春待ち木陰

春待ち木陰

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「え……あの、御迷惑が……」

「このまま、ここにアナタを置き去りにしたら、見捨てたみたいで夢見が悪くなりますから。……乗り掛かった船みたいなもんです。『迷惑』だと思うんなら、さっさと一緒に帰りましょう。……お宅、どちらの方向です?」

 春生の質問に「…………」と俯いてしまった美少年は、その数秒後、

「家には……帰れません。どこか……近くに公園とかはありませんか?」

 と震える声で答えた。

「公園……?」

「……ベンチとかあれば、そこで」

 そんな彼の答えに春生は「……はぁ」と、大きな溜め息を吐き出した。

「付いて来てください」

 彼と自転車の半歩だけ前に出た春生は、先程、自転車に跨って走ってきた道をそのまま、反対に進んでいった。「五分」であった距離も、自転車を押して歩く「病人」と一緒では、それなりの時間が掛かってしまう。……花村春生は、隣を行く彼の「体調」に合わせて、ゆっくりとその歩みを進めたのだった。

「……あの、ここは……?」

 ようやくと言って良いだろう、花村家に到着をすると彼は困惑気味な表情で春生の事を見た。

「オレの家です。上がって、休んでいってください」

「え……でも」

「今日は日曜日ですが、親も誰も居ませんから。お気になさらず」

「二人きり……ですか。それは……あの、本当に、公園のベンチとかで良いんで……」

 何を考えたのやら……美少年はしっとりと首筋から耳までを紅くさせた。

 春生は、そんな彼の「色」の変化には気が付いていないまま、親切心から忠告を囁く。

「……アナタみたいなヒトが公園のベンチで昼寝なんてしてたら、ノリの良過ぎる女子高生に見付かったりして、イタズラされかねないですよ?」

「そんな……」

 美少年は、困ったみたいな愛想笑いを浮かべたが。この、どこかで見た事のあるような気がする「美少年」を「ジャニーズ」だと思い込んでしまっていた春生は、半ば本気でその「冗談」を口にしていた。

 春生は、その美少年の名前すらも聞かぬまま、自宅に引き入れると、二階に在る自分の部屋へと案内をしてしまった。……その「顔」をどこかで見た覚えがあったというのも大きいでだろうが。春生ならば、この「美少年」が先程の少年――野見世常であっても同じように介抱をしていたであろう。……流石に、白ジャージの「カズオ」やツナギ服の「ツネアキ」であったなら、家に上げまではしないであろうが。

 春生の自室に足を踏み入れた美少年は、

「ベベ、ベッドはいいです。床で。あの、ボクの家は布団なので、ベッドの柔らかいのは、慣れてなくて、だから。あ、ハイ。タオルケットだけ。ハイ。お腹を冷やさないように」

 と、妙に緊張をした様子を見せたが。春生の手渡したタオルケットを胸に抱いて、床に転がるなり、物の数秒で「……すぅ、……はぁ」と規則正しい寝息を立て始めてしまったのだった。……寝顔まで可愛らしい。

「…………」

 春生は音を立てぬようにそっとカーテンを閉めた。部屋を出る。

(……貧血とか病気っていうより、ただの寝不足だったのか? 「ジャニーズ」ってのは、やっぱり、忙しいんだな……。)

 静かに階段をおりながら、春生は「ふ~む」と唸ってしまった。

「どこかで見た覚えのある顔」とは言え、結局は「見知らぬ他人」を自宅の自室にまで招き入れておきながら、春生の心配は「窃盗」や「器物破損」には至らずに、

「……このまま寝かせておいて、スケジュール的には大丈夫なのか? 今頃、仕事場の方ではヤツを探して大騒ぎとか……」

 と彼の「体調」から「仕事」にまで向けられていた。

「……まあ」と春生はまるで自分に言い聞かせるみたいに呟いた。

「オレの知ったこっちゃないか」

 今の春生には「見知らぬ他人」の体調やら仕事やらを心配するよりも、強く、やらねばならぬ事があったのであった。……ようやっと「難」を逃れた感の春生は「……グゥ」とそれを思い出す。

(……行って、帰って、四十分。店内で商品選びの時間も入れたら、ざっと一時間か。)

 春生は玄関の内側に書き置きと家の合い鍵を残し、そっと家を出たのであった。

 

『チョット離れたコンビニまで昼食を買いに行ってきます。一時間で戻ります。

 ココを出られるようでしたら鍵を掛けて、その鍵は郵便受けに入れておいてください。

                          十三時四十五分、記す。』



「お……?」とカズオは声を上げた。

 道の向こうには見覚えのあるガキが、生意気にもオンナ連れで歩いているではないか。

「……ケツでも蹴ったろか」

「止めとけ、止めとけ」とカズオの隣でツネアキが突っ込む。

「冗談だっつーの」

 そのハラに浮かんだ気持ちを、素直に口に出したりはするものの。流石にカズオも往来で小学生男子のケツを蹴り上げたりはしないのである。

 ――そんなカズオの右ケツに、

「オウ、何やってんだ?」

 とソフトなキックが当てられる。

「ああ?」と険しい顔で振り返ったカズオは、

「――タカ坊じゃないスか。お久し振りです」

 自分を蹴った相手が誰だかを知ると、その表情を嬉しげな柔和に変えた。

「坊、お元気そうで」とカズオに続いてツネアキも頭を下げる。

「……『ボン』はもう止してくれや。タカヤで良い」

 照れるみたいな苦笑い顔を浮かべながらまた一度、今度は二人にソフトなキックをお見舞いしたのは――椎名貴也であった。

 カズオとツネアキ、二十歳を過ぎた二人の「ヤンキー」と並んでも何の遜色も無い立派な体格に、もはや金髪としか言えないくらいに明るい茶髪の彼は、現在、十五歳。中学の三年生であった。――花村春生の同級生である。

「ジブンらはコンビニの帰りなんスけど、タカぼ――タカヤさんは何してんスか?」

「ンだよ。だったらもうチョイ、早くに行っときゃ良かったか。……俺ぁこれからコンビニだ。クソ親父に酒、パシられてよ」

 椎名貴也は面倒臭そうに頭を掻いた。そんな彼の発言に、

「あ……ヘッド、お元気ッスか?」

 とツネアキが余計な一言を口走る。

「ツネアキぃ~……『ヘッド』とか言ってんじゃねえよ。クソ親父がチーム抜けたのもう何年前だ。……あのジジイよお、絶対ぇ調子コクからよ。絶対ぇ本人の前で言うんじゃねえぞ?」

「あ……ウス。スンマセン。気を付けます」

 頭を下げるツネアキの隣で、カズオが「あの……」と言い難そうに口を開いた。

「タカヤさん。ヘッ――キーチさんの妙な噂、耳に入ってますか?」

「ああ……」と貴也は苦虫を噛み潰したみたいな顔をする。

「そのせいであのクソ親父、最近、荒れててよ。ンなくだらねえデマ、言い出したヤツ見つけてブン殴るとか言ってるわ」

「あ……じゃあ、やっぱり、嘘だったンスね」

 カズオは安堵の息を吐く。貴也はそんなカズオにまたソフトなキックを入れてやる。

「たりまえだろが。いくらあのクソ親父でもな……『人殺し』なんかするかよ。ウチのチームはそういうんじゃなかったろうが」

 苛立ち口調の貴也に、何故かツネアキはその表情をほころばせた。

「……嬉しいッス。タカ坊にとっても、チームは『ウチ』なんスね……」

 その言葉に貴也は、ヘンテコに口許を曲げて、横を向いてしまう。

「……『ボン』とか言ってんじゃねえよ」

 ツネアキは「スンマセン」と頭をさげながらも、その顔は――隣のカズオと同じように「へへ……」と笑っていた。


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He said...

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