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第三章 新たな脅迫者、現る!?
3-6 Sの家庭事情
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笑わない、と約束した。実際笑いはしなかったが、少し驚いた。須崎の住むアパートは、二階建ての木造建築で、ほんのり前方に傾いて今にも壊れそうな所謂おんぼろアパートというやつだった。金属製の外階段や窓のサッシなんかも、錆が侵食してて崩れそうで怖い。
ドラマとかでよく見るけど、本当に実在したんだな。……なんて感想は、たぶん失礼だろうから言わないけど。
手前に車を付けると、周辺住人達が物珍しげにそこここから顔を出して見てきた。明らかにこの辺の路地の雰囲気に、高級車が浮いているせいだ。
須崎と妹さんを下ろして、とりあえずオレも一旦降りる。妹さんを抱いたままじゃ扉も開けにくかろうから、部屋まで送り届ける心積りでいたが、その前にこちらの到着を見て取ったのか、一階の一室が向こうから勝手に開いた。
「リョウ兄ぃ!」
「おかえりなさい! ユウは!?」
中から、十歳前後の男の子が二人飛び出してきた。小学校高学年と低学年くらいか。赤みがかった茶色の髪。二人とも須崎によく似てる。この子達が〝弟達〟なんだろうな。須崎が(そうだ、コイツの下の名前は凌っていうんだっけか)表情を和らげて呼び掛ける。
「修、隆。待たせたな。悠は大丈夫だ。安静にしてればすぐ良くなるってさ」
「そっか!」
「よかった~!!」
吉報に、少年達も顔を綻ばせた。釣られてこちらも和んでしまう。にしても、歳の離れた兄弟だな、なんて思っていたら、小さい方の弟が分かりやすくお腹を鳴らして押さえた。
「ホッとしたら、はらへった~」
「ああ、そうだったな。留守番ご苦労さん。すぐ飯にすっから、待ってろよ。……っと、買い物行ってきてねーな、そういや。もう少し待てるか?」
「えー!」
何か大変そうだな。
「良かったら、何か買ってくるぞ。須崎は妹さんについててやれよ」
オレがそう申し出ると、やはり須崎は躊躇いを見せた。兄が何か答えるより先に、弟達が改めてオレの存在に気が付いたように言及した。
「リョウ兄のともだち?」
「めずらしいな! リョウ兄いつもともだちつれてこないもん」
「友達じゃねーよ、こんな坊っちゃん。ただのクラスメイトだ。つーか、てめーの金銭感覚は当てになんねー。買い物なんて任せられるか」
「何!? オレだって、一人暮らし二年目だぞ! それなりにちゃんと出来てる!」
……昨日から、急に二人暮らしになったけどな。
「何なら、今日はオレの奢りでいい。……ほら、例のアレ代わりってことで。それなら文句ないだろ?」
例のアレ……脅迫の口止め料だ。こうでも言わなきゃ、天邪鬼な須崎は素直にオレの好意を受け取ってくれなさそうだしな。
須崎も思い出したように、「そういう事なら」と渋々了承の意を示した。
◆◇◆
子供達の要望でハンバーグ弁当になった。須崎が作るって言ってたから材料で渡すか迷ったけど、既に腹を空かせた彼らをこれ以上待たせるのも忍びない。妹さんにだけは消化の良い別のものにして、改めて須崎一家の部屋に届けに戻った。
そのまま帰ろうとしたところで、弟ズに「リョウ兄のともだちもいっしょしようぜ!」と誘われてしまった。これは断りにくい。
……そういや、オレ昼飯食ってなかったな。弁当は朝用意してる暇無かったし、学食か購買で買おうと思ってたら、昼休み保健室に引っ込んじまって結局タイミング逃してた。須崎の弟達じゃないが、流石に腹減った。
時計を見る。何だかんだでそろそろ六時になる。九重には病院の待ち時間中に事の次第を説明したメッセージを送っておいたけど(勿論脅迫の件は伏せて)外食してくるとなると、今一度報告しといた方がいいだろう。
携帯を開くと、九重からの返信が来てた。主にお怒り表明だ。『また他人にお節介焼いてるのか。お前、自分が体調不良なんじゃなかったのか? 何考えてる。バカか』『遅い。早退した奴の方が帰りが遅いとは、どういうことだ』『主人を待たせるとは、躾のなっていない愛玩動物だ』
あー……こりゃ、外で食って帰ったら一層怒るやつだな、どうすっかな。何か、でっかい子供でも持った気分だぜ。つーか、おもちゃっつったり家具っつったりペットっつったり、忙しいやっちゃ。
とりあえず、須崎家に上がらせて貰い、自分は食べずに彼らの食事中の会話相手にだけなってから帰ることにした。須崎は複雑な顔をしたが、弟達に免じてオレを迎え入れてくれた。(ちなみに、車田さんには遠慮されたので、一旦帰って後からまた迎えに来て貰う手筈になった)
部屋の中は雑然と物が置かれて散らかっていて、余計に狭く見える。この空間にこれだけの人数が寝泊まりしているのかと思うとなかなかに衝撃的だったが、何より気になったのが、子供達しか居ないということだ。父親も母親も、どちらの姿も見掛けない。九重の部屋と同じく、写真すら飾られていない。
――『帰って来ねえよ!! あんな奴!!』
そう叫んだ、須崎の言葉。気になったけれど、子供達の手前訊ける話でもない。彼らの学校での流行の遊びやクラスメイトの話なんかを聞いたりして、普通に談笑しながら過ごした。
「リョウ兄! テレビ見ていい!?」
「少しだけだぞ」
「やったー!」
食事を終えた子供達がそうしてテレビ観賞を始めた頃、オレは腰を上げた。
「さてと、それじゃあそろそろオレはお暇するな。妹さん、お大事にな」
「……おう」
意外なことに、須崎は玄関まで付いてきた。子供達から離れたところで、改まったように言う。
「花鏡、今日は……色々悪かったな」
これも意外な、素直な言葉。オレは首を横に振り、歯を見せて笑った。
「気にすんな! こういう時はお互い様だろ!」
すると須崎は、困惑の表情を浮かべた。
「お前……お人好しだって言われるだろ。俺お前に、あんな……」
「まぁ、アレは正直ビビったけど。でも、何か事情あるんだろうなって思えたよ。今の須崎見てたら」
だからもう、別に怒りとかも感じてない。そう言って再び笑い掛けると、須崎は今度は真面目な顔をした。
「……俺と弟達、歳が離れてるだろ」
「そうだな。それは気になってた」
「父親が違うんだ。再婚でな。俺は母親の連れ子だった」
母親が実父と離婚して、再婚相手との間に出来たのが、今の弟妹達なんだという。
「アイツらの父親……再婚相手のクソじじぃが最悪でな。ろくに働きもせずに酒に煙草にギャンブルに、オマケに暴力を振るう。ダメ人間の見本みてーなやつだ」
「それって……」
――DV、ってやつか。
「アイツらにだけは、手出しさせないようにしてきたが……遂に耐えかねて、母親が出てった。数ヶ月前のことだ」
「え!?」
「以来、帰って来ない。……クソじじぃがぶらぶら遊び歩いててなかなか帰ってこないのはいつもの事だけどな」
お母さんが……。
「子供達を、置いて?」
だって、一番下の妹さんなんて、まだ五つくらいだろ? それで、そんな……。
あまりの衝撃に言葉を失うオレに、須崎は自嘲するように顔を歪めて笑った。
「アイツらの給食費、払えなくてよ……魔が差した」
「悪かった」と、今一度告げて須崎は項垂れた。
――『帰って来ねえよ!! あんな奴!!』
あれは、どっちに掛けた言葉だったんだろう。
「……弟さん達、笑ってたな」
オレがぽそりと零すと、須崎は顔を上げ、怪訝そうに眉を寄せてこちらを見遣った。オレはそれを正面から受け止めて、見つめ返す。
「須崎が居るからだ。お前があの子達の笑顔を、必死に守ってるからだ。いいお兄ちゃんじゃん」
ハッと息を呑む気配。瞠られた須崎の赤茶の瞳に、柔らかく微笑むオレが映っている。
「だから、今回のことはあまり気にするなよ」
重ねて言葉を掛けると、須崎は数秒間そのまま硬直し――盛大に顔を赤らめた。
そうして、手で口元を覆いながら、そっぽを向く。
「おま……っほんと、お人好し過ぎんだろ」
おっ?
「なんだ、照れたのか?」
「うっせえ!!」
分かりやすい照れ隠し。何だか微笑ましい気分になって、オレはすっかり脅迫のことなんて忘れて笑った。
ドラマとかでよく見るけど、本当に実在したんだな。……なんて感想は、たぶん失礼だろうから言わないけど。
手前に車を付けると、周辺住人達が物珍しげにそこここから顔を出して見てきた。明らかにこの辺の路地の雰囲気に、高級車が浮いているせいだ。
須崎と妹さんを下ろして、とりあえずオレも一旦降りる。妹さんを抱いたままじゃ扉も開けにくかろうから、部屋まで送り届ける心積りでいたが、その前にこちらの到着を見て取ったのか、一階の一室が向こうから勝手に開いた。
「リョウ兄ぃ!」
「おかえりなさい! ユウは!?」
中から、十歳前後の男の子が二人飛び出してきた。小学校高学年と低学年くらいか。赤みがかった茶色の髪。二人とも須崎によく似てる。この子達が〝弟達〟なんだろうな。須崎が(そうだ、コイツの下の名前は凌っていうんだっけか)表情を和らげて呼び掛ける。
「修、隆。待たせたな。悠は大丈夫だ。安静にしてればすぐ良くなるってさ」
「そっか!」
「よかった~!!」
吉報に、少年達も顔を綻ばせた。釣られてこちらも和んでしまう。にしても、歳の離れた兄弟だな、なんて思っていたら、小さい方の弟が分かりやすくお腹を鳴らして押さえた。
「ホッとしたら、はらへった~」
「ああ、そうだったな。留守番ご苦労さん。すぐ飯にすっから、待ってろよ。……っと、買い物行ってきてねーな、そういや。もう少し待てるか?」
「えー!」
何か大変そうだな。
「良かったら、何か買ってくるぞ。須崎は妹さんについててやれよ」
オレがそう申し出ると、やはり須崎は躊躇いを見せた。兄が何か答えるより先に、弟達が改めてオレの存在に気が付いたように言及した。
「リョウ兄のともだち?」
「めずらしいな! リョウ兄いつもともだちつれてこないもん」
「友達じゃねーよ、こんな坊っちゃん。ただのクラスメイトだ。つーか、てめーの金銭感覚は当てになんねー。買い物なんて任せられるか」
「何!? オレだって、一人暮らし二年目だぞ! それなりにちゃんと出来てる!」
……昨日から、急に二人暮らしになったけどな。
「何なら、今日はオレの奢りでいい。……ほら、例のアレ代わりってことで。それなら文句ないだろ?」
例のアレ……脅迫の口止め料だ。こうでも言わなきゃ、天邪鬼な須崎は素直にオレの好意を受け取ってくれなさそうだしな。
須崎も思い出したように、「そういう事なら」と渋々了承の意を示した。
◆◇◆
子供達の要望でハンバーグ弁当になった。須崎が作るって言ってたから材料で渡すか迷ったけど、既に腹を空かせた彼らをこれ以上待たせるのも忍びない。妹さんにだけは消化の良い別のものにして、改めて須崎一家の部屋に届けに戻った。
そのまま帰ろうとしたところで、弟ズに「リョウ兄のともだちもいっしょしようぜ!」と誘われてしまった。これは断りにくい。
……そういや、オレ昼飯食ってなかったな。弁当は朝用意してる暇無かったし、学食か購買で買おうと思ってたら、昼休み保健室に引っ込んじまって結局タイミング逃してた。須崎の弟達じゃないが、流石に腹減った。
時計を見る。何だかんだでそろそろ六時になる。九重には病院の待ち時間中に事の次第を説明したメッセージを送っておいたけど(勿論脅迫の件は伏せて)外食してくるとなると、今一度報告しといた方がいいだろう。
携帯を開くと、九重からの返信が来てた。主にお怒り表明だ。『また他人にお節介焼いてるのか。お前、自分が体調不良なんじゃなかったのか? 何考えてる。バカか』『遅い。早退した奴の方が帰りが遅いとは、どういうことだ』『主人を待たせるとは、躾のなっていない愛玩動物だ』
あー……こりゃ、外で食って帰ったら一層怒るやつだな、どうすっかな。何か、でっかい子供でも持った気分だぜ。つーか、おもちゃっつったり家具っつったりペットっつったり、忙しいやっちゃ。
とりあえず、須崎家に上がらせて貰い、自分は食べずに彼らの食事中の会話相手にだけなってから帰ることにした。須崎は複雑な顔をしたが、弟達に免じてオレを迎え入れてくれた。(ちなみに、車田さんには遠慮されたので、一旦帰って後からまた迎えに来て貰う手筈になった)
部屋の中は雑然と物が置かれて散らかっていて、余計に狭く見える。この空間にこれだけの人数が寝泊まりしているのかと思うとなかなかに衝撃的だったが、何より気になったのが、子供達しか居ないということだ。父親も母親も、どちらの姿も見掛けない。九重の部屋と同じく、写真すら飾られていない。
――『帰って来ねえよ!! あんな奴!!』
そう叫んだ、須崎の言葉。気になったけれど、子供達の手前訊ける話でもない。彼らの学校での流行の遊びやクラスメイトの話なんかを聞いたりして、普通に談笑しながら過ごした。
「リョウ兄! テレビ見ていい!?」
「少しだけだぞ」
「やったー!」
食事を終えた子供達がそうしてテレビ観賞を始めた頃、オレは腰を上げた。
「さてと、それじゃあそろそろオレはお暇するな。妹さん、お大事にな」
「……おう」
意外なことに、須崎は玄関まで付いてきた。子供達から離れたところで、改まったように言う。
「花鏡、今日は……色々悪かったな」
これも意外な、素直な言葉。オレは首を横に振り、歯を見せて笑った。
「気にすんな! こういう時はお互い様だろ!」
すると須崎は、困惑の表情を浮かべた。
「お前……お人好しだって言われるだろ。俺お前に、あんな……」
「まぁ、アレは正直ビビったけど。でも、何か事情あるんだろうなって思えたよ。今の須崎見てたら」
だからもう、別に怒りとかも感じてない。そう言って再び笑い掛けると、須崎は今度は真面目な顔をした。
「……俺と弟達、歳が離れてるだろ」
「そうだな。それは気になってた」
「父親が違うんだ。再婚でな。俺は母親の連れ子だった」
母親が実父と離婚して、再婚相手との間に出来たのが、今の弟妹達なんだという。
「アイツらの父親……再婚相手のクソじじぃが最悪でな。ろくに働きもせずに酒に煙草にギャンブルに、オマケに暴力を振るう。ダメ人間の見本みてーなやつだ」
「それって……」
――DV、ってやつか。
「アイツらにだけは、手出しさせないようにしてきたが……遂に耐えかねて、母親が出てった。数ヶ月前のことだ」
「え!?」
「以来、帰って来ない。……クソじじぃがぶらぶら遊び歩いててなかなか帰ってこないのはいつもの事だけどな」
お母さんが……。
「子供達を、置いて?」
だって、一番下の妹さんなんて、まだ五つくらいだろ? それで、そんな……。
あまりの衝撃に言葉を失うオレに、須崎は自嘲するように顔を歪めて笑った。
「アイツらの給食費、払えなくてよ……魔が差した」
「悪かった」と、今一度告げて須崎は項垂れた。
――『帰って来ねえよ!! あんな奴!!』
あれは、どっちに掛けた言葉だったんだろう。
「……弟さん達、笑ってたな」
オレがぽそりと零すと、須崎は顔を上げ、怪訝そうに眉を寄せてこちらを見遣った。オレはそれを正面から受け止めて、見つめ返す。
「須崎が居るからだ。お前があの子達の笑顔を、必死に守ってるからだ。いいお兄ちゃんじゃん」
ハッと息を呑む気配。瞠られた須崎の赤茶の瞳に、柔らかく微笑むオレが映っている。
「だから、今回のことはあまり気にするなよ」
重ねて言葉を掛けると、須崎は数秒間そのまま硬直し――盛大に顔を赤らめた。
そうして、手で口元を覆いながら、そっぽを向く。
「おま……っほんと、お人好し過ぎんだろ」
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