英雄の弾丸

葉泉 大和

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5-09 願いの果てに

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 エスタ・ノトリアスに研究の賜物を渡すことによって、まさか自分の心身に異変が起ころうとはパルマ・ティーフォは予想もしていなかった。

 悪魔を可視化するためのゴーグルを受け取ったエスタは、その道具を「バロール」と名付けた後、正式に結成された終の夜に集ったメンバーに渡した。「バロール」を身に着けた終の夜は、その機能で悪魔を察知しながら悪魔人と対峙して、奇行に走る悪魔人を止めた。そして、悪魔を倒した際には、人々に向けて悪魔の存在の周知徹底を図ることを忘れなかった。
 ここまでは、エスタがパルマに向けて宣言した通りの行ないだった。

 終の夜の活動は、悪魔人を止めることで人々の暮らしを守り、悪魔の存在を人々に伝え、悪魔人の再発防止を重きに置いていた。この時の終の夜は、戦いの上で悪魔人を殺してしまうことは稀で、悪魔人の身柄を終の夜の拠点において更生を図っていた。
 しかし、それでも三大勢力に匹敵するまでの知名度を上げることを、終の夜には出来なかった。目に見えず非現実的なものだと思われている悪魔について語っているのだから、当然の結果だろう。

 この時点では、パルマも何も心配していなかった。自分の開発したものが、間接的に人々の助けになるのなら、誇らしいことだとも思っていた。
 終の夜の活躍を耳にしながら、パルマは悪魔とは無関係の別の発明に取り掛かっていた。

 問題が起こったのは、今から四年前。「災厄の解放」が起こってからだ。
 世界最大の罪人の収容所であるジェンドが、何者かの手によって襲撃を受け、その騒ぎに乗じて多くの罪人が世界に解き放たれてしまった、ダオレイス史上でも最悪と名を刻む事件「災厄の解放」。「災厄の解放」によって脱走した罪人の脅威に全世界の人々が怯えていたところ、事態の収拾に努めたのが、世界政府とシエル教団にメルクリウスといった世界三大勢力に加え――、終の夜だった。

 世界政府は罪人を再び捕らえることを目的とし、シエル教団は人々の心に安寧をもたらそうと尽力し、メルクリウスは独自の情報網を使って正しい情報を人々に届ける――、それが三大勢力の主な役割だった。

 その中で、当時あまり知られていなかった終の夜は、質よりも量といったように、「バロール」によって認識された悪魔人と化している罪人を、片っ端から容赦なく斬り捨てていった。
 その手っ取り早く簡易的な方法により、人々の間で終の夜は瞬く間に認知されるようになった。

 終の夜の活躍によって、「災厄の解放」の世間に与える影響は鎮まって来た。凶悪な罪人は未だ野に放たれたままではあるが、「災厄の解放」で逃げ出した三分の二近くは、三大勢力と終の夜によって、身柄が確保されるようになった。

 しかし、ここでまた別の問題が発生してしまう。
 世間で「災厄の解放」の騒ぎが鎮まり始めた頃、終の夜の方針は変わり、「災厄の解放」によって逃げた罪人だけでなく、パルマが作った「バロール」で一般人の中に溶け込む微弱な悪魔人も標的と定め、罪人と同じように相手をするようになった。
 疑わしきは罰する――、悪魔人となった人間は救いようもなく、これ以上罪を犯し、悪魔に苦しめられ、人々に手を加える前に処理をするのが、罪深き悪魔人にとって情けだと終の夜は考えるようになった。

 この時に、今の終の夜のやり方が完成した――、否、完成してしまったのだ。

 それから終の夜は、悪魔がいるという理由を免罪符にして人を殺しているのではないかと噂されるようになって来た。しかし、終の夜がいなければ、未だに「災厄の解放」の影響を世界は被っていただろう。むしろ、多くの罪人が世にのさぼって、数え切れないほどの人が苦難を強いられていたはずだ。それ故に、終の夜に関する噂を直接的に本人達に言及することはなかったが、どうしても一度生まれた猜疑心を拭うことは出来ない。

 噂は瞬く間に広がって行き、ついにはパルマの耳にも入って来た。

「あの時の嫌な予感の正体はコレだった訳……、か」

 陽光が遮断された薄暗い部屋で、湯気が漂う真っ黒なコーヒーを見ながら、パルマは呟いた。
 パルマによって開発されたものが、人の命を奪う一つの理由になっていることが、どうにも気に食わなかった。

「……やるせないね」

 コーヒーに映るパルマの顔は、失意の底に沈んでいるように暗くなっていた。

 エスタの指示に従って、パルマは「バロール」を作っただけだ。パルマが発明したものがその後にどうなろうとも、一度パルマの手から離れてしまえば、何も言う資格はない。所有権は、作り手から消費者へと移ろっている。

 だけど、パルマは誰も血を流さなくても良いように開発をしたつもりだ。
 エスタが言うように、この道具が悪魔人も含めてダオレイス中に住む人に光をもたらしてくれると信じていた。悪魔人は加害者でもあり、被害者でもあるからだ。

 しかし、パルマの想いは、今や終の夜に一輪のかけらも感じさせない。パルマが作った道具は、ただ悪魔を見つけ殺すための道具と成り果ててしまっている。

「人を傷付けることって、間接的だとしても、こんなに恐ろしいことなんだね……」

 この頃のパルマは、既に終の夜との関係性を断ち、人々を幸せにするものを作ることに没頭していたのだが、「災厄の解放」以降、研究に熱が入らなかった。人に与える負の影響を考えると、手が震えて動かない。単純に怖いのだ。目を瞑ると、自分の発明品が人の命を奪う場面がハッキリと浮かんでしまい、ろくに眠りにつくことさえ出来ない。

 こんな経験は、パルマにとって初めてだった。いつも明るく、飄々と。自由気のまま、自分の好きなことをするのが、パルマ・ティーフォの信条だった。だからこそ、誰の頭にもなかったものを発明することが出来、天才博士と呼ばれるようになった。

「しかし、それも終わりかな。このまま引退もあり、なのかもね……」

 といっても、パルマは自分に常識がないことは痛いほどに分かっている。きっと、普通の人の道を歩めば、自分は適応出来ずに生きることになるはずだ。
 結局のところ、パルマは研究者として生きるしかないのだ。少しだけ世話になった研究所に赴いて、頭でも下げれば雑用くらいはやらせてもらえるだろうか。

「……ハハッ、我ながら情けない話だよ」

 コーヒーを飲んで働かない頭を無理に働かせようとしても、何も思い付くことはなかった。

 研究に熱が入らなくなってから、元々興味のない身だしなみは、更にボロボロになっている。眠くもないはずなのに生欠伸が、何度も何度も出た。脳が本能的に睡眠を欲しているのか、退屈なだけか。

 今後どうしようか、と思い悩んでいた時、

「……ッ!?」

 パルマの研究所に、来訪者を知らせるノックの音が響いた。その音に、思わずパルマは身を硬くさせた。エスタが来た時も、悪天候で嫌な空気を発していた。どうも今の薄暗い部屋が、エスタが訪れた時の記憶を彷彿とさせてしまう。といっても、パルマ自身の意志で陽の光を取り入れていないから、あの時みたいに外が悪天候なのかはパルマには分からないのだが。

「……やれやれ。こんな僻地までわざわざ足を運ぶなんて、とんだ物好きもいるものだ」

 パルマはもう一度コーヒーを啜った。このコーヒーが飲み終わるまでに、もう一度ノックが響いたら、顔を出そうと心に決めた。何かに選択を委ねなければ、誰かと顔を合わせることが億劫になっていたのだ。

 カップを持つ腕が、自然と高くなった。苦く、熱いものが、喉の奥を勢いよく通っていく。そして、カップを持つ手が軽くなった。あとは口に含んだものを飲み込む前に、ノックが響かなければ、顔を出すことはしない。
 しかし、喉を鳴らして飲み込もうとした瞬間、再びノックの音が響いた。

「……仕方ない。せっかくここまで来たんだ。顔だけ出して、早く追い返そう」

 カップを机に置くと、パルマは面倒くさそうにノロノロと玄関まで歩き始めた。

 パルマは歩きながら、来訪者がどんな人物なのか、働かない頭で予想を立てた。
 終の夜の関係者が、再びパルマに何かを依頼しに来たのだろうか。いや、「バロール」を作ってから一切連絡を寄越さない連中だ。それはないだろう。
 天才博士であるパルマの腕を知って、依頼をしに来たのだろうか。残念、もうそんな意欲はパルマにはない。

 もしデムテンの町に住む集金や勧誘目当ての輩だったら、すぐ追い払ってやろう――。

 そう思いながら、パルマは扉を開けた。

「――っ」

 研究所で光を遮断しながら生活をして久しかったから、パルマは反射的に目を閉ざした。瞼に焼き付くような熱さを感じる。

 パルマの目の前に立つ人物は、何も声を掛けて来なかった。恐らく、パルマが目を開けるまで配慮して待ってくれているのだろう。

 ようやく日差しに目が慣れて来ると、扉の先に立っていた人物が、陽光に負けないくらいに穏やかな笑みを浮かている姿が目に映った。

 エスタの来訪の時と似たような空気を感じていたから、勝手に外は悪天候だと思っていたが、扉を開けてみれば外は晴れ晴れしていたのだなと、客観的に思えた。そして、目の前の青年からは、エスタのような嫌な感覚は伝わって来ない。まだ言葉も交わしていないが、人に好印象を与えて来る。

 けれど、その表情の裏に、深い何かを抱えていることが、パルマには直感的に分かってしまった。浮かべる笑みとは裏腹に、その男から醸し出される雰囲気は面倒ごとに巻き込んでいいのかという迷いに近いものだったからだ。

 目を奪われるように見つめていたパルマのことを咎めることもなく、青年は――否、

「突然訪れて申し訳ございません」

 クルム・アーレントは丁寧に頭を下げながら、パルマの元を訪れた要点を伝えた。何者か、という冷たい問いにも、クルムは包み隠さず正確に応じた。

 正直な話、エスタのことも、終の夜のことも、悪魔のことも、もう二度と耳に入れたくなかった。けれど、クルムの優しい声音で紡がれると、自然と聞いてもいいかもという気になるから不思議だった。

 しかし、理由は何となく分かっていた。

 悪魔人は殺しても仕方ないという方針の終の夜とは真逆の主張、悪魔人を助けたいというクルムの想いが、「バロール」を開発した時のパルマと同じ想いだったからだ。

 パルマはふっと微笑むと、

「立ち話もなんだろう。茶くらい入れるから、ゆっくりと中で話そうじゃないか」

 久方振りの客であるクルムを、研究所の中へと招き入れた。

 ――クルム・アーレントとの出会いは、研究に甲斐を失いかけたパルマ・ティーフォにとって、自身の価値観を百八十度変える転機となった。
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