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【8】

青い空の下で-1

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 青くどこまでも澄んだ空に花びらは溶けて消えていった。
 肉や骨よりもずっとずっと軽い身体になった兄妹達がステップを踏むように舞い上がっていく…その様を、ポルトは金色の瞳でずっと見つめていた。まるで遠く旅立つ者を見送るように……。

 いつの間にか炎は消え、瓦礫に囲まれていた廃墟は雑草と苔に覆われている。
 柔らかな陽が落ちた地面では風にゆれる葉がサワサワと音を奏でていた。

 このまま彼女も空へと消えてしまうんじゃないか?フォルカーはふとそんな不安に襲われた。
 まだ疲労が残る身体で視線を向ける。彼女の足元の影を見て揺らいではいないことを知ると小さく安堵した。

 少女はもう影ではない。
 ……いや、影になったとしても、それは受け入れるべき彼女のひとつなのだ、今ならそう感じる。

『私はしばらく姿を消そう。お前もその方が話しやすいだろう』
「――……」

 真白なローブの裾を軽く翻し、シュテファーニアがフォルカーの耳元に口唇を近づけた。

『男の前で過去の…それもこんな姿を晒したい女などいない。将来を共にと願った相手なら尚更だ。お前……酷なことをしたな』
「……っ」
『知ることで生まれる責任もある。……お前がどんな男に育ったのか、見せてもらうぞ』

 少し意地悪そうに微笑む。次に瞬いた瞬間、彼女はどこかに姿を消していた。
 母は何を何処まで知っているんだろうか……。息子であるフォルカーはやや不穏なものを懐きつつ、二三度深呼吸をした。

 やっと……やっとゆっくり話せるのだ。
 一息つくとポルトがこちらを向いていて、いつもの金色の瞳を見たら思わず鼓動が早くなる。

「――……。お疲れ様でした」
「……」
「いえ…違いますね、そうじゃなくて……。ありがとう…ございました」

 跳ねた毛束を揺らしながらゆっくりと丸い頭を下げた。

「空へ舞う花びらが楽しく踊っているように見えました。きっとみんな、空で大好きな人を見つけたんでしょう。……向こうで喜んでると思います。もし父様じゃなくても、本当の家族が迎えに来てくれていたのかもしれない」
「父親のこと…わかっていたのか?」
「――……」

 ポルトが少しうつむいて、小さく頷いた。

「きっかけはウルム大聖堂で見た像や宗教画でした。思い出したんです。従軍している時も、城を離れてからも途中で立ち寄った小さな教会にも同じ絵が飾られていた。昔は疑問にも思わなかったのに大人いまになって、『これは“家族の為の肖像画”じゃない』って気がついて……。私の中で疑問が湧いたんです。「壁に並べられた他の絵と同じ様に、信仰の対象として描かれたものなんじゃないか?」って。本当はもっと昔から感じていたのかもしれない。でも、目を反らしていた……。兄は…カールトン様はずっと以前からわかっていたようですけれど」

 人々が見もしない神の存在を信じるように、教えられたまま信じてすがっていた。
 自分達が懸命に信じぬいた先には本当に何もなかった、そう認めるのが怖かったのだ。

「でも……だからこそ、嬉しかった」
「?」
「貴方がみんなを受け入れてくれたこと。自分で思っていたよりもずっと……嬉しくて。きっと私自身、助けられないまま置いてきてしまった兄妹達かれらのことを引きずっていたんでしょう」
「血はつながっていなかったとはいえ、ずっと一緒に暮らして来たんだろ?そんなの…当たり前だ」

 ポルトは胸の前で手を握ると「はい」と小さく返事を返す。
 消えかけた命の灯を幾度となく消してきた手だ。兄妹を苦しみから救う為にはそれしか方法が無かったとはいえ、きっと埋められた土の中で恨みを抱いていた者もいただろう。

「……カールトン様に河へ落とされ流された後、私はしばらく近くの森を彷徨っていました。『父様のお友達』が思っていたとおり、すぐにあの辺りは戦場になった。幸運にも長引きはしなくて、戦況が落ち着いた頃を見計らって私は必死に死体を漁りました」

 何が売れるのか、何をどれだけ修理できるのかは今までの奉公先で叩き込まれていた。だからかろうじて自分が生きる程度の糧は稼ぐことが出来た。

 戦場が無くなれば別の戦場へ、見つからなければ民家から盗んでくることだってあった。
 嫌われ、蔑まれ、いつだって軽蔑の視線以外向けられることは無かった。
 そんな自分の生きる意味すら見失い……、気がつけばもう何を食べても味を感じることも無くなってしまった。

「……結局、自分以外は全部敵でした。きっと出会った人間は皆、害でしかない私を死んだ方がマシだって思っていたでしょうね」
「……」
「私のような漁り屋や物乞いになった子供はどこの村にも溢れていました。大人達にはさぞ煩わしかったでしょう。酷い言葉を投げつけられて、傷つかない者の方が珍しい位です。でも私が一番ショックだったのは……」

 ポルトが視線を落とす。

「『お前なんて死んだ方がマシだ』と言われて、自分でも『そうだな』…って思ってしまったこと。私を守るのは<私>しかいないのに、それが無くなってしまったら……」

 それからしばらく漁り屋はやめた。
 誰もいない森の奥へ入ってそのまま消えようと思った。

 例えばこの身体が死んで、肉が腐って、溶けて、土になって……。
 それを養分にいつか小さな芽が生えて育ったなら。
 小さな花が一輪でも咲いたなら、こんな自分でも生きていた価値があったと思えるんじゃないだろうか?
 ……そんなことを考えながら。

 二日も歩けば丁度身体の入る木のウロを見つけ、そこにうずくまるように転がった。

 もう誰の泣き声も聞こえない。
 嘲け笑う声も、怒鳴り声も、何も。
 時折鳥の声だけがする森の中は、今まで生きてきた中で一番心安らぐ場所だった。
 ここで静かに穏やかに最期が迎えられるなんて、自分はなんて幸せなんだろう。

 薄暗いウロの中で人生をもう一度考えた。
 思えば父を待ち続けて終わった人生だった。相手はそれを望んでいないかも知れないのに。

 ……結局自分を満たしたい欲求も、足掻きも、未来への希望も、無駄な労力に消えるだけなのだ。
 いくら声を上げても、爪が割れるほど壁を叩いても、枯れるほど涙を流しても何も変わらなかった。
 もし生まれ変わりなんていうものがあったとしても、もう二度と命なんていらない。

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