皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴

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番外編

最終話

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ラディルはルオに勝利し念願の冒険に自由に行く権利を手に入れた。リーンは冒険が趣味になったラディルと二つ約束をした。
一つはラセルと護衛騎士を必ず同行させ助言をきちんと聞くこと。もう一つはリーンに行先を伝えてから出かけることだった。
最近ではナタルが帰ってきたため、ナタルに鍛え上げられた護衛騎士がラディルの護衛についたためリーンもリーンの家臣もどんな危険な場所に出掛けようとも快く送り出していた。
母親とデジロが好きなラディルは冒険について二人に相談するためいつの間にか冒険の行先と期間はリーンとラセルとデジロとラディルの四人で相談して決めるようになっていた。

ラディルの冒険に寛容すぎる母親。だが父親は違っていた。
ルオは過剰に心配し、旅立ちを先延ばしにしようとするためラディルは話さなくなった。しばらくしてルオはラディルに嫌がられていると気付いたため、冒険については口を出さなくなった。
またリーンにそっくりな顔の息子の拒絶は愛妻家のルオにとって思い出したくないトラウマを呼び起こさせるので、口に出せなくなったが正しい。

「ラディルと一緒に行っていいよ。いってらっしゃい。執務は任せて」

リーンは口に出さなくてもルオがラディルが心配でたまらないことに気付いていた。旅支度をする息子を物言いたげに見つめるルオにリーンが笑顔で声を掛けた。
ルオは微笑むリーンの頬を手で優しく包んでじっと顔を見つめた。顔色は良くても冷たい頬に首を横に振った。上着を脱いでリーンを包みこみ、そっと抱き上げた。

「リーンを置いていけない。体が冷えてるよ」
「大丈夫、え?」

ルオは身重で頻繁に倒れるリーンを残して出掛けることはできなかった。許されるなら片時も離れず傍にいたい。ルオの優先順位は常にリーンがトップだった。苦笑するリーンを抱いて寝室に向かうルオには今回も愛息子の旅立ちを見送る選択肢しか残されていなかった。


***



ラディルの冒険の心配をしているルオに反してリーンはいつも楽しそうな息子の冒険話を楽しみにしていた。リーンにとっては人格者の護衛とともに様々な経験を積み、逞しく成長していく息子の姿は誇らしく明るい未来を思い描かせた。リーンが自身の天敵に欠片も似ずにこのまま育ってほしいと願っているのを知っているのはリーンの腹心だけである。

「今頃馬で颯爽と駈けてるかなぁ」
「乗馬の腕は小国屈指ですから」
「でも名騎手には程遠いわ」

気持ちのいい澄んだ青空が窓から見える日にリーンは腹心達と息子を想いながらお茶を楽しんでいた。ラディルが初代の洞窟で新たに生まれる家族へのお土産を見つけ満面の笑みを浮かべている頃、ルオにとって恐ろしい知らせが届いた。

小国にルーラとオルが訪問した。
健康な後継が産まれたためルーラはオルの里帰りに同行を許された。
オルは家臣の引き抜きという野望を抱えていた。
ルオは突然の二人の訪問を聞き、視察を中断し頭を抱えながらリーンを訪ねた。
和やかにお茶を飲んでいたリーンはルオよりも早くに報告を受け、冷笑を浮かべてルオを迎え入れた。

「ルーラはともかくオル様は先触れというものを知らないのでしょうか。でも私も先触れなく島国を訪問したから責められる立場ではありませんか?」

冷たい空気をまとい、首を傾げるリーンがルオは怖かった。

「お、俺が対応するから離宮に」
「いえ、非公式とはいえ島国の未来の女王陛下をないがしろにはできません」

冷笑を浮かべるリーンにルオは逆らえない。
それでもルオは家臣のいる場で謁見するのは怖く、訪問したオルとルーラを客室に案内させた。

「ルオ、文官を返してくれ」

入室した途端に挨拶もない横暴なオルにリーンが冷笑を浮かべた。ルオだけは暖かい室内で寒気に襲われていた。

「ようこそお越しくださいました。私的な場所とはいえ最低限の礼節をおもちください」
「兄弟に不要だ。やるなら相手になってもいいけど」
「私も鍛えましたよ」

視線を合わせて笑顔で見つめ合うオルとリーン。寒気に襲われながらルオが慌ててリーンを抱きしめる。リーンのお腹には新たな命が宿っている。宿っていないとしても危ないことはさせたくない。本当はオルに会わせたくなかった。

「お、落ち着いて、リーン。兄上も挑発しないでよ。リーンに手を出したら斬るよ。蹴るのも駄目だから」
「ルー様、大丈夫です。私は」

リーンはデジロに急所を教わりたくさんイメージトレーニングをしていた。

「遅れはとらない。無礼な甥は元気か?」

ニヤリと笑うオルをリーンは眉を吊り上げて睨む。

「うちのラディルは貴方とは比べものにならないほど優秀ですわよ。挨拶もしない無礼な方に言われたくありません。ルーラはもてなしますのでさっさとお帰りください」
「用があって来たんだよ。文官が足りない」

ルーラは初めての他国への訪問を楽しみにしていたのに目の前の光景に戸惑っていた。

「ルーラ様、こちらにおかけください」

イナはリーンに客人をもてなす余裕がないため代わりにルーラを椅子に案内した。そしてお茶と氷菓子を用意してもてなしはじめた。

「貴方は」
「お久しぶりです。島国では姫様がお世話になりました。良ければお召し上がりください」

ルーラは記憶よりも大きくなったイナのもてなしを受け、オレンジ色の塊は口に入れると冷たさに驚く。温かいお茶を進められ、口をつけ氷菓子と交互に食べると絶品で笑みを浮かべた。もちろんイナはオルの分は用意しない。

「兄上、俺と二人で話そうよ。いい加減にして。リーンもまた倒れるから落ち着いて。俺が代わりに殴るから」
「ルー様には期待してません」
「ルオは俺に手を上げたりしないよ。自分でできないからって」

冷たい声音のリーンを挑発するオルをルオが睨んだ。

「兄上、久々に剣で手合わせと1発殴られるのとどっちがいい?」
「は?」
「俺も怒ってるんだよ。どれだけ俺が苦労したかわかる?」

オルはルオの冷たい顔を見て初めて弟に恐怖を覚えた。

「母上に挨拶に行ってくる」
「母上達は留守だよ。退位したから旅行に出かけた」
「は!?嘘だろう!?」
「業務は俺達が引き継いで暇を持て余してたから初代の残した洞窟をラディルと一緒に見に行ってるよ」

初代の洞窟はラディルの遊び場である。ラディルは最短の道のりを見つけ馬で2週間の道を1週間に短縮することに成功していた。ナタルの旅に同行した護衛とラセルがついているので、どんな道でも危険はない。ラディルと過ごしたい上皇夫妻に初代の洞窟の案内を頼まれたので現地集合で待ち合わせしていた。
上皇夫妻は二月ほど滞在予定だった。貴族の訪問も多い村は高級宿屋もあり、上皇夫妻のもてなしの準備は整えられていた。

リーンはルオとオルが二人の世界に入ったので、ルオの腕の中から抜け出しルーラの正面に座った。

「久しぶりだね。まさかこんなに早く訪問するなんて思わなかった」
「旦那様が小国にお祝いに行くと聞いてお母様が一緒に行ってもいいって。即位式を見られなくて残念だった」

リーンはオルの第一声を聞いてありえないと思ったが今は聞き流すことにした。
すでに即位式が終わり半年経っていた。

「来賓が多かったから時期をずらしてもらってありがたいわ。でも次からは先触れを出してね」
「わかった」
「いつまで滞在するの?」
「3日。迷惑?」
「ルーラなら歓迎するわ。ラディルが帰ってきたら紹介するね」
「あの、リーン、止めなくていいの?」
「あの二人はあれが普通だから気にしないで。今日は晩餐まで時間が取れないからイナに案内させるわ」

双子の兄弟喧嘩に戸惑うルーラに感情を隠した美しい微笑みを浮かべたリーンの視線を受けてイナが頷いた。リーンは双子を放置し執務室に戻ることにした。ルーラはオルも家族と過ごしたいと思いイナの後について部屋を後にした。
リーンは3日とも予定が詰まっているため予定の調整をしないといけなかった。

「ルオ、文官を返せ。もともと俺のだ」
「欲しければ自分で引き抜けばいいよ。俺から命令は出さない」
「なんで、お前は護衛騎士しか同行させなかったんだよ」
「父上に聞いてよ。俺は全部父上に任せた。初代の洞窟にいるから聞いてきなよ。俺は忙しいんだけど」
「兄の頼みを聞け」
「嫌だよ。うちだって手が足りないから必死で鍛えてるんだよ」
「この際リーンの側近を一人寄越せ。大国貴族ばかりだろう?」
「リーンに忠誠を誓っているから無理だよ。兄上に譲るなら俺が欲しい。リーンに近づいたら斬るから。母上に頼んでも」
「いつからそんなに冷たい人間になったんだ」
「兄上の所為だよ。身重のリーンにも負担をかけたくない。部屋は用意するから適当に。リーンに近づかないで。ルーラ様はリーンが接待するだろうから」

ルオはいつの間にかいなくなっていたリーンに気付いてオルを放っておいて執務室に戻った。オルに構っている暇はなかった。オルの滞在中はリーンの側を離れないように予定を調整することを決めた。
だがルオよりもオルの方が上手だった。


ルオが部屋に入るとオルとリーンは睨み合っていた。

「リーン、文官を寄越せ」
「引き抜きたいならご自由に。貴方に付いていく方がいるとは思いませんが」
「ルーラが困っている」
「ルーラから聞いていません。それに島国に人員は必要なようには見えませんわ」
「お前が始めたことだろうが」
「ルーラのために用意しました。一月以上も王族が遊び歩いていたなんて許されませんわ。島国の利益になるでしょう?そんなに難しいことではありませんので殿下がお一人でも十分ですわ」
「手が足りないんだよ。生産も改良も追いつかない」
「なら帰国なさって頑張ってください。ルーラは責任もって私が接待しますので」
「リーンの伝手ならいくらでもあるだろうが」
「ありませんわ。私は誰かに紹介できる人脈など」
「困ったら力になると」
「友人のルオへの言葉ですわ。私は殿下とは何の関係もありませんので手を貸す理由もありません」

ルオは目の前に広がる光景に絶句して、兄の肩を掴んでリーンから引き剥がした。

「兄上、いい加減にして。人手不足はうちも同じ。兄上よりも俺達の方が忙しいんだよ」
「お前がリーンの影響を受け過ぎて悲しいよ」
「俺も兄上に伝わらないことが悲しいよ」

ルオとオルの言い合いが始まるとリーンは出ていく。家族に甘いルオにはなんの期待もしていなかった。
ルーラはリーンとオルの喧嘩に見慣れてしみじみと呟く。

「リーンと旦那様は仲が悪いんですね」
「大嫌い。嫌になったら始末してあげるから教えて」

どんなに会瀬を重ねてもリーンとオルが親しくなることはない。
オルはリーンに断られても諦めない。
リーンはオルへの嫌がらせのためにさらにオルの役目が増えるように手を回す。オルがリーンからの嫌がらせを受けると島国は豊かになる。
ルーラはリーンの意図に気付いても、口を出さなかった。

「ルオ様、好意の反対は無関心。最近は喧嘩の多い男女がふとしたきっかけで恋に落ちる小説が流行ってます。人の感情はうつろいゆくものと吟遊詩人は歌っていました」
「あの二人が、いや、リーンを奪うなら兄上でも許さない」

外面がいいオルが嫌味な態度を堂々と見せるのは嫌がらせをするオルの世界で一番小賢しく、一切思い通りにならないリーンだけ。
リーンはルオの実兄で友人の夫であるオルに嫌がらせを繰り返しても強硬手段に出ないことをオルはわかっているため有利なのはオルのほうだった。

「母上と叔父上は似ていますね」
「姫様、お口にお気をつけください。母君が聞いたら悲しまれますよ」
「デジロが教えてくれました。同族嫌悪でしょう?でも物語では仇同士が惹かれ合いますし、純愛よりも優秀な後継を残すことが好まれますよ」

ルオが作ったラディル達の遊び場。
小国の宝が展示されている民に解放されている博物館に飾られる歴史書を見ながら護衛騎士を連れた子供達がこそこそと話していた。
小国でもっとも豪華な部屋で今日も喧嘩をしているだろうそれぞれの両親。

「正義は人それぞれ違うから。僕は母上や民を傷つけるものを許さない。できれば仲良くしたいよ。でも、平和って難しいから」
「恩のある小国に不義理なことはしません。どんなに策を巡らせても島国では小国には敵わない」
「賢明な判断ですこと。いずれわが国は大国に並んでみせます。広大な領地は資源の宝庫、お母様が撒いた種をさらに繁殖させます」


小国の後継者は、母の作った人脈をさらに広げ、大国にも負けない情報収集班を作った冒険王。
歴史に深い関心を持ち、得た知識をもとにたくさんの後世に残る芸術品を生みだした芸術家でもある。
誰よりも世界の歴史に詳しくなり、血生臭い世界を知っても染まることなく正義感に溢れる美しい皇子。
小国の文化水準を急速に発展させたのは未知への探求心は兄より強く、研究が趣味の皇女。
社交上手の兄が外交を、社交は苦手でも天才肌の妹が小国の金の卵を産み出していた。


「立派に育ってくれてこれで安心だね」
「ようやくずっと一緒にいられるよ」
「ずっと一緒。夢みたい」

子供達の予想に反して、大人の喧嘩は終わり互いに夫婦の時間を過ごしていた。
リーンはルオの腕に抱かれて、目を閉じてゆっくりとした心臓の音を聴きながら目を閉じた。
かつての願いを思い出した。
ずっと一緒にいたい。小国を大国に負けない国にしたい。

幼い頃は明日を信じられなかった。
誰かを愛することも愛した人と一緒にいることも思いつかなかった。
リーンに命と希望をくれた家族。
リーンに夢を見せ、全て叶えてくれた最愛の夫。
リーンの役目を引き継いでくれた子供達。

小国は大国と対等に取引できるほどまで価値を高めた。
リーンにとって偽りだらけの歪んだ関係がようやく正され、歪みが取り除かれた。
リーンはルオが退位してからようやく本当の意味での妻になれた気がした。
心にずっとあった鉛が取り除かれゆっくりと口を開く。

「リーンはルオとずっと一緒にいます。命が尽き、体は地に還っても。リーンの全てはルオのものにようやくなれた」

ルオはリーンの瞳から零れた雫を優しく指で拭い、目元に口づけた。
二人の願いは一緒にいることだけ。
ルオとリーンの新たな人生の始まりである。
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