駄目×最高

春待ち木陰

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第03話

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 夏休みも終わり、二学期が始まって、最上級生であった三年生方が部活動から完全に引退をされた事に加えて、大山翔吾本人が丸くなったわけでは決してないのだが先日の一件から翔吾と一年生達との距離が近くなったお陰で、彼らの翔吾に対する、以前までの強過ぎた恐怖心や警戒心といったものが適度に和らいできていた今、野球部内全体の緊張感は少しばかり薄まり過ぎてしまっているようでもあった。

 端的に言えば、一年生共の気が緩みきってしまっていた。

 授業の終わった放課後だ。本格的に部活動が始まる前の部室内だ。

「へいッ」

 と気持ち良さそうに流行りの歌をくちずさみながら着替えるのまでは良いが、くちずさんでいるうちにどんどんと気持ちが良くなり過ぎてしまったらしい一年生の沢村雅則は、何故か、

「ちんこ、ちーんこ、ちーんーこッ、ちちちんッ」

 歌詞を全て男性器名称に変えて、声も高らかも歌い出した。

「何でだよッ」

「アタマ、オカシイだろ」

「止めろ。馬鹿」

 注意と侮蔑と制止の言葉を吐き出した別の三名もゲラゲラと大笑いしながらで、とてもではないが本気の注意や侮蔑や制止とは思えなかった。

 先の二人が沢村と同じ一年生で、形ばかりとは言え一応は制止してみせたのは二年生だった。

 判断の難しいところだ。

 事件も事故も起こらずに無事、野球部の新主将となっていた和泉光助は、近頃の部内事情をどう捉えて、どのように対処していくべきか、珍しくも考えあぐねていた。

「ちんこは駄目ッスか。了解ッス。じゃあ、まん」「言わせねえよ」

 一同、大爆笑だ。

 この年頃の男子は悪ノリの度合いが酷過ぎた。明らかな目上であったりや異質な上に不可解でもある異性であったりといった、自分達とは確実に距離があり、どうしても萎縮してしまうような相手がその場に居なければ、完全なる仲間内でならば、平気でぶっ壊れる事が出来た。

 そして、それがまた非常に「楽しい」と感じてしまうのだから始末に負えない。

 いや、幾つになっても「男子」はイコールで「馬鹿」なのかもしれないが。この年頃の愚かしさとして、恐い恐い先輩やら先生やイイトコロを見せたい女子でもなければ、見知らぬ他人や格下と思える奴らを全部、見えていない振りが出来てしまえるなんていうところがあった。

 正直に言ってしまえば、今、大爆笑をしていた一同の中には光助の姿もあった。和泉光助にとっても、この愛すべき馬鹿共が作る空間はとても「楽しい」ものではあった。

 ただ、この時間、この場所でなら良いが、この雰囲気や空気感をグラウンドには持ち込ませたくなかった。光助にとっての「野球」とは、そういったものだった。が、しかし、光助以外の彼ら、他の部員達にとってもそうだとは限らない。

 この部室から出て、部活動が始まるにあたり、彼らは自分達で切り替えが出来るだろうか。個人個人ではなく、野球部という団体として、自浄作用のようなものがきちんと働くだろうか。

 どうだろう。

 光助は考えていた。何処で、この楽しい楽しい馬鹿騒ぎにストップを掛けるのか。その為の基準は時間の長さか、それとも、内容の過激さか。

 今更ながら、光助は「マネージャー」の偉大さを痛感してしまう。

 キャラクターとしても、三浦一太郎なら、すぐに沢村の馬鹿歌を止めただろう。それは先程のような形ばかりの制止などではなく、恐らくは叱責に近いものになったのではないだろうか。

 叱られてしまった沢村にしても、常に周囲に気を配り、大山翔吾を始めとした多くの部員を日々、たしなめていた三浦からの叱責ならば、良くも悪くもではあろうが、それほど重く受け止め過ぎずに自分の行動を振り返る余地も生まれただろう。その上で「やっぱり、歌いたい」と思えば、三浦の言葉を無視して、また歌い始めただろうし、もしも、沢村の馬鹿歌に深い意図でもあれば「この歌はリラックスする為のルーティンみたいなもので、勿論、グラウンドに出たら真面目にやりますから、部室では歌わせてもらえませんかね。小声にもしますし」等の折衷案を三浦に提示していたかもしれない。

 一方、今の光助の立場で「和泉光助」が下手に叱責などしようものなら、ぴしゃりと必要以上に、この場を引き締めてしまうだろう。軍隊よろしく、上の言う事を鵜呑みにして、言われた事だけを言われた通りにしか出来なくなってしまっては、どうしようもない。司令官が間違える事だって、おおいにありえるし、光助の個人的な心情としても、部員達の行動の全てを操り、その責任も背負うなんて事は出来るわけがなかった。それは重過ぎる。

 馬鹿騒ぎの一団に居てもなお、馬鹿には成り切れず、頭か心の何処かが確実に冷たくなってしまっている自分に、光助はそっと溜め息を吐いた。

 などと思考を巡らせながらの和泉光助でさえ、楽しくは感じていたのに、二十数人も居た部室内で一人だけ、沢村の歌に対して、心底、不快そうな顔をしていた一年生が居た。

 一ノ瀬夏純だ。

 夏純は眉間にシワを寄せて、

「汚いなあ」

 誰に言うでもなく、ただ、呟いていた。

 そんな夏純の様子に「これは」と光助は少し心配をしてしまった。大丈夫だろうか。

 十何人と居る一年生達の中で唯一の野球初心者として部に入ってから、もうすぐ半年が過ぎようとしており、野球そのものには慣れてきているのかもしれないが、これまでは面倒見の良過ぎた三年生の三浦一太郎が一人で構っていたせいもあって、一ノ瀬夏純には、いまだに仲の良い同学年や気軽に話し掛けられる二年生などは居ないのではないだろうか。

 パートナーのようになってしまっていた三浦が部から去り、一ノ瀬夏純は孤独を感じていたりはしないだろうか。孤立してしまっていたりはしないだろうか。そんな夏純の事を他の部員達が苛めたくなったりはしていないだろうか。

 仲間内で大盛り上がりが出来るという事は、気兼ねのない関係であるという証拠でもあり、コミュニケーションの強化という意味でも団体競技の選手達としては良い傾向にあるとも考えられるが、反面、仲の良過ぎる集団は得てして自分達以外の人間を敵と捉えてしまいがちでもあるように思えた。一年生に限らず、二年生達も含めて、その輪からはみ出した一ノ瀬夏純を部外者や異分子と決め付けて、一方的に排除しようとし始めなければ良いのだが。

 和泉光助にしてみれば、夏純に対して「皆と仲良くしなさい」だとか「皆と一緒に馬鹿騒ぎしなさい」だなんて言うつもりは毛頭なかった。夏純が野球を好きらしい事は日々の彼を見ていれば分かるが、それはそれとして、この野球部と合わないのなら、無理にこの部に居続ける必要はないのだ。辞めてもらっても一向に構わない。野球ぐらいにメジャーなスポーツなら、部活でなくても続けようは幾らでもあるのだから、それがお互いの為となる事もあるだろう。

 勿論、強制はしないとしても、一ノ瀬夏純の性格や好みを無視してまで、皆と交わるように誘導する事も、よろしくはないのではないのだろうかと光助は考えていた。

 多分、出来なくはない。出来なくはないからこそ、してしまってはいけないような気がするのだ。先日の大山翔吾の一件とはまた別だ。あの時は翔吾のバッティング次第だった。打つか、打てぬか、どうなるか。最後のトリガーは翔吾本人だった。光助はただギュウギュウに火薬を詰め込んだに過ぎないと思い込む事も出来た。

「ちーん、ちッとと。ほら見ろ。お前の馬鹿歌がうつっちまったじゃねえか」

「てへぺろッス」

「てめえ。そのベロ、引っこ抜くぞ。おい、誰か。ペンチ、持ってねえか」

「ペンチはねえけど、長椅子ベンチだったら外にあるだろ」

長椅子ベンチで何をどうすんだよ。レンチなら殴れるけど」

「いや。レンチもねえだろ。とりあえず、パンチしとけば」

「ひぎゃあッス。俺、大ピンチッスか、もしかして」

 この馬鹿な部に溶け込ませるにしても、申し訳ないが辞めてもらうにしても、一ノ瀬夏純をのは最後の手段だ。

 とりあえずは、自分達が引退するまでのあと一年間だけでも、純粋に、目一杯に、野球を楽しめなくなるような問題が起こらなければ良いがと和泉光助は願うばかりだった。
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