7 / 31
06
しおりを挟む「親友……かあ」
と美空は呟いた。
「……違うのか?」
「まあ……そうなのかな。でも……『薄情な』だね」
美空は、まるで寂しさや苦しさを噛み締めるみたいに微笑んでみせた。
「瀬尾……」
そんな笑顔を見せられてしまっては、これ以上、何も彼女に尋ねる事は出来ない。
「……悪い」
春生は彼女に頭を下げた。大袈裟にではなかったが、真剣に。
美空は「ウウン」と小さく微笑んだ。
春生は、
「…………」
その時、どんな顔をして良いのかわからないまま、ただただ、彼女の笑顔を受け止めた。顔を背ける、視線を逸らすという事だけはしなかった。
その夜の風呂場。湯船の中、熱い湯に肌を赤くしながら春生は、
(……駄目だったな、今日は……。)
軽くない自己嫌悪にぼんやりと浸ってしまった。
普段の花村春生は決して好奇心の強過ぎる人間ではなかった。
生まれる直前に父親を亡くし、以降、若くはない母親と年の離れた兄との三人で暮らしている彼は、十四歳にして、世の中には「気軽に尋ねてはいけない事」や「自分が知らなくても良い事」があるという事を知っていた。
それが、この日は、どうしてだろうか。幾度も口を滑らせてしまった。
「ナンダカンダで……やっぱ、混乱してんだろな」
言い訳じみた言葉を呟き、春生はバシャリと自分の顔に湯船の湯を浴びせ掛けた。
……バシャリ、バシャリ、バシャリ。顔を洗う。荒く洗う。
てのひらで適当に顔の湯を拭い、春生は「はふぅ~……」と何とも気持ちの良さ気な息を吐く。
良くない気持ちは、垢と一緒に流し落とす。花村春生にとっての「風呂」とは、昔から「心の洗濯場」でもあった。
翌日、春生の通う中学校で、ちょっとした「事件」が起きた。
前日の「殺人事件」に比べては、余りにも小さ過ぎる出来事ではあったが。女子柔道部の次期主将と言われていた安藤果歩が部活を辞めたのだ。柔道部の顧問教師や先輩、同輩、後輩にまで慰留をされたが、彼女の決意は固かった。
春生がその「事件」を知ったのはその日の放課後。
放課後になってすぐの教室にて。花村春生と五人の同級生達は皆、肩に鞄を掛けたまま、だらだらと駄弁り合っていた。
「でもさ。あんな事のあった次の日に朝練て。ウチのガッコ、チョット、変? それともコレってフツーなのか?」と高木。
「いあいあ、『フツー』は中学校であんな事、起こんないから」と加藤。
「そりゃあ……ま、そうなんだけどさ」と再び高木。
強がりなのか、無神経なのか。皆、昨日の「出来事」を簡単に話題にしてはいたが、その誰も「殺人」だの「殺し」だのといった直接的な言葉は使っていなかった。もちろん、「水谷鈴呼」の名前を挙げる者も居ない。
「……単に、先生達もパニくってて、朝練中止の連絡を忘れてただけじゃね?」と荒井。
「ああ~、それはアルかもな。つーか、今日から普通に部活あんのな」と加藤。
「まあ、アレがあったの『教室』だしな。体育館とかでアレだったら、しばらくは立ち入り禁止になってたかもだけど」と仲本。
水谷鈴呼の起こした殺人事件の現場となってしまった二年A組の教室は、現在、立ち入り禁止の封鎖状態となっており、春生達、二年A組の生徒は、もう十年以上も使われていなかった空き教室――「旧・二年F組」の教室にて、授業を受けていた。
「ああ。部活って言えば。今朝、朝練の時……『お隣』、何か揉めてたろ?」
剣道部員の志村がからかい含みの視線を向けると……その「お隣」こと、柔道部の高木は意外にも硬く表情を引き締め、それに応えた。
「アレなあ……。何でか知らんけど。急に安藤が『部活を辞める』とか言い出してさ。E組の『安藤果歩』、知ってる? ……女子部の次期主将とか言われてたのにな」
高木の言葉に、荒井と加藤は「ああ。そんな話、聞いたわ」と頷き、初耳であった志村と仲本、そして春生は「ええ……?」と驚きの声を上げてしまった。
春生に至っては「驚きの声」だけにおさまらず、
「安藤果歩が……部活を辞めた……?」
などと思わず呟いてしまっていた。
安藤果歩。彼女は瀬尾美空と同じく、水谷鈴呼の親友である。水谷鈴呼が殺人を犯したその日、瀬尾美空は妙に部活動に熱中し、安藤果歩はそれを辞める決意を固めた。
瀬尾美空と安藤果歩の二人は同じようにそれぞれの道で将来を期待・有望視されていた実力者でもあった。
「…………」
(……水谷鈴呼と瀬尾美空、それに安藤果歩。やっぱり、何かあるのか……?)
その内の誰ともたいした接点など無い花村春生が、どうして、こんなにも彼女達の事が気に掛かるのか。「彼女達」……いや、「彼女」である。結局のところ、春生の気に掛かっているのは「水谷鈴呼」なのだ。
二年A組の委員長として、凶行に及んでしまった同級生に責任のようなものを感じているのか。それとも。惨劇の直後、彼女に長く見据えられ、更には、制服の袖口を掴まれてしまい、それらの事から妙な情でも湧いたのだろうか。
「どうして」……それは春生本人にも解かっていなかった。
「……好奇心は強くないつもりだったんだけどな」
小さく独り言ちた春生に、志村は耳聡く「ああ?」と不審げな目を向けた。
「悪い。オレ、ちょっと用事、思い出したわ」
春生は冗談半分、ベタな台詞を残して彼らから離れる。
「はあ~? 何それ。どーゆーコト?」
「アハハハハ。初めてリアルで聞いたカモ。『ちょっと用事、思い出した』って」
「ほ~いよ。いったらっさい」
友人達に見送られ、春生は「お先に」と教室を抜けた。廊下を進みながら窓へと目を向け、校庭の端を見た。砂場には青いマットが敷かれ、高いスタンドが立てられてあった。
(……居た。)
そのすぐ近くに目当てとしていた「彼女」の姿を確認するや、春生は廊下を進んでいた足を更に急がせた。
……一方、花村春生の抜けた教室では。
「アレは……放課後に時間の空いた安藤果歩をデートに誘いに行った……と、みたね」
「ああ~、それはナイな。あのチビッコに限っては」
抜けた春生をネタにまた話が盛り上がる……かと思われたが、
「アハハ。アホだ。……っと。そろそろ、俺も部活に行きますかな~だ」
「……だな。行くか。あんま遅れて、罰走もたるいしなあ」
「はぁ~……。三年が抜けてから先、なんかマジだらけてんだよなあ……」
未だオンナっ気のカケラも無い黄土色の男子中学生どもが送る放課後のボーイズ・トークは、敢え無くの解散となってしまったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる