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52.ジョンの話
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52.
サフソルムとぼくはヴェリアヌスの姫君の居場所から離れ、透明な海の波が打ち寄せる浜辺に戻ってきていた。
ネコは少し大人しくなっていて、「泣いたぞ、歌うたい」といった。でも歌で泣いたのか、姫君に捕まったことで泣いたのかは不明だった。
ぼくらは波打ち際から十分に離れた砂浜に腰を下ろした。
赤い鳥がまたここにやってきてくれるはずだ、とネコはいった。
いっぽうでぼくは考えていた。
歌を終え、迫力ある姫君に手招きされて、びくつきながら近くへと寄った。サフソルムはついては来ず、ぼくが動いたからネコの姿はマントから置き去りになって丸見えになった。ぼくは姫君のそばでゆっくりとひざまずいて、もう一度お辞儀をした。姫君は赤い口を開いて笑っていた。そしてささやくような声で見事であったと歌をほめ、貝殻で作った箱をぼくに渡した。そしてまた何ともいえない顔で笑い、唐突に、おまえもイェンドートとスタティラウスの世界を去って、このヴェリアヌスの世界に住んでみてはどうかといって、可笑しそうに笑った。さてどう断ろうかと迷っているうちに、姫君はさらに不思議な声音で続けた――小さいけれども耳にはよく届いたのだ。
私はイェンドートの世界が好きではない。隙あらばその領土を奪ってやろうと思っている。私には半身半魚あるいは半身半獣の屈強な戦士たちの大きな軍隊があるのだから。イェンドートたちが好きではない理由はいくつもあるが、そもそもマグナスが、――彼はヴェリアヌスの世界でも有名である――、なぜイェンドートの世界にいるのか知っているかい? なぜマグナスが天から落ちてきたのかを。本人は知っているのか知らないのか。私は会ったことがないのだからね、聞いてみたいとは思っているけれど。彼は、イェンドートの雷で落とされたのさ。奴らは彼の羽根を奪った。そのうえで彼を可愛がり、そばに住まわせている。こんなおかしな話はないだろう?
ぼくは驚き、恐れおののきながら、ヴェリアヌスの目を見た。虹彩がタコのように変化した。姫君はふふふ、と笑った。
ぼくはもう一度お辞儀をして立ち上がった。戻ろうとして、姫君に背中を向けたけれど、ささやき声だけが耳に届いた。
――それともう一つ。私が聞いたマグナスの秘密を教えよう。今となってはどうってことない話さ。意地悪で話すわけじゃないよ。おまえにも興味があるのではと思ってのこと。マグナスはあんなに可愛くて素敵なのに、子供の頃には自分のことを否定していた。親がいなくて自分の居場所がなかったんだ。
ああ、それならぼくと変わりません、全くもって心配ご無用、ただぼくは可愛くもないけれど、と口を開きかけたときに、ヴェリアヌスの姫君はこう、付け加えた。
――父親か母親のどちらかが違う生き物だったという話だよ。彼の住む世界は崇高なところでね、周りはそんな彼を奇異の目で見ることもせず、愛情を持って接していた。だけど彼は自分を否定して、ずっと自分で自分を苦しめていたのだとか。
不思議なことに姫君の声は耳の良いサフソルムにも届いていないようだった。ぼくは思わず走り出し、サフソルムはそれよりもずっと速く、ぼくの前を駆けて、姫君に暇乞いすることもせず、洞窟の外へと飛び出してきたのだった。
真っ青で穏やかな海を見つめているとネコがいった。「オレさまが一時捕まったことを誰にもゆうな」
「いわないよ。それにいう誰かもいないよ」
「なかなかの恐怖だった」
「ああ、そうだろうね」
「ヴェリアヌスは古き良き時代から生き長らえてきた者たちを一日ほどで呼び寄せるといった。つまりワクワクランドから三百日も離れたところから、だ」
「すごいや。まぁ、何がなんだかよくわからないけど」
ぼくはヴェリアヌスから聞いたことは本当だろうかと考えていたけど、サフソルムにもいわないでおこうと決めた。
サフソルムとぼくはヴェリアヌスの姫君の居場所から離れ、透明な海の波が打ち寄せる浜辺に戻ってきていた。
ネコは少し大人しくなっていて、「泣いたぞ、歌うたい」といった。でも歌で泣いたのか、姫君に捕まったことで泣いたのかは不明だった。
ぼくらは波打ち際から十分に離れた砂浜に腰を下ろした。
赤い鳥がまたここにやってきてくれるはずだ、とネコはいった。
いっぽうでぼくは考えていた。
歌を終え、迫力ある姫君に手招きされて、びくつきながら近くへと寄った。サフソルムはついては来ず、ぼくが動いたからネコの姿はマントから置き去りになって丸見えになった。ぼくは姫君のそばでゆっくりとひざまずいて、もう一度お辞儀をした。姫君は赤い口を開いて笑っていた。そしてささやくような声で見事であったと歌をほめ、貝殻で作った箱をぼくに渡した。そしてまた何ともいえない顔で笑い、唐突に、おまえもイェンドートとスタティラウスの世界を去って、このヴェリアヌスの世界に住んでみてはどうかといって、可笑しそうに笑った。さてどう断ろうかと迷っているうちに、姫君はさらに不思議な声音で続けた――小さいけれども耳にはよく届いたのだ。
私はイェンドートの世界が好きではない。隙あらばその領土を奪ってやろうと思っている。私には半身半魚あるいは半身半獣の屈強な戦士たちの大きな軍隊があるのだから。イェンドートたちが好きではない理由はいくつもあるが、そもそもマグナスが、――彼はヴェリアヌスの世界でも有名である――、なぜイェンドートの世界にいるのか知っているかい? なぜマグナスが天から落ちてきたのかを。本人は知っているのか知らないのか。私は会ったことがないのだからね、聞いてみたいとは思っているけれど。彼は、イェンドートの雷で落とされたのさ。奴らは彼の羽根を奪った。そのうえで彼を可愛がり、そばに住まわせている。こんなおかしな話はないだろう?
ぼくは驚き、恐れおののきながら、ヴェリアヌスの目を見た。虹彩がタコのように変化した。姫君はふふふ、と笑った。
ぼくはもう一度お辞儀をして立ち上がった。戻ろうとして、姫君に背中を向けたけれど、ささやき声だけが耳に届いた。
――それともう一つ。私が聞いたマグナスの秘密を教えよう。今となってはどうってことない話さ。意地悪で話すわけじゃないよ。おまえにも興味があるのではと思ってのこと。マグナスはあんなに可愛くて素敵なのに、子供の頃には自分のことを否定していた。親がいなくて自分の居場所がなかったんだ。
ああ、それならぼくと変わりません、全くもって心配ご無用、ただぼくは可愛くもないけれど、と口を開きかけたときに、ヴェリアヌスの姫君はこう、付け加えた。
――父親か母親のどちらかが違う生き物だったという話だよ。彼の住む世界は崇高なところでね、周りはそんな彼を奇異の目で見ることもせず、愛情を持って接していた。だけど彼は自分を否定して、ずっと自分で自分を苦しめていたのだとか。
不思議なことに姫君の声は耳の良いサフソルムにも届いていないようだった。ぼくは思わず走り出し、サフソルムはそれよりもずっと速く、ぼくの前を駆けて、姫君に暇乞いすることもせず、洞窟の外へと飛び出してきたのだった。
真っ青で穏やかな海を見つめているとネコがいった。「オレさまが一時捕まったことを誰にもゆうな」
「いわないよ。それにいう誰かもいないよ」
「なかなかの恐怖だった」
「ああ、そうだろうね」
「ヴェリアヌスは古き良き時代から生き長らえてきた者たちを一日ほどで呼び寄せるといった。つまりワクワクランドから三百日も離れたところから、だ」
「すごいや。まぁ、何がなんだかよくわからないけど」
ぼくはヴェリアヌスから聞いたことは本当だろうかと考えていたけど、サフソルムにもいわないでおこうと決めた。
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