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しおりを挟む他愛のない話をしながらバスケットへと指を伸ばす。
一口サイズのフィナンシェを掴みとり口へと運んだ。
なんの気なしにだろうがその手の動きを視線で追ったレイヴァンの顔の前へ同じものをもう一つ。
「いる?」
クスリと笑って問いかければ長い睫毛が僅かに揺れた。
フニッと押し当てるようにすればおずおずと開かれる形のいい唇。
「これも癖ですか?」
もぐもぐと咀嚼し、コクリと動いた白い喉。
どこかしら恨みがましい瞳が覗きこむようにこちらを見る。
意味を掴みかねる俺へとツンと尖らせた唇が再度紡いだ言葉は「シエルにいつもしてるんですか」だった。
パチパチと数度瞬く。
これっていうのはいました動作……いわゆる「あーん」のことだろうか?
したことあるような、ないような。
いや、多分あるな。
レイヴァンの口から出た予想外の名前。
しかもその表情はどうみてもちょっぴり不満気だ。
…………シエルなんかやらかしてないよな?
そんな不安が胸を過った。
リーゼロッテ様達にやらかした例の朝食での質問のこともあるし、別れ際、なにやらシエルと話していたリーゼロッテ様のお顔が真っ赤だったこともあり非常に不安だ。
聞いても「な、なんでもありませんわ」と誤魔化されたけど……あきらかになんでもない反応ではなかった。
俺のいないときに同じようになにかあったとも限らない。
「その……シエルがなにかしたかい?」
恐る恐る問いかければ「いえ」と首を振られ一先ずほっと肩をおろす。
そうなると……単純に苦手なのだろうか?
あんまり子どもと相性よくなさそうだよな、と小さく笑みが浮かんだ。
「子どもはあまり得意でない?」
「……子ども」
なにかを考えこむように呟いたレイヴァンが「あなたにとってシエルは子どもですか?」と問うのには頷きを一つ。
「では僕は?僕も子どもですか?」
「…………レイヴァン?」
戸惑う俺をじっと見つめたレイヴァンは敢えてのように不貞腐れた表情をした。
「おもしろくなかったんです」
憮然とした声。
「あなたがシエルにばかり甘いから。ラファエルを取られてしまって不満だった」
再度パチパチと瞬いた。
こんどはさっきよりも少し長めに。
「やきもちです」
そういってわざとらしく頬を膨らませてみせる彼の姿に、なぜかほっと息をついた。
表情を作りあぐねていた顔が笑みの形を刻む。
「やきもちかい?」
「そうです」
クスクス笑う俺に尊大に頷いて見せるレイヴァンの唇がなにかを求めるようにこれ見よがしにぱくりと開いた。
餌を強請るヒナのようなそんな動作に摘み上げた焼き菓子をその口元へと運ぶ。
不意に触れた指先と唇。
微かに伝わるその柔らかな感触を無視するように指を離す。
戯れるようなやりとりのなか、じっと窺うような碧い瞳には無意識に気づかないふりをしていた。
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