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第6章 肝試し大会編
第百四話 「新たな問題」
しおりを挟む何もかもが上手く行っていた。
他の人から見たらそうは見えないのかもしれないけど。
自分としてはそう思えるくらい、最近は順調だと感じていた。
ロメの救出、モンスタークライムとの再戦、テイマーとしての成長の兆し。
因縁の相手を一度退けたくらいで、少しお調子に乗っているのも自覚はしている。
それでも今までの自分から考えると、最近はなんとも都合のいいように事が進んでいた。
だからこそ、新たな難題に対して頭を抱えてしまう。
これは、最近順調な僕にとっても、解決までは相当な苦労を強いられることになるだろう。
いや、そもそも解決に至るかどうかも定かではない。
僕――スライムテイマーのルゥ・シオンは、頭の中をたくさんの”数字”で埋め尽くしながら、陰鬱な嘆きを漏らした。
「……お金がない」
ここに来て、少々毛色の異なる問題に、ぶち当たってしまったのだ。
△△△
空は大いに晴れ渡っていた。
澄んだ青空の下では活気溢れた街並みが広がり、賑やかな喧騒が耳に入ってくる。
人と従魔の仲睦まじい景色を眺めながら、僕たちは街の石畳に足を付けた。
テイマーズストリートの魔車乗り場。
従魔たちが引く荷台から軽やかに降りて、僕たちは一同に背中を伸ばした。
「やっと帰ってきましたね、テイマーズストリート」
「うん」
同じく街の様子を見たクロリアが、日の光に目を細めながら言う。
大きく背中を伸ばしていた僕は同意の声を上げると、頭上のライムが落ちそうになっているのに気付いて慌てて体勢を戻した。
安堵の息を吐くライムに、「ごめんね」と小さく謝る。
グロッソの街から魔車に乗って三日。
ようやく僕たちは拠点となる街――テイマーズストリートに到着した。
拠点って言っても、まだ身を置ける場所を確保したわけじゃないけど。
だからこそ僕たちは、この街に拠点を移すべく、はるばるグロッソの街からやってきたのだ。
「何事もなく到着してよかったですね」
「ホントにね。どこか行く度に厄介ごとに巻き込まれるから、街を行き来するだけでも気が気じゃないよ」
ほっと一息つくクロリアに、僕は苦笑まじりで同意を返す。
魔車での旅は恐ろしいくらい穏やかなものだった。
最近は何かとトラブルに巻き込まれていただけあって、乗車中もよからぬ事件に遭遇するかと思っていたが。
連日麗らかな日和、快適な車内、影を潜めた野生モンスターたち。
トラブルどころか何もない日々に、少しの退屈を覚えてしまうくらい、旅は順調に進んだ。
きっとこれは、女神様が僕たちに与えてくださった小休止なんだ。そう呑気に思っていると、不意にクロリアが呆れたため息を漏らした。
「前にも言いましたけど、厄介ごとに巻き込まれるのはひとえに、事件に首を突っ込むルゥ君がいけないのであってですね……」
「うっ……」
……またそれか。
もうすでに何十回、何百回と聞いて飽きた説教が、また始まる。
そう危惧した僕は、すぐさま投げやりに応えた。
「あぁ、はいはい。それはもう充分……痛いほどわかってますよ。だから全然大丈夫」
「……大丈夫じゃないから言ってるんですけど」
ジトッとしたクロリアの視線を感じる。
反射的に彼女から目を逸らすと、ますますジトッとした空気が強まった。
やがてたたたと足音が鳴り、ミュウを抱えたクロリアが正面に回ってくる。
僕の目を食い入るように睨みつけると、釘を刺すように言った。
「”くれぐれも”このテイマーズストリートでは、”絶対に”下手な真似はしないでくださいね」
「そ、そこまで念押ししなくても……」
「特に前回は、この街の冒険者ギルドで大喧嘩を売ってしまいましたからね。ただでさえこれからは、テイマーズストリートに身を置くんですから。あの事件がすでに下火になっている今、大人しくしておくのが吉ですよ」
「人を犯罪者みたいに言わないでよ。てゆーかあれは、喧嘩を”売った”んじゃなく”買った”んだよ」
ぼんやりと前の記憶を掘り起こしながら、微妙な言い回しの違いを指摘する。
《正当なる覇王》という名の、金級の冒険者たちとの喧嘩。
クロリアと共に初めてテイマーズストリートを訪れたとき、程なくして起きた一つのトラブルだ。
最有力のパーティーだの、英雄候補だの、周りからたくさんの賞賛をもらっておきながら、奴らはモンスターを無下に扱った。
それがどうしても許せなかった。僕が憧れた英雄があんな奴らのはずがない。テイマーズストリートは人とモンスターの笑顔が両方溢れている場所なんだ。
だから僕は喧嘩を”買った”。
買ったかどうかはまあ怪しいけれど、”売った”覚えは微塵もない。
それに喧嘩は買うより売る方が悪い印象がある。そこは訂正しておきたいと思った。
しかしクロリアは……
「いいえ。超大安売り、特売で売ってました」
「そ、そうかな?」
「はい。割引きセール、出血大サービス。なんなら無料配布までしていたくらいです」
「そんなに挑発的なことはしてないよ」
なんだよ無料配布って。
ちょっとあいつらのテーブルを叩いただけじゃないか。
心中で不満を漏らす一方、しかしやはりあれはやりすぎだったかなと改めて反省する。
そんな中、正面のクロリアがさらに詰め寄ってきて、今一度念押しをしてきた。
「まあ、あの状況を前にしたルゥ君なら、仕方がなかったんでしょうけど。それでも、来たばかりの街で喧嘩を起こすのは褒められたことではありません。それはわかりますよね?」
「……はい」
「その上相手は金級の冒険者。仮にも冒険者として先輩の相手に喧嘩を売るのは、失礼と言いますか、あまりにも無謀だと思います」
「…………はい」
「勇気ある行動と正しい行動は必ずしも一致しません。それをよく覚えておいてください」
「………………はいはい」
「あっ、なんですかその態度は!」
だってガミガミうるさいから。
そんなに言わなくてももうわかっている。
それにあのときに比べれば、僕はだいぶ大人らしくというか大人しくはなったと思う。
釘を刺してもらわなくても、危ない真似は絶対にしない。
けれどクロリアが説教したくなる気持ちもわからなくはない。
彼女の言うとおり今日からこの街で暮らすことになるのだし、悪目立ちするのは得策ではないだろう。
それにこれからは、ロメも傍にいることになる。
彼女に迷惑を掛けないためにも、”くれぐれも絶対に”。クロリアはそう言いたいようだ。
それは理解できたのだけど、いまだクロリアは正面から説教してくる。
そういえば、今頃ロメはどうしているかな?
冒険者試験はまだ始まっていないと思うけど、その間シャルムさんや他の人と仲良くできているだろうか?
まあ、ロメはああ見えて、周りの環境に馴染むのが上手な子だ。きっと大丈夫だろう。
お姉さんぶったクロリアのお説教を、右から左に流しつつ、僕はテイマーズストリートの大通りを歩き始めた。
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