狩人達と薔薇の家

紫陽花

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アルヴィス•トレバー

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「おい!落ち着け!やめろ!」

 アルの突然の行動を最初に止めに入ったのは、真後ろでその行動を一部始終見ていたギルだった。

 彼は哀れな女の首に食らいつくアルの両肩に手を置き、引き離そうとしていた。
 しかし離れようとせず、まるで餓えた獣のように血肉を食らうアル。

 見かねたレオも止めに入ろうと、一歩踏み出すと急にアルはピタリと動きを止めた。
 口に手を当て、苦しそうに呻きながらうなだれる彼を見て、頭をかきながらギルが声を掛ける。

「だからやめろって言っただろ……」

 そんなギルの声を聞きながら、座り込んで近くの排水口に嘔吐し始めたアル。
 レオは近くの棚に置かれていた、水のペットボトルを持ってアルに近づくと「口をすすげ」と言いながら手渡した。

 アルは少し震えている手でペットボトルを受けとると、血に汚れた口に水を注ぐ。
 しかし飲み込むことは出来ず、そのまま再度吐き出したアル。

「生で食うとこうなるんだよなぁ……」

「血液を飲みすぎたんだろ。あれは大量に摂取すると吐く」

 冷静に話をするギルとレオ。
 ギルは少し様子を見て、うずくまるアルの背中に片手を置いてから、落ち着かせるように

「お前なんかあったのか?……まあいい。今日はもう、戻って休め」

 と、言い聞かせるように話しだした。
 アルは肩で息をしながら「…ごめん」と小さい声で一言話し、ふらつきながら加工場を後にする。

 残されたのは2人の狩人と、恐怖の表情のまま息絶えた女。

 そして現実とは思えない現場を目の前で見せつけられた、拘束された男であった。

 加工場を出たアルは、冷たい夜風を感じながら家の中へと足を踏み入れる。
 口の中はもちろん、全身が嫌悪感に包まれていた。

 まるで逃げるようにバスルームに向かうアル。
 血の匂いが不愉快なのではない。
 噛みついた時に体に染み付いた、安物の香水の匂いと化粧の香りが、彼にとって吐き気を催すほどの不愉快だった。

 熱いシャワーを頭から浴びると、口から胸元にかけてベッタリと付着していた赤い液体が、水と混ざり足元を流れていく。
 それを瞬きもしないで彼は見つめていた。

 思い出すは、自分の昔。思い出したくもない過去。
 しかし、自分にとっての「生きがい」を見つけたきっかけでもある。


 ギルが加工場で指摘した通り、アルは南にある、海沿いの港町の出身だった。

 男たちの大半は船に乗り、女は陸で家を守りながら魚や貝の処理をしているような世界で彼は産まれ育った。

 しかし、どんな町にも例外はある。

 そしてアルの家がその例外であった。

 彼の母親は決して貞淑な妻でもなく、勤勉な労働者でもなかった。

 町の隅にあった小さなクラブのホステスをしていた母は、日々家事と仕事という激務に追われている他の女とは明らかに違う雰囲気をしていた。

 艶のあるブロンドをまとめ上げ、肉付きの良い体を見せつけるような洋服をまとい、甘ったるい安物の香水の香りを振りまくその姿は、田舎町では悪目立ちしており、それが周囲との不和を招く原因の1つにもなっていた。

 息子の彼から見ても、厚い化粧で誤魔化しているだけで決して美女ではない母だったが、女としての武器を使うのが上手く、人に、特に男に媚びることが特技のような人物。そんな女が彼の母だった。

 そして彼の父親も単なる船乗りではなかった。
 彼の父は、同じ船でも漁船ではなくコンテナ船で各地方を周っている船員であり、帰ってくるのは月に一週間あるかないかであった。

 たまに帰ってきた父はこちらに関心を示さず、黙って酒を飲んでいるような男で、アルは父から名前を呼ばれたことが殆どない。時たま息子に興味を持ったかと思えば、言いがかりをつけて彼の頭を拳で殴りつけていく。そんな男だった。

 父と母は帰ってきた初日だけは、さも夫婦らしく振る舞うが、奔放な母と粗暴な父が上手くいくはずがなく、翌日には言い争いの声が家に響いていた。

 アルは幼いころに、喧嘩の末、父に殴られた母に「なぜ父さんと結婚したの?」と聞いてみたことがあった。こんな夫婦だが、結婚当初は愛し合っていたのでは?という、淡い期待からの質問。

 しかし帰ってきたのは、「お前が腹に出来たから」という女の恨みがましいような声。

 そしてそんな母と自分を隣の部屋から、つまらない物の見るような目で見る男。

 そんな男女が、「アル」こと「アルヴィス•トレバー」の両親であった。

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