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第2章:謎の町にて

ニンゲンらしき人々

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「誰かいませんか」

 早朝に教会の扉を叩く音がする。
 誰かが呼んでいる。
 声は何とか聞き取れるくらいで、男なのか女なのか、いまいち判断ができなかった。

 エリーはまだ寝ているのだろうか。
 アンドロイドが寝るというのも不思議な話なんだけど。

 仕方なく僕は一人で入口の所へ行く。

 彼女との約束を思い出す。

〈誰が来てもついて行ってはいけない〉

 どういう事かは分からないけど、大事な事らしい。

「誰か!」

 また声がする。
 女の人の声だった。

 一体何の用だろう。

「誰もいないの?」

 声のトーンが落ちる。

 扉を叩く音も弱くなる。

「誰か……」

 今にも消えてなくなりそうな気がしたんだ。

「どうしたの?」

 僕は声を掛けていた。

 扉は開けない。

 開けてはいけない。

 閉めたままだったら、連れていかれる事はないから。

「いるのですか? そこにいるのですか?」

「だからどうしたの? アナタは誰?」

「私はこの町の者です。ここに救世主様がいらっしゃるとお聞きして参りました。どうか、お目通り願えますでしょうか?」

「救世主?」

「はい。我々をお救いくださる救世主様です」

「知らないよ。僕はそんな話、聞いた事もない。ただ……」

 あんまりペラペラ喋らない方が良いんじゃないか。
 そう感じて咄嗟に言葉を切る。

 でも、逆に相手は、僕を救世主か何かと勘違いしたようだった。

「もしかして、今お話なさってるあなた様が救世主様なのですか? そうなのですね?」

「いや、違うよ」

「そんな事はありません。私には分かります。ああ、救世主様。我々は何故ここから出る事が叶わないのでしょう。いつか、救世主様が救い出してくださるとしんじて生きてきました。この狭い世界に閉じ込められた我々を導いてくださる救世主様を、ずっと、待っていたのです……」

 閉じ込められた……?

 どういう事だろう。

「まずはこの扉を開けて、直接お話して頂けませんか?」

 うーん。

 エリーにはダメって言われたけど。

 このままずっと顔を合わさずに話すのも何だか悪いし……。

 ついて行ってはダメだけど、対面で話すくらいなら……。

 ギギギギギ……。

 扉を開ける。

 そこには身なりをきちんとした若い女性、その後ろに数人の男の人がいた。
 全員が大人の人だ。
 若い人、中年、老人、年齢は様々だが、全員間違いなく大人。僕くらいの年も人ももっと小さな子供もいない。

「こんなにたくさん来てたんですね」

「おお」

「あなたが……」

「救世主様!」

 皆が口々に言葉を発する。

 救世主?

 僕が?

 今まで世界に一人だけのニンゲンとして育てられてきたのは救世主になるためだったの?

「早く!」

 え?

「ここには悪魔がいるの」

「そうだ! 悪魔の研究をしてきた科学者が何やら怪しい研究をしてると聞いた」

「救世主様も怪しい研究の実験台にされてしまう!」

 まさか、そんな。

「あれはニンゲンでは無いよ。救世主様と一緒にいた女。あんなのを信じてはダメだ。我々と一緒に行こう」

 白髪の男が手を出してくる。

 僕は急に怖くなってきた。

 一体、何を信じたら良いんだろう。

 僕はわけが分からないまま、つい、本当につい、男の手を取ってしまう。

「さあ! 行きましょう」

 力強く手を引かれ、僕はとうとう外に出てしまう。

〈ついて行ってはいけない〉

 エリーの言葉が甦る。

 僕はこれからどこに行くのだろうか。

 そして彼らは何者なのだろうか。

「救世主様は我々を選ばれた!」

「とうとう私たちが救われる番だ」

「「「うおおおおおお!」」」

 大きな絶叫がうねり、人々の熱気が強さを増していく。

 ある者はラッパを吹き、ある者は太鼓を叩き、またある者は高らかに歌を歌う。

 まるで祭りの時みたいだ。

 山車を引く代わりに僕を中心にして人々が練り歩く。

 たくさんの人が僕らの行進を見ている。

 僕はどうなってしまうんだろう。
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