1 / 11
第一話 第二次ユトランド沖海戦(1)
しおりを挟む
■1941年5月
北海 ユトランド半島沖
今から25年前、ドイツが苦杯を舐めたあのユトランド沖海戦の時と同じように、この海域に英独の大艦隊が集結していた。
ドイツは対ソ連を前にイギリスの大陸侵攻能力を失わせるためイギリス本国艦隊の撃破を決意していた。一方のイギリスもドイツの本土進攻を恐れるあまりドイツ洋上戦力の撃滅を目論んでいる。
つまりは双方ともに明確に戦う意思を有していた訳である。再び大海戦が生起したのは必然であった。
前回の戦いでは性能が未熟だったレーダーも現在では恐ろしいほどに進化を遂げ、それを両軍の全艦が備えている。更に少数ながら空母を伴っているため索敵にも余念がない。
このため両軍は相思相愛の恋人たちのように過たず洋上で会敵を果たしていた。
ドイツはこの海戦に最新の戦艦4隻(ビスマルク、ティルピッツ、H級ウルリッヒ・フォン・フッテン、ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン)を投入している。
対するイギリスもR級5隻、ネルソン級2隻、巡洋戦艦3隻に加え、新型戦艦4隻(KGV、デューク・オブ・ヨーク、ライオン級ライオン、テメレーア)を投入していた。
見ての通り戦力は圧倒的にイギリス艦隊の方が上である。だがドイツ艦隊司令官ギュンター・リュッチェンス大将には勝算があった。
「目論見どおりですね、提督」
「そのようだな。敵が阿呆で助かったよ。それよりも私はネルソン提督に感謝すべきかな?」
副官の言葉にリュッチェンスは珍しく笑顔で応じる。
イギリスの戦艦部隊はせっかく用意した大戦力を集中出来ていなかった。最初こそは整然とまとまっていたのだが今では3つのグループに分かれ離れてしまっている。
R級とネルソン級は足が遅いため遥かかなたに置き去りにされていた。おそらくこの海戦には参加できないだろう。KGV級と恐るべきライオン級は一緒に戦隊を組んでいるが、こちらも速度の差から巡洋戦艦部隊と離れてしまっている。
偶然ではない。ドイツ側の方が全体的に足が速いからだった。その速度差を利用して、こうなるようにリュッチェンスが巧みに艦隊を機動させイギリス艦隊を引きずり回した結果だった。
イギリス海軍としてはネルソン提督から続く伝統の『見敵必戦』そのままの行動なのだろうが、それが当のネルソンをはじめ戦力の終結を妨げるという、イギリス艦隊にとっては誠に皮肉な状況となっていた。
その戦艦部隊の戦いは今まさに始まろとしていた所だが、先行する中小型艦や航空機の方では既に戦闘の火蓋が切られている。
「ホフマン少将の方も順調のようです。今のところ大きな損害もなく敵艦隊を拘束しています」
「小型戦艦と装甲艦の全てを与えたのだ。当然の結果だろう」
作戦がすべて思い通りに進んでいる事にリュッチェンスは満足げにうなずく。
当然ながら巡洋艦や駆逐艦もイギリスの方はるかに数が多い。このためリュッチェンスはクルト・ツェーザー・ホフマン少将の率いる軽快部隊にシャルンホルスト・グナイゼナウの小型戦艦とアドミラル・グラーフ・シュペー以下の装甲艦すべてを与えていた。
これらの艦は戦艦同士の戦いでは役に立たないだろうという判断だったが、巡洋艦や駆逐艦が相手ならば恐るべき戦力となる。そして目論見通りにホフマン少将は隻数差を覆して互角以上に戦いを進めているとのことだった。
艦隊上空では互いの戦闘機が激しい空戦を繰り広げている。その間隙を縫って爆弾や魚雷を抱えた攻撃機が飛び去って行く。
空母部隊は互いの空母を優先攻撃目標としているため敵機が戦艦に向かってくることはない。仮に来たところで自動対空砲の餌食になるのが関の山である。そもそも空母部隊には両軍とも索敵と落穂拾いの役割しか期待していない。
つまり、これから始まる戦艦同士の戦いを邪魔する不届き者は居ないということだ。
「楽しい宴になりそうだな」
リュッチェンスの頬が自然と緩む。
なぜドイツやイギリスががこれほどまでに巨大戦艦を建造しているのか、どうしてレーダーが進化し普及しているのか。
それは全て、今から34年前に起きた、ある豪華客船の悲劇に端を発していた。
【後書き】
次話よりレーダーやソナー発達の切っ掛けとなった海難事故とその影響をおおくりします。
北海 ユトランド半島沖
今から25年前、ドイツが苦杯を舐めたあのユトランド沖海戦の時と同じように、この海域に英独の大艦隊が集結していた。
ドイツは対ソ連を前にイギリスの大陸侵攻能力を失わせるためイギリス本国艦隊の撃破を決意していた。一方のイギリスもドイツの本土進攻を恐れるあまりドイツ洋上戦力の撃滅を目論んでいる。
つまりは双方ともに明確に戦う意思を有していた訳である。再び大海戦が生起したのは必然であった。
前回の戦いでは性能が未熟だったレーダーも現在では恐ろしいほどに進化を遂げ、それを両軍の全艦が備えている。更に少数ながら空母を伴っているため索敵にも余念がない。
このため両軍は相思相愛の恋人たちのように過たず洋上で会敵を果たしていた。
ドイツはこの海戦に最新の戦艦4隻(ビスマルク、ティルピッツ、H級ウルリッヒ・フォン・フッテン、ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン)を投入している。
対するイギリスもR級5隻、ネルソン級2隻、巡洋戦艦3隻に加え、新型戦艦4隻(KGV、デューク・オブ・ヨーク、ライオン級ライオン、テメレーア)を投入していた。
見ての通り戦力は圧倒的にイギリス艦隊の方が上である。だがドイツ艦隊司令官ギュンター・リュッチェンス大将には勝算があった。
「目論見どおりですね、提督」
「そのようだな。敵が阿呆で助かったよ。それよりも私はネルソン提督に感謝すべきかな?」
副官の言葉にリュッチェンスは珍しく笑顔で応じる。
イギリスの戦艦部隊はせっかく用意した大戦力を集中出来ていなかった。最初こそは整然とまとまっていたのだが今では3つのグループに分かれ離れてしまっている。
R級とネルソン級は足が遅いため遥かかなたに置き去りにされていた。おそらくこの海戦には参加できないだろう。KGV級と恐るべきライオン級は一緒に戦隊を組んでいるが、こちらも速度の差から巡洋戦艦部隊と離れてしまっている。
偶然ではない。ドイツ側の方が全体的に足が速いからだった。その速度差を利用して、こうなるようにリュッチェンスが巧みに艦隊を機動させイギリス艦隊を引きずり回した結果だった。
イギリス海軍としてはネルソン提督から続く伝統の『見敵必戦』そのままの行動なのだろうが、それが当のネルソンをはじめ戦力の終結を妨げるという、イギリス艦隊にとっては誠に皮肉な状況となっていた。
その戦艦部隊の戦いは今まさに始まろとしていた所だが、先行する中小型艦や航空機の方では既に戦闘の火蓋が切られている。
「ホフマン少将の方も順調のようです。今のところ大きな損害もなく敵艦隊を拘束しています」
「小型戦艦と装甲艦の全てを与えたのだ。当然の結果だろう」
作戦がすべて思い通りに進んでいる事にリュッチェンスは満足げにうなずく。
当然ながら巡洋艦や駆逐艦もイギリスの方はるかに数が多い。このためリュッチェンスはクルト・ツェーザー・ホフマン少将の率いる軽快部隊にシャルンホルスト・グナイゼナウの小型戦艦とアドミラル・グラーフ・シュペー以下の装甲艦すべてを与えていた。
これらの艦は戦艦同士の戦いでは役に立たないだろうという判断だったが、巡洋艦や駆逐艦が相手ならば恐るべき戦力となる。そして目論見通りにホフマン少将は隻数差を覆して互角以上に戦いを進めているとのことだった。
艦隊上空では互いの戦闘機が激しい空戦を繰り広げている。その間隙を縫って爆弾や魚雷を抱えた攻撃機が飛び去って行く。
空母部隊は互いの空母を優先攻撃目標としているため敵機が戦艦に向かってくることはない。仮に来たところで自動対空砲の餌食になるのが関の山である。そもそも空母部隊には両軍とも索敵と落穂拾いの役割しか期待していない。
つまり、これから始まる戦艦同士の戦いを邪魔する不届き者は居ないということだ。
「楽しい宴になりそうだな」
リュッチェンスの頬が自然と緩む。
なぜドイツやイギリスががこれほどまでに巨大戦艦を建造しているのか、どうしてレーダーが進化し普及しているのか。
それは全て、今から34年前に起きた、ある豪華客船の悲劇に端を発していた。
【後書き】
次話よりレーダーやソナー発達の切っ掛けとなった海難事故とその影響をおおくりします。
42
あなたにおすすめの小説
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
カミカゼ
キリン
ファンタジー
1955年。第二次世界大戦にて連合国軍に敗北した大和帝国は、突如現れた『天使』と呼ばれる機械の化け物との戦争を余儀なくされていた。
GHQの占領政策により保護国となった大和帝国は、”対『天使』の防波堤”として戦い続けている。……受け続ける占領支配、利益なき戦争を続けたことで生まれた”失われた十年”は、必ず取り戻さねばならない。
「この国には力が必要なんだ。もう、誰にも何も奪われないための……守るための力が」
「そのために、ならねばならないのだ。俺は」
「この国を救う、”神風”に」
──これは、神国”大和”を真なる《勝利》へと導いた、未来へ駆け抜ける神風の物語──
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
異聞第二次世界大戦 大東亜の華と散れ
みにみ
歴史・時代
1939年に世界大戦が起きなかった世界で
1946年12月、日独伊枢軸国が突如宣戦布告!
ジェット機と進化した電子機器が飛び交う大戦が開幕。
真珠湾奇襲、仏独占領。史実の計画兵器が猛威を振るう中、世界は新たな戦争の局面を迎える。
征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~
蒼 飛雲
歴史・時代
ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。
その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。
そして、昭和一六年一二月八日。
日本は米英蘭に対して宣戦を布告。
未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。
多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる