらったな。楽しそうに笑うイナリアを母上に預けて捕まる前に退室する。
着替えて外に向かうと客室の扉の前にはナギが立っていた。

「おかえりなさい。エイベル様」
「何してるんだ」
「リオ様からの命令です。兄さんもすぐに来ますのでお構いなく」

扉が開くと客室から出てきたのは脳天気に笑うレティシア。

「ナギでしたの。ナギ、暇ならいらっしゃい。無礼講なので一緒にお菓子を食べましょう。ロキも呼んであります。ロキのお祝いの準備はローナとナギに任せます。お行儀よくお願いしますね」
「はい。お嬢様」

レティシアに手を引かれてナギが中に入っていく。今日は恒例のレティシア主催のお茶会か。

「任せるよ。ロキ」
「かしこまりました。眠らせます」

ロキと話していたマールが俺の前で足を止めた。

「イナリアの面倒は見ないのか?」
「母上と一緒だ」
「レティシアは忙しいからお前が面倒みろよ」

マールもロキを連れて客室の中に入っていく。
レティシアは子供が好きだから喜んでイナリアの面倒を見るだろう。
マールがおかしいのはいつものことか。ロキがいるならレティシアには手を出さないだろう。訓練するか。


***

「行ってきます。お土産楽しみにしていてください。運よく大道芸がありますのよ」

楽しそうなレティシアが旅立った。
昔は国外に行くことに不安を覚えたがディーネもいるし、強くなったので心配はしていない。
レティシアを送って邸に帰ると書庫が荒らされていた。
執事長は慣れた手つきで片付けている。

「これは?」
「お嬢様です。部屋に入り欲しい物が見つかるまで離れません。怪我はありません」

イナリアが邸の中を歩いているのはよくある光景なのか。
乳母もいるし大丈夫だろう。遊んでとねだられると風で飛ばして乳母の腕の中に返して立ち去る。両親はイナリアを溺愛している。昔のレティシアを思い出すとあいつも手がかかって大変だった。


近衛騎士選抜試験の一次は難なく通過した。
レティシアがいないので視察に歩きながら魔物を退治する。
そろそろ罠を仕掛け直したほうがいいか。フィルがラマンと契約してから純度の高い火の魔石が手に入るのはありがたい。準備をするために邸に帰るとマールに声を掛けられた。

「イナリアの行動制限しなくていいのか?人の部屋に勝手に入って荒らすって」
「そのうちわかるだろう。怪我さえしなければいい」
「俺にはビアードの天才には見えない。何度もレティシアに怪我をさせている。蹴とばされて頭から血を流し、玩具を投げられ痣をつくり」
「大袈裟だ。レティシアも昔からかすり傷だらけだった」
「幼い頃から矯正すべきだよ。ティアラ・ルーンの教育はすでに始まっている。まだ歩けないが部屋の中で過ごすことを覚えているよ」
「坊ちゃん、準備ができました」
「ビアードの森に行く」
「俺がやるよ。レティシアから教わった。これからビアード公爵夫人が出かけるから妹の面倒みろよ。俺は嫌だ」

「エイベル、リオ遊んで!!」
「俺は忙しい。ビアードが遊んでくれるって」

部屋に入ってきた足に抱きつくイナリアを引きはがして風魔法で飛ばす。笑っているから楽しいんだろう。

「降ろして!!」

床に降ろすと楽しそうに笑う。家臣達もイナリアをゆるい顔で見ている。また溺愛が始まるのか。
昔はレティシアを追いかけるのが大変だった。今度はレティシアが追いかける番だろう。
イナリアは乳母に任せて騎士達を連れて罠の設置に行く。
まさかレティシアが罠の設置をマールに教えているとは思わなかった。領主一族の役割なのでマールに任せることはできない。


罠の設置が終わって討伐した食材を振舞う宴会が開かれている。
イナリアは母上の膝の上で食事をしている。母上は上機嫌に食べさせている。イナリアが母上の機嫌を取って相手をしてくれるのは助かる。

「好みのご令嬢は見つかりました?」
「母上の判断に任せます」
「まだ半分残ってますから。学園が一番恋が生まれる場所よ」

話を聞き流す。恋に興味はない。
友人達が令嬢に騒ぐ理由もわからない。
俺はマールの様な頭のおかしい人間になりたくない。レティシアを捨てたことを忘れたように付き纏えるような男に。お人好しな妹が許しても俺は許していない。この男を妹に近づけないためにも強くならないといけない。
今年は武術大会に優勝する。時間があればターナー伯爵家にも行きたい。
マールを排除する時間は惜しいが仕方がない。それでもやりたいことがたくさんあり色恋にさく時間はない。
母上達が気に入る令嬢を選べばいい。俺はビアード公爵夫人として相応しく母上達とうまくやれる令嬢なら誰でもいい。
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