春待ち木陰

春待ち木陰

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 美空は春生のように「オカルト」を「毛嫌い」はしていなかったが、それを丸々、信じ込んでしまうほどの「信者」ではなかった。敢えて、どちらかと言うならば……美空は、中立に限りなく近い「肯定派」だった。「そんなコトがあれば……楽しいよね」といったスタンスである。

 そんな彼女が、

「あたしも同じような『夢』を見たよ!」

 などと、自身で体験をした「偶然」を他の誰かに話して聞かせる事によって、それが「実際に起きた、奇跡」だのと超常現象の既成事実にされてしまうかもしれない事は――「オカルト」の「当事者」にされてしまう事は余り、座りの良くない事であった。妙な気恥ずかしさを感じてしまうのであった。

「カホはね、その夢の中で、ずっと、柔道を続けてたんだって。……中学から高校、大学、社会人。選手を引退した後は、卒業した大学のコーチに。……カホは、真面目だからさ。一度、始めちゃった柔道を『最後』まで、真剣に続けちゃったんだよね……。選手の頃は、他に何も考えられなくなっちゃうくらい一生懸命に打ち込んで。……コーチになったらなったで、また、違う苦労とかに追われちゃってさ。教え子達には、愛されたり、嫌われたりしちゃって。……それなりに充実した毎日ではあったらしいけど。……その反面、勤めてた大学で、柔道部の部員じゃない学生とかを見ちゃうと、ちょっとだけ、羨ましい気持ちにもなっちゃってた――なんて、言ってた。『もし。私が柔道をしていなかったら……柔道を始めていなかったとしたら。……あんなふうに、楽しそうな毎日を……もっと、女の子らしい学生生活を送ってたのかなあ』ってさ」

 静かな声でゆっくりと、美空は、その心のまま、落ち着いた調子で話を続ける。

「そういう――心残りっていうか……『想い出』を持ったまま、気が付いたら、あたしは教室に居た。カホは教室に居た。……あたし達は中学の二年生だった。カホは多分、その人生をやり直そうって、思った。柔道を辞めて……今度は、女の子らしく過ごそうと思ったんじゃないのかな。あたしは……カホの逆だった」

 美空は、その手に掴んでいた長いポールを握り直し、軽く掲げてみせた。

「……もう一度さ、チャンスを貰えたと思ったんだ」

 遠く、嘘みたいに青い空を眺めながら美空は、それを眩しがるみたいに、少しだけ、微笑んだ。そして。「……今度こそ」と瀬尾美空は静かな声で、けれども力強く、囁いた。

「……オリンピックで、金色のメダルを獲る……ッ!」

「…………」

 美空の宣言に、春生は何も言ってはくれなかった。

 美空は空を向いたまま、春生の顔は見なかった。

「…………」

「…………」

 美空には、彼の表情を――恥ずかしくてか、怖くてか――確かめる事が出来なかった。

「……ハルキはさ」と、美空は呟いた。

「え……?」と、春生は応えてくれた。

「『中学二年生から』だけど……もう一度、人生をやり直せるとしたら、何をしたい?」

「『何を』て、言われても……オレには『コレ』が『一度目』だからな……」

 困惑を隠し切れない表情で春生は、それでもきちんと――茶化したり、怒ったりとしないで――答えてくれた。

「……わからないよ」

 春生は首を横に振る。

「……『大人』になった自分の『後悔』なんて、想像も付かない」

「…………」

「オカルト」を「毛嫌い」していたはずの花村春生が、美空の語った「トンデモ話」に、真摯な対応を示してくれた。その事が嬉しかった……だから、その「御礼」というわけではなかったが、美空は、

「……あたしは」

「あの日」からずっと、その心に留めておいた、一つの色濃い「可能性」を口に出してしまった。……今のこの花村春生になら、話しても良いような気がしてしまったのだった。

「もう一度、チャンスが貰えたって、喜んだ。カホは、自分の歩まなかった道を、今度は、歩んでみたいと思った。……スズもさ、もしかしたら、見たんじゃないのかな。あの変な『夢』を。それで……『やり直せるとしら』の『答え』が、スズの場合……『滝田先生を殺す』だったんじゃないのかな……」

「……それは、どうして、その『答え』に……?」

「わかんない。その『理由』は、スズにしか、解からないよ。……警察に取り調べられて、スズが自分で話すかもしれない。スズが黙秘をしたって、警察は見つけ出すかもしれない。マスコミがでっち上げちゃうかもしれない。……でも。もしかしたら、その『理由』は、『まだ』、無いのかもしれない。スズは……その『理由』が出来ちゃう前に、滝田先生を殺したかったのかもしれない。……まだ、何も起きていない、今の内に……」

 それは、あくまでも「可能性」に過ぎないのだが。春生は、

「……そんな、馬鹿な話……」

 と、弱々しく息を吐いた。

「……あたしにとってはさ」と美空は、無理矢理に、明るい声を搾り出す。

「あの『夢』こそが、現実で。今のコレは『やり直した、二度目の現実』ていうよりもさ、何か……コレこそが『夢』みたいな感じがするんだよね。そんな『夢』の中だからこそ、カホは『柔道を辞めて、普通の女の子になりたい』っていう、軽くはない決断を下せた。スズだって、そう。コレが『夢』だからこそ、変に大胆に……ヤッちゃったのかなって」

 美空の明るい声色は、最後の最後で、暗く落ち込んでしまった。

 ……その暗い声のまま、美空は言葉を振り絞る。

「何か……色々と突拍子も無い話なんだけどさ。何よりも突拍子の無い事を、あのコが起こしちゃって……。あたしは、その現実から、逃げたいだけなのかもしれないけど……」

「……瀬尾」

 囁かれた春生の声は……優しかった。

 美空の頬を熱い「何か」が滑り落ちる。奥歯を噛み締め、美空は強く鼻をすする。

 彼女には――「親友を見捨てた」瀬尾美空には――その「何か」の正体を認める権利が無かった。……瀬尾美空は、そんなふうに考えていた。

「一つだけ、聞いておきたい」と春生は言った。

「……何?」と美空は鼻をすすりながらに応える。

「その夢の中でも……瀬尾は、水谷の親友だったんだよな。水谷の『隣』には、誰か……『滝田登』が居たか? 『大人』になった二人が一緒に居る場面を、瀬尾は見てるか? ……覚えているか?」

「……『大人』になったスズの事は、よく覚えてる。けど……スズの『隣』には『滝田登』なんて、居なかったよ。……スズの『隣』には」

 言い掛けて、美空はそっと口を閉じる。

「スズの『隣』には――『花村春生』が居た」。彼女は、その「事実」を春生には告げなかった。……「夢」に見た「未来」など、簡単に変えられる。変わってしまうものだった。水谷鈴呼は、その「凶行」で、それを証明してみせた。美空の見た「夢」の中で、彼女は、滝田登を殺したりなんかはしなかった。……滝田登は殺されたりなんかしなかったのだ。「未来」は簡単に変わってしまう。……望まざるとも、簡単に、変えられてしまう。

 ……だからこそ。瀬尾美空はもう一度、空を跳ぶのだ。「今度こそ……」と。彼女の「親友」が「殺人」を犯してしまったから、こそ――強い想いで、空を跳べるのだ。

「花村春生」が「水谷鈴呼」の「隣」に立つのか、立たないのか。それを「決める」のは、瀬尾美空ではない。……それは「『夢』の中では、こうだった」と誰かに導かれて得る「答え」であってはならない。誰かに「だから、こうであるべき」と強制されたりするものでもなく、彼が自らに辿り着かなければ、何の意味も為さないものなのであった。

 春生が呟いた。

「……やっぱり、水谷が『大人』になる前に、先生は『病気』で……」

 彼の導き出した「答え」に、美空の胸が、どんなに締め付けられようとも……である。

「…………」

 彼女の口からは、もう、何も言える事は無かった。


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