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第百三十八話 価値観
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クロード様とエイベルが卒業しました。
エイベルは近衛騎士試験に合格しました。ビアードでの盛大な成人祝いが終わりました。エイベルには合格祝いに回復薬を頼まれたので品質の良いものと遠征道具を贈りました。珍しく素直に喜んでいましたわ。エイベルには妻がいないのでしばらくはエイベルに必要なものは私が揃えてあげましょう。騎士が心置きなく務めに励めるように支度を整えるのは妻の役目ですがまだ婚約者も決めてくれませんので。そろそろお見合いを再開させてもいいでしょうか?エイベルはビアード公爵邸から通っていますが騎士寮に泊まることもあります。近衛騎士として忙しくビアードのことはビアード公爵夫人と私が預かります。
まだ学園は始まっていないのでビアード公爵邸で過ごしています。そして今日もパタパタとビアード公爵邸を走るイナリアを追いかけます。まだ1歳ですのに体が大きく、よく動きよく話します。ティアラと2カ月違いで生まれたようには見えません。
「イナリア、やめなさい。危ないですよ」
「嫌」
「もう少し大きくなったらです」
「リオがいい」
「リオのところに行きましょう」
壁によじ登り飾ってあるビアードの剣に手を伸ばすイナリアを抱き上げます。危ないことは力づくでも止めます。ルーン公爵夫人の言葉を見習いきちんといけないことは止めます。私の腕の中で暴れる背中を宥めるようにポンポンと叩きます。リオはビアードの騎士に混ざって訓練をしていますがイナリアを連れていけば邪魔になりますよね。イナリアに嫌われていますがあやし方のコツをマール公爵夫人に教わりました。
「新しいドレスが届きましたが見に行きますか?」
「いく。私のドレス」
子供は好奇心が旺盛です。我慢させねばいけない時は別の物に興味を向けることが有効と。
イナリアは好きな物が多くその一つがドレスです。ビアード公爵夫人がイナリアのために注文しているものです。私のお抱えとは違い貴族御用達の店のオーダーメイドです。大人しくなったイナリアにほっとしながら頭を撫でて納品されている部屋に行きます。赤、桃、黄色と明るい色のドレスが3着ほど。隣には私のドレスも納品されてます。またリオが注文したんでしょう。予算内で収めていただくので構いませんが。私の腕から飛び降りたイナリアが上手に着地しドレスの前に駆けていきます。
「着替えますか?」
「これ!!」
「それはまだイナリアには大きいですよ」
「これ着たい!!」
イナリアが指さすのは青い生地に濃紺の花が飾ってある私のドレスです。私のドレスは大きすぎてイナリアは着れませんわ。
「マナ、似た色のドレスを。寄付していないものがありましたよね」
頷いたマナが持って来たのは私が社交デビューの時に着たドレス。これも大きいですがまだマシです。
「これはいかがですか?」
「やだ。これがいい」
「同じ色で作りましょう。この紺の花をイナリアのドレスに飾ったらいかがかしら?」
私のドレスの装飾品は取り外しできるように作ってもらっています。紺の花を取り黄色いドレスに付けますが似合いません。私の装飾品はイナリアの好みの明るい色には合わないものばかりですわ。
「これもつけて!!」
イナリアが指さすのは社交デビューに着たドレスに飾られた真珠とレースです。マナに頼んで望むままにさせます。趣味の悪いドレスができましたが、遊びならいいでしょう。
マナが着替えさせています。
「かわいい。王子様が迎えにくるの」
「そうですか。そんな日が来るといいですね」
イナリアは私と同じものが欲しいのでしょうか?お揃いのドレスを納品するといらないと言われてしまいましたわ。私の物が欲しいみたいです。サイズはどうにもなりませんので今度からは私のドレスは違う場所に納品させましょう。
「お嬢様、時間が」
ロキがナギと部屋に入ってきましたわ。ナギは時々侍女の服を着てお手伝いをしてくれます。
「マナ、イナリアをお願いします」
面会依頼があるのを忘れていましたわ。マナとナギがイナリアと遊んでくれるのでお願いしましょう。イナリアの人見知りはなくなりました。両親にべったり甘えんぼうな所は変わりません。乳母は奔放ないイナリアに耐えきれず辞職しました。奔放なイナリアをたった一人で世話をするのは大変なので毎日交代で護衛騎士とは別に侍女や執事が付いています。
「背が伸びましたね」
ドレス合わせをしているとバタンと扉が開きました。この扉の開け方をするのはイナリアだけです。建国パーティーで着るドレスなのでビアードの銀を基調にしています。
「私も!!」
「イナリアのドレスもありますよ。マナに着せてもらってください」
「これがいい!!私の!!」
「マナ、イナリアを別室に。イナリア終わったら遊びましょう」
「嫌!!私の!!全部」
イナリアは捕まえようとしたマナの手を躱してドレスを掴みました。
「お嬢様、後日にしましょうか。同じドレスを仕立てますか?」
「申し訳ありません。お願いします」
ドレス合わせに訪ねてくれた夫人を丁重にお見送りするように頼み送り出しました。
「イナリア、同じドレスを用意しますよ。今日は我慢してください。来客中に入ってはいけませんよ」
「嫌!!脱いで!!私が着るの」
泣き叫ぶイナリアが突然眠ったので抱き上げました。
このやり取りが2回繰り返されビアード公爵邸でのドレス合わせができないことを悟りました。イナリアはドレス合わせしていると騎士を振り払って入ってきます。試しにドレス合わせごっこをさせてみましたが我慢できずにすぐに飛び出してしまいました。
ビアード公爵夫人に相談すると「子供は我儘なものよ。可愛いでしょ」と笑ってますがこれでいいのでしょうか?いけないことは注意しますよ。イナリアのおかげでうちにはドレスが増えています。ビアード公爵令嬢ですから予算も割り当てられています。足りない分は私の分を当てるように執事長に渡してあります。お小遣いは余ってますし本当ならイナリアがもらうものです。ですが私にはどうしても無駄遣いに見えてしまいます。
イナリアの気に入らないドレスは同派閥の令嬢達に下賜しましょう。公爵令嬢はお金がかかるものですが、これはさすがに…。すぐに大きくなり着れなくなりますのに。1日2回着替えてもドレスが余るのはこれがビアードの常識なんでしょうか?ルーンより豊かではないのに生前のエドワードよりも絶対にお金がかかってますよ。エドワードは同じ洋服を着てましたもの。1歳では正装を仕立てていませんでしたよ。このままですと私の予算を回しても足りなくなりそうなので私のドレスは装飾品だけ替えましょう。刺繍が得意なローナに頼み節約しましょう。
イナリアがいないと聞きディーネに探してもらうと衣装部屋にいました。中に入るとビリビリとドレスを破いているイナリアがいました。素手で破けることに驚きながら夢であって欲しいと目を閉じても見える風景は変わりません。
「イナリア、やめてください。どうしましたか?」
「これ私の!!」
笑顔でドレスを破くイナリアの手を掴みます。
「ドレスは破いてはいけませんよ」
「王子様と踊るの。これとこれなの」
「好きな色でドレスを作りますよ。ドレスを破いてはいけません。これは貴重なお金で作られています」
「私のなの!!」
「違います。ビアード公爵家のものです。そしてこのドレスにはたくさんの人の」
「レティ、嫌い!!」
目を吊り上げて回し蹴りをするイナリアに驚いて手を放してしまいました。流れるよう動きに見事な回し蹴り。美しく決まる技に、イナリアは私より武術の才能ありますわ。さすがビアードの天才。私の知る子供の中で一番成長が早く、動きが活発ですわ。
「お嬢様!!」
「ロキ、大丈夫ですよ」
ロキの悲鳴に感心している場合ではないも気づき、足が当たりたぶん赤くなっている頬を治癒魔法で治します。顔に傷がつくと大変なことが起こりますから。駆け寄ったロキの頭を撫でて立ち上がります。ロキにイナリアの荒らした部屋の片づけの手配を任せ駆け出して行ったイナリアを追いかけます。子供だからと許していましたが幼くてもビアード公爵令嬢。領民の血税で作られたものを粗末に扱うなんて許されません。ビアードの天才でも公爵令嬢は武術だけでは生きれません。エイベルの部屋に逃げたイナリア。エイベルに抱き上げられ笑っているイナリアと視線を合わせます。
「いい加減になさい。子供でも許しません」
「レティシア?」
「ドレスを破いて遊んでいました。領民の血税で作られているものです。幼くても許されません」
「まだ子供だろう?」
諫める気のない興味のなさそうな顔をしているエイベルの言葉に呆れます。ドレスの値段を知らないから言えるんでしょう。
「子供でも公爵令嬢です。イナリア、私はこれからは態度を改めます。ビアード公爵令嬢として相応しくないなら諫めますわ。そこに」
「やだ、レティ、きらい!!邪魔しないで」
言葉を遮り瞳から涙を流し叫ぶイナリアにも容赦しません。泣いてもなにも許されません。イナリアの息継ぎのタイミングに合わせて口を開きます。
「嫌いで構いません。自分がいけないことをしたと自覚なさいませ」
「レティ、反省しているわ。落ち着いて」
「母上!!」
宥めるように肩を叩くビアード公爵夫人を見てイナリアがエイベルの腕から降りて抱きつきました。ビアード公爵夫人が許すなら私は言葉を飲み込みます。イナリアが私を見てニコッと笑いました。反省しているようには見えませんがお菓子が食べたいというイナリアに言われるまま退室するビアード公爵夫人と抱かれるイナリアを見送り無関係を装うエイベルを睨みます。
「エイベル、本当にいいと思ってますか?」
「母上が許している。お前だって昔は酷かっただろう?」
私には記憶がありませんわ。少なくとも私は両親にどんなものも大事にするように教わってきました。ルーン公爵邸にあるものは高価な物ばかり。ビアード公爵邸にある物はルーンより劣っても平民が使う物とは比べ物にならないほど高価な物。おかしいのは私なんでしょうか?私を見てさらりと言うエイベルの言葉は本気でしょう。
「シア、どうした?」
「お前は触るな!!」
突然現れ私の腰を抱いたリオを見てエイベルが声を荒げました。
「一戦やるか。負けたら視察。シア」
強引に唇を重ねたリオが窓から飛び出して行くのをエイベルが追いかけます。また手合わせが始まりますわ。リオはエイベルの前で口づけて動揺させてからいつも勝負を挑みます。ビアードの未来が心配でなりませんわ。口づけ一つで動揺する近衛騎士って大丈夫なんでしょうか。ビアードでよくある光景なので放っておきましょう。
部屋で課題をしているとリオが入ってきました。
「大丈夫か?」
心配そうな顔のリオの胸に抱きつくと包んでくれる温もりに目を閉じます。私はやはりまがいものです。エイベルやビアード公爵夫人がイナリアを許せる理由がわかりません。わかりたくありません。頭を優しく撫でる手に涙がこぼれました。優しく涙を拭う手の持ち主にも肯定されたら立ち直れなくなりそうです。
「今日の夜会の後はマールに泊まるか。書庫で過ごそう。明日は早く起きて遠乗りに行くか。イナリアはロキが面倒見るから」
リオの気遣いに甘えて頷きます。私は自分の中の常識がわからなくなりました。イナリアが生まれてから私はまがいものだとよく思います。ビアード公爵令嬢らしく生きる覚悟は決めました。それでもビアードの甘さに心が付いていけなくなります。
マール公爵邸で夜会に参加し着替えをすませてマールの書庫に入ると力が抜けました。私が常識を学んだ場所の一つです。昔、読み聞かせてもらった懐かしい本を手に取ります。
「読んでくれますか?」
頷いてくれるリオを椅子にして目を閉じて物語の世界に旅立ちます。
ビアードの書庫よりもマールの書庫のほうが落ち着く私は生粋のビアード公爵令嬢にはなれませんわ。頼りになる従兄もしっかり者の弟もいません。ビアードでは自分でなんとかしないといけないことばかりです。耳心地のいい声を聞きながら、リオやエディが当然のようにこなしていた役割に気付きます。やり方もきちんと教わっています。どの家に生まれても公爵令嬢としての義務は変わりません。フラン王国貴族の心髄は同じ。王太子の婚約者としての立ち振舞いもルーン公爵令嬢としての立ち振る舞いも同じでした。幼い頃の教わったことを思い出し深呼吸します。目の前の現実から逃げずにきちんと見つめやるべきことを思考します。
ビアードに帰ったら自由に使うことが許されている私の割当予算を確認しましょう。イナリアのために増税だけは許しませんわ。慣れ親しんだ空気に冷静さを思い出しました。
***
レオ様と一緒に採集に行き、セリアに素材を売りました。手に入った金貨をイナリアの予算に回しました。ビアードの予算はビアード公爵夫妻の領分ですが、増える分には問題ないでしょう。
予算の問題は解決して一安心ですわ。
私はルーン公爵邸に訪問しています。
ルーン公爵邸に治癒魔法を教わった後は晩餐の席に同席します。私がいるので無言の晩餐ではなく会話はあります。ティアラはまだ言葉をあまり話せません。お行儀よく椅子に座ってシエルに食べさせられている姿に笑みがこぼれます。食事中にビアード公爵夫人の膝の上からテーブルに飛び乗ったイナリアとは大違いです。誰も諫めませんでした。
「ビアードがドレスの下賜をしていると聞いているが」
「お母様がイナリアのために大量のドレスを注文してます。すぐにサイズが合わなくなりまして」
「うちからも下賜を。ローゼが選んだドレスをティアラと着て見せてくれないか?遊んでくれる礼だ」
「ありがとうございます」
家格の高いルーン公爵家からの好意なら受け取るのが礼儀です。そしてドレスはありがたいです。
ルーン公爵から贈られたドレスは生前に着ていたドレスと似ていました。肌触りの滑らかな生地はルーンの花で染められた深い青色。髪にはルーンの花を飾りました。
「美しいのに俺の色がない」
「リオの瞳の色と私の髪はお揃いでは?」
「物足りない」
不満そうなリオのエスコートを受けながらルーン公爵家のティアラの成長を祝うパーティを楽しみました。ルーンの内輪のパーティはドレスコードはないのに青い服を纏うものばかり。懐かしい光景に笑みがこぼれます。内緒と笑いながらルーン公爵夫人がグラスに注いだ蜂蜜入りのお酒が美味しく、有意義な時間を過ごしました。ルーンの蜂蜜は世界一ですわ。翌日に禁酒とリオに初めて厳しく言われました。未成年の成長にお酒はよくないので仕方ありません。
ルーン公爵家から下賜されたドレスをイナリアに破かれるわけにはいきませんのでマール公爵邸で預かっていただくことにしました。私の部屋も用意してくださり泣きたくなりました。今度から貴重なドレスはマールのお部屋に置かせてもらいましょう。これ以上破かれたら困ります。救いの手のおかげで沈んだ心は浮上したのでビアード公爵令嬢として頑張りましょう。
エイベルは近衛騎士試験に合格しました。ビアードでの盛大な成人祝いが終わりました。エイベルには合格祝いに回復薬を頼まれたので品質の良いものと遠征道具を贈りました。珍しく素直に喜んでいましたわ。エイベルには妻がいないのでしばらくはエイベルに必要なものは私が揃えてあげましょう。騎士が心置きなく務めに励めるように支度を整えるのは妻の役目ですがまだ婚約者も決めてくれませんので。そろそろお見合いを再開させてもいいでしょうか?エイベルはビアード公爵邸から通っていますが騎士寮に泊まることもあります。近衛騎士として忙しくビアードのことはビアード公爵夫人と私が預かります。
まだ学園は始まっていないのでビアード公爵邸で過ごしています。そして今日もパタパタとビアード公爵邸を走るイナリアを追いかけます。まだ1歳ですのに体が大きく、よく動きよく話します。ティアラと2カ月違いで生まれたようには見えません。
「イナリア、やめなさい。危ないですよ」
「嫌」
「もう少し大きくなったらです」
「リオがいい」
「リオのところに行きましょう」
壁によじ登り飾ってあるビアードの剣に手を伸ばすイナリアを抱き上げます。危ないことは力づくでも止めます。ルーン公爵夫人の言葉を見習いきちんといけないことは止めます。私の腕の中で暴れる背中を宥めるようにポンポンと叩きます。リオはビアードの騎士に混ざって訓練をしていますがイナリアを連れていけば邪魔になりますよね。イナリアに嫌われていますがあやし方のコツをマール公爵夫人に教わりました。
「新しいドレスが届きましたが見に行きますか?」
「いく。私のドレス」
子供は好奇心が旺盛です。我慢させねばいけない時は別の物に興味を向けることが有効と。
イナリアは好きな物が多くその一つがドレスです。ビアード公爵夫人がイナリアのために注文しているものです。私のお抱えとは違い貴族御用達の店のオーダーメイドです。大人しくなったイナリアにほっとしながら頭を撫でて納品されている部屋に行きます。赤、桃、黄色と明るい色のドレスが3着ほど。隣には私のドレスも納品されてます。またリオが注文したんでしょう。予算内で収めていただくので構いませんが。私の腕から飛び降りたイナリアが上手に着地しドレスの前に駆けていきます。
「着替えますか?」
「これ!!」
「それはまだイナリアには大きいですよ」
「これ着たい!!」
イナリアが指さすのは青い生地に濃紺の花が飾ってある私のドレスです。私のドレスは大きすぎてイナリアは着れませんわ。
「マナ、似た色のドレスを。寄付していないものがありましたよね」
頷いたマナが持って来たのは私が社交デビューの時に着たドレス。これも大きいですがまだマシです。
「これはいかがですか?」
「やだ。これがいい」
「同じ色で作りましょう。この紺の花をイナリアのドレスに飾ったらいかがかしら?」
私のドレスの装飾品は取り外しできるように作ってもらっています。紺の花を取り黄色いドレスに付けますが似合いません。私の装飾品はイナリアの好みの明るい色には合わないものばかりですわ。
「これもつけて!!」
イナリアが指さすのは社交デビューに着たドレスに飾られた真珠とレースです。マナに頼んで望むままにさせます。趣味の悪いドレスができましたが、遊びならいいでしょう。
マナが着替えさせています。
「かわいい。王子様が迎えにくるの」
「そうですか。そんな日が来るといいですね」
イナリアは私と同じものが欲しいのでしょうか?お揃いのドレスを納品するといらないと言われてしまいましたわ。私の物が欲しいみたいです。サイズはどうにもなりませんので今度からは私のドレスは違う場所に納品させましょう。
「お嬢様、時間が」
ロキがナギと部屋に入ってきましたわ。ナギは時々侍女の服を着てお手伝いをしてくれます。
「マナ、イナリアをお願いします」
面会依頼があるのを忘れていましたわ。マナとナギがイナリアと遊んでくれるのでお願いしましょう。イナリアの人見知りはなくなりました。両親にべったり甘えんぼうな所は変わりません。乳母は奔放ないイナリアに耐えきれず辞職しました。奔放なイナリアをたった一人で世話をするのは大変なので毎日交代で護衛騎士とは別に侍女や執事が付いています。
「背が伸びましたね」
ドレス合わせをしているとバタンと扉が開きました。この扉の開け方をするのはイナリアだけです。建国パーティーで着るドレスなのでビアードの銀を基調にしています。
「私も!!」
「イナリアのドレスもありますよ。マナに着せてもらってください」
「これがいい!!私の!!」
「マナ、イナリアを別室に。イナリア終わったら遊びましょう」
「嫌!!私の!!全部」
イナリアは捕まえようとしたマナの手を躱してドレスを掴みました。
「お嬢様、後日にしましょうか。同じドレスを仕立てますか?」
「申し訳ありません。お願いします」
ドレス合わせに訪ねてくれた夫人を丁重にお見送りするように頼み送り出しました。
「イナリア、同じドレスを用意しますよ。今日は我慢してください。来客中に入ってはいけませんよ」
「嫌!!脱いで!!私が着るの」
泣き叫ぶイナリアが突然眠ったので抱き上げました。
このやり取りが2回繰り返されビアード公爵邸でのドレス合わせができないことを悟りました。イナリアはドレス合わせしていると騎士を振り払って入ってきます。試しにドレス合わせごっこをさせてみましたが我慢できずにすぐに飛び出してしまいました。
ビアード公爵夫人に相談すると「子供は我儘なものよ。可愛いでしょ」と笑ってますがこれでいいのでしょうか?いけないことは注意しますよ。イナリアのおかげでうちにはドレスが増えています。ビアード公爵令嬢ですから予算も割り当てられています。足りない分は私の分を当てるように執事長に渡してあります。お小遣いは余ってますし本当ならイナリアがもらうものです。ですが私にはどうしても無駄遣いに見えてしまいます。
イナリアの気に入らないドレスは同派閥の令嬢達に下賜しましょう。公爵令嬢はお金がかかるものですが、これはさすがに…。すぐに大きくなり着れなくなりますのに。1日2回着替えてもドレスが余るのはこれがビアードの常識なんでしょうか?ルーンより豊かではないのに生前のエドワードよりも絶対にお金がかかってますよ。エドワードは同じ洋服を着てましたもの。1歳では正装を仕立てていませんでしたよ。このままですと私の予算を回しても足りなくなりそうなので私のドレスは装飾品だけ替えましょう。刺繍が得意なローナに頼み節約しましょう。
イナリアがいないと聞きディーネに探してもらうと衣装部屋にいました。中に入るとビリビリとドレスを破いているイナリアがいました。素手で破けることに驚きながら夢であって欲しいと目を閉じても見える風景は変わりません。
「イナリア、やめてください。どうしましたか?」
「これ私の!!」
笑顔でドレスを破くイナリアの手を掴みます。
「ドレスは破いてはいけませんよ」
「王子様と踊るの。これとこれなの」
「好きな色でドレスを作りますよ。ドレスを破いてはいけません。これは貴重なお金で作られています」
「私のなの!!」
「違います。ビアード公爵家のものです。そしてこのドレスにはたくさんの人の」
「レティ、嫌い!!」
目を吊り上げて回し蹴りをするイナリアに驚いて手を放してしまいました。流れるよう動きに見事な回し蹴り。美しく決まる技に、イナリアは私より武術の才能ありますわ。さすがビアードの天才。私の知る子供の中で一番成長が早く、動きが活発ですわ。
「お嬢様!!」
「ロキ、大丈夫ですよ」
ロキの悲鳴に感心している場合ではないも気づき、足が当たりたぶん赤くなっている頬を治癒魔法で治します。顔に傷がつくと大変なことが起こりますから。駆け寄ったロキの頭を撫でて立ち上がります。ロキにイナリアの荒らした部屋の片づけの手配を任せ駆け出して行ったイナリアを追いかけます。子供だからと許していましたが幼くてもビアード公爵令嬢。領民の血税で作られたものを粗末に扱うなんて許されません。ビアードの天才でも公爵令嬢は武術だけでは生きれません。エイベルの部屋に逃げたイナリア。エイベルに抱き上げられ笑っているイナリアと視線を合わせます。
「いい加減になさい。子供でも許しません」
「レティシア?」
「ドレスを破いて遊んでいました。領民の血税で作られているものです。幼くても許されません」
「まだ子供だろう?」
諫める気のない興味のなさそうな顔をしているエイベルの言葉に呆れます。ドレスの値段を知らないから言えるんでしょう。
「子供でも公爵令嬢です。イナリア、私はこれからは態度を改めます。ビアード公爵令嬢として相応しくないなら諫めますわ。そこに」
「やだ、レティ、きらい!!邪魔しないで」
言葉を遮り瞳から涙を流し叫ぶイナリアにも容赦しません。泣いてもなにも許されません。イナリアの息継ぎのタイミングに合わせて口を開きます。
「嫌いで構いません。自分がいけないことをしたと自覚なさいませ」
「レティ、反省しているわ。落ち着いて」
「母上!!」
宥めるように肩を叩くビアード公爵夫人を見てイナリアがエイベルの腕から降りて抱きつきました。ビアード公爵夫人が許すなら私は言葉を飲み込みます。イナリアが私を見てニコッと笑いました。反省しているようには見えませんがお菓子が食べたいというイナリアに言われるまま退室するビアード公爵夫人と抱かれるイナリアを見送り無関係を装うエイベルを睨みます。
「エイベル、本当にいいと思ってますか?」
「母上が許している。お前だって昔は酷かっただろう?」
私には記憶がありませんわ。少なくとも私は両親にどんなものも大事にするように教わってきました。ルーン公爵邸にあるものは高価な物ばかり。ビアード公爵邸にある物はルーンより劣っても平民が使う物とは比べ物にならないほど高価な物。おかしいのは私なんでしょうか?私を見てさらりと言うエイベルの言葉は本気でしょう。
「シア、どうした?」
「お前は触るな!!」
突然現れ私の腰を抱いたリオを見てエイベルが声を荒げました。
「一戦やるか。負けたら視察。シア」
強引に唇を重ねたリオが窓から飛び出して行くのをエイベルが追いかけます。また手合わせが始まりますわ。リオはエイベルの前で口づけて動揺させてからいつも勝負を挑みます。ビアードの未来が心配でなりませんわ。口づけ一つで動揺する近衛騎士って大丈夫なんでしょうか。ビアードでよくある光景なので放っておきましょう。
部屋で課題をしているとリオが入ってきました。
「大丈夫か?」
心配そうな顔のリオの胸に抱きつくと包んでくれる温もりに目を閉じます。私はやはりまがいものです。エイベルやビアード公爵夫人がイナリアを許せる理由がわかりません。わかりたくありません。頭を優しく撫でる手に涙がこぼれました。優しく涙を拭う手の持ち主にも肯定されたら立ち直れなくなりそうです。
「今日の夜会の後はマールに泊まるか。書庫で過ごそう。明日は早く起きて遠乗りに行くか。イナリアはロキが面倒見るから」
リオの気遣いに甘えて頷きます。私は自分の中の常識がわからなくなりました。イナリアが生まれてから私はまがいものだとよく思います。ビアード公爵令嬢らしく生きる覚悟は決めました。それでもビアードの甘さに心が付いていけなくなります。
マール公爵邸で夜会に参加し着替えをすませてマールの書庫に入ると力が抜けました。私が常識を学んだ場所の一つです。昔、読み聞かせてもらった懐かしい本を手に取ります。
「読んでくれますか?」
頷いてくれるリオを椅子にして目を閉じて物語の世界に旅立ちます。
ビアードの書庫よりもマールの書庫のほうが落ち着く私は生粋のビアード公爵令嬢にはなれませんわ。頼りになる従兄もしっかり者の弟もいません。ビアードでは自分でなんとかしないといけないことばかりです。耳心地のいい声を聞きながら、リオやエディが当然のようにこなしていた役割に気付きます。やり方もきちんと教わっています。どの家に生まれても公爵令嬢としての義務は変わりません。フラン王国貴族の心髄は同じ。王太子の婚約者としての立ち振舞いもルーン公爵令嬢としての立ち振る舞いも同じでした。幼い頃の教わったことを思い出し深呼吸します。目の前の現実から逃げずにきちんと見つめやるべきことを思考します。
ビアードに帰ったら自由に使うことが許されている私の割当予算を確認しましょう。イナリアのために増税だけは許しませんわ。慣れ親しんだ空気に冷静さを思い出しました。
***
レオ様と一緒に採集に行き、セリアに素材を売りました。手に入った金貨をイナリアの予算に回しました。ビアードの予算はビアード公爵夫妻の領分ですが、増える分には問題ないでしょう。
予算の問題は解決して一安心ですわ。
私はルーン公爵邸に訪問しています。
ルーン公爵邸に治癒魔法を教わった後は晩餐の席に同席します。私がいるので無言の晩餐ではなく会話はあります。ティアラはまだ言葉をあまり話せません。お行儀よく椅子に座ってシエルに食べさせられている姿に笑みがこぼれます。食事中にビアード公爵夫人の膝の上からテーブルに飛び乗ったイナリアとは大違いです。誰も諫めませんでした。
「ビアードがドレスの下賜をしていると聞いているが」
「お母様がイナリアのために大量のドレスを注文してます。すぐにサイズが合わなくなりまして」
「うちからも下賜を。ローゼが選んだドレスをティアラと着て見せてくれないか?遊んでくれる礼だ」
「ありがとうございます」
家格の高いルーン公爵家からの好意なら受け取るのが礼儀です。そしてドレスはありがたいです。
ルーン公爵から贈られたドレスは生前に着ていたドレスと似ていました。肌触りの滑らかな生地はルーンの花で染められた深い青色。髪にはルーンの花を飾りました。
「美しいのに俺の色がない」
「リオの瞳の色と私の髪はお揃いでは?」
「物足りない」
不満そうなリオのエスコートを受けながらルーン公爵家のティアラの成長を祝うパーティを楽しみました。ルーンの内輪のパーティはドレスコードはないのに青い服を纏うものばかり。懐かしい光景に笑みがこぼれます。内緒と笑いながらルーン公爵夫人がグラスに注いだ蜂蜜入りのお酒が美味しく、有意義な時間を過ごしました。ルーンの蜂蜜は世界一ですわ。翌日に禁酒とリオに初めて厳しく言われました。未成年の成長にお酒はよくないので仕方ありません。
ルーン公爵家から下賜されたドレスをイナリアに破かれるわけにはいきませんのでマール公爵邸で預かっていただくことにしました。私の部屋も用意してくださり泣きたくなりました。今度から貴重なドレスはマールのお部屋に置かせてもらいましょう。これ以上破かれたら困ります。救いの手のおかげで沈んだ心は浮上したのでビアード公爵令嬢として頑張りましょう。
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