俺の知らない大和撫子

葉泉 大和

文字の大きさ
12 / 33

拾壱:すれ違う心

しおりを挟む
 ***

 GWが明けた最初の登校日、校舎の中はいつにも増して静かだった。
 休み明けに登校したということや、朝早い時間に登校したということも重なって、いつもは賑わっている学校の中も、今は人の気配すらない。
 そんな廊下の中を、俺はよろよろと力なく歩いていた。

「っ」

 引くことのない痛みに苛まれる左頬に触れると、撫でただけにも関わらず、更なる激痛が俺を襲った。

 昨日、秦野高校の連中が路地裏を去った後、痛みに耐えながら家に帰った俺は、玄関に置いてある鏡を見て、思わず自分自身でも嘲笑ってしまった。左顔面と右顔面で、露骨に差があったのだ。殴られた左頬は、誰が見ても酷いと思ってしまうほど、赤く腫れ上がっていた。見るに堪えなくなってしまった俺は、そのまま家族に会うことなくベッドに潜り、すぐに夢の世界に入った。
 目を覚ました後、少しだけ腫れは引いていたものの、大きく現実が変わることはなく、気休め程度にしかならない湿布を張って――、今に至っている。

「……あんにゃろー、思いっきり殴りやがって。俺はサンドバックかってーの」

 俺は昨日の出来事を思い出し、記憶の中にいる剣という男に悪態をつく。

 でも。

 俺は廊下を歩く足を止め、ふと窓に目を配る。太陽の日差しが、燦々と校舎の中を照らしていく。その眩さに、俺は目を細めた。

 でも、この痛みを――、

「――悠陽!?」

 最近よく耳にする声に名前を呼ばれたことで、俺の思考は遮られてしまった。

 声がする方に顔を向けると、そこには俺の姿を見るや驚きのあまり目を見開いている更科がいた。
 俺は一番会いたくない奴に出会ってしまった。

「何、その顔! 一体どうしたの?」

 空いていた距離を早歩きで詰めて来ると、更科は心配そうな声音で俺に話しかけて来る。それでも、何も言葉を返さなかった。更科の顔を直視出来ない俺は、視線を逸らし、黙々と教室に向かって歩き出した。

 GWが明けてからの、突然の変わりよう――、更科はさぞ不思議に思っているだろう。俺も更科と同じ立場で、親しくしていた人物に急によそよそしく突き放されたら、きっとそいつのことを見限ってしまうだろう。
 けれど、更科はお構いなく、俺の後ろを追ってくる。

「……ッ! もしかして、私のせいであいつらに――」
「別に。ただ階段で転んだだけだから、更科さんは気にしないで大丈夫だよ」

 一人熱くなる更科に、俺は冷めた態度で言葉を返した。更科は意表を突かれたように茫然と立ち尽くすが、俺は構わずに先を行く。

 きっと血祭まつりに言えば、秦野高校の連中への復讐はすぐに終わる。けど、それでも俺は昨日の出来事を報告することを良しとしなかった。

 更科のため、ということでもなく、秦野高校の連中の思惑通りに事を進ませたくなかったからだ。

 それに更科に話してしまえば余計に――。

「……」

 廊下の真ん中で立ち尽くす更科の顔を盗み見ると、口をぎゅっと結んで、切な気な表情を浮かべていた。その顔は、この一か月間の中でも俺の知らない顔をしていて――、その表情を彼女にさせてしまったのは他でもない、俺だ。心臓を思い切り掴まれたような衝撃が俺を襲う。進めていた歩を、思わず止めてしまった。

 いたたまれなくなった俺は無意識に口を開き、

「――あの」
「――ッ! ……あっそう。余計な口出しして申し訳ございませんでした!」

 その先の言葉を紡ぐことさえ許されないまま、更科は俺の隣を横切って、教室へと早足で向かってしまった。

 俺は成す術もなく、更科が颯爽と廊下を駆け抜けていくのを黙って見つめていた。

 これでいい。
 俺一人が黙って耐えれば、それで俺が望む平穏な世界が作られていく。

 そうだ。
 そもそも俺と更科は隣の席という関係だけで、たまたま更科の秘密を知ってしまったから仲良くなれてしまっただけなのだ。

 ――だから、元々の関係に戻っただけ。

 俺は小さく息を吐くと、左手で痛む箇所を擦りながら教室に向かって再び歩き始めた。


 教室の扉を開けると、そこには誰もいなかった。どうやら俺が一番乗りになってしまったようだった。
 ただのもぬけの殻となっている教室で、いつものように自分の席に着くと、机に突っ伏して居眠りを始めた。
 一限が始まるまで一時間十分。
 俺がいつも望んでいる閑散としている空気が、今日はやけにひどく寂しくて、始業時間に至るまであまりにも長く思わせた。
 こんなにも誰かに早く来てほしいと願ったのは、高校が始まって以来、初めてのことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...