上 下
50 / 98
第5章 遠征試験編

第八十八話 「告白と我儘」

しおりを挟む
  
 「えっ……?」
 
 予想……というか、期待と違った告白を受けて、しばらく僕は呆然とする。
 聞き間違い、じゃないよね?
 やがて僕は数秒の硬直を解き、目の前のロメに聞き返した。
 
 「冒険者に……なりたい?」
 
 「……うん」
 
 彼女は僕の袖を摘んだまま、恥ずかしそうに頷く。
 なんと、まさか冒険者になりたいだなんて。
 聞き間違いじゃなかったようだ。
 改めてロメの告白の内容を理解した僕は、当然の疑問を抱く。
 
 「どうして、急に……?」
 
 「ルゥとクロリアも、冒険者なんでしょ?」
 
 「えっ? う、うん……」
 
 「なら、私もなる」
 
 「えぇ!?」
 
 それだけの理由!?
 そんなに簡単に決めてしまって良いのだろうか?
 と思いきや、彼女には彼女なりの考えがあったようだ。
 
 「今まで、たくさんの人たちに迷惑かけてきた。だから冒険者になって、色んな人の役に立ちたい」
 
 「……そ、そっか」
 
 まあ確かに冒険者になれば、たくさんの人の依頼を聞き、助けることができる。
 ロメは、今まで関わってきた人に対してかなりの責任を感じているから、その決意はできれば尊重したい。
 けど……
 
 「で、ですが、冒険者は……」
 
 「……」
 
 クロリアが狼狽えたような声を上げる。
 そう、冒険者は、今までロメを追いかけ回していた悪人でもある。
 闇ギルドと通常のギルドの違いはあるけれど、依頼をこなす冒険者としては意味が同じだ。
 自分を容赦なく追いかけてきた職業に、自ら足を踏み入れるのに抵抗はないのだろうか。
 という僕たちの不安を察したのだろう、ロメはギルド内を見渡しながら言う。
 
 「あいつらとここにいる人たちは違う。一目見てすぐにわかった。私を助けようとしてくれた人たちと、同じ感じがする。ルゥとクロリアみたいに。だから私も、みんなと同じように人を助ける」
 
 「……」
 
 そう言われてしまえば、僕に言い返せることは何もない。
 そこまでしてロメが冒険者になりたいのであれば、それを止めるのは野暮というものだ。
 しかし問題はまだまだ山積みである。
 僕はいまだ座り込んだまま、ロメの顔を覗き込むようにして聞いた。
 
 「で、でも、冒険者になるって言ったって、それには試験に合格しなきゃいけないんだよ。それはわかってる?」
 
 「わかってない。でも今わかった。試験に合格すればいいんだね」
 
 「あっ……う、うん」
 
 なんだろうこの子……。
 次第に距離が縮まってきたことにより、さらに掴みづらいキャラになってきたロメに、僕は続けた。
 
 「いや、でもさ、ロメはまだ自分の従魔がいないでしょ。従魔なしに冒険者になるのは、たぶん無……」
 
 「従魔なら、この力を使う」
 
 そう言ってロメは、可愛らしい小さな右手を掲げた。
 カルム族の特徴である、不思議な力が宿った右手を。
 
 「テイムの力を使えば、野生モンスターが一緒に戦ってくれる」
 
 「そ、それはそうかもしれないけど、確かその力はもう……」
 
 僕は数時間前の光景を思い出しながら、そう言いかける。
 地下遺跡エリア――《ロストリメイン》からの帰り道で、僕たちは一つの別れを果たしていた。
 ロメは、少しの間苦楽を共にした幼いマッドウルフを、テイムの力から解放したのだ。
 ロストリメインから脱出し、クロリアとミュウの力を借りて、黒狼を治療した。
 その後、無事に元の居場所――《フローラフォレスト》に逃がしてあげたのだが、その際ロメはウルフを傷つけてしまった責任を強く感じて、『もう野生モンスターをテイムしない』と僕たちの前で誓ったのだ。
 だから彼女の言い分に、僕は首を傾げる。
 するとロメは、その意図を話してくれた。
 
 「野生モンスターを無理矢理テイムはしない。人と敵対するモンスターじゃなくて、これからは優しい野生モンスターに”お願い”してから、テイムする」
 
 「え、えっと……」
 
 しばし考え込み、彼女の言ったことを要約する。
 
 「つまり、温厚な野生モンスターをその場で見つけて、戦ってくれるようにお願いする。それで冒険者試験に挑むってこと?」
 
 「うん」
 
 「……そ、そっか」
 
 確かにそれなら、使役ではなく協力という形で野生モンスターの力を借りられる。
 人を襲う野生モンスターをテイムしても、いつかはその子も討伐しなければならない。そういう不条理にも捉われることのない、ロメらしい考えだと思った。
 複雑な工程が一つ増えるけれど、ロメがそれで納得しているなら止めはしない。
 にしても、お願いして戦ってくれる野生モンスターなんているのだろうか?
 どちらかといえばロメは、温厚な野生モンスターに好かれるタイプだとは思うけど、とても難しそうである。
 そもそも会話だってできないのに。
 
 と、別の方向に思考が逸れそうになるけれど、すぐに冒険者試験へと意識を戻した。
 今は彼女の将来の方が大事だ。僕たちの後追いで職業を決めようとしているのだから。
 ロメのなりたいものについて、改めて考えてみた僕は、むむむと頭を抱える。
 冒険者かぁ。主にモンスター討伐を生業とする者で、それ相応に危険も伴う職業だ。
 素直に頷きがたい仕事だよなぁ。
 これが、娘の無茶な将来の夢を聞いた、父親の気持ちなのかなぁ。
 なんて考えながら、思わず唸り声を漏らしてしまう。
 
 「うぅ~ん……冒険者かぁ……」
 
 「……ダメ?」
 
 「いや、ダメってことはないけど……」
 
 上目づかいで聞いてくるロメに、僕は煮え切らない様子を見せる。
 彼女が自分たちのことを追いかけてきてくれるのは、もちろん嬉しい。
 一緒に依頼クエストを達成して、その喜びを分かち合えたら、きっと楽しいだろうなぁと思う。
 しかし、冒険者をやっているからこそ、冒険者の辛い部分を連想してしまう。
 ロメにはできれば、普通の女の子として過ごしてほしいと考えていた。
 彼女の意思を尊重すべきか、保護者として反対してあげるのが正解か。
 心の中の天秤はどちらにも傾くことがなく、常に水平を保っていた。
 そんな中で、ロメの呟きが耳に響く。
 
 「私はどうしても、冒険者になりたい」
 
 「えっ?」
 
 「冒険者にならなきゃ、ルゥとクロリア、ライムとミュウの、本当の友達に……仲間になったって、言えないから。だから私は、冒険者になりたい。……ダメ? ルゥ」
 
 「……」
 
 そんな愛らしいことを、上目遣いで言われてしまえば、僕にかぶりを振る力は湧いてこなかった。
 ちらりとクロリアにも視線を振ると、軽く頷き返してくれる。
 彼女も気持ちは同じようだ。
 最後に僕は、じっと見守ってくれていたシャルムさんに目を移し、事務的な問いかけをした。
 
 「シャルムさん、次の冒険者試験っていつですか?」
 
 「えっ? あ、あぁ……七日後だよ。前回君たちが受けた試験から、そろそろ一月だからな」
 
 「七日後……」
 
 意外にも、僕たちが冒険者試験を受けてから、まだそんなに日が経っていなかったようだ。
 魔石運びやらエリア探索で時間の感覚がどうもおかしい。
 それよりも、都合がいいことに近々冒険者試験が催される。
 これならすぐに、ロメも冒険者になることができるかもしれない。
 と、楽観的な思考を抱く僕とは違い、クロリアはシャルムさんに問いかけた。
 
 「今回も、フローラフォレストで行なうんですか?」
 
 「い、いや、ランクが再算定されたばかりで危険だからな、今回はあそこでは執り行わない」
 
 「じゃあ、どこでやるんですか?」
 
 「え、えっと……すまない。あまり詳しいことは教えられないのだ。試験を受ける子も、いるようだしな」
 
 「あっ……ご、ごめんなさい」
 
 僕たちが受けた時もそうだけど、試験内容は当日に発表されていた。
 エリアランクの変動など不祥事が起きているけれど、そこはきっちり守るらしい。
 しかし、ぺこりと頭を下げたクロリアに、シャルムさんは真剣な顔つきで続ける。
 
 「だが、これだけならば教えてやれる。今回の冒険者試験は、例月とは異なり、この近辺ではなく遠方のエリアで執り行われる。試験開始時にこの場で集合し、ギルドの職員たちがエリアまで連れていくという手筈になっているのだ」
 
 「な、なるほどです……」
 
 クロリアが納得すると同時に、僕も頷いた。
 遠方のエリアで行うなら、当然そのようになるだろう。
 レベル変動事件の影響で、この辺りのエリアは試験を行うのに不適当になり、必然遠くのエリアまで出向くことになる。
 試験を中止するという選択もあっただろうが、せっかく遠くの街や村から来てくれた参加者に申し訳ないので、このような形になったのだろう。
 そう結論付ける僕をよそに、シャルムさんは続けた。
 
 「さらに付け加えると、これはただの試験ではなく『遠征試験』となる。行きと帰りに一日、そして試験にさらに一日を掛ける、計三日間の遠征試験だ」
 
 「計、三日……」
 
 今度は僕が声を漏らした。
 遠征試験。遠方のエリアで試験を行うなら、当然そのような形になるのか。
 現地集合にしてしまうと、それまでの道のりで参加者たちにトラブルが起きかねないし、何より試験前に体力を浪費することになる。
 どうやら今回の冒険者試験は、僕たちが受けたものとは本当に毛色が異なるようだ。
 それにしても、三日間の遠征か……
 
 「先に言っておくが、君たちが同行することはできないからな。すでに冒険者になっている仲間が、行きの魔車に同乗しているだけでも不正を疑われかねない」
 
 「で、ですよね……」
 
 それはもちろん承知している。
 ロメを心配して後について行ったら、逆にロメの迷惑になってしまうということだ。
 でも、そうなるとやっぱり……
 
 「私たちの目が届かない所に行くのは、あまりにも危険すぎますよ。モンスタークライムの人たちを一度は追い返しましたが、またすぐに態勢を立て直してロメちゃんを捕まえに来るはずです」
 
 「う、うん。僕もそう思うけど……」
 
 ちらりと隣を窺うと、いまだ僕の袖を摘んだままのロメと目が合う。
 心配する目を向けてみるけど、彼女は依然として譲らない視線を返してきた。
 ロメを遠征試験に参加させるのは、やっぱり無理がある。
 合格できるかどうかではなく、僕たちと離れることになる三日間が恐ろしい。
 けれども諦めようとしないロメに、僕は今一度聞いてみる。
 
 「ロメは、どうしても冒険者になりたい?」
 
 「なりたい」
 
 「じゃあ、試験を来月に延ばすっていうのは……」
 
 「今すぐなりたい」
  
 「そ、そうですか……」
 
 なかなかに強情だ。
 良いと思った提案を即座に折られて、僕は肩を落とす。
 情けないその様子を見たクロリアが、「言い負かされないでくださいよ」と後ろから叱ってきた。
 ならクロリアが説得してみなよ、という視線を向けると、今度は彼女がロメに問う。
 
 「で、ではロメちゃん、試験を別の街で受けるというのはどうですか?」
 
 「ルゥとクロリアは、どこで受けたの?」
 
 「えっ……? えっと、この街、ですけど……」
 
 「じゃあ私もこの街で受ける」
 
 「あっ……!」
 
 まあ、そうなりますよね。
 今度は僕がクロリアに、「なんで余計なこと言うのさ」と叱りの声を掛ける。
 それにしても、『これからは遠慮せずになんでも言ってね』みたいなことを伝えてから、本当にロメの遠慮がなくなった気がする。
 それはもちろんロメの友達としては嬉しい限りだけど、これはどちらかというと”遠慮しない友達”ではなく”我儘な娘”ではないだろうか?
 本当はこういう子だったんだなぁ。困ったなぁ。
 試験中に奴らに狙われる可能性は充分にあるし、いったいどうしたら……
 
 「この子に試験を受けさせてやってはどうだ?」
 
 「えっ?」 
 
 不意にそう提案してきたのは、いまだソファに腰掛けるシャルムさんだった。
 微笑ましそうにこちらを見つめる彼女に、僕は聞き返す。
 
 「ど、どうしてですか?」
 
 「試験の最中に闇ギルドの者、もしくは組織の連中が介入してくるんじゃないかと考えているのだろう? 安心しろ。その可能性は皆無と言ってもいい」
 
 「えっ……」
 
 なんで? どうして?
 妙に自信があるご様子の受付さんは、すっかり冷めてしまったお茶でも優美な所作で口まで運び、説明してくれた。
 
 「君たちが冒険者試験に合格した後、私が教えただろう。試験中は常にエリア内を監視していると。それは当然奴らも知っているはずだ。ギルド職員たちが準備万端で待機しているエリアに、みすみす突っ込むような真似はしないと思えるがね。むしろ試験中は、君たちといるよりも安全だと断言できる」
 
 「そう……ですかね」
 
 僕は微妙な角度で頷く。
 確かに腕の立つギルド職員が待ち構えているエリアに、むざむざと足を踏み入れる悪人はいないと思う。
 けれどロメを追っているのは、あの規格外の犯罪者集団――《モンスタークライム》だ。
 たった三日の遠征試験中にも、何らかの手でこちらに接触してくるかもしれない。
 という僕の不安を察したシャルムさんが、さらに安心させてくれるように続けた。
 
 「行き帰りの魔車の中も同様だ。参加人数にもよるが、魔車の中は常にギルド職員がいて目が届くようになっている。それに私とレッドアイもついている。遠征試験中は常にこの子に、レッドアイの監視を付けておこう。安全は保障する。どうだ? この子は度胸もあるし、冒険者に向いていると思うがね」
 
 「そ、そう……ですか?」
 
 まあ、シャルムさんがそう言うなら……と僕たちは、渋々ながらロメの試験参加を承諾した。
 なんだか上手く説得されてしまった感じがするけど、あまり過保護になってもいけないしね。
 それにロメは今まで、僕たちが手を貸すこともなく奴らから数年間逃げ切ってみせた少女だ。
 たった三日のうちに捕まえるとは考えられない。
 ようやく逃亡生活から解放され、自由の身になった彼女を、必要以上に縛るのも利口ではないし。
 それでも一応、試験に備えて、変装道具くらいは用意してあげたいな。
 明日辺り、服を買ってあげるついでに見てみようかな。
 なんて人知れず計画を立てていると、シャルムさんがふっと微笑をたたえた。
 
 「もっと言えば、先にテイマーズストリートに行っててもらっても構わない」
 
 「えぇ!?」
 
 「試験が済み次第、すぐにこの子を君たちの元まで連れていこう。必ず無事に届けてみせる」
 
 「で、でも、それはさすがに……」
 
 遠征試験中は常に監視してもらい、さらにそのうえ遠方への送迎までしてもらうなんて、いくらなんでも悪い気がする。
 それに試験が終わればギルド職員たちの警護もなくなってしまうのだ。
 シャルムさんの実力を疑っているわけじゃない。
 そこはむしろ僕たちよりも……”今まで会った誰よりも”強いんじゃないかと、勝手にそう思っている。
 実際に見たわけじゃないんだけど。
 それより、本当に悪いと思っているのは、そんなシャルムさんにロメの御守を完全に任せてしまうことの方だ。
 冒険者と受付さんの関係とはいえ、さすがに頼りすぎな気がする。
 
 でも、試験までの七日とロメが帰って来るまでの三日――合計十日もの間、ペルシャさんへの魔石加工の支払いを、先送りにするのが忍びないというのも事実だ。
 その間、ロメを待つ以外に、僕たちにできることは何もないわけだし。
 先にテイマーズストリートに行き、料金の支払いを終え、宿屋を確保してロメを待っているというのが、一番現実的なんだろうか?
 いや、いっそのこと、テイマーズストリートにあるギルド本部の冒険者試験に参加させればいいのでは……とも考えるけど、そもそもあそこで試験はやっていなかったはずだし、それ以前にロメが認めない。
 どうしたらいいんだろう?
 
 これまた深く頭を抱えていると、不意に右袖をちょいちょいと引っ張られた。
 見るとそれはまたしてもロメの仕業で、間近からこちらを見つめている。
 どうしたのだろうか?
 疑問に思う僕の目を覗き込むように、彼女は詰め寄ってきた。
 僕の目を見返すその瞳は、一点の曇りもなく、真っ直ぐな光を放っていた。
 
 「先に行って、待ってて。すぐに……追いつくから」
 
 「……」
 
 我儘な娘から一転、ロメが遠慮のない友達のように見えた。
 何かに追いつきたいと思うその気持ちは、スライムテイマーの僕たちだからこそわかってしまう。
 彼女の意気込みに当てられた僕たちは、今度こそ肩を落とすように頷いてしまった。
 
 これからロメの、冒険者試験が始まる。
 
しおりを挟む

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。