春待ち木陰

春待ち木陰

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 水谷鈴呼による滝田登の殺害から八ヶ月――初夏。猛暑。

 その同日に起きたとされる「未来体験」は、今や世間に知らぬ人間の居ない、周知の出来事となっていた。しかし。その「未来体験」は「幽霊」や「人面犬」と同じく、その言葉と定義とは確立されていたが、その「実在」は証明されておらず、その出来事が本当に「あった」と信じる人間は多くなかった。……現在、流行の「都市伝説」である。

「世界中、全ての人間が、その時……「未来」を体験した。もちろん、この私も。そして、貴方も。ただ……残念な事に、我々は、その内容を覚えていないのである」

 恐らくは一番、最初に「未来体験」を公に示した文章が、これである。

 発表のされた媒体は、新聞だった。日曜版の連載小説に、その文言は書かれてあった。この一節に対し、新聞社には「その体験を自分もしました」といった内容の手紙が大量に届けられ、その新聞社と同系列の週刊誌が少々の誇張を加えて、その一件を紙面に載せた。

 それが、この「都市伝説」の始まりであった。

「未来体験」は週刊誌からインターネットに飛び火し、ネット上では独自の「体験談」が多く語られた。それをテレビのワイドショーが拾い上げ、お笑い芸人がネタに組み込む。

「未来体験」を知っている事を前提としたギャグが小中学校で流行となり、ちょっとしたドラマや漫画のエピソードにも取り入れられた。現在、ネット上の噂では「ハリウッドが映画化を進めている」などと、まことしやかに語られる始末である。

 ……その「始まり」となった文章を新聞に載せたのが、幅広い年代のファンから支持を得ている大御所の大衆小説家であった事実も「未来体験」が広く知られる事となった大きな一因であろう。熱烈なファンの中には、自身が「体験」の記憶を持っていないにも関わらず、それは絶対に「真実」であるのだと信じ込んでしまっている者までいた。

 その小説家の名前は「春日屋七兵衛」。もちろん、筆名である。「彼」は半世紀以上も活動を続けている、齢八十の老爺だった。

「未来体験」大衆化の弊害として――その内容を微細に記憶しているとうそぶく自称・霊能力者であるとか、土地や株価等の上昇を予言する「未来体験詐欺」なんてものまで生み出してはしまったが。「春日屋七兵衛」の思惑は見事にその実を結んだのであった。

 一方で、水谷鈴呼の殺人事件は「不可解」なまま、その「動機」を「未来体験」と結び付けて考えるような者は現れず、現在もその裁判は続いていた。

 彼女は自身の不利を説かれても一向に殺害の「動機」を語ろうとはせず……彼女の弁護士はその事実を以って「彼女の精神は通常でない」と主張した。

 精神的疾病を理由に「無罪放免」を勝ち取る事よりかも、その罪を刑務所で償ってから「シャバ」に出た方が、格段に「生き易い」であろうに。その弁護士は一貫して、彼女の「無罪」を主張していた。その姿勢は、まるで、裁判を長引かせる事――「水谷鈴呼」を拘置所から外の世界に出さない事が目的であるかのようであった

 花村春生は中学の三年生になっていた。

 受験生である。春生はこの年の春から近所の塾に通い始めていた。

 ……今の彼は、もう、水谷鈴呼の事を考えてはいなかった。

 花村春生の中で、あの事件は「不治の病を患っている、未来の恋人」に対して行われた「安楽死」であるとの結論が付いていた。……その結論に、少しの「引っ掛かり」も感じないかと問われれば、答えに困るが。春生にはもうそれ以上、その胸の猛烈な痛みを堪えながらに「事件」の真相を考える事など、出来やしなかったのであった。

 日曜日の昼。春生の兄は休日出勤中、母親も近所のスーパーでレジを打っていた。

 花村家の食卓には、春生が一人。母親手製の「弁当」は美味しく平らげたが、

「……足りない」

 クラスで一番の小柄ながら、育ち盛りでもある十五歳の春生は、その「量」に不満を漏らした。

(部活で運動~とかもしてないのに。最近、変にハラが減るんだよな……。)

「……アレか。受験勉強のし過ぎか? 頭を使う事でケッコウなカロリーを消費するって、何かで読んだぞ」

 そんな「冗談」を半ば本気で呟きながら、春生は追加の「昼食」を求め、コンビニへと出掛けたのだった。

 自転車に跨って、五分。近所に在る馴染みのコンビニに入った春生は、入店の直後、その雑誌コーナーに見覚えのある顔を見付けた。

(ン~……見覚えはある顔だけど。誰だったっけか……?)

 同い年くらいと思われる、少年だった。同じ中学校の生徒ではない……気がする。

 男の子にしては髪が長く、中性的な雰囲気を醸し出している線の細い美少年だった。

(……ああ、「ジャニーズ」か? オレ、詳しくないから、良く知らないけど。)

 春生は、その少年を「テレビに出ているタレントではないか」と思い、それ以上、深く考える事は止めた。

(「美少年」より、今は「美食」だ。)

 などと、上手くはない事を思いながら、その雑誌コーナーを通り過ぎる。少年の背後を通り過ぎた――その瞬間、

「おおッ!?」

 と春生は驚きの声を上げた。

 ……少年が、ふらりと背後に揺れ倒れ、春生の肩に重くもたれかかったのであった。

「大丈夫ですか……?」

 春生は少年の身体を支え持ちながら、彼に声を掛ける。

 少年は「……スイマセン」と蚊の鳴くような声で申し訳なさそうに謝ってくれた。

 ……よく見てみると、その見覚えのある美形顔は酷く疲れて、青白かった。

「貧血ですか? 立てますか? 無理はしないでくださいね」

 支え持った彼の重みが、一向に軽くならない。春生は彼を、その場に座らせた。

「御迷惑……お掛けしました。ボクは、もう、大丈夫ですから……」

 弱々しい笑顔を向けられてしまった春生は、

(……このまま付き添ってても、オレに出来る事は無いしな……。見ず知らずの他人に付き添われても、逆に気を遣っちゃって、休まらないか。)

「……お気になさらず。お大事に」

 爽やかな笑顔で、少年に別れを告げた。

 本来の目的であった「昼食」の追加を選びに、春生はパンや弁当のコーナーに移動する。

(……「食べるラー油」の惣菜パンて。ブームって、コワイな。何でもかんでもか。)

 空腹で目に映る食べ物が全て美味しそうに見えるわけでもなく。満腹で食べ物なんか何も見たくないといったわけでもなく。小腹の減っている今の状態だからこその感想を楽しみながら春生は、じっくりとそのコーナーを見て回っていた。

(……夏味のチーズか。クリームたっぷりのロールケーキって、もはや元祖がドコのコンビニだったか忘れたよな……。……こういうパクリは怒られないんだなあ……?)

 他愛無い事に考えを巡らせながら、美味しそうな商品を選んでいた春生の耳に、

「――ンなトコで座ってんじゃねーよ! 邪魔くせぇなあッ!」

 明らかに柄の悪い、頭の悪そうな怒鳴り声が届けられた。

 ……夏の暑さに苛立つ気持ちは解からなくもないが。コンビニの店内はクーラーの恩恵にあやかって心地良く冷やされていた。その「怒鳴り声」に同情の余地は無かった。

「……チッ」

 と舌を鳴らした春生は、足早に雑誌コーナーへと戻る。

 そのコーナーでは、案の定、床にへたり込んでいる先程の美少年と、その少年に因縁を付けているらしき、白いジャージ姿の青年とその隣にデニムのツナギ服を着こんだ青年の二人組――二者、三名が居た。


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