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最終章
第百三十五話 「悪夢再び」
しおりを挟む「ファ、ファナのフレアドラゴンがローグパスを飲んだって、それは本当なんですか!?」
「はいッス」
信じがたいと言うように目を見張って問うと、カレッジさんは緑髪を揺らしながら頷き返した。
その反応に、僕はますます驚愕に見舞われる。
フレアドラゴンが、あの欠陥だらけのレベルアップアイテム『ローグパス』を?
なんでそんなことになったんだ? いったいどういう経緯で……?
と思わず眉を寄せていると、その疑念が顔に出ていたのか、カレッジさんが事情を話してくれた。
「奴らが珍しいモンスターを狙って、ローグパス実験を行なっているのは知ってるッスよね?」
「は、はい。まあ……」
「その標的にされちゃったわけッスよ。彼女のAランクモンスター『フレアドラゴン』が」
「……」
実に簡潔に話してもらったのだが、それだけで僕は納得することができなかった。
いまだに信じられないというように首を振る。
「ど、どうしてそんなことになってるんですか? だってファナは、自分の相棒が危険にさらされたのに気付かないほど、鈍感じゃありません。彼女の注意力がある中で、フレアドラゴンにローグパスを服用させることなんて、どう考えても……」
不可能なはずです。
そう口にしようとした瞬間、即座にカレッジさんが声を挟んできた。
「どうもそれが、ややこしい話になってるみたいッスよ」
「……?」
「どうやらファナ・リズベルは、とんでもないお人好しみたいッスね。口頭で聞いただけッスけど、何やら彼女は冒険者になってからあまり日が経たないうちに、道端で困っている人に出くわしたみたいッス」
「困ってる人?」
「まあ、襲われてる人って言ったほうがいいッスね。一対五くらいで一方的に殴られている人がいて、すかさず彼女が助けに入ったみたいッス」
一度お茶を啜り、喉に潤いを加えてから彼女は続ける。
「聞くところによると、その襲われている人は、大切な従魔を相手の集団に攫われそうになったみたいで、勇気を持って止めにかかって返り討ちにあったみたいッス。従魔を人質に取られてどうしようもできない時に、ファナ・リズベルが割って入ったらしいッスよ」
「へ、へぇ……」
すごく、ファナらしい話だと思った。
珍しくもない従魔攫いを目の当たりにして、見ず知らずの人を助けようとした。
パルナ村にいた時と変わらず、ファナは優しい少女なんだ。
改めてそう感じていると、カレッジさんはさらに続けてくれた。
「当然戦えば彼女が勝ち、無事にその場を丸く収めることができたでしょうけど、相手側には人質がいて、ファナ・リズベルも手が出せずにいたらしいッス。そこで相手側から、ある提案を持ち出されたらしいッスよ」
「ある提案?」
「『こちらが持つ薬をフレアドラゴンに与えれば、人質の従魔は解放する』という、なんとも非道な提案ッス」
それを聞いた瞬間、僕は鋭く息を詰めた。
そんな提案をしてくる奴らは一つしかない。
従魔を攫おうとしていた集団は、モンスタークライムだったのだ。
冒険者になってあまり日が経たないうちに、奴らと出くわすなんて、ファナはなんて不運なんだろう。
そのような提案を持ち出されたら、きっと彼女は……
「当時はまだローグパスが知れ渡る前で、それはもう不可解な提案に聞こえたらしいッス。それに彼女は心優しく、もちろん従魔のフレアドラゴンも大切にしていて、しばらく答えを迷ったそうッスよ。でも、その場で奴らが自分の従魔に薬を飲ませ、毒薬でないことを見せたり、フレアドラゴン自身が”大丈夫”だという目をファナ・リズベルに向けて、仕方なくフレアドラゴンに薬を飲ませたらしいッス。その結果、無事に人質は解放されて、しばらくは効果も現れなかったんスけど……」
言いかけた彼女に代わり、僕が言った。
「遅れて副作用が出てしまったんですね」
「……その通りッス」
弱々しく頷いたカレッジさんを見て、僕は密かに一つの光景を頭に浮かべた。
以前に僕とライムが止めた、熊型のモンスター『ミークベア』のように。
フレアドラゴンは突如、ファナの言うことを聞かなくなったり、所構わず暴れまわったり、周りの人間に爪を立てたり。
きっとそうなってしまったに違いない。
だからこそファナは……
「他の人の目に付かず、かつ誰にも迷惑が掛からないだろうカレッジさんの預かり所に、フレアドラゴンを預けることにしたんですね」
「……察しがいいッスね。正しくその通りッスよ」
肩をすくめて頷いたカレッジさんは、すでに空になったお茶カップに目を落として、さらに続けた。
「ローグパス実験の被害に遭った従魔は、他にもたくさんいるッス。そうした従魔たちは総じて、テイマーズストリートの正門近くにある大きな預かり所に隔離されているんスけど、ファナ・リズベルだけはそうしなかったッス。理由はまあ、今ルゥ少年が言った通りなんスけど、それより何よりも彼女は、他の人に心配を掛けたくなかったみたいッスよ」
「……」
これもまた、すごくファナらしい話だと思った。
相棒のフレアドラゴンが暴れて、周りを傷つけてしまうのは自分のせいでもある。
だから誰にも迷惑を掛けず、かつ心配されないようにカレッジさんの隠れ家に相棒を預けた。
そしてたった一人で、事件を解決させようとしている。
そうと知った僕は、ふつふつと怒りが湧き上がるのを感じていた。
しかし不思議とそれは、事件の元凶となったモンスタークライムにではなく、どこか幼馴染のファナ・リズベルに向いている気がする。
僕は今、ファナに怒っている。なぜかはよくわからないけれど。
そして僕は、このもやもやを解消するためには一つしかないと思い、カレッジさんに言った。
「ファナのフレアドラゴンがカレッジさんの預かり所にいる理由はわかりました。どうして最初に僕たちのことを襲ってきたのかも。そして、ファナが今、何をしているのかも」
「……」
「お時間取らせてしまい申し訳ありませんでした。僕、もう行きますね。行かなければならないところがあるので」
お茶を一気に呷ると、僕は早々に席から立ち上がった。
そして水色の相棒を頭に乗せて、カレッジさんに背を向ける。
すると彼女は面倒見のいい母親のように、ファナを遠く見つめた様子でこくりと頷いた。
「はいッス。ウチからもよろしくお願いするッス。彼女のフレアドラゴンについては、大人しく寝かせておくので、その点は心配しないでくださいッス」
「はい、よろしくお願いします」
僕は知り合いになったばかりのカレッジさんと別れ、木造り小屋を後にする。
再びテイマーズストリートの裏路地に出ると、僕は肌寒い湿気まじりの空気を大きく吸い込んで、相棒に声を掛けた。
「行くよライム。今度こそ、奴らと決着をつけてやる!」
「キュルキュル!」
見つめる先は、宿敵モンスタークライム。
僕は長い因縁に決着をつけるべく、勢いよく走り出した。
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