132 / 154
5-09 願いの果てに
しおりを挟む
***
エスタ・ノトリアスに研究の賜物を渡すことによって、まさか自分の心身に異変が起ころうとはパルマ・ティーフォは予想もしていなかった。
悪魔を可視化するためのゴーグルを受け取ったエスタは、その道具を「バロール」と名付けた後、正式に結成された終の夜に集ったメンバーに渡した。「バロール」を身に着けた終の夜は、その機能で悪魔を察知しながら悪魔人と対峙して、奇行に走る悪魔人を止めた。そして、悪魔を倒した際には、人々に向けて悪魔の存在の周知徹底を図ることを忘れなかった。
ここまでは、エスタがパルマに向けて宣言した通りの行ないだった。
終の夜の活動は、悪魔人を止めることで人々の暮らしを守り、悪魔の存在を人々に伝え、悪魔人の再発防止を重きに置いていた。この時の終の夜は、戦いの上で悪魔人を殺してしまうことは稀で、悪魔人の身柄を終の夜の拠点において更生を図っていた。
しかし、それでも三大勢力に匹敵するまでの知名度を上げることを、終の夜には出来なかった。目に見えず非現実的なものだと思われている悪魔について語っているのだから、当然の結果だろう。
この時点では、パルマも何も心配していなかった。自分の開発したものが、間接的に人々の助けになるのなら、誇らしいことだとも思っていた。
終の夜の活躍を耳にしながら、パルマは悪魔とは無関係の別の発明に取り掛かっていた。
問題が起こったのは、今から四年前。「災厄の解放」が起こってからだ。
世界最大の罪人の収容所であるジェンドが、何者かの手によって襲撃を受け、その騒ぎに乗じて多くの罪人が世界に解き放たれてしまった、ダオレイス史上でも最悪と名を刻む事件「災厄の解放」。「災厄の解放」によって脱走した罪人の脅威に全世界の人々が怯えていたところ、事態の収拾に努めたのが、世界政府とシエル教団にメルクリウスといった世界三大勢力に加え――、終の夜だった。
世界政府は罪人を再び捕らえることを目的とし、シエル教団は人々の心に安寧をもたらそうと尽力し、メルクリウスは独自の情報網を使って正しい情報を人々に届ける――、それが三大勢力の主な役割だった。
その中で、当時あまり知られていなかった終の夜は、質よりも量といったように、「バロール」によって認識された悪魔人と化している罪人を、片っ端から容赦なく斬り捨てていった。
その手っ取り早く簡易的な方法により、人々の間で終の夜は瞬く間に認知されるようになった。
終の夜の活躍によって、「災厄の解放」の世間に与える影響は鎮まって来た。凶悪な罪人は未だ野に放たれたままではあるが、「災厄の解放」で逃げ出した三分の二近くは、三大勢力と終の夜によって、身柄が確保されるようになった。
しかし、ここでまた別の問題が発生してしまう。
世間で「災厄の解放」の騒ぎが鎮まり始めた頃、終の夜の方針は変わり、「災厄の解放」によって逃げた罪人だけでなく、パルマが作った「バロール」で一般人の中に溶け込む微弱な悪魔人も標的と定め、罪人と同じように相手をするようになった。
疑わしきは罰する――、悪魔人となった人間は救いようもなく、これ以上罪を犯し、悪魔に苦しめられ、人々に手を加える前に処理をするのが、罪深き悪魔人にとって情けだと終の夜は考えるようになった。
この時に、今の終の夜のやり方が完成した――、否、完成してしまったのだ。
それから終の夜は、悪魔がいるという理由を免罪符にして人を殺しているのではないかと噂されるようになって来た。しかし、終の夜がいなければ、未だに「災厄の解放」の影響を世界は被っていただろう。むしろ、多くの罪人が世にのさぼって、数え切れないほどの人が苦難を強いられていたはずだ。それ故に、終の夜に関する噂を直接的に本人達に言及することはなかったが、どうしても一度生まれた猜疑心を拭うことは出来ない。
噂は瞬く間に広がって行き、ついにはパルマの耳にも入って来た。
「あの時の嫌な予感の正体はコレだった訳……、か」
陽光が遮断された薄暗い部屋で、湯気が漂う真っ黒なコーヒーを見ながら、パルマは呟いた。
パルマによって開発されたものが、人の命を奪う一つの理由になっていることが、どうにも気に食わなかった。
「……やるせないね」
コーヒーに映るパルマの顔は、失意の底に沈んでいるように暗くなっていた。
エスタの指示に従って、パルマは「バロール」を作っただけだ。パルマが発明したものがその後にどうなろうとも、一度パルマの手から離れてしまえば、何も言う資格はない。所有権は、作り手から消費者へと移ろっている。
だけど、パルマは誰も血を流さなくても良いように開発をしたつもりだ。
エスタが言うように、この道具が悪魔人も含めてダオレイス中に住む人に光をもたらしてくれると信じていた。悪魔人は加害者でもあり、被害者でもあるからだ。
しかし、パルマの想いは、今や終の夜に一輪のかけらも感じさせない。パルマが作った道具は、ただ悪魔を見つけ殺すための道具と成り果ててしまっている。
「人を傷付けることって、間接的だとしても、こんなに恐ろしいことなんだね……」
この頃のパルマは、既に終の夜との関係性を断ち、人々を幸せにするものを作ることに没頭していたのだが、「災厄の解放」以降、研究に熱が入らなかった。人に与える負の影響を考えると、手が震えて動かない。単純に怖いのだ。目を瞑ると、自分の発明品が人の命を奪う場面がハッキリと浮かんでしまい、ろくに眠りにつくことさえ出来ない。
こんな経験は、パルマにとって初めてだった。いつも明るく、飄々と。自由気のまま、自分の好きなことをするのが、パルマ・ティーフォの信条だった。だからこそ、誰の頭にもなかったものを発明することが出来、天才博士と呼ばれるようになった。
「しかし、それも終わりかな。このまま引退もあり、なのかもね……」
といっても、パルマは自分に常識がないことは痛いほどに分かっている。きっと、普通の人の道を歩めば、自分は適応出来ずに生きることになるはずだ。
結局のところ、パルマは研究者として生きるしかないのだ。少しだけ世話になった研究所に赴いて、頭でも下げれば雑用くらいはやらせてもらえるだろうか。
「……ハハッ、我ながら情けない話だよ」
コーヒーを飲んで働かない頭を無理に働かせようとしても、何も思い付くことはなかった。
研究に熱が入らなくなってから、元々興味のない身だしなみは、更にボロボロになっている。眠くもないはずなのに生欠伸が、何度も何度も出た。脳が本能的に睡眠を欲しているのか、退屈なだけか。
今後どうしようか、と思い悩んでいた時、
「……ッ!?」
パルマの研究所に、来訪者を知らせるノックの音が響いた。その音に、思わずパルマは身を硬くさせた。エスタが来た時も、悪天候で嫌な空気を発していた。どうも今の薄暗い部屋が、エスタが訪れた時の記憶を彷彿とさせてしまう。といっても、パルマ自身の意志で陽の光を取り入れていないから、あの時みたいに外が悪天候なのかはパルマには分からないのだが。
「……やれやれ。こんな僻地までわざわざ足を運ぶなんて、とんだ物好きもいるものだ」
パルマはもう一度コーヒーを啜った。このコーヒーが飲み終わるまでに、もう一度ノックが響いたら、顔を出そうと心に決めた。何かに選択を委ねなければ、誰かと顔を合わせることが億劫になっていたのだ。
カップを持つ腕が、自然と高くなった。苦く、熱いものが、喉の奥を勢いよく通っていく。そして、カップを持つ手が軽くなった。あとは口に含んだものを飲み込む前に、ノックが響かなければ、顔を出すことはしない。
しかし、喉を鳴らして飲み込もうとした瞬間、再びノックの音が響いた。
「……仕方ない。せっかくここまで来たんだ。顔だけ出して、早く追い返そう」
カップを机に置くと、パルマは面倒くさそうにノロノロと玄関まで歩き始めた。
パルマは歩きながら、来訪者がどんな人物なのか、働かない頭で予想を立てた。
終の夜の関係者が、再びパルマに何かを依頼しに来たのだろうか。いや、「バロール」を作ってから一切連絡を寄越さない連中だ。それはないだろう。
天才博士であるパルマの腕を知って、依頼をしに来たのだろうか。残念、もうそんな意欲はパルマにはない。
もしデムテンの町に住む集金や勧誘目当ての輩だったら、すぐ追い払ってやろう――。
そう思いながら、パルマは扉を開けた。
「――っ」
研究所で光を遮断しながら生活をして久しかったから、パルマは反射的に目を閉ざした。瞼に焼き付くような熱さを感じる。
パルマの目の前に立つ人物は、何も声を掛けて来なかった。恐らく、パルマが目を開けるまで配慮して待ってくれているのだろう。
ようやく日差しに目が慣れて来ると、扉の先に立っていた人物が、陽光に負けないくらいに穏やかな笑みを浮かている姿が目に映った。
エスタの来訪の時と似たような空気を感じていたから、勝手に外は悪天候だと思っていたが、扉を開けてみれば外は晴れ晴れしていたのだなと、客観的に思えた。そして、目の前の青年からは、エスタのような嫌な感覚は伝わって来ない。まだ言葉も交わしていないが、人に好印象を与えて来る。
けれど、その表情の裏に、深い何かを抱えていることが、パルマには直感的に分かってしまった。浮かべる笑みとは裏腹に、その男から醸し出される雰囲気は面倒ごとに巻き込んでいいのかという迷いに近いものだったからだ。
目を奪われるように見つめていたパルマのことを咎めることもなく、青年は――否、
「突然訪れて申し訳ございません」
クルム・アーレントは丁寧に頭を下げながら、パルマの元を訪れた要点を伝えた。何者か、という冷たい問いにも、クルムは包み隠さず正確に応じた。
正直な話、エスタのことも、終の夜のことも、悪魔のことも、もう二度と耳に入れたくなかった。けれど、クルムの優しい声音で紡がれると、自然と聞いてもいいかもという気になるから不思議だった。
しかし、理由は何となく分かっていた。
悪魔人は殺しても仕方ないという方針の終の夜とは真逆の主張、悪魔人を助けたいというクルムの想いが、「バロール」を開発した時のパルマと同じ想いだったからだ。
パルマはふっと微笑むと、
「立ち話もなんだろう。茶くらい入れるから、ゆっくりと中で話そうじゃないか」
久方振りの客であるクルムを、研究所の中へと招き入れた。
――クルム・アーレントとの出会いは、研究に甲斐を失いかけたパルマ・ティーフォにとって、自身の価値観を百八十度変える転機となった。
エスタ・ノトリアスに研究の賜物を渡すことによって、まさか自分の心身に異変が起ころうとはパルマ・ティーフォは予想もしていなかった。
悪魔を可視化するためのゴーグルを受け取ったエスタは、その道具を「バロール」と名付けた後、正式に結成された終の夜に集ったメンバーに渡した。「バロール」を身に着けた終の夜は、その機能で悪魔を察知しながら悪魔人と対峙して、奇行に走る悪魔人を止めた。そして、悪魔を倒した際には、人々に向けて悪魔の存在の周知徹底を図ることを忘れなかった。
ここまでは、エスタがパルマに向けて宣言した通りの行ないだった。
終の夜の活動は、悪魔人を止めることで人々の暮らしを守り、悪魔の存在を人々に伝え、悪魔人の再発防止を重きに置いていた。この時の終の夜は、戦いの上で悪魔人を殺してしまうことは稀で、悪魔人の身柄を終の夜の拠点において更生を図っていた。
しかし、それでも三大勢力に匹敵するまでの知名度を上げることを、終の夜には出来なかった。目に見えず非現実的なものだと思われている悪魔について語っているのだから、当然の結果だろう。
この時点では、パルマも何も心配していなかった。自分の開発したものが、間接的に人々の助けになるのなら、誇らしいことだとも思っていた。
終の夜の活躍を耳にしながら、パルマは悪魔とは無関係の別の発明に取り掛かっていた。
問題が起こったのは、今から四年前。「災厄の解放」が起こってからだ。
世界最大の罪人の収容所であるジェンドが、何者かの手によって襲撃を受け、その騒ぎに乗じて多くの罪人が世界に解き放たれてしまった、ダオレイス史上でも最悪と名を刻む事件「災厄の解放」。「災厄の解放」によって脱走した罪人の脅威に全世界の人々が怯えていたところ、事態の収拾に努めたのが、世界政府とシエル教団にメルクリウスといった世界三大勢力に加え――、終の夜だった。
世界政府は罪人を再び捕らえることを目的とし、シエル教団は人々の心に安寧をもたらそうと尽力し、メルクリウスは独自の情報網を使って正しい情報を人々に届ける――、それが三大勢力の主な役割だった。
その中で、当時あまり知られていなかった終の夜は、質よりも量といったように、「バロール」によって認識された悪魔人と化している罪人を、片っ端から容赦なく斬り捨てていった。
その手っ取り早く簡易的な方法により、人々の間で終の夜は瞬く間に認知されるようになった。
終の夜の活躍によって、「災厄の解放」の世間に与える影響は鎮まって来た。凶悪な罪人は未だ野に放たれたままではあるが、「災厄の解放」で逃げ出した三分の二近くは、三大勢力と終の夜によって、身柄が確保されるようになった。
しかし、ここでまた別の問題が発生してしまう。
世間で「災厄の解放」の騒ぎが鎮まり始めた頃、終の夜の方針は変わり、「災厄の解放」によって逃げた罪人だけでなく、パルマが作った「バロール」で一般人の中に溶け込む微弱な悪魔人も標的と定め、罪人と同じように相手をするようになった。
疑わしきは罰する――、悪魔人となった人間は救いようもなく、これ以上罪を犯し、悪魔に苦しめられ、人々に手を加える前に処理をするのが、罪深き悪魔人にとって情けだと終の夜は考えるようになった。
この時に、今の終の夜のやり方が完成した――、否、完成してしまったのだ。
それから終の夜は、悪魔がいるという理由を免罪符にして人を殺しているのではないかと噂されるようになって来た。しかし、終の夜がいなければ、未だに「災厄の解放」の影響を世界は被っていただろう。むしろ、多くの罪人が世にのさぼって、数え切れないほどの人が苦難を強いられていたはずだ。それ故に、終の夜に関する噂を直接的に本人達に言及することはなかったが、どうしても一度生まれた猜疑心を拭うことは出来ない。
噂は瞬く間に広がって行き、ついにはパルマの耳にも入って来た。
「あの時の嫌な予感の正体はコレだった訳……、か」
陽光が遮断された薄暗い部屋で、湯気が漂う真っ黒なコーヒーを見ながら、パルマは呟いた。
パルマによって開発されたものが、人の命を奪う一つの理由になっていることが、どうにも気に食わなかった。
「……やるせないね」
コーヒーに映るパルマの顔は、失意の底に沈んでいるように暗くなっていた。
エスタの指示に従って、パルマは「バロール」を作っただけだ。パルマが発明したものがその後にどうなろうとも、一度パルマの手から離れてしまえば、何も言う資格はない。所有権は、作り手から消費者へと移ろっている。
だけど、パルマは誰も血を流さなくても良いように開発をしたつもりだ。
エスタが言うように、この道具が悪魔人も含めてダオレイス中に住む人に光をもたらしてくれると信じていた。悪魔人は加害者でもあり、被害者でもあるからだ。
しかし、パルマの想いは、今や終の夜に一輪のかけらも感じさせない。パルマが作った道具は、ただ悪魔を見つけ殺すための道具と成り果ててしまっている。
「人を傷付けることって、間接的だとしても、こんなに恐ろしいことなんだね……」
この頃のパルマは、既に終の夜との関係性を断ち、人々を幸せにするものを作ることに没頭していたのだが、「災厄の解放」以降、研究に熱が入らなかった。人に与える負の影響を考えると、手が震えて動かない。単純に怖いのだ。目を瞑ると、自分の発明品が人の命を奪う場面がハッキリと浮かんでしまい、ろくに眠りにつくことさえ出来ない。
こんな経験は、パルマにとって初めてだった。いつも明るく、飄々と。自由気のまま、自分の好きなことをするのが、パルマ・ティーフォの信条だった。だからこそ、誰の頭にもなかったものを発明することが出来、天才博士と呼ばれるようになった。
「しかし、それも終わりかな。このまま引退もあり、なのかもね……」
といっても、パルマは自分に常識がないことは痛いほどに分かっている。きっと、普通の人の道を歩めば、自分は適応出来ずに生きることになるはずだ。
結局のところ、パルマは研究者として生きるしかないのだ。少しだけ世話になった研究所に赴いて、頭でも下げれば雑用くらいはやらせてもらえるだろうか。
「……ハハッ、我ながら情けない話だよ」
コーヒーを飲んで働かない頭を無理に働かせようとしても、何も思い付くことはなかった。
研究に熱が入らなくなってから、元々興味のない身だしなみは、更にボロボロになっている。眠くもないはずなのに生欠伸が、何度も何度も出た。脳が本能的に睡眠を欲しているのか、退屈なだけか。
今後どうしようか、と思い悩んでいた時、
「……ッ!?」
パルマの研究所に、来訪者を知らせるノックの音が響いた。その音に、思わずパルマは身を硬くさせた。エスタが来た時も、悪天候で嫌な空気を発していた。どうも今の薄暗い部屋が、エスタが訪れた時の記憶を彷彿とさせてしまう。といっても、パルマ自身の意志で陽の光を取り入れていないから、あの時みたいに外が悪天候なのかはパルマには分からないのだが。
「……やれやれ。こんな僻地までわざわざ足を運ぶなんて、とんだ物好きもいるものだ」
パルマはもう一度コーヒーを啜った。このコーヒーが飲み終わるまでに、もう一度ノックが響いたら、顔を出そうと心に決めた。何かに選択を委ねなければ、誰かと顔を合わせることが億劫になっていたのだ。
カップを持つ腕が、自然と高くなった。苦く、熱いものが、喉の奥を勢いよく通っていく。そして、カップを持つ手が軽くなった。あとは口に含んだものを飲み込む前に、ノックが響かなければ、顔を出すことはしない。
しかし、喉を鳴らして飲み込もうとした瞬間、再びノックの音が響いた。
「……仕方ない。せっかくここまで来たんだ。顔だけ出して、早く追い返そう」
カップを机に置くと、パルマは面倒くさそうにノロノロと玄関まで歩き始めた。
パルマは歩きながら、来訪者がどんな人物なのか、働かない頭で予想を立てた。
終の夜の関係者が、再びパルマに何かを依頼しに来たのだろうか。いや、「バロール」を作ってから一切連絡を寄越さない連中だ。それはないだろう。
天才博士であるパルマの腕を知って、依頼をしに来たのだろうか。残念、もうそんな意欲はパルマにはない。
もしデムテンの町に住む集金や勧誘目当ての輩だったら、すぐ追い払ってやろう――。
そう思いながら、パルマは扉を開けた。
「――っ」
研究所で光を遮断しながら生活をして久しかったから、パルマは反射的に目を閉ざした。瞼に焼き付くような熱さを感じる。
パルマの目の前に立つ人物は、何も声を掛けて来なかった。恐らく、パルマが目を開けるまで配慮して待ってくれているのだろう。
ようやく日差しに目が慣れて来ると、扉の先に立っていた人物が、陽光に負けないくらいに穏やかな笑みを浮かている姿が目に映った。
エスタの来訪の時と似たような空気を感じていたから、勝手に外は悪天候だと思っていたが、扉を開けてみれば外は晴れ晴れしていたのだなと、客観的に思えた。そして、目の前の青年からは、エスタのような嫌な感覚は伝わって来ない。まだ言葉も交わしていないが、人に好印象を与えて来る。
けれど、その表情の裏に、深い何かを抱えていることが、パルマには直感的に分かってしまった。浮かべる笑みとは裏腹に、その男から醸し出される雰囲気は面倒ごとに巻き込んでいいのかという迷いに近いものだったからだ。
目を奪われるように見つめていたパルマのことを咎めることもなく、青年は――否、
「突然訪れて申し訳ございません」
クルム・アーレントは丁寧に頭を下げながら、パルマの元を訪れた要点を伝えた。何者か、という冷たい問いにも、クルムは包み隠さず正確に応じた。
正直な話、エスタのことも、終の夜のことも、悪魔のことも、もう二度と耳に入れたくなかった。けれど、クルムの優しい声音で紡がれると、自然と聞いてもいいかもという気になるから不思議だった。
しかし、理由は何となく分かっていた。
悪魔人は殺しても仕方ないという方針の終の夜とは真逆の主張、悪魔人を助けたいというクルムの想いが、「バロール」を開発した時のパルマと同じ想いだったからだ。
パルマはふっと微笑むと、
「立ち話もなんだろう。茶くらい入れるから、ゆっくりと中で話そうじゃないか」
久方振りの客であるクルムを、研究所の中へと招き入れた。
――クルム・アーレントとの出会いは、研究に甲斐を失いかけたパルマ・ティーフォにとって、自身の価値観を百八十度変える転機となった。
0
あなたにおすすめの小説
『紅茶の香りが消えた午後に』
柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。
けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。
誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~
ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。
騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。
母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。
そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。
望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。
※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。
※表紙画像はAIで作成したものです
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
【完結】能力が無くても聖女ですか?
天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。
十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に…
無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。
周囲は国王の命令だと我慢する日々。
だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に…
行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる…
「おぉー聖女様ぁ」
眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた…
タイトル変更しました
召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です
四人の令嬢と公爵と
オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」
ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。
人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが……
「おはよう。よく眠れたかな」
「お前すごく可愛いな!!」
「花がよく似合うね」
「どうか今日も共に過ごしてほしい」
彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。
一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。
※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる