春待ち木陰

春待ち木陰

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「ああ? なんだ、てめえは?」と喧しい馬鹿の声は無視をして、春生は二者の間に入り込む。……アレからの短時間で更に悪化したのか、土色の顔になってしまっている少年を抱きかかえ、春生は二人組の「ヤンキー」に頭を下げた。

「連れが御迷惑をお掛けしました」

「おお。ゴメイワク、掛けられたなあ!」

 ……下手に出れば、上からモノを言うのが、彼らの流儀か。

「…………」

 苛々ッと春生は視線を横に逃がした。そうして遣った目に偶然、映った、右手すぐの棚にぶらさがっていた「ハサミ」で、その偉そうに張っている胸を刺してやろうか――などと「熱く」なりかけた自分に気が付き、春生は苦笑をしてしまう。

(……夏の暑さのせいでしょうか。それとも。「誰かサン」の影響が残ってるのか……。)

 そんな、春生の苦笑いを、どんなふうに捉えたのか。

「……何、笑ってんだ、てめえは!」

 白いジャージの青年が春生の胸倉を掴み上げた。

 春生は反射的に、その青年の顔を強く睨み付ける。……怯えて顔を逸らすではないのが花村春生の「気質」だった。

「ああ……? なんだ、その目はよお! 良い根性、してんじゃねえかッ!」

 ジャージ姿の青年と春生は近い距離で睨み合う。……「中身」も「髪型」も、非常に「頭」の「若い」青年であったが、近くで見てみればそれなりの年を経た顔をしていた。少なくとも二十歳は過ぎているだろうに……。

(……高校受験、頑張らないとなあ。こんな「大人」にはなりたくないよなあ……。)

 冗談半分、本気半分。春生は情けなく思ってしまった。

「ソレ」が起きたのは――そんな「ニラメッコ」の最中であった。……不意にである。

「そ~らを~、きりさく~、ライトニーン! て~んに~、かかげる~、てッつの拳ぃ!」

 ……妙に美しい歌声が店内に響いたのだった。スピーカーを通された「放送」ではない。店内に居る誰かが今、生で歌っているようであった。……愛らしい少女のような声質であったが、物凄い声量である。そして……その「歌」は、聞いた事のないメロディ、昔のロボットアニメみたいな歌詞であった。

「誰だ、コラぁッ!?」と白いジャージの青年が店内を見渡しながらに声を荒げた。

 よく見れば、その隣……デニムのツナギ服を着こんだ青年は、呆れるみたいな苦笑いを浮かべていた。どうやら「ヤンチャ」であるのは「白ジャージ」のみで、そちらに居る「ツナギ服」は、多少の常識を持ち合わせているらしかった。……あくまでも「多少」であるが。

「ツナギ服」も「ツナギ服」で、コンビニの店内で「連れ」が「大暴れ」をしているのに、その隣でただただ苦笑いを浮かべているだけという程度の「常識」持ちなのである。

(……「ヤンキー」とか「チンピラ」だと思って見ると「白ジャージ」の「大暴れ」に加勢しないってだけで「マトモ」に見えるから、不思議だよな……。)

 春生は先程からずっと苦笑いのしっぱなしであった。

「みえたか、てぇッけーん! くぅーらえ、ブブンブーンッ!」

 ……店内では、件の「歌」が延々と歌われ続けていた。そのメロディに聞き覚えは無く、歌詞も「恥ずかしい」感じではあったが、その「歌」自体は絶妙に上手かった。

 その「歌」をBGMに――なのか、

「……キサマ、悪だなッ!」

 突如として、春生達、二者四人の前に現れたのは……どう見ても、十歳前後にしか見えない、小学生の男の子だった。

 小さな少年に「ビシッ!」とばかり、指を差されてしまった「白ジャージ」は、

「……はあ?」

 と不愉快そうに顔を歪めた。

 その一方で、春生は「……ああ」とそんな少年の行動の「意味」に気が付いてしまう。

「君」

 と春生は小さな少年に声を掛けた。

「ありがとうね。お兄ちゃん達がケンカをしていると思って、助けに入ってくれたんだね。でも、危ないから。駄目だよ。向こうに行ってな。お兄ちゃん達は大丈夫だから」

 柔らかな表情で少年を諭した後、春生はその表情を少しだけ引き締めて、

「もう『大丈夫』……ですよね?」

 と「白ジャージ」ではなく、その隣に居た「ツナギ服」に言葉を向けた。

「ツナギ服」は「…………」とほんの一瞬だけ、黙った後で、

「カズオ。もう、冷めたろ」

「白ジャージ」の肩に手を置いた。「カズオ」と呼ばれた「白ジャージ」は、

「……ンだよ。ウゼーな、ツネアキはよ」

 と、その肩に置かれていた「ツナギ服」こと「ツネアキ」の手を、乱暴に振り解いた。その言葉遣いや行動こそ「乱暴」ではあったが、その言動には先程までの荒々しい覇気はもう無く、落ち着いた様子――「ツネアキ」が言うところの「冷めた」状態にあるようであった。

(……結果、男の子に「助けられた」のか……?)

 そんな事を考えた春生が「……ふぅ」と息を漏らしたのも、束の間。

 ……どうして、そうなってしまうのであろうか。

「せあッ!」

 ……もう、すっかりと「冷め」ている「カズオ」のミゾオチに、小さな少年の固い拳が、勢い鋭く、突き刺さった……。

 しかし、所詮は子供のやる事……などと侮るなかれである。

 小さな鉄拳を喰らった「カズオ」は、

「おバ……ッ!?」

 と数メートルほども後ろに吹き跳び、ゴロゴロゴロ……と床に転がった。

「てめ……この、クソガキ……」

 たった一撃のパンチだが、見事に決まり過ぎたのか。「カズオ」はヨロヨロとただ立ち上がるだけにも大変な苦労を見せていた。

「……お前ッ」と「ツナギ服」の「ツネアキ」が小さな少年に手を伸ばす――よりも数瞬だけ早く、春生は、

「この馬鹿ッ!」

 と、その少年を強く叱り付けた。

「な、なんだよ……」と不服そうに唇を尖らせる少年を置いて、春生は、

「……大丈夫ですか?」

 と、真面目な心配顔で「白ジャージ」の「カズオ」を見た。

「……見りゃ、わかンだろがッ!」

 店内中に響き渡るほどの大きな声で「カズオ」は吼えたが、

「見てわかる通り、大丈夫だってよ。……オマエら、もういいや。行っとけ、行っとけ」

「ツネアキ」は苦笑顔で、春生に「シッシ」とてのひらを振ってくれた。

「……ありがとうございました。失礼します」

 春生は「ツネアキ」と「カズオ」の二人共に頭を下げる。

「ツネアキ」は「はいよ」と。「カズオ」は「……チッ」と、春生を見送ってくれた。

「なんで、アンタがあやまんだよ。悪いのはアイツらなんだろッ?」

 などと、暴れ足りない御様子の男の子を右の腕で抑え包み、左の腕には「…………」と土色の顔でぐったりの美少年を抱えた――「両手に花」状態で、春生はその場を後にしたのであった。……片方の「花」は美しいが枯れ掛けており、もう一方の「花」は元気が過ぎる食虫植物ときてはいたが。

「……良いんだよ」と春生は小声で小さな少年に囁く。

「『筋合い』じゃなくても、頭を下げてその場が丸く治まるんだったらそれで良い。『メンツ』に『イノチ』を賭けてる『やーさん』じゃないんだから」

 春生のそんな……弱気とも取れる発言に、小さな少年は、

「なんだよ、それ……なッさけねえの!」

 と唇を尖らせる。しかし。暴言の少年に、春生は優しく目を細めた。

「……我を通そうって人間だけじゃ、争いしか起きないぞ。毎日が戦争だ。……それでも、君は強いから、勝ち続けるかもしれないけどな。……考えてみろ。君が『勝つ』って事は、相手が『負ける』って事だぞ。『負ける』ってのは嫌なモンだ。君はそんな『負ける』人間を増やしたいのか? ……『勝つ』事だけじゃなくて、双方に痛みを残さない『引き分け』ってのも覚えないと。『譲り合い』の精神だよ」

 唇を尖らせたまま、小さな少年は言葉を返す。

「何、言ってんだ。相手は『悪』だぞ。何もゆずれないだろ。『悪』はたおさなきゃ! おれは、『正義の味方』なんだッ!」


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He said...

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