虐げられた公女は、前世が悪役レスラーだったことを思い出す【完結】

松林ナオ

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1.虐げられた公女

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クラリス・グラッグルージュは、公爵家の長女として生まれた。

魔法の才、歴史ある家柄、輝く金髪に、宝石めいた緑の瞳。

誰もが振り返るほどの美貌と地位を持つ誰もが羨む人生ーーーのはずだった。

彼女の人生は華々しいものとは程遠い。

理由はただひとつ。

両親の愛情が、双子の妹リリーにだけ注がれていたからだ。

リリーはクラリスと瓜二つの容姿を持つが、性格はまるで違う。

クラリスが物静かで表情の起伏が少ないのに対し、リリーは明るく人懐こい。

幼い頃は「リリーが贔屓されがちなのでは」くらいの差だったのだが。

クラリスが12歳のとき、事態は一変した。

魔法は10歳から13歳の間に発現するといわれている。

五大元素の魔法、そして家ごとに受け継がれる「特有魔法」。

その特有魔法を継いだ者が次期当主となるのが、この国の慣わしだ。

両親は当然、リリーがそれを受け継ぐと信じて疑わなかった。

 【きっとリリーが魔法を使えるわ】

 【特有魔法を継ぐのもリリーに決まっている】

そんな期待は、見事に裏切られる。

公爵家の特有魔法である『再生魔法』を受け継いだのは、クラリスの方だったのだ。

人体の傷や壊れた物を元に戻す、一見地味だが応用性の高い魔法。

それを手にした瞬間から、クラリスは次期当主となる資格を得た。

一方で、適齢期になってもリリーの魔法は一向に発現しなかった。

両親は嘆き悲しみ、そして——
ありえない決断をした。


「クラリスは病弱で公の場に出せない」として屋敷に閉じ込め、世間には「魔法を発現したのはリリーであり、特有魔法の継承者もリリーである」と大々的に嘘を公表したのだ。


そこからは、常軌を逸したリリー贔屓が始まった。

クラリスとして家を出ることを禁じられ、リリーが魔法を披露する場では“代役”として影武者のように連れ回される。

精神はすり減るばかりだった。

—成人したら家を出て、この家族と縁を切る。

その小さな目標だけが、クラリスの心をつなぎ止めていた。








「ちょっと! クラリス!」


乱暴に扉が開かれ、妹のリリーが断りもなく飛び込んでくる。

クラリスと瓜二つの顔が、怒りで歪んでいた。


「先週の魔法式典、グラッグルージュ家の公女が“痩せて顔色が悪い”って噂になってたそうよ!」

「そうでしたか」

「“そうでしたか”じゃないわよ! あんたのせいでしょ。こっちは迷惑してるの」


自分と同じ顔が醜く歪む姿は見るに耐えない。

昔は、クラリスにくっついてばかりの可愛い妹だったのに。

両親がリリーを贔屓し、クラリスをぞんざいに扱うようになってからはリリーの態度も変わっていった。


「普段は家に閉じ込められて、必要なときだけ連れ回されるのですから。色々と擦り減るのですよ」

「あんたは所詮、引き立て役。そして私の代役なんだから仕方ないじゃない!」


会話が成り立たない。

ここまで育てた両親の責任でもあるが、もはや呆れる気力すら湧かない。

いつものように適当に謝ってやり過ごすはずだった。

今日はクラリスとリリーの18歳の誕生日。せめて今日くらい静かに過ごしたかった。

ぼんやりしているクラリスに苛立ったのか、リリーが手を振り上げる。

あ、叩かれる。

他人事のようにそう思った瞬間、記憶の奥底で何かが弾けた。

脳が痺れ、胸の奥が熱くなる。

視界がぐらりと揺れた。


―リングライトの眩しさ
―歓声
―そして、逞しい太い腕で相手の攻撃を受け止める自分。


クラリスの中で、何かが目を覚ました。
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