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【6】

幼馴染な三人談議

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「やれやれ……。相変わらずお前は忙しそうだな」
「よぉ、クラウス。お前までこんな所に引っ張り出されて大変だな」

 すでに人もまばらになった広間。王の姿もすでになく、人の流れをぬってきたクラウスがあきれた顔で声をかけた。父ダーナーに寄り添って忙しい日々を送っていた彼にとっても、今回の事件は寝耳に水だっただろう。

「前にも面倒なことをして陛下に怒られてた気がする。えぇ~と…自称前カノと自称前々カノと自称今カノが同じ晩餐会に出席、喧嘩になってたんだっけな。お前のまわりにはトラブルメーカーばかりが集まるのかい?」

 からかい半分に眉尻を下げる。

「トラブルを招きやすいとすれば、原因は母上の血だな。つーかお前、指輪がどこ行ったか心当たりねーの?一応聖堂で司教とかやってんだろ?なんかさ、指輪がパッと出てくる呪文とかねーのかよ?」
「そんなものあるならとっくに使ってるよ。あの指輪は俺の心のよりどころだ。ただでさえ父上の所に行く時間が削られているというのに……」
「寒さで体力が落ちる時期だしな。この冬を持ちこたえることができれば、まだ安心なんだが……」

 父ウルリヒにとって親友と呼べる人物だ。国の一大事に彼が出てこなかった事はない。
 今まで何かあるとすぐに王の元に駆けつけていたのだ。きっと彼自身が一番、動けない我が身を口惜しく思っているだろう。

「最近は水を飲むのも辛そうだよ。最後はせめて静かに逝かせてやりたいとは思ってる。時々…うわごとのように何か言ってるんだ。言いたいことでもあるのかもしれないね。心残りがあるならかなえてやりたいんだけど……」
「彼には俺たち親子も随分と世話になった。もし出来ることがあれば、何でも良いから言ってくれ」
「ああ。感謝するよ、フォルカー」

 二人が握手を交わした時、その後ろから石床を踏むヒールの音がした。

「ちょっと…お時間よろしいかしら?」

 下ろした長い髪がふんわりとカールしている。先程ウルリヒ王の前で勇姿を見せたエルゼだ。

「やあ、エルゼ。さっきはフォルカーの援護、見事だったね。まるで何処かの王女様のように凛々しかったよ」
「そんな……。わたくしはただ必死だっただけですわ、クラウス様」
「いや、あのひと声で確かに場の空気は変わった。感謝している、エルゼ。……それで、用とは?」
「フォルカー様にもクラウス様にも関係のあることですわ。陛下にお伝えするのは気が引けて……。そうですわね……、あ、ちょっとこちらへ来て頂けませんこと?」

 隣りにある小部屋の入り口まで行くとちょいちょいと手招きをするエルゼ。不思議そうな顔をする二人を部屋の奥に誘導すると、用心深く扉を締め声を潜めた。

「フォルカー様の従者…ポルトについてですわ。以前あの者の部屋に行ったとき、壁においてある肖像画の中からレフリガルト王を見つけましたの。そしたらあの子、絵を見て『父様』って言いましたのよ?」
「『父様』だって?」

 フォルカーが首をかしげる。

「一体どういうことですの?フォルカー様のひいお祖父様はご崩御されているはず。万一ご生存だったとしても年齢的に御子を作れるとは思えませんし……。それにファールン王家の者はお二人のような赤い髪をお持ちではありませんの?もしかして例外でも?」
「ポルトが?確かにそう言ったのかい?」
「ええ、クラウス様」

 クラウスは自分の赤錆色の髪を指先に絡めた。

「……聞いたことがない。第三位の私でもこれくらいの赤みは出る」
「今回の件に何か関係があるのかしら?」
「そういえば……」
「うん?どうした、クラウス?」
「前にローガンと二人でウルム大聖堂へ来たことがあっただろ?あの時もレフリガルト王について知りたいと言っていたな……」
「ああ、そういえば…来てたな」

 あの日、フォルカーは歴代の王たちが眠る廟の奥で昼寝をしていた。そこにローガンとポルトが現れたことがあった。
  戦時中ですら泣かなかったというポルトが、あの廟で何故か声を震わせていて……。
 本人にその理由を聞いてみたものの、まだ答えを貰っていない。

「……もしあの子の言うことが真実だとしたら、王族の…古き血脈の末裔として指輪を使うことだって出来ますわ。フォルカー様の目を盗んで指輪を手に入れたということはありませんの?」

「手に入れた所で、決められた聖言、手順を踏まねば力は使えない。あいつがそれを知っているようには見えなかったが……」

 むしろ指輪を見て「キモい!」と言い、触れることすら嫌がっていた。欲しいだなんて思うのだろうか?むしろ供えてある果物の方が欲しがるのでは……?

「神聖具の力が及ばない場所までたどり着けたのならその影響も薄まると聞く。髪色だって変わることもあるだろう。しかし今回はファールン国内…それも城内にいた人間だからな。指輪の…リガルティンの拠点と言っても良い場所だ。……考えられん。何か特例でもあるのか?」

 クラウスに視線を送る。

「確かに神聖具の研究はし尽されたわけじゃない。むしろわからないことの方が多いくらいだ。ただ……」
「?」
「カールトンの言っていたことも気にはなる。確かに陛下に矢を放った者と通じていて、矢傷も本当は助かるように毒が調整されていたとすれば……」
「ありえんと言っている。あいつは俺に見つかるのが嫌で、無理やり引っ張り出すまで茂みから出てこなかったんだぞ」
「ネドナの毒は数滴で牛が死ぬとも言われている程の劇薬ですわ。いくら処置が早かったからとはいえ、体内に入ってからの時間を考えると…その間すら不思議に思えます」
「王族の末裔でなくとも、あの指輪の価値は計り知れない。指輪奪取が目的だとしたら、時間はかかったけど計画としては大成功だ」
「つまりは金か?……あいつの寝室は、王子への贈り物として送られてきた調度品が山ほど置いてあるが、あいつが手を付けたような跡なんて無かったぞ。金目当てに何かするような奴じゃない」

 正確に言うと手を付けていたのはその調度品を縛る紐だけ。窓から抜け出すときに必要だったからであり、その後は調度品を動かした形跡はまるでない。 

「例えば…ポルトは上位身分に憧れているということはないかい?そうありたいと強く強く願うと現実との境界が曖昧になることもある。例えば自分は貴族の血を引いていて、何らかの理由で里子に出されたに違いない……とかね。もしかして、エルゼに言ったこともその延長線上にあるのものだとか……」
「いや、そんな嘘をつくような奴でもない。むしろその点では俺より現実的だと思う」

 身分の話は先日本人から釘を刺されたばかりだ。いっそ貴族という身分を欲してくれれば、二人の関係はもう少し円滑に進んでいただろうに。 

「王族に何の関係もない者だったとしたら、髪色の説明はつく。指輪が目的なら偽名を使っていた理由も、ね」
「……」
「神職者の立場から言わせて貰えば、レフリガルト王は聖堂を増やし国中に信仰を深めた聖人の一人。その縁者が出てきたとなれば、それはそれで喜ばしいことだけど……。正直なところ、悪い予感しかしないよ」

 一方クラウスの表情は複雑そうだ。思案げに顎に手を置く。

「一度本格的に調べてみないといけないか。第三者に下手に探られてポルトに何かあっても困るだろ?」
「阿呆。あれは俺のもんだ。そんな連中に指一本触れさるもんか」
「!!」

 フォルカーの言葉にクラウスは眼を丸くし、エルゼは奥歯を噛みしめながら下を向いた。

「わたくし…これで失礼致します……!
「あ……!」
「エ…エルゼ!今のは…!!」

 慌てるフォルカーの言葉を聞くことなく、エルゼは足早に部屋を出ていく。後悔を全面に醸し出しているフォルカーの背中を見ながら、クラウスは何かを察した。

「あれ?お前たち、婚約したんじゃなかったのかい?」
「なんでお前が知っている……」
「俺の父親を誰だと思ってるんだ。陛下と一緒に婚約を進めた張本人だぞ?父に何かあったら俺がお前たちの世話をすることになってたんだ」
「なんだと?ったく、父上は俺の知らん所でどこまで……」
「お前に知られたら絶対に進まなくなるからな。言うわけ無いさ。……ま、その様子じゃ役目は必要なくなったのかもしれないけどね」
「……もとから俺は賛成してない……」

 本意ではない婚約ではあるが、エルゼの気持ちを知っているフォルカーは気まずそうだ。

「お前が嫌がることはエルゼだってある程度わかっていたはずなんだけど……なんであんなに怒ってるんだ?いくらポルトが指輪の間に入ったとはいえ、男同士で何かできるわけでもない。謁見させたわけでもあるまいし……」
「―――……」

 ……………王子の返事がない。

「ふーん」
「テメェ…!何薄ら笑い浮かべてやがる……!」
「随分とぶっ飛んだことするなぁと思って。あ、このことは他の皆には黙っておくから安心してね?」

 つまりそれをネタに今後何かされる可能性があるのだということをなんとなく察したフォルカーが軽く舌打ちをした。

「まあ、謁見させたとしてもどうしようもないだろう?指輪の答えなんて聞くまでも……」
「承認した」
「――……?」

 クラウスの顔色が変わる。

「指輪はあいつを認めたと言っているんだ。もう加護が降りているはずだ」
「――――……。今まで聖神具の研究を続けてきたけけど…、それは初めて聞く例だな。男同士でも問題ないとすれば、世継ぎはどうやって……ん?待てよ?」

 ふと何かに気がついたクラウス。苦そうな表情を見せ、静かに、しかしどこか確信を持った声で問う。

「――ポルトは女か……?」
「……」
「『ポルト』は偽名…。だから故郷の出生届にもポルトなんて『男名』は載っていなかった……、そういうことか」

 ぐっと親指を立てるフォルカー。一瞬表情を無くしたクラウスがその親指を右手で思い切り押し曲げた。関節とは逆に向けられた痛みで、「んぎゃっ」と王子の声が漏れる。 

「お前があの従者に固執する理由がわかったよ。女絡みの問題は今に始まったことじゃないけど……、今回のは吟遊詩人がこぞって歌にしそうな話題だ」
「もとからスムーズに行くなんて思っちゃいねぇよ。最初は手放すことしか考えてなかったが……。でも…まぁ、そういうことだ」
「なるほど。そんなお前に思い切る鞭を入れたのが今回の婚約ということか。やれやれ……。父上達の思惑がこんな結果を招くことになるとはね。それで?ポルトは了承しているのかい?」
「いや、あいつは何も知らないし、俺もまだ知らせる気はない」
「それ、どういうこと?」
「奔放に生きていくには十分なんだろうが、俺の側に置き続けるには全てがまだ未熟でな。今は経験を積ませる途中…料理なら仕込みって所だ。事情を話した所で今のあいつが飲み込める確証は無かったし、最悪城から逃げられても困る」

 彼は彼なりに考えての行動だったのかもしれない。しかし、それを聞いたクラウスの感想は……

「お前、そんな育成ゲームみたいなことしてたの?」
「うるせーよッ」

 今までの女性達とはまるで扱いが違う理由に納得はできた。しかしそれでもクラウスの表情は晴れず、むしろ険しくさせる。

「誰かを真っ直ぐに想う感情は素晴らしいよ。でも……素直に喜ぶのは難しいかな……」

「わかっているだろ?」、そういうように視線を送るとフォルカーもおとなしく頷いた。

「お前が側に置くということは、妻に…次代の王妃になる可能性もあるということだ。貴族連中のやっかみや嫌味の中に、何の後ろ盾もなく身ひとつで放り込まれることになるんだぞ?国内だけじゃない、貧民層出身の王妃だなんて国外からの評判も悪くなる。身分なんて関係ないなんて綺麗事がまかり通る世界じゃないんだ。外交にも関わってくるだろうし、ファールン王家全体の問題にもなる。お前は良くても、民や彼女がそれをどう思うか考えたことはあるのか?」

「考えなかったわけじゃないさ。あれの芯の強さは身分だけで生きてきたような連中とは比べ物にならん。この城で起きる程度のことは雑音で流せる器の主だと思ってる。城の連中もそのうちわかるさ」
「……少し楽観的すぎない?指輪の承認だって、なんで待てなかったのさ。このことを知られれば、陛下が直々に処遇を下される可能性もある。そうなれば、いくらお前でももう手の出しようがない。随分と分が悪い賭けだよ」
「すでに賽は投げられた。今更何を言った所で時間を戻す術はない」

 フォルカーの口調に、クラウスはやれやれとばかりに首を振った。

「名前は?」
「え?」
「彼女の名前だよ。嘘じゃない『本当の名前』だ」
「それを聞いてどうするつもりだ?」
「『メンシアの勅令』、……レフリガルト王の時代に、自治区には必ず教会を造るようにという法が出来た。そのつながりで大聖堂の書庫に当時の記録が残っているかもしれない。もし調子が良いようなら父上にも古い記録に心当たりがあるかどうか聞いてみるよ。だからお前はこれ以上余計なことはせず、大人しく待っていてくれる?」
「本当か!?」
「馬鹿、お前の為じゃない!神職者として聖神具の真意を探るためだ。その代わり何が出てきても文句言うんじゃないぞ?場合によってはお前の敵にまわることになるかもしれないってこと、よく覚えておけ」

 クラウスはそう言って釘を差したが、フォルカーはわかりやすく嬉しそうだ。
 彼がポルトとのことを隠さなかったのも、恐らくこの従兄弟なら何かの力になると考えたからだろう。  

「まったく……。本当に困った奴だな、お前という男は」

 懐から折り畳まれた紙を取り出すと、部屋に置いてあったデスクでペンを走らせた。
 こうして二人で籠もって秘密の話をしていると幼い頃を思い出す。まだ父ダーナーも元気で、王妃シュテファーニアも生きていて……。明日の心配なんてしたことが無かった。気が付けば隠れていた城の机も随分と小さくなり、こうして男二人で話す時間も短くなっていた。

 これはこれでいい機会なのかもしれないと、クラウスの口元が緩む。

「何だよ、ニヤニヤしやがって」
「俺は安くないぞ」

 紙をフォルカーに手渡し、励ますように肩を二三度軽く叩くといつもの穏やかな微笑みを残して部屋を去る。
 フォルカーは書かれた文字に視線を落とし、表情を歪めた。


【ウルム大聖堂 修繕予算請求書】
外壁修繕 30万アール
聖典・絵画等補修17万アール
北翼棟屋根修繕 80万アール
寄宿舎改築 180万アール
ワイン棟増設 600万アール
━━━━━━━合計 907万アール


「高っけぇッ」
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