虐げられた公女は、前世が悪役レスラーだったことを思い出す【完結】

松林ナオ

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2.唸る筋肉

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振り下ろされる手が頬に触れるより早く—

クラリスの身体は、反射で動いていた。

動きには迷いも、ためらいもない。

熟練した動きで、リリーの細い手首を掴み、体を回転させる。


「な、えっ…きゃあああっ!?」


次の瞬間。

ソフィアはリリーを床に押さえ込み、脇固めを決めていた。


「いだだだっ…だ、誰かっ!誰か来てぇぇ!!」


リリーの悲鳴に、廊下で待機していた侍女と慌てて駆け込んでくる。それに遅れて両親も転がり込んできた。


「リリーになんてことをするんだ!」


父が叫んで踏み込んできた瞬間ー

クラリスの視界に、熱気に包まれたリングと観客席がフラッシュバックした。

体制が自然と沈み、全身のバネが唸る。

次の刹那。

クラリスのドロップキックが炸裂した。


「ぐほぁっ!?」


父親は軽々と吹き飛び、後ろにいた母親を巻き込み二人まとめて廊下の壁に叩きつけられた。


「お嬢様、おやめください! ご両親と妹に、なんて酷いことを…」


侍女が青ざめた声を上げる。
だがクラリスは、ゆっくりと関節を伸ばしながら微笑んだ。


「酷い仕打ちをしたのは、どっちだろうな。そしてその仕打ちを傍観していたのは誰だ?」


その笑顔があまりにも穏やかで、侍女は息を呑む。

床に転がって呻いている父親へ、クラリスは言い放つ。


「おい、そこで地面と仲良くしてるオヤジ。こっち来いよ」

「ひいっ…!」


父親が情けない声を上げる。母親は震えながら父親にしがみついている。

クラリスは冷え切った瞳でゆっくり言い放った。


「とんでもない毒親だな、お前ら。我が子可愛さに目が曇った…なんて言葉じゃ済まないぞ。していいことと悪いことの区別もつかなくなったのか?」


その声音は令嬢のものではない。
長年リングで戦ってきた男のものだった。


「俺も悪役をリングでやってきたが、それは善悪の区別がついてこその物だ。お前らの好意は娘可愛さに、現実の舞台でもう1人の娘の心を殺していたといっても過言じゃない」


屋敷の空気が、凍りつく。

凍りついた空気の中で、クラリスはゆっくりと立ち上がった。


「さて」


指をぽきぽきと鳴らしながら、にっこりと微笑む。


「ここからは“調教”の時間だ」


怯えた母親が、情けない声を漏らす。


「ちょ、調教って…な、何を…」

「決まってるだろ。筋力を鍛えつつ、腐った根性を叩き直す更生プログラムだよ。魔法では根性は再生出来ないからな」

「ひっ…」

「知ってるか?成熟した精神は卓越した筋力に宿るんだよ」


中々に尖った持論を唱えつつ、逃げようとする父親の襟首を片手で掴み上げるクラリス。

細腕とは思えないほど力強く、まるでぬいぐるみのように父親を持ち上げた。前世ほどの筋力はないので魔力補正をしつつ。


「まずは嘘の公表を正す。リリーが魔法を継いだっていうあれな。公爵家の威信を使って適当なこと言って、恥ずかしくないのか?」

「も、申し訳ありませんクラリス様ぁっ!」


さて、次はどうしたものか。

床の上で腕を押さえて震えているリリーの前に、クラリスはゆっくりしゃがみ込む。

「リリー、お前は加害者であると同時に被害者でもある。毒親から歪んだ価値観を植え込まれた訳でもある。妹として、幼い頃はまあ…普通に可愛かったしな」

「…え?」

「でもな。そんな甘やかされた環境で好き勝手振る舞ってきたツケは払わねえとな」


クラリスは、そっとリリー肩に手を置いた。


「だから今日からは、ちゃんと責任を持て。魔法が使えないってだけで、お前の価値は変わらない。自分の現状から逃げないで、ちゃんと自分の人生をやり直せ」

「…はい!クラリスお姉様」


目に涙を溜めつつ、素直にリリーは頷いた。魔法を使わず3人を瞬時に制圧したばかりなので、誰も反論はあるまい。


「あ、でも更生プログラムにはちゃんと参加しろよ」

「…はい。クラリスお姉様…」
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