義弟の愛が重い

松林ナオ

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その日、公爵令嬢たるソフィア・グラックルージュは非常に機嫌が悪かった。

理由は単純である。


「またあの男は…」


王宮庭園の水辺の東屋。妃教育でズタボロになったソフィアが癒しを求めて訪れた場所に先客が居たのだった。

視線の先では、自身の婚約者である王太子レックス・ヴァレンティが、見覚えのある令嬢とやけに距離を詰めていた。

いったい何人目だと思っているのか。

噂話を含めれば、もはや両手の指では足りない。

あいつは、いつまでも発情期なのだろうか。あんなのが将来の夫になるなんて、おぞましい。

ここにいると怒りでどうにかなってしまいそうで、その場を離れようとしたその時だった。


「お許しください、王太子殿下。婚約者がいらっしゃる方と、このようなこと…」

「構いやしないさ。公爵令嬢といえど、どうせ相手は田舎で放置されていた何もできない娘だ」


か細い焦った声が耳に入り、振り向く。

嫌がる相手に、しかも断れない立場の相手に言い寄るなんて。

この男の所業は決して許されるものではない。


「王太子殿下は、随分と社交に熱心なのですね」


ソフィアが声をかけると、レックスは一瞬だけ眉をひそめ、すぐにいつもの余裕たっぷりの笑みを浮かべた。


「誤解だよ、ソフィア」

「誤解でもなんでも構いませんから、その手を彼女から退けてください。断っているのに言い寄ってくる不躾な男に触れられる彼女が、不憫ですから」


涼しい顔で言い切ると、周囲の空気がぴしりと凍りついた。


「婚約者として申し上げます。私、そのような男は池にでも沈むべきだと思います」

「はは、冗談がきついな。可愛げのない令嬢だ。少し大らかになれば―」


言葉が終わらぬうちにソフィアは、姿勢を落とし踏み込む。

レックスの上質な服の襟元を遠慮なく掴み、身体を密着させる。


「…レックス様こそ、ご冗談を」


重心を崩し、迷いなく相手の動きを抑えた。


「きゃっ――!」


悲鳴と同時に、派手な水音が庭園に響き渡った。

レックスは、見事な放物線を描いて池へと投げ飛ばされた。

水面に浮かぶレックスの頭を見下ろしながら、ソフィアはすっと息を整える。


「申し訳ありません。田舎育ちなもので…つい」


ーこうして。

公爵令嬢の婚約は完全に水没した。



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