ナナ

るの

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「ハテス君。先日君が作った肉料理、最高だったよ」
「ありがとうございます!」
「実はね、明日グルメ家のウェハント氏がうちのレストランに来店することになってね・・・」
「あのウェハント氏ですか?!」
「ああ。評価が良かったレストランは世界中から客が訪れるようになり、悪かった店はたちまち潰れると言うほど発言力がある、あのウェハント氏さ」
「なんですって・・・なんでまたうちのような小さなレストランに」
「近所の大きなレストランの箸休めに来るんだそうだ」
「そんな軽い気持ちで来られて店を潰されたらたまったものじゃありませんよ」
「で、だ」

オーナーシェフはハテスに近づき耳打ちした。
「あの料理を彼に出したいんだが」
「それは・・・」

絶品と言われた料理には娘のナナの肉を使っていた。誕生日のディナーの余りだ。ナナの肉は世界一おいしいが、ほかの人たちと違い肉を切断するときに大量の出血と痛みがある。そのため家族でもうナナの肉は使わないと約束していた。
渋い顔をしているハテスにオーナーシェフは畳みかける。

「じゃあなんだね。この店が潰れてもかまわないとでも?」
「いえ、めっそうもない!」
「じゃあ、頼むよ・・・。娘の話は聞いている。だが、死にはしないんだろう?だったら一度だけでも」
「そんな・・・」
「店が潰れるか世界中で有名になるかは、君にかかっているんだよ」

オーナーシェフはその言葉を最後に、厨房から出ていった。頭を抱えるハテス。

「一体どうしたら・・・」

一方そのころハテス宅では。

「ねえナナ。今日もお願いできるかしら」

母は震える手で注射器を握りながらナナに詰め寄った。

「うん、いいよ」

ナナはおとなしく腕を差し出す。ゼエゼエと荒い息遣いでナナの腕にぶすりと注射器をさし、零れ落ちるほど血を抜いて彼女は針から娘の血を吸い込んだ。

「おいしい。おいしいわ。ナナ」
「良かった。ママが喜んでくれて」

ナナの母は、娘の腕を食べて以来他の肉を食べられなくなった。それほどまでに美味しかったのだ。はじめは無理やり他の肉を食べていたが、生臭さと触感の悪さに吐き出してしまう。栄養不足で倒れてしまうこともあった。なので3人で話し合い、痛みが伴わない血液を採取して飲むことは許されるようになった。しかしナナは血が足りなくても貧血で具合が悪くなるため、一日に注射での採取は3度までと決めていた。

ナナは母が心配だったが、自分の血で喜んでくれることが嬉しかった。

真夜中。トン、トン、と階段をのぼる足音が聞こえた。ナナはうっすらと目が覚めた。
(パパがかえってきた)
いつもは夫婦の部屋に行くため足音が遠のくのだが、その夜は近づいてきた。起きていたら怒られると思ったナナは、ドアが開いても寝ているふりをした。

「ナナ?」

父の震える声が聞こえたが黙って寝ているふりをした。

「ナナ、寝ているのかい?」

それでも黙っていると、ナナを抱きかかえ体の下にシートを敷いた。

「ナナ。ごめん」

父がそう言った瞬間、ナナは痛さに気を失った。

朝起きても腕が痛んだ。誕生日に切られた時よりも激痛が走った。ベッドの上に敷かれたシートは消えていた。ナナがリビングに駆け下りたときには父はすでに家にいなかった。仕事に行ったのだろう。

「ナナ、おはよう。よく眠れた?」
「うん」

母を心配させまいと、無理やり笑顔を作り答える。しかし母はそんな娘の様子に気づかずガッと両腕を掴んだ。

「ひっ」
「ナナ。ママねもう我慢できないの。ダメなのあなたの肉が食べたいの。死んじゃう。ママ死んじゃうの。お願い。あなたがつらいのは分かっているわ。でもお願い食べさせて。小指でもどこでもいい。ママいっぱい食べさせてあげたでしょ?だからナナも食べさせて?お願いよお願いお願い」

血走った目でナナに話し続ける。だんだんと腕を握る力が強くなる。

「ママ、いたい・・・」
「お願いよねえ。ナナちゃん。私のかわいいナナちゃん」

母はナナの返事を聞かずに包丁を手に握る。

「腕を切るわね?いい?いいでしょ?」

その瞬間ナナの腕から大量の血が噴き出した。意識を失う直前、ナナは切断された腕の付け根の血を必死にすすっている母の姿のを見た。
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