春待ち木陰

春待ち木陰

文字の大きさ
13 / 31

12

しおりを挟む
 
「…………」

 ……また、キュウと春生の胃が痛む。

(残る「問題」は、どうして、あの時――あの場所で、あのタイミングで――「行為」に及んだのか。それくらい……か。……「タイミング」の「変」は、瀬尾と安藤果歩にも共通する「謎」だけど。……これにて、水谷鈴呼が滝田先生を殺してしまった事に対する「どうして」の「答え」は、出た……のか?)

「…………」に「…………」としばし押し黙ってしまっていた春生に。滝田の母親は、

「……大丈夫? なんだか、顔色が優れないみたいだけど……」

 と心配そうに表情を曇らせてくれた。

「え……ああ、はい」

 春生は半ば反射的に「大丈夫です」と応え掛けて、それを止めた。

「……すいません。自分はそろそろ、おいとまさせて頂こうと思います」

「大丈夫なの? 一人で帰れる? 少し休んでからでも」と心配をしてくれた滝田の母親には申し訳なかったが、春生はそれを良い口実にさせてもらった。

 事実、春生の胃は「謎」の痛みに襲われていたが、彼はその痛み云々よりも、今はただ、独りになりたい……ゆっくりと気持ちを落ち着かせたい……そんな想いで一杯だった。

 滝田の家を出て、自宅に向かう途中。揺れる電車の中で春生は、考えるで無くぼんやりと思った。

 水谷鈴呼や安藤果歩、それと瀬尾美空に共通する「タイミング」の「謎」を解くには、恐らく、瀬尾を問い詰めるのが一番の近道であろう。しかし。今の春生には、何故だろう、その「問い詰める」気力が湧いてこなかった。

(……なんか、今日は疲れたかな……。)

 春生は、そっと息を吐く。

 正面の車窓にはいつまでも見慣れない景色が流れ続いていた。

 他に乗客の少ない電車内。虚ろに佇む花村春生は、すっかりと忘れてしまっていた。

 水谷鈴呼に関する一番の「謎」は――彼が、彼女を気に掛けた「ハジマリ」とは、その「殺人の理由」などではなかったはずだ。あの時――「あの水谷鈴呼」が春生の制服に、そっと触れた事――(……どうして、オレに懐く……?)と、その理由や彼女の意図を解かりたいと感じたからであった。

 彼女は春生に助けを求めたのか、温もりを欲したのか。それとも、彼女自身、深い考えなどは無く、ただただ手を伸ばしてしまっただけなのか……「あの水谷鈴呼」が。

「…………」

 正面の車窓に映る景色が馴染みの土地に戻っても、虚ろなままの春生はその事を思い出せずにいたのだった。

 

 東京拘置所の面会室には、携帯電話や録音機、カメラ等を持ち込む事は禁じられていた。

 しかし。既に表舞台からは姿を消しているとはいえ、久我山守義の日々に暇は無かった。氏が「一言」を伝える為だけに水谷鈴呼との面会をする事は叶わない。更に言うならば、面会の為だけに氏が東京拘置所になど赴こうものなら、それは結果、各方面に対して、水谷鈴呼を悪目立ちさせてしまう事になる。……日本全土に対し「情報」の無条件配布を目論んでいる氏は、未だ「協力者」には成り得ていない今の段階の「先見人」――水谷鈴呼の存在を、他の団体や人間に知られるわけにはいかなかった。

 それでも。非協力的だという彼女に「一言」を申したいと強く感じた氏は、小糸朔太に命じ、自身の「言葉」を「録音」していた「者」を拘置所に連れて行かせたのだった。

 そうして、この日の水谷鈴呼の面会者は……小糸朔太と春日一緒、そして、今西安孝の三人となっていた。

「二度目マシテ。鈴呼さん」

 春日一緒は、その顔に残る幼さを隠す事なく、人懐っこい微笑みを浮かべた。

「無邪気」や「無垢」とも表せそうな一緒の笑顔に、水谷鈴呼は、

「…………」

 と、前回の時から何も変わっていない「無反応」を示した。

 一緒の傍らには、前回と同様な小糸朔太の他、もう一人、鈴呼にとっては初対面となる青年――今西安孝が座っていた。「無反応」な鈴呼には、目の前に現れたその見知らぬ青年を観察するような視線もなかった。

 今西安孝。二十代の半ばと思われる青年は、洒落っ気の認められない坊主頭をしていた。

 ずんぐりむっくりとした体型で猫背。だらしなく半開きな口許。拘置所の面接室という物珍しさに少しも抗う事なく、キョロキョロ、キョロキョロ……「人間」以外には興味深々らしく、いつまでも「辺り」を見回していた。

 ……正しくの三者三様である。

 色は秋らしく淡い辛子色。モコモコのニット生地で暖かい、ワンピースみたいな長丈のカーディガンを可愛らしく着こなした、二十歳手前の少女。

 プロレスラーとまではいかないが、それなりに鍛えているふうのガッチリとした体格に、白いワイシャツと黒いスーツを重ねた「ボディーガード」みたいな「秘書」。性別は男。年齢は三十代の後半。

 そして。着古された感の強い焦げ茶色をしたパーカーを着こんだ、風体は前述の青年。

 三人は年齢から、服装から、更には、その表情までもが全くのバラバラであった。……例えば、この三人が並んで街を歩いていたとしても、他人の目には「三人組」ではなく「一人と一人と一人」に見えるであろう、そんな三者であった。

「…………」

 アクリル板越しの水谷鈴呼に再会の微笑みを浮かべた春日一緒とは違って、今日の小糸朔太は神妙な顔付きで静かだった。……前回の事。終始一貫して「無反応」であった水谷鈴呼は、小糸朔太、渾身の「熱い演説」を以ってしても、眉一つ動かさなかった。その旨、主である久我山守義に親告をした彼は、今後の当・水谷鈴呼に関する全て事柄の主導権を、春日一緒に託す事となってしまったのだった。

 久我山守義が曰く、

「朔太の馬鹿じゃあ、会話にもならなかったか。こりゃあ、俺みたいな爺が何を言っても、意味が無えかな。『力』を持った若者には日本の為に働いてもらいてえ……出来る事なら、俺の考えに『賛同』してもらいてえんだがなあ。……大義として、俺の『言葉』は持って行ってもらうが、その調子じゃあ、まともにゃ聞いちゃもらえねえだろ。……いちおさん。アンタなら『水谷鈴呼』の『声』を聞く事も出来るんじゃねえのかな? ……若い女同士という事もあるしな」

 ……との事であった。

「馬鹿」呼ばわりをされた上に、一回り以上も年下の小娘に使われる身となってしまった小糸朔太であったが……彼は、主の決定に何の不満も抱いてはいなかった。もちろん、逆恨み的に春日一緒を悪く想ったりもしていない。……何も思わず、考えず、その指示に従って、ただ全うするのみである。彼にとって、久我山守義の「言葉」とは、それほどまでに「絶対」なモノなのであった。

「…………」と言えば、もう一人。今西安孝も「無言」ではあった。

 その口は半開きのまま……それ以上は開けられも閉じられもしないのだが、しかし。今西はいつまでも、いつまでも、キョロキョロと落ち着きが無く、無音ながら非常にやかましかった。

「早速だけど。まずは本題から」

 水谷鈴呼の目を見据え、春日一緒が口を開いた。……今回は小糸の挨拶や、今西の自己紹介は無いらしい。

「本日は『メッセンジャー』をお連れしました」

 澄まし顔に変わった一緒は、隣に座っていた今西安孝を視線で指した。

「彼は或る希少な『特技』を持っているのですが……言葉で説明をするより、実際に見て頂いた方が解かり易いでしょう」

 そう言うと一緒は、膝の上に置いてあったポシェットを開き、中から何かを取り出した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

妹の仇 兄の復讐

MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。 僕、孝之は高校三年生、十七歳。妹の茜は十五歳、高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。 その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...