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拾壱:すれ違う心
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***
GWが明けた最初の登校日、校舎の中はいつにも増して静かだった。
休み明けに登校したということや、朝早い時間に登校したということも重なって、いつもは賑わっている学校の中も、今は人の気配すらない。
そんな廊下の中を、俺はよろよろと力なく歩いていた。
「っ」
引くことのない痛みに苛まれる左頬に触れると、撫でただけにも関わらず、更なる激痛が俺を襲った。
昨日、秦野高校の連中が路地裏を去った後、痛みに耐えながら家に帰った俺は、玄関に置いてある鏡を見て、思わず自分自身でも嘲笑ってしまった。左顔面と右顔面で、露骨に差があったのだ。殴られた左頬は、誰が見ても酷いと思ってしまうほど、赤く腫れ上がっていた。見るに堪えなくなってしまった俺は、そのまま家族に会うことなくベッドに潜り、すぐに夢の世界に入った。
目を覚ました後、少しだけ腫れは引いていたものの、大きく現実が変わることはなく、気休め程度にしかならない湿布を張って――、今に至っている。
「……あんにゃろー、思いっきり殴りやがって。俺はサンドバックかってーの」
俺は昨日の出来事を思い出し、記憶の中にいる剣という男に悪態をつく。
でも。
俺は廊下を歩く足を止め、ふと窓に目を配る。太陽の日差しが、燦々と校舎の中を照らしていく。その眩さに、俺は目を細めた。
でも、この痛みを――、
「――悠陽!?」
最近よく耳にする声に名前を呼ばれたことで、俺の思考は遮られてしまった。
声がする方に顔を向けると、そこには俺の姿を見るや驚きのあまり目を見開いている更科がいた。
俺は一番会いたくない奴に出会ってしまった。
「何、その顔! 一体どうしたの?」
空いていた距離を早歩きで詰めて来ると、更科は心配そうな声音で俺に話しかけて来る。それでも、何も言葉を返さなかった。更科の顔を直視出来ない俺は、視線を逸らし、黙々と教室に向かって歩き出した。
GWが明けてからの、突然の変わりよう――、更科はさぞ不思議に思っているだろう。俺も更科と同じ立場で、親しくしていた人物に急によそよそしく突き放されたら、きっとそいつのことを見限ってしまうだろう。
けれど、更科はお構いなく、俺の後ろを追ってくる。
「……ッ! もしかして、私のせいであいつらに――」
「別に。ただ階段で転んだだけだから、更科さんは気にしないで大丈夫だよ」
一人熱くなる更科に、俺は冷めた態度で言葉を返した。更科は意表を突かれたように茫然と立ち尽くすが、俺は構わずに先を行く。
きっと血祭まつりに言えば、秦野高校の連中への復讐はすぐに終わる。けど、それでも俺は昨日の出来事を報告することを良しとしなかった。
更科のため、ということでもなく、秦野高校の連中の思惑通りに事を進ませたくなかったからだ。
それに更科に話してしまえば余計に――。
「……」
廊下の真ん中で立ち尽くす更科の顔を盗み見ると、口をぎゅっと結んで、切な気な表情を浮かべていた。その顔は、この一か月間の中でも俺の知らない顔をしていて――、その表情を彼女にさせてしまったのは他でもない、俺だ。心臓を思い切り掴まれたような衝撃が俺を襲う。進めていた歩を、思わず止めてしまった。
いたたまれなくなった俺は無意識に口を開き、
「――あの」
「――ッ! ……あっそう。余計な口出しして申し訳ございませんでした!」
その先の言葉を紡ぐことさえ許されないまま、更科は俺の隣を横切って、教室へと早足で向かってしまった。
俺は成す術もなく、更科が颯爽と廊下を駆け抜けていくのを黙って見つめていた。
これでいい。
俺一人が黙って耐えれば、それで俺が望む平穏な世界が作られていく。
そうだ。
そもそも俺と更科は隣の席という関係だけで、たまたま更科の秘密を知ってしまったから仲良くなれてしまっただけなのだ。
――だから、元々の関係に戻っただけ。
俺は小さく息を吐くと、左手で痛む箇所を擦りながら教室に向かって再び歩き始めた。
教室の扉を開けると、そこには誰もいなかった。どうやら俺が一番乗りになってしまったようだった。
ただのもぬけの殻となっている教室で、いつものように自分の席に着くと、机に突っ伏して居眠りを始めた。
一限が始まるまで一時間十分。
俺がいつも望んでいる閑散としている空気が、今日はやけにひどく寂しくて、始業時間に至るまであまりにも長く思わせた。
こんなにも誰かに早く来てほしいと願ったのは、高校が始まって以来、初めてのことだった。
GWが明けた最初の登校日、校舎の中はいつにも増して静かだった。
休み明けに登校したということや、朝早い時間に登校したということも重なって、いつもは賑わっている学校の中も、今は人の気配すらない。
そんな廊下の中を、俺はよろよろと力なく歩いていた。
「っ」
引くことのない痛みに苛まれる左頬に触れると、撫でただけにも関わらず、更なる激痛が俺を襲った。
昨日、秦野高校の連中が路地裏を去った後、痛みに耐えながら家に帰った俺は、玄関に置いてある鏡を見て、思わず自分自身でも嘲笑ってしまった。左顔面と右顔面で、露骨に差があったのだ。殴られた左頬は、誰が見ても酷いと思ってしまうほど、赤く腫れ上がっていた。見るに堪えなくなってしまった俺は、そのまま家族に会うことなくベッドに潜り、すぐに夢の世界に入った。
目を覚ました後、少しだけ腫れは引いていたものの、大きく現実が変わることはなく、気休め程度にしかならない湿布を張って――、今に至っている。
「……あんにゃろー、思いっきり殴りやがって。俺はサンドバックかってーの」
俺は昨日の出来事を思い出し、記憶の中にいる剣という男に悪態をつく。
でも。
俺は廊下を歩く足を止め、ふと窓に目を配る。太陽の日差しが、燦々と校舎の中を照らしていく。その眩さに、俺は目を細めた。
でも、この痛みを――、
「――悠陽!?」
最近よく耳にする声に名前を呼ばれたことで、俺の思考は遮られてしまった。
声がする方に顔を向けると、そこには俺の姿を見るや驚きのあまり目を見開いている更科がいた。
俺は一番会いたくない奴に出会ってしまった。
「何、その顔! 一体どうしたの?」
空いていた距離を早歩きで詰めて来ると、更科は心配そうな声音で俺に話しかけて来る。それでも、何も言葉を返さなかった。更科の顔を直視出来ない俺は、視線を逸らし、黙々と教室に向かって歩き出した。
GWが明けてからの、突然の変わりよう――、更科はさぞ不思議に思っているだろう。俺も更科と同じ立場で、親しくしていた人物に急によそよそしく突き放されたら、きっとそいつのことを見限ってしまうだろう。
けれど、更科はお構いなく、俺の後ろを追ってくる。
「……ッ! もしかして、私のせいであいつらに――」
「別に。ただ階段で転んだだけだから、更科さんは気にしないで大丈夫だよ」
一人熱くなる更科に、俺は冷めた態度で言葉を返した。更科は意表を突かれたように茫然と立ち尽くすが、俺は構わずに先を行く。
きっと血祭まつりに言えば、秦野高校の連中への復讐はすぐに終わる。けど、それでも俺は昨日の出来事を報告することを良しとしなかった。
更科のため、ということでもなく、秦野高校の連中の思惑通りに事を進ませたくなかったからだ。
それに更科に話してしまえば余計に――。
「……」
廊下の真ん中で立ち尽くす更科の顔を盗み見ると、口をぎゅっと結んで、切な気な表情を浮かべていた。その顔は、この一か月間の中でも俺の知らない顔をしていて――、その表情を彼女にさせてしまったのは他でもない、俺だ。心臓を思い切り掴まれたような衝撃が俺を襲う。進めていた歩を、思わず止めてしまった。
いたたまれなくなった俺は無意識に口を開き、
「――あの」
「――ッ! ……あっそう。余計な口出しして申し訳ございませんでした!」
その先の言葉を紡ぐことさえ許されないまま、更科は俺の隣を横切って、教室へと早足で向かってしまった。
俺は成す術もなく、更科が颯爽と廊下を駆け抜けていくのを黙って見つめていた。
これでいい。
俺一人が黙って耐えれば、それで俺が望む平穏な世界が作られていく。
そうだ。
そもそも俺と更科は隣の席という関係だけで、たまたま更科の秘密を知ってしまったから仲良くなれてしまっただけなのだ。
――だから、元々の関係に戻っただけ。
俺は小さく息を吐くと、左手で痛む箇所を擦りながら教室に向かって再び歩き始めた。
教室の扉を開けると、そこには誰もいなかった。どうやら俺が一番乗りになってしまったようだった。
ただのもぬけの殻となっている教室で、いつものように自分の席に着くと、机に突っ伏して居眠りを始めた。
一限が始まるまで一時間十分。
俺がいつも望んでいる閑散としている空気が、今日はやけにひどく寂しくて、始業時間に至るまであまりにも長く思わせた。
こんなにも誰かに早く来てほしいと願ったのは、高校が始まって以来、初めてのことだった。
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