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第06話
しおりを挟む十月初めの日曜日。大山翔吾は和泉光助と一ノ瀬夏純の二人を連れて帰途に就く。
翔吾の自宅の位置を知らない夏純の為に学校を待ち合わせ場所としたのだが、
「和泉が一緒だったんなら、俺が迎えに行かなくても良かったんじゃねえのか」
欠伸まじりに翔吾は抗議した。
「迎えに来させなかったら、お前、まだ寝てたろ。お前の家の玄関でお前が起きるの待ちは嫌だったんだよ」
光助が答えて、夏純は「ああ。なるほど」と頷いた。
「結局、大山先輩はお迎えも遅刻はしましたしね。痛ッ。もう。何で殴るんですか、本当の事じゃないですか」
たとえ事実であろうとも先輩に対する非難の類いは一切、許されない、というわけではなくて、
「お前が『シネ』とか言うからだ」
夏純が「翔吾パンチ」の発射ボタンを押してしまっていただけだった。
「はあ? 言ってませんよ。『死ね』だなんて」と唇を尖らせる夏純に、
「一応、言ってはいたな。『遅刻はしましたシネ』とか」
光助が解説を加えた。
「はあッ? 何ですか、それ。大山先輩にはワード検索機能でも付いてるんですか」
「知らん」
「もう。自分の事でしょうに」
などなどと三人は賑やかに騒ぎながら歩いていた。翔吾一人なら十分も掛からない道のりを、三人でもう十五分は歩き続けているだろうか。ただ、何故だろうか、知らないが、大山翔吾の体感的にはまだまだ待ち合わせ場所の学校を後にしてから五分も経ってはいなかった。
もうしばらくが過ぎて、三人が翔吾の自宅に着いた時、
「うわ」
一ノ瀬夏純が小さな声を上げたが、翔吾には夏純が何を驚いたのか、少しも分からなかった。
「相変わらず、デカいな」と光助も笑ったが、
「家が勝手に縮むかよ」
光助の笑った理由も翔吾には、いまいち、分かっていなかった。
スマートフォンをかざして玄関のロックを解除した時にも夏純は驚いていたが、
「ただいま、と」
もごもごと口の中で唱えながら靴を脱いだ翔吾の後ろから、
「こんにちは! お邪魔します!」
と大きな声ではきはきと挨拶をしてみせた夏純にこそ、翔吾は驚いてしまった。
「うるせえな。いいよ。親は居ねえから」
言いながら振り返った翔吾の目に映ったのは、
「え」
明らかに悲しそうな顔で絶句している一ノ瀬夏純の姿だった。
「二人とも仕事に行ってるだけだ。阿呆」と翔吾が少しだけ早口で呟くなり、
「あ」
と夏純の顔がほころんだ。
翔吾は何を言えば良いのか分からずに黙ったが、同時に何かは言わなければいけないような気持ちにもなっていた。そこに、
「お前ら。玄関先で遊んでないで。さっさと上がれ」
夏純の更に後ろに居た光助が、助けに入ってくれたのか、それとも邪魔に入ってきやがったのか、気軽な調子で話を先に進めてしまった。まあ、どうでも良いか。
「俺の部屋は二階だ。他の部屋には入るなよ。親の仕事関係の物もあるからな」
「はい。分かりました。お邪魔します」
「了解。今日は目的もあるしな。豪邸を探訪して遊ぶ時間は無いだろうな」
学校も休みの日曜日に何故、この三人が集まって、更には翔吾の自宅になど来ているのか。光助が言った「目的」とは、ずばり、
「では始めようか、一ノ瀬君。本日は、このパソコン様が君の先生だ」
一ノ瀬夏純の性教育だった。
三日前の事、野球部の部室前で副主将の鈴木彬から一ノ瀬夏純に関する報告を受けた光助は、
「一ノ瀬。フェラチオって知ってるか?」
言葉を全く濁す事なく、その場に居た夏純に尋ねた。
「助っ人外国人ですか?」
「広島のナックルボーラーじゃなくて」
光助は少しも笑わずに真面目な顔付きで続けた。
「フェラチオってのは、ちんこを口にくわえる行為の事だ」
「は?」と夏純は両眉をへし曲げさせて、口を半開きにしたまま、全くもって、そんな行為が存在する事自体を信じられるわけがないといった顔をした。光助は容赦無く追い打ちを掛ける。
「更には、ちんこを口にくわえた状態で顔を前後に動かしたりする。要するに、ちんこを深くくわえ込んだり、浅く吐き出したりを繰り返すんだ」
「それって」と夏純の顔色が変わった。
「そうだ。さっき、お前がやってたのは、言うなれば『エア・フェラチオ』だな」
「わーッ!」
真っ青だった顔色を今度は真っ赤に変えて、夏純は叫んだ。
「何で、何で、何で、何で、何で」
大汗をかきながら夏純は混乱していた。その顔は、朝露に濡れた新鮮なトマトを連想させた。
「これは」と光助は思わず、唾を飲み込んだ。ほんの一瞬ではあったが、一ノ瀬夏純にちょっかいを出していたという鈴木彬らの気持ちを理解してしまったような気がしてしまった。
光助は咳払いを一つして、気を取り直す。
「一ノ瀬にそれをやらせた連中も悪いが、何も知らない一ノ瀬も悪い」
暴論だとは思いながらも口にしていた光助に対して、
「はい」
夏純は素直に頷いた。こういったところも付け込まれる原因か。
知らぬが仏ということわざもある。夏純は無知なままでいた方が幸せだったのかもしれないが、いつかは気が付く事だろう。それが一年以上も先の事になるならば、その頃には野球部を引退してしまっている光助には関係の無い話だが、もしも、光助達が引退をする直前にでも夏純が性的な苛めだと認識をして、大問題に発展し、部活動の休止にでもなったら最悪だ。
「どうせ、エスカレートしていくだろうしな」
光助は、所在無さげに佇み続けていた鈴木彬をちらりと横目で見て、独り言ちた。
今はまだ何も知らない一ノ瀬夏純にある程度でも良いので性の知識を植え付けて、上手い事、羞恥心を芽生えさせられれば、今後は、少なくとも他人の目がある外でみっともない姿を晒すような事は無くなるだろう。いや、恥ずかしがる気持ち自体は今でもあるのか。光助は、つい先程のトマトみたいだった夏純を思い出していたが、どうだろう。夏純は「エア・フェラチオ」を恥ずかしい行為だとは思ったようだったが、それが「エロい事」だから恥ずかしいと思ったのか「汚い事」だから恥ずかしいと思ったのか、はたまた、別の理由から恥ずかしいと思ったのかは分からない。
一ノ瀬夏純の意識が変わって、それでも周囲からのアプローチが無くならないようならば、その時はその時で、また何か考えよう。エロ話が一律に駄目なわけじゃあないのだ。分かっている者同士の応酬なら、それは濃密なコミュニケーションだとも言える。今回の問題点は一方通行の騙し討ちであったというところだ。
「一ノ瀬。お前はエロ系の話が苦手かもしれないが、だからこそ、少しはエロを学ばないとな。予防接種みたいなものだ。自分の中に多少のエロ知識は入れておかないと、外からの全エロに対して全くの無防備になってしまう。それがエロい事なのかエロい事じゃないのかすら判断がつかないのは危ないだろう」
「はい」と夏純は、すがるような目付きで光助を見上げていた。
「とりあえず」と光助は横を見る。
そちらに何かがあったわけではなかったが、夏純の視線が純粋過ぎて、和泉光助には少々、毒だったのだ。
「ネットでエロ動画でも見てみるか」
「え。スマホでですか。えっと。ウイルスとか、凄い金額が要求されたりとかは」
そういう知識はあるらしい夏純が渋った。光助は、
「まあ。俺もネットに詳しいってわけじゃないし。絶対に大丈夫とは言えないが」
「だったら」と一つの提案をする。
「ええ? 大山先輩の家ですか。あの、大山先輩が居ないところで勝手に決めてしまって、大丈夫なんですか」
夏純は目を見張って驚いたが、光助もただの思い付きで言ったわけではなかった。
大山家は翔吾の自室にて、パソコンを駆使し、インターネット上のエロ動画を見るという行為には前例があって、少年らがこっそりとエロを観賞する為の環境としては、非常に安全とも言えた。
また、その前例とは光助と翔吾の他、当時の同級生の何人かも一緒になってこしらえたものだった。そう言えば、あの時にも飛び入りの参加者は居たはずだ。
色々と含めても、これが初めての事というわけではないのだ。
「まあ、大丈夫だろう」
光助は不敵に微笑んだ。
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