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第三十五話 「冒険者になれなくても」
しおりを挟む音に遅れて、嫌な感触がナイフを伝って右手にやってくる。
刃には徐々に鮮血が滴り、ポタポタと森の地面に赤い斑点を残していった。
そしてルークディアは、自分が刺されたことにしばし気付かず、呆けた面で眼前の僕を見つめていた。
やがて奴は、遅れて自分の胸元に視線を落とす。
それから、僕が突き出したナイフの半分が胸に沈み込んでいるのを見て、ようやく彼は何が起こったのか理解した。
「あ……ぐぁ……!」
痛みからか、それとも苦しみからか、途切れ途切れの声を漏らす。
血が溢れ出す胸元を何とかして押さえようとするが、手が震えて上手くいかないようだった。
ゆっくりと時間を掛けて僕のナイフを掴むと、憎々し気な目をこちらに向けてきた。
「て、てめぇ……マジでやりやがったな……」
「言ったはずだ。痛めつけられて終わりなんて甘ったるい考えは、今すぐに捨てておけって」
奴の胸元から躊躇なく短剣を引き抜く。
それによってルークディアは仰向きに倒れ、朧気な目をして空を見上げた。
完璧な致命の一撃。
実際に人殺しをしたことはないが、手応えは充分だった。
これで奴は、間違いなく”死ぬ”。
「こ、この、クソガキがぁ……。これでてめえも、人殺しの仲間入りだよ。俺を殺したとなれば、すぐにそれは知れ渡る。名実ともに暗殺者として、てめえは世界から拒絶されるんだよ」
「……」
死ぬ間際の、せめてもの抵抗なのだろうか。
変わらず僕に罵倒を浴びせながら、ルークディアはじわりと死に近づいていく。
そのまま立ち去ればよかったものの、僕はなぜか最期までその場に留まり続けてしまった。
「一生後悔しな、クソ暗殺者が。人殺しのてめえなんかに、居場所も味方も、ありはしねえ……」
相も変わらずの幼稚な罵り。
のはずだったのだが、意外なことにそれは僕の心に僅かばかりの傷を付けた。
そして、その後に続く言葉がなかったので……
僕は倒れるルークディアに背を向け、その場を後にした。
一級冒険者ルークディアの死は、闇ギルドに戻った翌日に町中に知れ渡ることとなった。
殺害した犯人は、『暗殺者アサト』。
ルークディアの仲間が証言したのか、はたまた彼自身が死の直前に何らかのメッセージでも残したのか。
それらは定かではないが、以前、冒険者試験を受けに来ていた少年として、僕は見事に手配書に名を連ねることとなってしまった。
それを知ってから数日…………僕は設定された依頼にも行かず、借りている宿部屋でぼぉーっとした日々を過ごしていた。
「……」
静けさに包まれた部屋の机で、頬杖をつきながらじっとする。
何かをする気も、動くことさえも、今では面倒に感じていた。
そんな中、誰かが部屋のドアをコンコンとノックしてくる。
こちらからの返事がないことを了承と受け取ったのか、その人は極力静かに部屋に入ってきた。
そして依然として机で呆けている僕を見て、心配そうな顔をする。
「まだ、気にしているんですか?」
「……」
パーティーメンバーのリスカから声を掛けられ、僕は自然とそちらから目を逸らしてしまう。
しかし彼女はそのことを咎めることもなく、優しい言葉を掛け続けてくれた。
「殺したことを気にしているのでしたら、それは仕方のないことだったんですよ。彼を止めていなければ、また誰か他の闇冒険者がやられていた可能性があります。それにほら、私なんて狂人化してる時に、いったいどれだけの人を傷つけてきたかわかりませんし、そこまで気にすることは……」
「あぁ、いや、殺したことについては、別にもういいんだよ」
「……?」
見当違いなことを言われて、つい言葉が漏れてしまう。
リスカは久方ぶりに口を開いた僕を見て、二重の疑問符を頭上に浮かべた。
殺してことについてはもういい。その理由を問いたいという意思が表情から窺える。
僕はすっかり乾いた口で、その意味を話すことにした。
「あれは依頼のためにやったことだし、僕自身も相当あいつには怒ってたから、殺したことに後悔とかはしてないよ。罪悪感がまったくないって言ったら嘘になるけど」
「で、では、何をそんなに気に掛けて……?」
数日も部屋に閉じこもり、罰金があるはずの闇クエストをいくつも放棄している。
人を殺したことを悔いているのではないなら、いったい何にショックを受けているというのか。
僕は遠い日のことを思い出すように続けた。
「なんていうかさ、今まで暗殺者の影の薄さのせいで、僕はあんまり人と関わらない生き方をしてきたから、こうして誰かに注目されるのって初めてでさ。元々は冒険者になって、みんなに認めてもらいたいって思ってたから、それが悪い形で実現しちゃって……。だから、なんていうかさ……」
自分でも下手くそだと思う作り笑いを浮かべて、僕はリスカに言った。
「周りから悪者として扱われるのは、あんまり気分のいいものじゃないね」
「……」
僕は冒険者になりたかった。
冒険者になって、たくさんの人たちの役に立って、みんなから認めてもらいたかったのだ。
それなのにいつの間にか、冒険者殺しとして悪名が轟いてしまった。
存在を認知されないより、悪い形で認知される方が何倍も辛いだなんて。
という胸の内を吐露すると、リスカはしばし何も言わずにこちらを見つめていた。
やがて彼女は、ふっと微笑んで返してくる。
「確かに、今回の件を経て、アサトさんは周囲から悪い意味で注目されてしまったと思います。冒険者として大成して皆から称えられるのとは真逆の結果となってしまいました。ですけど……」
相変わらずの柔らかい視線を貫き、彼女は言う。
「少なからずあなたに救われた人たちがいるんですよ」
「……」
……救われた人たち。
おそらく闇冒険者たちのことを指しているのだろう。
僕が闇冒険者狩りをしているルークディアを倒していなければ、また新たに犠牲者が出ていたと思う。
それを防げたのは闇冒険者としての功績として認められるとは思うが、それでも僕はその結果だけを見て自分を慰められる自信がなかった。
という心中を察したように、リスカは続ける。
「もちろん、冒険者になっていたとしたら、より多くの善良な市民たちを救うことができていたと思います。しかし、冒険者になれなかったとしても誰かを救うことはできます。今回のように。それにですね……」
「……?」
「アサトさんがこうして闇冒険者になっていなかったら、私たちはあなたに出会うことができていなかったんですよ。だから少なくとも、私たちはアサトさんのことを認めて、闇冒険者になってくれて感謝をしています。それだけじゃ、いけないですか?」
首を傾げて問いかけてくる。
と、ちょうどそのタイミングで、また一人部屋の中にちょこちょこと入ってきた。
もう一人のパーティーメンバーであるドーラ。
僕は彼女たち二人を前にして、しばし違った意味で放心してしまう。
闇冒険者になっていなかったら、この二人と会うこともなかった。
いいや、最悪戦うべき敵として対峙していた可能性だってあるのだ。
だからこうして一緒に依頼を受けたり、他愛のない話で盛り上がったり、慰め合ったりしていることは、奇跡以外の何物でもない。
それだけじゃダメなのか? というリスカの問いに対し、僕は本心からの笑みを浮かべてかぶりを振った。
「ううん、充分嬉しい」
「それならよかったです」
同じく仲間の二人も、心からの笑みを返してくれた。
確かに冒険者になりたいと思ったのは、みんなに認めてもらいたいという夢があったからだ。
でも僕は、それ以前に……
心の底から信頼できる仲間がほしいと思っていたのだ。
たとえ冒険者になれなかったとしても、僕にはちゃんとした仲間がいる。
信頼できるパーティーメンバーがいる。
それだけでもう充分だったのだ。
周りの人間から蔑まれたりしても、褒められなかったとしても、慰めてくれる仲間がいればそれだけでいい。
それにたぶんこれからも、闇冒険者として窃盗や誘拐や暗殺などの依頼を受けることになるとは思う。
でも、この仲間たちと一緒ならきっと大丈夫だ。僕はそう思い、二人に笑みを向けながら暗い気持ちから抜け出した。
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