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5-23 受け入れられないこと
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***
先ほどの喧騒が嘘のように、今はあたり一帯が静かだった。唯一聞こえる音は、リッカの息遣いだけだ。
リッカは空を見上げながら、必死に息を吐いては吸い、呼吸を整えていく。
心臓の音がやけにうるさかった。その音の原因は、リッカ自身が分かっていた。
ある程度呼吸を整えることが出来たリッカは、視線を空から地へと下ろす。
目の前には、自身が放った魔技によって仰向けに倒れるベルディ・パイロンがいた。
「――よしっ」
リッカは小さく握り拳を作った。
パルマから悪魔人と戦う術である鞭を譲り受けて、実際に止めることが出来た――。その事実が、リッカに達成感を与え、興奮を冷ましてくれない。
風が吹いた。全身に浴びる風が、やけに心地よい。自然のままに体を委ねて、一息吐きたい思いに、リッカは駆られた。
しかし、勝利の余韻に浸るリッカの耳に、
「――っ!」
この場に不釣り合いな渇いた拍手の音が響き渡った。
そうだ。相対していたベルディを倒したことで満足してしまったが、これで終わりではない。もう一人、厄介な相手が残されている。むしろ、これからが本番と言っても過言ではないだろう。
リッカは拍手の鳴る方角へ体ごと向けた。
「やはり私が相手をしていたら、きっとあなたに勝つことは出来なかったでしょう」
そこには、予想の範疇だと言わんばかりに、余裕に満ちたノスチェス・ラーバスがいた。仮にも仲間がやられたというのに、感情を露わにすることなく、悠然とした態度でリッカの方へ歩み寄る。
当然、リッカは鞭を握り、ノスチェスを警戒する。
「まさか悪魔の力に目覚めたベルディを倒してしまうとは……。リッカ・ヴェントの実力が高いのか、パルマ・ティーフォの武器の性能か、もしくはその両方か……」
しかし、臨戦態勢を取るリッカが目に入っていないのか、ノスチェスは歩みを止めることなく距離を詰めて来る。
戦う術がないと口にしていたのに、どうしてノスチェスは態度を覆すことをしないのか。リッカはノスチェスの行動を理解することが出来なかった。
だが、理解出来ないからと言って、ノスチェスが静かに近寄って来ることを待っているわけにはいかない。
「……っ、そんな余裕な態度を取っている場合かしら? 今のあなたの状況を分かっているの、ノスチェス・ラーバス!」
鞭を地面に叩きつけ、ノスチェスに対抗する意志があることを見せつけた。リッカとしては、ノスチェスの出方を窺うことなく、戦いに入っても構わない。
リッカが敵意を丸出しにしても、ノスチェスの行動は変わらなかった。何を考えているか分からない不敵な笑みを浮かべ、一歩一歩と詰め寄って来る。
リッカの方が優位に立っているはずなのに、ノスチェスが放つ雰囲気に押されて、本能的に後ずさりしてしまった。
「私の置かれている状況は、まぁ不利ですよね。しかし――」
リッカの視界に映っていたノスチェスが消えると同時、言葉も途中でぷつりと聞こえなくなってしまった。
「これで振り出しに戻りました」
数秒の後、背後からノスチェスの声と共に、気配が感じられた。
ノスチェスの言葉の意味を理解出来ないまま、リッカは反射的に振り返った。
そこで目にしたのは――、
「なっ」
ノスチェスがベルディにそっと手を触れている瞬間だった。手を触れるだけだったら、何も驚くことはなかっただろう。
しかし問題は、ノスチェスがベルディに触れた瞬間、ピクリとも動かなかったベルディがゆっくりと立ち上がったことだった。
「ハァァア――」
ベルディはまるで眠りから目覚めた後みたいに、何事もなく体を伸ばして、息を吐いている。
爆発を直で受けたはずなのに、どうして平然としていられるのだろうか。
どういう原理かは分からないが、尋常ではないことが起こっているのは確かだ。
「見苦しいところを見せちまったなァ、ノスチェス……。だが、おかげで気分が良いぜェ」
「なら良かったです。ですが、次はありませんよ」
「ハッ、こんなに力が溢れていれば、次なんてもうねェよ!」
現状を把握出来ないリッカをおいて、ノスチェスとベルディは二人で話を進めていく。
「これが証拠だァ! 魔技・シューティングバーハ!」
ベルディが腕を振り下ろすと同時、リッカの顔の横を、何かが勢いよく通り過ぎた。リッカの髪が、風圧によってなびく。
リッカが横切ったものの正体に気が付いたのは、背後で爆音が鳴った時だった。
瀕死の状態から起き上がったベルディが放った魔技は、リッカと対峙した時よりも何倍にも膨れ上がっていた。
ベルディはリッカに目もくれず、燃え盛る木を見つめていた。その瞳は喜悦に満ち溢れていて、破壊することに恍惚を感じているようだった。
リッカは息を呑むと、震えそうになる手でベルディに対してエインセルをかざした。ベルディが悪魔の影響を示す数値は、最初に見た時よりも明らかに高くなっていた。
――悪魔人の力を持つ者に更なる力を与える――、それが私の仕事ですから。
ノスチェスが初めに言っていた言葉を、思い出す。
これがノスチェス・ラーバスの真の能力なのだろうか。だとしたら、ノスチェスを野放しにするのは、あまりにも危険だ。
ベルディよりも先に、ノスチェスを押さえなければ、間違いなく今後ダオレイスに悪影響を与えてしまう――、そう結論付けてリッカは動き出そうとするも、
「さァて、まずはあの舐め切った女を今度こそ確実に破壊してやる!」
リッカの思惑とは別に、ベルディが怒りの感情を惜しみなくぶつけて来た。一度リッカに敗れたという事実が、ベルディにとっては許せないのだ。
「更に、その次はあの建物を壊し、町もぶっ壊す!」
独壇場に立っているかの如く、何者も気に留めることなく、自分の思いのまま言葉を列挙していく。ベルディの頭の中では、今しがた言葉にしたことが現実になっているのか、人とは思えない禍々しい笑みを浮かべていた。
「そして、俺様は壊して壊して壊して、最高の快楽を――」
「さっきから話を聞いてれば、キミは可哀想な子だねぇ」
愉悦に浸るベルディを否定する声が、静かな森の中で響いた。
「はァ?」
ベルディは感情の伴っていない瞳で、講演を邪魔した声へと顔を向けた。
視線の先には、こめかみに指を当てて、首を小さく横に振るパルマがいた。
「話の腰を折るようで悪いけどさ、破壊が楽しい? そんな一瞬で終わる自己満足の快楽に何の意味があるのか、ボクには分からないね。いいかい、この世で最も楽しいのは――」
言葉を区切ると、数歩前に進んだパルマは、注目を集めるように大きく腕を広げ、
「――創造することさ! 自らの手で新しいものを生み出す。そして、生み出したものが世界の役に立つ。それほど面白いことはないよ!」
淀みなく語るパルマの顔は、置かれている状況を忘れてしまうほど、キラキラとしていた。こんな切羽詰まった状況にも関わらず、どうやら天才博士としての性が出てしまったようだ。
遠く離れたパルマに届くように、リッカは口元へと手を当てると、
「パ、パルマさん! 今はそんな話をしている時では……っ」
「なんでだい、リッカちゃん。自分の好きと真反対の意見を言われたら、反論したくなるのは当然だろう?」
「い、いや、分からなくもないですが……」
しかし、それにも時と場合というものがあるだろう。
相手は、力の限界を超えて更に強化された悪魔人なのだ。変に触発して、ベルディが常識外れな行動に出る可能性は十分にあり得る。
「……よくも俺様の美学を侮辱したな?」
実際、その通りだった。
「赦さねェ!」
ベルディは顔を真っ赤にし、肩で息をしていた。パルマに反論されたことで怒っていることは、目に見えて明らかだった。
「やれやれ。一意見を主張しただけなのに、そこまで怒りの感情を露わにしてしまうなんて……、キミの思考回路を見てみたいものだ」
「うるせェ! そのへらず口、叩けなくしてやらァ!」
ベルディが叫ぶと、パルマの周囲で爆発と共に火柱が立ち上がった。パルマの周辺に転がっていた木片を、魔技・エイムバーハで爆破させたのだ。シューティングバーハ同様に、こちらの魔技の威力も明らかに上がっていた。
「パルマッ!」
パルマが足を進めたことで、幸いにもシンクは爆発の影響を受けることがなかった。シンクは爆煙に囲まれたパルマを助けようと一歩踏み出すも、火柱に邪魔をされてしまう。
火と煙で出来た牢獄の中に、パルマは一人閉じ込められてしまった。
「ハハハッ! これで一歩も動けまい! 俺様にお前の大事なものが壊されるのを、特等席で指を咥えて眺めるといい!」
「ふーん。あくまで破壊に拘ると言うんだね、キミは」
爆煙に包まれて、下手したら命を奪われるかもしれない状況でも、パルマの毅然とした態度は変わらない。
「でもさ。残念ながら、キミの望みは叶わないと思うよ」
「何?」
パルマの言葉に、ベルディは笑いを止めた。その頬は怒りによって、ひくひくと引き攣っている。
「むしろ、キミはこれからボクの実験台になってもらうからさ」
パルマの挑発は止まらない。あろうことか、パルマはベルディを利用するとさえ言葉にする始末だ。
このパルマの言動には、さすがにベルディも怒りを通り越して、呆れることしか出来なかった。
「お前……、自分が置かれている状況が分かっていないのか? お前は今動きを封じられている状態なんだぞ? 俺様が今ここで魔技を使えば、お前なんてあっという間に――」
「あぁ、勘違いさせる言い方をしてしまったようだね。ゴメンゴメン、謝ろう。ボクの実験台になってもらうとは言ったが、実際に実験を行なうのはボクじゃない」
言葉の途中にも関わらず、パルマは口を挟んで言う。パルマはこの先の展開を頭の中に描いているのか、喜々としたように笑みを浮かべていた。
しかし、ベルディは自身が作った牢獄によって、パルマの表情を読み解くことが出来ない。そのことが、ベルディに本能的な恐怖を与える。
ベルディの感情の機微に起因してか、時間的なものか、魔技・エイムバーハによって作られた火と煙が、少しずつ弱まっていく。
「じゃあ、誰が……」
「急かさずとも、その答えはすぐに分かるよ。まぁ、完成してからお披露目するというボクの楽しみは、キミのせいで半減されてしまう訳だけどね。――でも、過程を確かめる点では良しとしようか」
「さっきから何を言ってやがる……ッ!」
ベルディが言うと同時、パルマは自分の胸元から小包を取り出し、空に向かって放り投げた。火と煙の牢獄を越えて、宙を舞う。
「な、何だ? 爆弾か?」
一瞬反応が遅れたベルディだったが、すぐに木片を手にし、魔技・シューティングバーハを小包に対して放とうとした。
「あはは、ボクはマッドサイエンティストじゃないんだ。そんな狂ったもの、いつも懐には入れていないよ。……でも、キミを痛めつけるという意味では、同じになるのかな」
「なッ……!?」
しかし、ベルディが魔技を放つよりも速く、第三者が颯爽と現れ、その小包を掴み取った。
その人物が何者なのか、まるで確信しているようにパルマは微笑みを浮かべると、
「――ねぇ、クルムくん」
第三者の名前――クルム・アーレントの名前を口にした。
「無事ですか、パルマ博士、リッカ、シンク!」
「クルム!」
窮地の最中に颯爽と現れたクルムの名前を、リッカとシンクは呼んだ。
先ほどの喧騒が嘘のように、今はあたり一帯が静かだった。唯一聞こえる音は、リッカの息遣いだけだ。
リッカは空を見上げながら、必死に息を吐いては吸い、呼吸を整えていく。
心臓の音がやけにうるさかった。その音の原因は、リッカ自身が分かっていた。
ある程度呼吸を整えることが出来たリッカは、視線を空から地へと下ろす。
目の前には、自身が放った魔技によって仰向けに倒れるベルディ・パイロンがいた。
「――よしっ」
リッカは小さく握り拳を作った。
パルマから悪魔人と戦う術である鞭を譲り受けて、実際に止めることが出来た――。その事実が、リッカに達成感を与え、興奮を冷ましてくれない。
風が吹いた。全身に浴びる風が、やけに心地よい。自然のままに体を委ねて、一息吐きたい思いに、リッカは駆られた。
しかし、勝利の余韻に浸るリッカの耳に、
「――っ!」
この場に不釣り合いな渇いた拍手の音が響き渡った。
そうだ。相対していたベルディを倒したことで満足してしまったが、これで終わりではない。もう一人、厄介な相手が残されている。むしろ、これからが本番と言っても過言ではないだろう。
リッカは拍手の鳴る方角へ体ごと向けた。
「やはり私が相手をしていたら、きっとあなたに勝つことは出来なかったでしょう」
そこには、予想の範疇だと言わんばかりに、余裕に満ちたノスチェス・ラーバスがいた。仮にも仲間がやられたというのに、感情を露わにすることなく、悠然とした態度でリッカの方へ歩み寄る。
当然、リッカは鞭を握り、ノスチェスを警戒する。
「まさか悪魔の力に目覚めたベルディを倒してしまうとは……。リッカ・ヴェントの実力が高いのか、パルマ・ティーフォの武器の性能か、もしくはその両方か……」
しかし、臨戦態勢を取るリッカが目に入っていないのか、ノスチェスは歩みを止めることなく距離を詰めて来る。
戦う術がないと口にしていたのに、どうしてノスチェスは態度を覆すことをしないのか。リッカはノスチェスの行動を理解することが出来なかった。
だが、理解出来ないからと言って、ノスチェスが静かに近寄って来ることを待っているわけにはいかない。
「……っ、そんな余裕な態度を取っている場合かしら? 今のあなたの状況を分かっているの、ノスチェス・ラーバス!」
鞭を地面に叩きつけ、ノスチェスに対抗する意志があることを見せつけた。リッカとしては、ノスチェスの出方を窺うことなく、戦いに入っても構わない。
リッカが敵意を丸出しにしても、ノスチェスの行動は変わらなかった。何を考えているか分からない不敵な笑みを浮かべ、一歩一歩と詰め寄って来る。
リッカの方が優位に立っているはずなのに、ノスチェスが放つ雰囲気に押されて、本能的に後ずさりしてしまった。
「私の置かれている状況は、まぁ不利ですよね。しかし――」
リッカの視界に映っていたノスチェスが消えると同時、言葉も途中でぷつりと聞こえなくなってしまった。
「これで振り出しに戻りました」
数秒の後、背後からノスチェスの声と共に、気配が感じられた。
ノスチェスの言葉の意味を理解出来ないまま、リッカは反射的に振り返った。
そこで目にしたのは――、
「なっ」
ノスチェスがベルディにそっと手を触れている瞬間だった。手を触れるだけだったら、何も驚くことはなかっただろう。
しかし問題は、ノスチェスがベルディに触れた瞬間、ピクリとも動かなかったベルディがゆっくりと立ち上がったことだった。
「ハァァア――」
ベルディはまるで眠りから目覚めた後みたいに、何事もなく体を伸ばして、息を吐いている。
爆発を直で受けたはずなのに、どうして平然としていられるのだろうか。
どういう原理かは分からないが、尋常ではないことが起こっているのは確かだ。
「見苦しいところを見せちまったなァ、ノスチェス……。だが、おかげで気分が良いぜェ」
「なら良かったです。ですが、次はありませんよ」
「ハッ、こんなに力が溢れていれば、次なんてもうねェよ!」
現状を把握出来ないリッカをおいて、ノスチェスとベルディは二人で話を進めていく。
「これが証拠だァ! 魔技・シューティングバーハ!」
ベルディが腕を振り下ろすと同時、リッカの顔の横を、何かが勢いよく通り過ぎた。リッカの髪が、風圧によってなびく。
リッカが横切ったものの正体に気が付いたのは、背後で爆音が鳴った時だった。
瀕死の状態から起き上がったベルディが放った魔技は、リッカと対峙した時よりも何倍にも膨れ上がっていた。
ベルディはリッカに目もくれず、燃え盛る木を見つめていた。その瞳は喜悦に満ち溢れていて、破壊することに恍惚を感じているようだった。
リッカは息を呑むと、震えそうになる手でベルディに対してエインセルをかざした。ベルディが悪魔の影響を示す数値は、最初に見た時よりも明らかに高くなっていた。
――悪魔人の力を持つ者に更なる力を与える――、それが私の仕事ですから。
ノスチェスが初めに言っていた言葉を、思い出す。
これがノスチェス・ラーバスの真の能力なのだろうか。だとしたら、ノスチェスを野放しにするのは、あまりにも危険だ。
ベルディよりも先に、ノスチェスを押さえなければ、間違いなく今後ダオレイスに悪影響を与えてしまう――、そう結論付けてリッカは動き出そうとするも、
「さァて、まずはあの舐め切った女を今度こそ確実に破壊してやる!」
リッカの思惑とは別に、ベルディが怒りの感情を惜しみなくぶつけて来た。一度リッカに敗れたという事実が、ベルディにとっては許せないのだ。
「更に、その次はあの建物を壊し、町もぶっ壊す!」
独壇場に立っているかの如く、何者も気に留めることなく、自分の思いのまま言葉を列挙していく。ベルディの頭の中では、今しがた言葉にしたことが現実になっているのか、人とは思えない禍々しい笑みを浮かべていた。
「そして、俺様は壊して壊して壊して、最高の快楽を――」
「さっきから話を聞いてれば、キミは可哀想な子だねぇ」
愉悦に浸るベルディを否定する声が、静かな森の中で響いた。
「はァ?」
ベルディは感情の伴っていない瞳で、講演を邪魔した声へと顔を向けた。
視線の先には、こめかみに指を当てて、首を小さく横に振るパルマがいた。
「話の腰を折るようで悪いけどさ、破壊が楽しい? そんな一瞬で終わる自己満足の快楽に何の意味があるのか、ボクには分からないね。いいかい、この世で最も楽しいのは――」
言葉を区切ると、数歩前に進んだパルマは、注目を集めるように大きく腕を広げ、
「――創造することさ! 自らの手で新しいものを生み出す。そして、生み出したものが世界の役に立つ。それほど面白いことはないよ!」
淀みなく語るパルマの顔は、置かれている状況を忘れてしまうほど、キラキラとしていた。こんな切羽詰まった状況にも関わらず、どうやら天才博士としての性が出てしまったようだ。
遠く離れたパルマに届くように、リッカは口元へと手を当てると、
「パ、パルマさん! 今はそんな話をしている時では……っ」
「なんでだい、リッカちゃん。自分の好きと真反対の意見を言われたら、反論したくなるのは当然だろう?」
「い、いや、分からなくもないですが……」
しかし、それにも時と場合というものがあるだろう。
相手は、力の限界を超えて更に強化された悪魔人なのだ。変に触発して、ベルディが常識外れな行動に出る可能性は十分にあり得る。
「……よくも俺様の美学を侮辱したな?」
実際、その通りだった。
「赦さねェ!」
ベルディは顔を真っ赤にし、肩で息をしていた。パルマに反論されたことで怒っていることは、目に見えて明らかだった。
「やれやれ。一意見を主張しただけなのに、そこまで怒りの感情を露わにしてしまうなんて……、キミの思考回路を見てみたいものだ」
「うるせェ! そのへらず口、叩けなくしてやらァ!」
ベルディが叫ぶと、パルマの周囲で爆発と共に火柱が立ち上がった。パルマの周辺に転がっていた木片を、魔技・エイムバーハで爆破させたのだ。シューティングバーハ同様に、こちらの魔技の威力も明らかに上がっていた。
「パルマッ!」
パルマが足を進めたことで、幸いにもシンクは爆発の影響を受けることがなかった。シンクは爆煙に囲まれたパルマを助けようと一歩踏み出すも、火柱に邪魔をされてしまう。
火と煙で出来た牢獄の中に、パルマは一人閉じ込められてしまった。
「ハハハッ! これで一歩も動けまい! 俺様にお前の大事なものが壊されるのを、特等席で指を咥えて眺めるといい!」
「ふーん。あくまで破壊に拘ると言うんだね、キミは」
爆煙に包まれて、下手したら命を奪われるかもしれない状況でも、パルマの毅然とした態度は変わらない。
「でもさ。残念ながら、キミの望みは叶わないと思うよ」
「何?」
パルマの言葉に、ベルディは笑いを止めた。その頬は怒りによって、ひくひくと引き攣っている。
「むしろ、キミはこれからボクの実験台になってもらうからさ」
パルマの挑発は止まらない。あろうことか、パルマはベルディを利用するとさえ言葉にする始末だ。
このパルマの言動には、さすがにベルディも怒りを通り越して、呆れることしか出来なかった。
「お前……、自分が置かれている状況が分かっていないのか? お前は今動きを封じられている状態なんだぞ? 俺様が今ここで魔技を使えば、お前なんてあっという間に――」
「あぁ、勘違いさせる言い方をしてしまったようだね。ゴメンゴメン、謝ろう。ボクの実験台になってもらうとは言ったが、実際に実験を行なうのはボクじゃない」
言葉の途中にも関わらず、パルマは口を挟んで言う。パルマはこの先の展開を頭の中に描いているのか、喜々としたように笑みを浮かべていた。
しかし、ベルディは自身が作った牢獄によって、パルマの表情を読み解くことが出来ない。そのことが、ベルディに本能的な恐怖を与える。
ベルディの感情の機微に起因してか、時間的なものか、魔技・エイムバーハによって作られた火と煙が、少しずつ弱まっていく。
「じゃあ、誰が……」
「急かさずとも、その答えはすぐに分かるよ。まぁ、完成してからお披露目するというボクの楽しみは、キミのせいで半減されてしまう訳だけどね。――でも、過程を確かめる点では良しとしようか」
「さっきから何を言ってやがる……ッ!」
ベルディが言うと同時、パルマは自分の胸元から小包を取り出し、空に向かって放り投げた。火と煙の牢獄を越えて、宙を舞う。
「な、何だ? 爆弾か?」
一瞬反応が遅れたベルディだったが、すぐに木片を手にし、魔技・シューティングバーハを小包に対して放とうとした。
「あはは、ボクはマッドサイエンティストじゃないんだ。そんな狂ったもの、いつも懐には入れていないよ。……でも、キミを痛めつけるという意味では、同じになるのかな」
「なッ……!?」
しかし、ベルディが魔技を放つよりも速く、第三者が颯爽と現れ、その小包を掴み取った。
その人物が何者なのか、まるで確信しているようにパルマは微笑みを浮かべると、
「――ねぇ、クルムくん」
第三者の名前――クルム・アーレントの名前を口にした。
「無事ですか、パルマ博士、リッカ、シンク!」
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