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しおりを挟む王都邸の屋敷の前に停まった侯爵家の馬車。
「お迎えにあがりました」
晴れやかな笑顔でそう告げるレイヴァンに副音声で「逃がさねぇぞ」って聞こえたのは多分気の所為だと思いたい。
別にレイヴァンの訪問自体には驚かなかった。
別荘から領地へと送られた際に「王都へはいつ頃お戻りに?先日の約束はいつにしましょう?」ってしっかり約束を取り付けられたからね。
先日の約束っていうのは前にしたお出かけのこと。
あの夜の出来事以来、自分の想いを自覚してしまった……もといあんなことをしちまった手前、レイヴァンとどう接すればいいか悩んでいた。
だからこそ残りの滞在期間中、そのことに一切触れて来ないレイヴァンに正直拍子抜けもした。
……ゼリファンが話かけてくる度にやたら間に入ってはきてたけど。
そんな経緯もあり、別れの間際になっていい笑顔で話題を振ってきたレイヴァンに「ついにきた」と身構えつつも約束をし、本邸での残りの滞在期間は自分の気持ちや行動に混乱だの羞恥だので頭を抱えて過ごした。
部屋に籠ってたら兄さんたちに「エルくん具合悪いの?!」ってめっちゃ心配された。
危うく医者を呼ばれるところだった。兄さんは過保護すぎ。
そして当日。
約束をしたのだから彼が来るのはわかっていた。
3日の間に散々ベッドでごろごろ悶え、唸り、考える人になったりしてどうにか形ばかりだろうと自分の心と折り合いもつけたつもりだった。
だけどまさか……朝一でいらっしゃるとは思いませんでしたよ?
確かに正確な時間は約束していなかった。
「では午前中に」とも約束したね。
うん、日常的な定義だと8時頃~12時までって感覚らしいし、天文学的には0時~12時までの時間帯らしいから午前中で間違いないね。
……今、8時過ぎだけど。
9時になれば店も開く?
成程、移動時間もばっちり視野に入れてのこの時間か。
なんて感じで、連れ攫われるように彼の予約した店にいた。
いかにも貴族御用達の感じの品のいいカフェ。
ピシッとした給仕服を着た店員に頭を下げられて通された個室はそれなりの広さがあり内装もお洒落だ。
開店時間が随分と早いが、モーニングもやっているのか、予約で例外的なのか。
……店内に客を見かけなかったことを考えると後者な気がする。
「朝食は頂きましたか?」
「あ、ああ軽く」
「ならば軽く摘める程度のものにしましょうか。こちらのセットを頼んであるんですが足ります?他になにか召しあがりたいものはありますか?」
皮張りのメニューを手渡しながら聞いてくるレイヴァンに平気だと首を振った。
「飲み物はどうします?」
「えっと……じゃあダージリンティーを。ストレートで」
流れるような問い掛けに半分以上のまれる勢いで口にすれば、店員へと顔を向けたレイヴァンがスラスラと注文をした。
「予約していたセットとダージリンティーを二つ。それからオレンジジュースも二つ。全て一度に持ってきてくれ」
「畏まりました」
頭を下げた店員が一度下がり、そしてすぐさま運ばれてきたワゴン。
白いクロスがかかったテーブルの上にそれらが並べられていく。
一口サイズの焼き菓子やケーキ、そしてサンドイッチなどフィンガーフードが盛られた二段のプレート。
芳しい香りを漂わせながら白磁に注がれる緋色が美しい紅茶。
……そしてその脇に用意されたオレンジジュース。
主食・茶菓子・飲み物と、特に希望しなかったコールドドリンクがテーブルの上にずらりと並ぶその様を見て思わずにはいられなかった。
……これって、話の途中で店員に来させねぇ為じゃね?
穿ち過ぎだと笑って欲しい。気の所為だと否定して欲しいけど「邪魔はいれさせねぇぞ?」って作為を感じるのは俺だけかな?
「ごゆっくりどうぞ」
そしてワゴンとともに去って行く店員さん。
それを見送り、テーブルの上で手を組んだレイヴァンがにっこりと笑った。
「これで邪魔ははいりませんね」
パタン、と閉められたドアの音と共に響いたその声に、気の所為なんかじゃないことを悟った。おぅふ。
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