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五章……魔犬は月夜に鳴く

第29話:魔犬、ガルム

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 マルリダの町から北部に行くと大きな山がある。ファルーム山はヴァムフ山よりも広く標高が高い山だ。その分、魔物も多く潜んでいるためあまり人が寄り付くことはない。

 その山間にフルル族は住んでいた。よくこんな場所に住めるなと驚くが、彼らの習性上仕方ない。リス獣人などの獣人種は森や山を好み、木でできた家にしか住まない傾向があるため必然的に山や森に住むようになるのだ。

 危険は重々承知した上で暮らしいているので戦える者が見張りをし、村の周囲には鳴子などの罠が仕掛けられていた。

 立派に立つ木を利用した家は何処か可愛らしく、珍しい。周囲を見渡せば、リスの大きな尻尾が目に留まる。


「何処を見てもベスティアばかり!」
「獣人を見るのは初めてではないだろ」

 獣人はギルドにもいるので珍しいことではなかった。獣人と言っても見た目は人間で、耳と尻尾がついているだけだ。あまり変わりはないだろうと言うクラウスにブリュンヒルトは「リスの獣人さんは見るのが初めてで……」と返す。


「犬の獣人さんとか、猫の獣人さんは見るんですけどリスは見たことがなくて」
「リス獣人であるフルル族は山や森でひっそりと暮らすからあまり表に出てこないんだよ、ヒルデ」
「そうなんですか、フィリベルトさん」


 リス獣人のフルル族のような小動物タイプのベスティアは森や山を好むので、町に下りてくるものは少ないのだとフィリベルトは説明した。

 下りてきているベスティアももちろんいるのだが、数が少ないので他のベスティアほど見かけることはないようだ。


「なるほどー」


 ブリュンヒルトがそうなのかと話を聞いていると「こちらです」と黙って案内をしていた男が一軒の家で止まった。

 それはひと際大きな木に寄り添うように建てられた家で、周囲よりも立派なものだ。材質も他の村人の家と違い、頑丈な木材を使用しているだけでなく、岩でできた塀で囲まれていた。

 長老の家だと男は話して扉をノックする。中から声がして扉をあけると一人のこれまた小柄な年老いた男が出迎えてくれた。


「冒険者さんを連れてきました、長老」
「あぁ、助かったよ。キミは下がってなさい」


 長老は男にそう声をかけるとクラウスたちに近寄って頭を下げた。


「わざわざこんな辺鄙な場所まできてくださりありがとうございます。わしはここの長を務めさせていただいておるシルムと申します」

「クラウスだ。それで魔犬のことだが……」
「どうやらファルーム山から下りてきたようでしてな……」


 シルムは魔犬についてのことを話し出した。ここ最近、家畜が食い殺されることがあったので見張りを増やしたところ、魔犬が現れた。

 薄汚れた灰色の毛に赤い瞳を持つ牛ほどの大きさの狼のような魔犬は、鳴子を飛び越えながら駆けて家畜を狙った。戦える村人が応戦したのだが、その素早さに追い払うのがやっとだったという。


「灰色の毛に赤い瞳……」
「ガルムか」


 クラウスの呟きにフィリベルトは言う。ガルムとは灰色の毛に赤い瞳を持つ魔犬だ。大きさは最大で牛ほどになり、見た目は狼。目撃証言と一致する魔物であったので、クラウスもそれだろうと頷く。


「ガルムは中級と下級の境にいちする少々手ごわい魔物だ。牛ほどの大きさということは成熟期を迎えている。油断できない相手になる」

「俺たちのパーティなら倒せなくはないが……」
「前衛後衛の役割をしっかり決めておく必要があるな」


 一頭であるならば倒せなくはないが無策に行くべき相手ではないというフィリベルトの意見にクラウスも同意見だった。


「魔犬は何処へ逃げたか分かるか?」
「村を出て西のほうに……」


 クラウスの問いにシルムが答える。現れてからそれほど経っていないことを聞くに、まだその周辺にいるだろうと予測を立てた。

 ひとまず、役割を決めながら周辺を捜索してみることを提案したクラウスに、フィリベルトが「早いほうがいいからな」と異論はないように返した。


「オレもいいぜー」
「私も問題ありません!」
「長老、俺たちは魔犬の捜索を行う。村人にはあまり外に出ないように言ってくれ」
「わかりました」


 長老は深く頭を下げてクラウスたちを見送った。家を出たクラウスたちは村を歩きながら役割について相談する。


「アロイは援護に徹するべきだろうか」
「そうだな……ガルムは素早いが決して狙えないわけではない。我々の支援に回ってもらうのが良いだろうな」
「おっけー」
「あの、私は……」
「ブリュンヒルトは魔法で援護を。お前のその光は魔物の足を止めやすい」


 ブリュンヒルトの魔法、特に月女神の加護を持つ光は魔物の動きを止めやすく、サポートに向いている。状況によっては防御魔法を展開することもできるのでよいだろうとクラウスは判断した。

 フィリベルトもそれに異論はなく、ブリュンヒルトは前に出ず支援行動に努めてもらうほうがいいと付け足す。


「わ、わかりました。頑張ります!」
「クラウス、私は前に出てガルムの動きを固定するよう努めよう。お前は隙を狙ってくれ」
「あぁ、わかった」


 クラウスの動きならば隙を狙うことは可能だ。音を気配を呼吸すら感じさせないのだから行とことはできなくはない。奇襲を狙うほうがクラウスも動きやすいのでフィリベルトの指示には問題がなかった。


「なら……」
「だーかーらー! あたしはもう子供じゃないのー!」


 クラウスの言葉を遮るような大声が耳に入る。それは怒っている声音だったのでなんだろうかと見遣れば、一人の少女がいた。

 ブリュンヒルトよりも背の低い小柄な身体よりも大きいリスの尻尾がぶわりと膨らんでいる。ボブカットに切り揃えられた栗毛は少し跳ねていた。


「じいじは心配性すぎるのー!」
「そうは言っても……」
「あたしはギルドに登録している冒険者! 戦うことだってできるのよ!」


 少女の前に立つ神父姿の初老の男は困ったように眉を下げている。クラウスが立ち止まって見ているのに気づいた三人もその様子を窺う。


「グリムだって一緒なんだから問題ないわ!」
「お前ねぇ……いくら子供じゃないと言っても心配なのは変わらんよ」


 グリムと呼ばれた真っ黒な犬が少女の足元でワンっと鳴く、その瞳は赤かった。

(あれは……)

 クラウスが目を凝らして見ようとすると、少女は「もういいから!」と声を上げて走っていってしまった。黒い犬も彼女に着いていくようにいってしまう。


「喧嘩か?」
「冒険者と言っていた」
「え、あの子、冒険者なんですか!」


 ブリュンヒルトには幼い子供に見えたようで目を丸くさせている。子供がギルドに登録することはできないので、あの少女はそれなりの年齢なのだろう。クラウスは「見た目だけでは分からないこともある」と返した。


「フルル族は小柄な上に童顔でな。見た目じゃ分かりにくい種族なんだ、ヒルデ」
「ほへー、なるほど」
「おっさん物知りー」


 フィリベルトの説明にアロイとブリュンヒルトはへーと声を出す。クラウスは少女といた犬が気になったものの、依頼が先だと三人に「行こう」と言って再び歩き出した。

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