義弟の愛が重い

松林ナオ

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正直に言えば、セシルはずっとこうなることを願っていた。

―どうにかして、この婚約を破断にできないだろうか。

義姉であるソフィア・グラックルージュが王太子と婚約した日から、ずっと機会を探していた。





セシルがグラックルージュ公爵家に養子として迎えられたのは、10歳の頃だった。

遠縁とはいえ、他人の家。

跡取りとして期待や軽視、様々な視線の中で生活する日々が始まるのかと気が重かった。

そんな彼を救ったのが、ソフィアという存在だった。

初めてソフィアを見たのは、庭園の木に括り付けられている姿だった。

衝撃だった。貴族令嬢が、木に縛れるという酷い仕打ちを受けても平然としている。


「貴方がセシルね。心配しなくていいわ、この家は実子だろうと容赦なく罰を与える家だから。貴方が養子だからといって蔑ろにされないわ」

「お姉様…?の方が心配なのですが」


おそらく、義姉になるだろう相手に恐る恐る声をかけた。


「大丈夫よ。敷地内にミントを植えて繁殖力を試そうとしただけだから、そこまでこの罰は長引かないはずよ」


よく分からない返答だった。敷地内の生態系を脅かすのでやめた方がいいとしか伝えられなかった。

見た目は儚げで可憐な少女だが、内面は中々に自由人らしい。

社交界には、いつも笑みを絶やさず、内心が読めない“正統派令嬢”が溢れている。

こんな自分の欲求に素直な令嬢もいるのだな、というのが素直な感想だった。


「我が家の家族という定義は、利害の一致した協力者なの。だから、セシルも正真正銘の私の家族よ」

「それはそれで複雑なのですが…」


定義はどうあれ、やはり家族と面と向かって言われるのは嬉しかった。

それから月日が流れ、セシル親衛隊という謎の組織がいつの間にか結成されたり、屋敷が半壊したりと不可思議なことが次々と起こるこの家は、意外にも居心地が良かった。

それから義姉に淡い感情を抱くようになった時にソフィアと王太子との婚約が決まってしまった。

ソフィアが王座を望むのなら、国家転覆に加わるのも厭わない。

ソフィアが王太子妃となり未来の王妃となるのが幸せなら、それで良いとも思っていた。

とはいえ、どんな相手でも良かったわけではない。

ソフィアを心から大切にしてくれる、まともな相手だったなら百歩譲って、渋々ながらも納得するつもりではいたのだ。

だがしかし。

王太子のことを調べると、婚約どころか王太子の座から引きずり落とせるまでの悪事が次々と出て来たのだった。

違法な奴隷売買に、薬物の密入まで。女癖の悪さだけでは無かったのかと引いたのをよく覚えている。

そんな中、まさかの形で事態は動いた。

ソフィア自ら手を下すとは思わなかったが、セシルにとって都合のいい結果となった。

正式に婚約したら、王太子の悪事を晒して廃嫡させよう。

邪魔者は自業自得で消えていく。

そして、最愛の人の隣に立てる。

なんて都合の良い展開なのだろう。


「セシル、大丈夫?今なら間に合うから、私との婚約は無かったことにしてもいいのよ」


家族会議の場から離れ、いつぞやの木の下で考え込むセシルを覗き込むソフィアはあの日から随分と大人びた。

けれど、あの日から変わらないところもある。

セシルはその手を取り、跪いた。


「僕の全ては貴方のもの。どうか、無かったことにするなんて言わないで」

「…はい」


ソフィアは、恥ずかしそうに頷いたのだった。
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