恋の被害者は誰なのか…

夕鈴

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最終話 恋の結末

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社交界に復帰したエレオノーラへの求婚書が山のように届いている頃、婚約せずに結婚しようとしている前代未聞のカップルの噂が囁かれていた。

「ジャスティン様はお忙しいですし、私達は共に成人しております。それに婚約を理由に贈り物が増えても困りますもの。法は犯しておりませんし、よろしいのでは?」
「お姉様のために自らご用意される贈り物がどんどんお部屋を占拠しておりますものね。ドレスのデザインもされるとは思いませんでしたわ」
「ジャスティン様は多才ですのね。射止めたエレオノーラ様が羨ましい」
「睡眠時間を削られ、贈り物をされても喜べませんわ。あの時は布作りは間に合わないと妥協したご様子でしたが、デザインとお裁縫の時点でアウトですわ。専門の針子を使うように説得するのは大変でしたわ…」
「殿方は子供ですからねぇ。夢中になると周囲が見えないところはうちの旦那様も同じですわ」
「そんなところもお可愛らしいと思う反面、きちんとお休みになっているか自分の目で確認しませんと安心できません」
「ジャスティン様は訪問された最初の日に求婚書をお父様にお渡ししていましたが、お姉様まですぐに嫁ぎたいなんておっしゃっるとは思いませんですたわ。お母様は喜んでいましたわね」
「良縁であることには間違いありませんものねぇ」
「お姉様がお幸せなら、私も応援しますわ」
「ご両家がお決めになったことなら、部外者が口を出すのははしたないこと」
「エレオノーラ様が望まれていらっしゃるなら私も応援致しますわ」

貴族は婚約し、準備期間を半年経過後婚姻するのが通例である。
半年間で嫁ぐ準備が整えられるが、エレオノーラには必要ないと両公爵が判断したため、ジャスティンの一日も早く結婚したいという要望が受け入れられた。
お茶会で令嬢達にエレオノーラはあえて公爵家の動向とジャスティンとのお付き合いを暴露して令嬢達を牽制した。

「私は物ではなく、ジャスティン様との時間が欲しいです。ドレスや装飾品を作る時間があるなら、私のお膝で眠ってくださいませ。結婚式の準備は両家でするもので、ジャスティン様がお一人でやるのはいけませんわ」
「エレオノーラに世界一の挙式を」
「普通でいいのです。私は何を着ても美しいとおっしゃるなら、世界一のものなど必要ありません。次のお休みは午前中は準備をして、午後はお昼寝です。私のために不休の働き方はやめてくださいませ」
「大丈夫なのに…。心配してくれるエレオノーラも可愛いけど、怒った顔も美しいなぁ」

不眠不休が好きな恋人にエレオノーラは諭そうとするが、嬉しそうに笑うジャスティンには効果がない。
怒った顔をするエレオノーラにうっとり微笑む顔を見て、できることは先に終わらせてしまおうとエレオノーラは決意した。
エレオノーラが膝を叩くと、ジャスティンは頷いてゆっくりと頭を乗せる。
いつも通りエレオノーラが目元に手を置き、子守歌を歌うと眠る姿にエレオノーラは微笑む。
眠っているジャスティンがやる気を出さないように、まずは直近の舞踏会で着るお揃いの衣装を注文する手配を整え始めた。
エレオノーラがすること全て喜ぶジャスティンのために先回りで手配して、空いた時間に二人で過ごすというかつては考えれなかった仕事の仕方に、モチベーションがどんどん上がる。かつてのやるべきことを完璧にこなすという端的だった生活とは正反対な充実した生活にエレオノーラが幸せそうに過ごす姿に家族は喜び応援している。
心身共に充実しているエレオノーラの美しさはさらに増し、ジャスティンはもちろん他の者達も魅了していた。




舞踏会でお揃いの正装をしたジャスティンのエスコートでエレオノーラが現れると視線が集まる。
美男美女と称えられたエルヴィスとエレオノーラの組み合わせに見慣れた貴族達は新たなパートナーを務めるジャスティンの外見の平凡さに優越感を抱く者もいた。

「美しいエレオノーラ様があんな平凡な成り上がり男に…」
「明るく美しい殿下と正反対の公爵家の嫡男とはいえ面白味のない平凡な男のどこがいいんだよ」
「背も低いし、傷心の心に付け込まれたのだろうか…」

ジャスティンに遅れてエレオノーラにアプローチする貴族の男達にどんなに称賛を受けてもエレオノーラは穏やかに微笑み、お断りを伝える。
美少年だったエルヴィスからの社交辞令にうっとり微笑みながらも、心の中では何も感じていなかったエレオノーラは端正な容姿も美声も効果がない。
日に日に美しが増すだけでなく、王国屈指の資産力を持つ公爵家の後ろ盾が欲しい男達は、婚約解消で価値を落としたエレオノーラがまた気が変わる可能性に希望を持っていた。

「お美しいエレオノーラ様がこんな男と」
「お美しいエレオノーラに相応しい男はいないのは仕方ありませんよ。エレオノーラの美しさを称えるにはどんな言葉も物足りない」

エレオノーラはジャスティンの称賛も淑女らしい微笑みで流している。
王子に恋していた頃の仕草がないエレオノーラの心変わりを期待して、男達はさらに熱烈にアプローチをした。
二人の結婚の日取りが正式に発表されても、エレオノーラへのアプローチは止まなかった。
ジャスティンへのアプローチは王子妃教育を受けた、美しく、聡明な怖い公爵令嬢を敵に回してまで、添い遂げたい令嬢はいなかったので落ち着いていた。
エレオノーラへのアプローチはジャスティンのエスコートを受けている時も止まなかった。
称賛しても効果がないエレオノーラへのアプローチのほとんどがジャスティンを貶め、自身の優位を保持する内容に変わってからはエレオノーラは不快を隠して、対応していた。

「知っていますか?ジャスティンの欠点は平凡な容姿だけじゃないんですよ。ジャスティンの手がどんなに醜いのか」

ジャスティンの手は硬く、小さな傷跡がある。
全てを使用人に任せる貴族は男でも皮膚が柔らかく、傷一つない美しい指を持っている。
美しさを誇る社交界の文化だが、傷を厭うことは別問題である。
今でこそジャスティンの生家は飛ぶ鳥を落とす勢いだが、以前までは資産力のない名ばかりの公爵家と侮られていた。
ジャスティンの手は努力の結果と知ってるエレオノーラは醜いと言われた手を愛しく思っている。
傷だらけの手が生み出す物は素晴らしい物だが、ジャスティンの腕を知ってほしいとは思わない。エレオノーラにとって欲深い者達に汚され、利用されたくないものだから。
エレオノーラはジャスティンの手袋を外し、そっと自らの頬に添えた。
社交界での触れ合いははしたないと囁かれるが、恋人が頬に触れるくらいは許容範囲とされている。
頬を染めるジャスティンにエレオノーラは微笑む。

「私にとっては愛しいものですわ。騎士の傷は勲章と誇るものというお話もございますし、見解の違いでございますね。でも、私達は好みを話し合えるほど親しくなくってよ?嗜好を矯正するつもりはございませんが、貴族としての常識を復習なさってくださいませ」

エレオノーラは微笑みながら、自分達より序列が低い男達を黙らせた。
ジャスティンはエレオノーラへの中傷は許さないが、自分への中傷は放っておく。
エレオノーラは公の場では淑女らしい態度を崩さず、ジャスティンへの恋慕の欠片も見せない。
反してジャスティンはエレオノーラへの恋慕をどこでも表現する。
そんな二人が結婚してから、王宮で時々見かけられる光景があった。
王宮にジャスティンの忘れ物を持って来たエレオノーラは夫の執務室でお手製の指輪をした指に口づけされ、ぐっと引き寄せられ抱きしめられた。
ジャスティンとエレオノーラしかいない執務室でエレオノーラの顔が真っ赤に染まる。

「お気持ちは嬉しいのですが、距離をとってくださいませ。顔が赤くなってしまいます」
「そんなところも可愛いから、もう少しこのままで。公爵夫人は片手間でいいから」
「からかわないでくださいませ」

抱きしめるジャスティンの腕の中でエレオノーラは真っ赤な顔を隠す。
ジャスティンがエレオノーラの額に口づけを落とすとさらに真っ赤になる。

「幸せだなぁ。僕ばかり幸せをもらっているから、エレオノーラも幸せにできるように頑張るよ」
「私も幸せですので、頑張る必要はありません」
「愛しい妻を喜ばせるのは男の甲斐性だからね。僕は殿下みたいに格好良くないけど、」
「まぁ。私を真っ赤にさせる唯一の旦那様がおかしなことを。宝石も贈り物はいりませんから、お仕事が終わったら帰ってきて、手を繋いでくださいませ。私が欲しいのはジャスティン様だけですから」
「絶対に今日こそは帰る」
「期待せずにお待ちしておりますわ。お体を大事にしてくださいませ」

ノックの音にエレオノーラはジャスティンの腕から放れる。
赤い顔をどうしようかと慌てているエレオノーラの頬にジャスティンが口づけを落とすとさらに顔が赤くなる。

「可愛いなぁ……10分くらい出てくるよ。人払いしておくから、気をつけて帰るんだよ」

ジャスティンが出ていく背中を見送り、真っ赤な顔のエレオノーラは手鏡を取り出した。
手鏡に彫られた王子夫妻の顔見るとエレオノーラの顔から熱が引いていく。
元婚約者の顔を見ればどんな時も冷静さを取り戻せるのはエレオノーラの特技の一つである。
エレオノーラの特技探しが得意な夫と妹のおかげでエレオノーラの特技はどんどん増えていた。

エレオノーラが人目がないと思い込んでいる場所のみエレオノーラの恋する仕草は披露される。
シスコンである妹のアンジュが姉の可愛らしさをこっそり鑑賞しているのは気付かない。
ジャスティンは気付いているが、愛しい妻を愛でる時間を一秒たりとも無駄にしたくないため放置している。
時々アンジュの夫となったエルヴィスが護衛代わりに付き添っているので、あえて見せつけることもある。

「分別がつくなら、あのままでも良かった」

公衆の前では公爵夫人らしく振舞う恋するエレオノーラを眺めながら、エルヴィスが呟く。
隣にいるアンジュが夫の足を思いっきり踏む。

「お姉様はもともと殿下のことなど好きではありませんでしたわ。殿下が慕っているように見えるように命じたから、そうしましたのに。まぁ、でも手放していただいてよかったですわ。今のお姉様は可愛らしいですから」


恋愛小説をもとに恋する仕草を研究して実践していたエレオノーラはもういない。

「恋をすると思考の全てが好きな人が中心になるのね。難しい…。殿下にとって最善の行動をするようになればいいってことよねぇ。好きな人の幸せが幸せって行動で示すには…」
全ての思考が王子が望むままになるように悩み抜き、行動していた少女は、何も押し付けない男を選んだ。

「地図はいりません。足を進めていけば勝手に道はできるのですから。一緒に歩きたい方と道を作っていくのも、楽しいですから」
「エレオノーラのやりたいことは一緒にするけど、お酒と怪我には気をつけて欲しい」
「心配性ですこと。かつての私は恋するフリができていたと思っていましたが間違いでしたわ」
「あの頃のエレオノーラは美しかったけど、さらに美しく、可愛くなったからねぇ。他の男に披露されなくて良かったよ」
「全てが中途半端だった私は捨てられましたが、おかげで本当の恋を知ることができました。殿下ならドン引きですが、旦那様のずる賢さは素敵ですわ」

お互いの新たな一面を見つけるたびに惚れ直す公爵夫妻はバカップルである。
恋するフリをした少女が本物の恋を見つける観劇をたった一人だけ複雑そうに鑑賞する美男がいた。
その隣に座る美女は楽しそうに微笑む。

「自分に恋してほしいと願った子供の頃の初恋を大人になった青年は忘れ、自ら婚約解消して、後悔に襲われたのに、自分で作った外堀に苦しめられ、想いを告げることも許されない、憐れで身勝手な男の黒歴史も劇の題材にいかが?」
「勘弁してくれ」
「物語の明るく優しい王子様が格好いいって幼いお姉様がおっしゃったから目指したのにねぇ。義母様が初恋の応援にわざわざ外堀を埋めたのにねぇ…。もしかして、以前流行った劇のようにお姉様に捨てないでってすがって欲しかったんですか?」
「……」
「あっさり婚約解消を受け入れられ、傷ついてる間に他の男に浚われるって、喜劇になりますね。まぁ、手放した途端に恋しくなっても欲に忠実に動かない自制心は誇ってもいいのでは?」
「夫で遊ぶのは、いい歳なんだからそろそろやめてくれないか」
「女性に年齢のことを言うなんて無礼ですよ。嫌ですよ。私達なりの夫婦のあり方でしょ?このお酒、美味しいから今度お姉様のお土産にしましょう」
「君達姉妹は飲み過ぎると記憶を飛ばすんだから、あんまり飲むなよ」
「義兄様を見習って、広い心を持ってくださいませ」
「ジャスティンが広い心を持つのはエレオノーラにだけだ」
「宰相閣下が誰にでも広い心を持っていたら、世の中が変わりますねぇ。容姿以外は非凡の塊なのに気付かない方々が多いこと」
「真っ白な肌と正反対の真っ黒の心を持つ妃も知られていないがな」
「公的にはどんな時も王族らしく、平等であれという教えを守っているのですから、十分でしょ?」

初恋に気付かず、公的な場では常に公正な理想の妃を迎えた男が幸せだったかはまた別のお話である。
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みんなの感想(1件)

ぷりん
2025.09.21 ぷりん
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