冒険者試験に落ちた少年、思い切って闇ギルドの門を叩いてみる

空 水城

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第十八話 「盗みの才能」

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 依然として食堂には、たった一人の食事の音だけが響いている。
 カチャカチャとナイフとフォークが皿を叩く音が鳴り、やけにそれは耳うるさく聞こえてきた。
 少なからずそう思っている衛兵が数人いる中、家主のヴァイスは構わず食事を進めていく。
 普段よりも少し気分がいいので、料理が一段と美味く感じられた。

(愚兄の話をした後の晩酌は格別だな)

 グラスの中のワインを回しながらヴァイスは微笑む。
 ついでに卓上に置いた宝剣をいやらしく見つめて、やがて自分の腰帯にそれを刺した。
 領主の証である宝剣。
 これを取り合って兄と決闘をし、裏で魔導士の力を借りて勝利してみせた。
 常に自分の上を行っていた存在に勝ち、プライドをズタズタにした快感は今でも忘れられない。
 結果としてこの地位までも獲得し、ヴァイスの人生は一気に上向きへと変貌した。
 忌々しかった兄も屋敷から追い出すことができたので、今や彼は幸せの絶頂にいると言っても過言ではない。
 それを改めて実感しながら、優雅にワインを傾けていると……

「リ、リスカだ! 狂戦士リスカが現れたぞー!」

 不意に中庭の方から兵の声が聞こえてきた。
 ヴァイスは緩めていた頬を元に戻し、訝しい目をそちらに向ける。
 そのまま傍らの兵に向かって短く問いかけた。
 
「『狂戦士』とは、確か情報に聞いた今回の侵入者であってな」

「は、はい」

「では、総出で捕らえてこい。次に逃がしたら容赦はせんぞ」

 部屋の中で見失った羽虫を視界に捉え、すぐにでも始末がしたい。
 それに似た思いを抱いて、ヴァイスは兵たちに思い切った提案を打ち出した。
 しばし返答に窮した兵だったが、やがてこくりと頷いて総出になって食堂を出ていく。
 それを見届けたヴァイスは、また何事もなかったかのようにワインに口を付け始めた。
 せっかくの晩酌に水を差されて、気分を害した。
 その怒りを体現するように、自身の護衛の任を解いてまで、全兵たちに侵入者を追わせにいったのだ。
 これですぐに小さなトラブルは解消されることだろう。
 ついでに食堂の中に漂っていた妙な圧迫感がなくなり、一人で落ち着いて食事を進めることができる。
 そう思って、ヴァイスは人知れず笑みを浮かべた……のだが。

「んっ?」

 コツッ、コツッ、と。
 不意に傍らから足音が響いてきた。
 それを耳にしたヴァイスは、食事の手を止めてそちらに視線を移す。
 するとそこには、見知らぬ格好をした一人の少年が立っていた。
 黒いフードに口と鼻を隠した同色のマスク。
 目だけをこちらに覗かせて、ゆっくりと階段を下りてきている。
 話に聞いていた侵入者とは、まったく外見が異なっている。
 ヴァイスは眉を寄せて、細めた視線を彼に返した。

「誰だ貴様?」

「……」

 少年は反応を示さない。
 それに対してヴァイスはますます気分を害し、その怒りの傍らで密かに考えを巡らせた。
 食堂の二階には中庭につながっている窓があるはず。そこから侵入してきたのだろうか?
 いや、まずそれはありえない。
 先刻の狂戦士の侵入を許してから、この屋敷の警備は一層厳重になっている。
 当然、窓の鍵も掛けたはずだ。
 となれば解錠スキルを持った天職を有している。もしくは秘密裏に窓を壊して侵入してきたか。
 まあ、入られてしまった今、そんなことはもうどうでもいいか。
 そこで思考を打ち切り、至って冷静に少年に問いかけた。

「我が屋敷に何かご用かな? 敷地内に許可もなく土足で踏み込み、あまつさえ名も名乗らない無礼者の目的など、容易に想像できることだがな」

 ここでも人をバカにすることを忘れない。
 ヴァイスがそう挨拶をすると、少年はようやくマスクの奥の口を開いてくれた。

「いや別に、ちょっとほしいもんがあるから来ただけだ」

「ははっ、まるで雑貨屋にでも寄ったかのような言い草ではないか。ここにあるものが貴様のポケットマネーで買えるとは思わぬことだな。まあ、相応の対価を持っていたとしても譲ってやる気は毛頭ないがな」

 ヴァイスは不気味な笑みをたたえる。
 その奥で、一つの確信を得ていた。
 やはりこいつは侵入者の仲間。
 ということは、先刻の狂戦士の再登場は護衛を払うための囮か。
 こうして自分を一人にするための作戦。
 そこまでわかってなお、ヴァイスは助けを呼ぶことをしない。
 兄譲りのプライドもさることながら、自分に助けが必要だと思っていないからだ。
 やがてヴァイスは階段を下り切った少年に問いかける。

「それで、ほしいものとは何かな侵入者? まさか私の命がほしいなどと、三流の暗殺者のような台詞を吐くつもりではあるまいな」

 少年はかぶりを振った。

「いいや、んなことは言わないよ。僕がほしいのはその腰に吊るしてある”宝剣”だ」

「ほう、宝剣とな。となるとやはり、貴様らはあの愚兄の使いであってか。いやはや、やはり兄弟であるゆえ思考が読みやすくなっているのかもしれんな。なんとも癪なことに」

 ヴァイスの予想はほとんどが的中していた。
 賊が狙っているのは他の宝ではなく、領主の証である宝剣。
 だからこそ万が一に備えて、ヴァイスは宝剣を自分の手で持っておくことにしたのだ。
 となるとやはり、少年らに盗みの依頼を出したのは兄、もしくはその周囲の人間によるものだと考えられる。
 とまあ、そういった事情については後々わかることとして、ヴァイスは目の前の侵入者に対して敵意を向けた。

「それで、これをどう盗るつもりだ侵入者よ? 当然私は抵抗させてもらうし、侵入者に怯えて『はいどうぞ』と差し出すこともありはしない」

 そう言うと、少年は肩をすくめて返してくる。

「別に親切に渡してくれなくてもいいよ。普通に盗み出すし」

「ははっ、やはりただの盗人であってか。その台詞は実に似合っているぞ」

 再び深い笑みを浮かべたヴァイスは、少年の前で身構えてみせた。

「だがしかし、これでも私の天職は【拳闘士】だ。護衛が狂戦士に気を取られてはいるが、私自身もそれなりに戦うことはできる。無礼な客人には手ずから説教を加えてやろう」

 ヴァイスの余裕はそこから来るものだった。
 兄との決闘でずるをしたのは確かだが、それでも本来の実力あっての結果とさえ言える。
 兄の本領には敵わないものの、ヴァイスもそれなりに戦闘には長けている人物なのだ。

「行くぞッ!」

 久々に体を動かしたくなったヴァイスは、侵入者を相手に運動をすることにした。
 食堂のテーブルわきで、少年に向かって踏み込んでいく。
 握りしめた拳を、脇を締めて振りかぶり、黒衣に身を包む少年に全力で繰り出した。
 すると少年は慌てることもなく、危なげなく回避する。
 続いて二撃目の拳。これも体を捻ってやり過ごす。
 しばしそのようにしてヴァイスが攻撃を繰り出し、少年が躱していくという展開が続くが……

「そのような調子では、私から宝剣を奪うなど到底不可能な話だ!」

 やがてヴァイスは、拳ではなく足に力を込め始めた。

「自らの行いを悔い、泣き喚くがいい三流の盗人よ!」

 瞬間、ヴァイスの動きが加速する。
 拳闘士が持つとされるスキル――『拳舞』だ。
 体を動かした分だけ力と素早さが増していく身体強化スキル。
 ただ無計画に殴り掛かっていたわけではなく、ヴァイスは密かに自分の体を強化していたのだ。
 そして充分温まってきたところで、一気に距離を詰める。

「はあっ!」

 蹴りを繰り出すと、急な速度の変化についていけずに少年は吹き飛ばされてしまった。
 食堂の端に積まれた椅子の山に、無造作に投げ出されていく。

「おいおい、拍子抜けだな盗人よ。よくそのような実力で私の前に姿を現せたものだ」

 足を突き出したままの体勢で、ヴァイスは勝ち誇った顔を浮かべた。
 思いのほか容易く片付いた。
 まだ少年とはいえ、ここまで侵入してこられたのだから、それなりの実力があると思ったのだが。
 まさかここまで気迫のない奴だったとは。むしろそれを見てるこちらの方が力が抜けてしまうと、ヴァイスは密かに嘲笑を浮かべた。
 だが……

「んっ?」

 崩れた椅子の山から、少年が起き上がってきた。
 服に付いた埃を払いながら、何でもないように立ち上がる。
 その光景に、思わずヴァイスは眉を寄せた。
 あれを食らって平然としていられるはずがない。
 常人ならばしばし激痛で動けなくなるはずだ。

(攻撃が当たる瞬間、僅かに身を引いて威力を殺したか)

 思えば、手ごたえはあまり感じられなかった。
 それが偶然か意図的なものかは判断ができない。
 もし狙ってやったのだとしたら恐ろしい体術センスだが、おそらくそれはなかろう。
 そう割り切り、ヴァイスは余裕の笑みを崩すことはなかった。
 次いで起き上がってきた少年に向かって皮肉まじりに問いかける。

「それで、貴様は立ち上がってどうするつもりなのだ? 実力の差は歴然。じきに衛兵たちもここに駆けつけてくる。勝ち目も逃げ場もありはしないぞ」

 嘲笑まじりの視線を向けると、少年は先ほどと同じく肩をすくめてみせた。
 そして唐突に懐に手を入れ始め、やがてそこから何かを取り出す。
 それをこちらに見せるように掲げると、棒読みで問い返してきた。

「じゃーん、これなーんだ」

「……?」

 いきなりの問いかけに一瞬だけ戸惑ってしまう。
 しかしすぐに我に返り、掲げられた物に改めて目を向けた。
 それを視界の真ん中に捉えた瞬間、ヴァイスは大きく目を見開く。
 いや、まさか、そんな。何かの見間違いであろう。 
 何度か瞬きして視界を整えるが、その事実が変わることはない。
 ヴァイスは枯れたような声を漏らした。

「なっ、えっ、それ……」

「大事な物なら、もう少しちゃんと握っておくべきだったな」

 少年の手に握られていたのは、間違いなく領主の証である例の”宝剣”だった。
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