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第6章 肝試し大会編
第百三十話 「闇ギルド」
しおりを挟む鬱蒼とした森林のド真ん中。
辺りを巨木に囲まれたそこには、姿を隠すようにひっそりと佇む、木造りの建物が置かれていた。
外壁には蔓が伝い、外部も内部も湿気がこもっている。
腰の高さほどにある小さな扉を抜けると、建物の屋内にはまるで酒場のような光景が広がっていた。
木製の円卓に椅子、そしてそれらに腰掛ける強面な大男たち。
傍らにはいかにも凶暴そうな従魔を控えさせていて、中は物騒な雰囲気に包まれていた。
その一角で、唯一従魔を侍らすこともなく、静かに腰掛ける人物が一人いる。
暗い色のフード付きケープを羽織り、目深までそれを被っている。
周りの連中とは違って酒を呷ることもなく、ただフードの奥から鋭い視線を放っていた。
その人物が見つめる先には、壁に掛けられた大きな掲示板がある。
ここは酒場としての機能以外に、どんな人でも依頼を貼り出すことができる依頼掲示板が設置されているのだ。
その依頼に制限などは一切ない。
金を積めばここにいる奴らが、躊躇いもせずに持っていってくれる。
ただその一点を除けば、まるで冒険者ギルドみたいな場所だと、掲示板を見つめる人物は密かに感じていた。
「……」
やがて一人の男が掲示板に寄っていく。
その近くにいる受付と数分だけ話をすると、一つの依頼を置いてすぐに立ち去っていった。
フードの人物はそれを見て、入れ替わるように掲示板に近づいていく。
新しく貼り出されたその依頼を見て、先ほどの男と同じように受付に話しかけた。
「今の人は?」
受付は若干目を見張る。
予想していたよりもだいぶ、声が高かったからだ。
フードを目深まで被っており、かつこんな場所にいるため、男だと思っていたのだろう。
女性というかむしろ少女と言うべき人物に声を掛けられて、少ししてから答える。
「あぁ、あいつが出した依頼を見たのか。また変な依頼を持ってきてるだろ? あんたも聞いたことあると思うが、奴は例のイカれた研究をしている組織の一員だよ」
「組織? それってモンスター研究をしている?」
「そうそう、モンスタークライムだっけかな? 最近は何かと頻繁に依頼を持ち込んでくるから、一応うちの常連ってことになってるけど、それがどうかしたのか?」
訝しむように顔を覗き込まれたので、少女は「いいえ」とかぶりを振る。
そのまましばし依頼を凝視していると、やがて受付の男が彼女に言った。
「で、どうすんだいあんた? それ受けんのか?」
「……」
少女は依頼用紙を見つめてだんまりする。
【依頼内容:高ランクの従魔の拉致 報酬:50万ゴルド】。
通常の冒険者ギルドではとても考えられないような依頼内容と報酬量だった。
おまけにここには冒険者ランクも存在しないため、誰でもすぐに受注することができてしまう。
勝手にやって勝手に失敗するだけならお構いなしということだ。
ゆえにこの少女も依頼の受注は可能なのだが、しかし彼女はくるりと踵を返して首を横に振った。
「遠慮しておく」
「そうかい」
そう言って、少女は掲示板から離れていった。
キィキィと揺れる小扉を押して施設を後にする。
少女がここに来たのは、胸糞悪い依頼を受けるためではない。
また、そんな依頼を出しに来たわけでもない。
目的は、もっと別にある。
「……やっと見つけた」
そう呟いて少女は、先刻の依頼を出した男を追って、森を進み始めた。
数分も掛からずにその背中を視界に捉える。
そして少女は早足で去っていく男に、あくまで音を殺しながら素早く近づいていった。
やがてその男を呼び止めるように、肩に”手”を……ではなく、代わりに腰の鞘から細剣を抜いて、その切っ先を彼の肩に乗せた。
「動かないでちょうだい」
「……」
「少しあなたに聞きたいことがあるの。そのままの姿勢で答えてくれればいいわ」
二人の間に緊張が走る。
男の額には冷や汗が滲み、少女の顔にはどこか怒りめいた感情が微かに映っていた。
やがて彼女は声を低めて言う。
「”モンスタークライム”のアジトはどこにあるの。十秒以内に答えなければ肩を焼くわ。さっさと言ったほうが身のためよ」
その声に、男はますます手に汗握る。
しかし逆に、彼女の言動に違和感を覚えて、にやりと余裕を見せつけた。
「俺の後を追って、アジトに帰るところをこっそり確認すりゃ、こんなまどろっこしいことをする必要なんかなかったのに……てめえ、相当焦ってやがんな」
「……」
図星だった。
確かにこの男の後を追って、アジトに帰るところを見ればそれで充分だったはずだ。
しかしこいつがいつアジトに戻るのかまるで予想がつかなかったので、仕方なく時間を優先して強行に打って出たわけだ。
少女は今、限りなく焦っている。
自分が強行したことすら認識できずに、組織のメンバーが現れたとわかった瞬間から火がついていた。
その余裕のなさを見抜かれたせいか、いつの間にか男の額からは汗が消え、奴はこちらを振り返っていた。
「ハハッ!」
「――ッ!?」
気が付けば、奴は右手に何かを乗せて、こちらに向けていた。
それは、スモールサイズの蜘蛛型モンスター。
昆虫種のモンスターは大抵、軽く人を越えるほどの大きさをしているのだが、この蜘蛛は普通の虫と見間違えてしまうほど小さい。
少女が昆虫種のモンスターと見抜けたのは、その挙動があまりに虫離れして、意識的なものだと感じたからだ。
下腹部をピクつかせて、まるで弓矢で射るように彼女のことを狙いすましている。
「ハンドスパイダー、【網糸呪縛】!」
「キシャァァァ!!!」
瞬間、手乗り蜘蛛の下腹部から白い糸が放出された。
それは網状となって少女に降りかかる。
間近でその光景を見た彼女は、軽く歯噛みしながらすかさず飛び退り、危なげなく糸を回避した。
危なげなく、とは言ったものの、ここまで素早い反応ができる人間はごくわずかだろう。
男から距離をとった少女は、真っ赤なレイピアを構えて鋭い視線を奴に送った。
「へぇ、今のを避けんのか。従魔もなしに挑んでくるもんだから、絶好のカモかと思ったんだけどな、意外に動けるじゃねえか嬢ちゃん」
「大人しく言うことを聞いていれば痛い目に遭わせることもなかったんだけど、こうなったらもう仕方ないわね」
互いに睨みを交換する。
張り詰めるような緊張感の中、先に動いたのは蜘蛛型従魔の主人だった。
「ハンドスパイダー、【槍糸一閃】!」
「キシャァァァ!!!」
蜘蛛が再び、右手の上で下腹部を構える。
そこから今度は、糸を束ねられて作られた、鋭利な白い槍が射出された。
弓を射るよう、という表現に違わず、まさに矢に匹敵する速度で少女に迫る。
だが……
「はっ?」
糸の槍が放たれたその瞬間、少女は姿を消していた。
代わりに彼女の後方に立っていた大木に槍が突き刺さる。
何が起こったのかわからず、男が呆然と立ち尽くしていると、突然後ろで音がした。
振り返るよりも早く、肩に激痛が走る。
「ぐ…………あああぁぁぁぁぁ!!!」
極太の針で肉をえぐられるような痛み。
男は従魔もろとも地面に横たわり、バタバタと苦しみもがいた。
反射的に左手で押さえ込んだ右肩から、血が流れ、ジュウッと焼けるような音が鳴っていた。
いつの間にか後方に立っていた少女が、燃えるレイピアを前に突き出しながら言う。
「宣言通り”肩”を焼かせてもらったわ。で、次はどこがいいかしらね?」
「ま、まま、待ってくれ! 教える! アジトの場所を教えるから! だからもうこれ以上は――!」
涙を滲ませて命を乞うと、少女は冷酷な顔で、レイピアを再び男の肩に乗せた。
それは焼けるように熱かったのだが、彼女の声は背筋を凍えさせるほど冷たいものだった。
「十、九、八、七……」
「き、北だよ北! モスキート大密林を北に抜けて、その奥に見える『ゼローグ鉱山』っつー山の中に、俺らのアジトがあるんだ! ゼローグ鉱山は高ランクエリアになってて、普段は人通りがねえから、一見は何もねえかと思っちまうが、中にはちゃんと施設がある! 嘘は言っちゃいねえ!」
その声を受けて、少女はそっとレイピアを収めた。
そしてくるりと背中を向けて、素っ気なく言う。
「そっ、どーも」
「……」
男が呆然と見守る中、少女はそのままこの場を後にしようとした。
だが、ふと立ち止まり、こちらを一瞥しながらさらに続ける。
「一応忠告させてもらうけど、あなたはすぐに組織を脱退した方がいいわ。まだ使いっぱしりの下っ端のようだし、特に悪さをしたこともないみたいだしね。悪いことは言わないから、さっさと足洗っちゃいなさい」
情けのような言葉を掛けられて、彼はバツが悪そうに視線を逸らす。
その様子を見たせいか、少女はますます男を脅すように、目を細くして言った。
「でももし、組織に残ることを決めて、また私の前に現れた時は……」
「……」
「遠慮なく焼き殺すから、そのつもりでいてね」
……ごくり、と男は思わず息を呑む。
その後少女は、”じゃあ”と言って森林の中に姿を消してしまった。
男は詰まっていた息を吐き出すように、がくっと項垂れる。
一方で少女は、ようやく掴んだ尻尾を力強く握り直すように、一人呟いて森を駆けた。
「待っててね、クル。絶対に私が助けてみせるから」
その言葉を聞いていた者は、誰一人としていない。
第六章 肝試し大会編 ―終―
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