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5章 甘いもの、苦いもの、唯一自分で選べるもの
甘いもの、苦いもの、唯一自分で選べるもの#7
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「あのさ、りっちゃんは僕のことどう思ってる?」
「な……今そんな話じゃなかったよね?」
「大枠で捉えれば同居解消にも関わる話だよ。で、どう思ってる? 僕と暮らすの嫌だ?」
「そんなわけないだろ……ずっと一緒に住んでいたいって、さっきも話したじゃないか。昴は、僕にとって誰より一番大切な友達だよ。だけど、三年国外に出なきゃいけないのは確定なわけで……それに僕、もう三十歳だし……」
予想だにしなかったゴネ方にたじろいだ。ソファに座ったまま身を乗り出して昴が近づき、あれこれと理由を述べながら上体を後ろに反らす。
「本当はイヴに言うつもりだったけど、やっぱり今言う。僕はずーっと、友達以上になりたいと思ってる。僕はりっちゃんのことが好き。愛してる。恋愛的な意味でね」
「へっ……?」
畳みかけるように一気に言われ、あんぐりと口が開く。まっすぐ見つめてくる昴の面持ちは心底真面目で、だけど緊張しているようにも見えた。
「……だから、さっきは僕『疚しいことなんてない』って言ったけど、同居が疚しいことと言われたら疚しいことなんだよなあ。僕の方は、そういう想いな訳でさ」
苦笑しながらそう言われ、動揺して目が泳ぐ。昴の顔が見られない。泳いだ視線を手元に落とした。
「えっ……と、その……ごめん。突然で、なんて言って良いのか、分からない」
こちらが何かを変えようと踏み出せば、昴だって変えようとしてくるだろう。そんな単純なことに今更気付く。昴に踏み込まれた時にどうしようかなんて、考えていなかった。
「今すぐ返事が欲しい、とか言わないから、もうちょっと聞いて。今すぐ返事が欲しいなんて言ったら、この場で振られそうだし。そうしたら僕、どどっ暗い顔でクリスマスコンサートに挑まないといけなくなっちゃうから」
自身の手を見つめる視界に、昴の手が横から伸びて入り込む。手の甲の上にそっと手が重なった。
「初めて逢った日から、りっちゃんのことがずっと好きだよ。大好き。十五歳の僕の初恋で、二十七歳の今までずーっと、りっちゃんは僕にとってたったひとりの、終わらない初恋の人」
重ねた上から、きゅっと手を軽く握られる。昴の気持ちなんてとっくに分かってる。なのに、茹で上がるように顏が熱く感じた。
「だからさ、僕は三年離れるくらいどうってことないよ。りっちゃんが大学院に進学した時だって二年離れてたじゃん。あの時は渾身の告白をスルーされて相当凹んで……離れてるうちに君に釣り合えるようになろうって、結果出すために頑張ったなあ。懐かしいや」
昴はそこまで言うと一呼吸置いて、言葉を続けた。
「子どもは、誰のもとに生まれるかって選べないよね。親だって、どういう子が良いとか選べないでしょ。だけど、好きな人、これからの人生を一緒に生きていきたい人は、唯一自分で選べるものだって思ってる。僕はこれからも、生涯りっちゃんと生きていきたい。どうしたって、りっちゃんじゃなきゃ――藤原理月じゃなきゃ、ダメなんだ」
そう言われ、手元から視線を上げた。視線がぱちりと交差する。見遣った昴の顔は真剣で、深い琥珀色をした澄んだ瞳で理月を射貫くように見詰めていた。
この目で見詰めて強請られると、何でも聞いてやりたくなる。けれど、瞳に吸い込まれそうになりながらもぐっと堪えて言葉を絞り出す。
「生涯、昴と生きていきたいのは僕もそうだよ。だけどこれからも友達として――」
「あっ、無し無し。それ以上言うの無し。返事はコンサートの後にして。もう恥も外聞もないから僕は言うけど、いつも通りスルーで聞いて」
慌てた昴に口元を手の平で覆われて、無理矢理言葉を遮られる。いつものんびり穏やかな調子だから、こんなに焦って必死になっている昴を見るのは長い付き合いでも初めてだ。申し訳なく思う気持ちもあれど、ちょっと面白くなってきてしまう。
「りっちゃんが、跡継ぎって役目をずっと頑張ってるのは分かってる。跡継ぎとしての責任があるから、僕の気持ちを伝えたら負担になるだろうってことも。だから僕のワガママって分かってるけど、ワガママ言わせて。僕は、りっちゃんが他の誰かのものになるのは絶対嫌だ。友達のままで同居解消したらさ、駐在行って帰ってきた時、僕じゃない誰かと適当に結婚決めちゃうでしょ。そんなの絶対嫌だ。りっちゃんの遺伝子が後世に残るのはそりゃあ素晴らしいことだろうけど、僕はそれより、りっちゃんが欲しい。一生涯、りっちゃんの一番近くに居るのは僕じゃなきゃ嫌だ」
理月だって無責任な本音で言えば、昴に理月以外の誰かを選んでほしくなんかない。昴の遺伝子が後世に残るのは素晴らしいことだろうけれど、そんなことより昴が欲しい。だから言い分はよく分かる。
けれどこうも真っ向から必死に嫌だ嫌だとゴネられるとやっぱり可笑しくなってきて、思わず「ふはっ!」と声を上げて笑ってしまった。
「……昴、イタリアで一回り成長して、大人になって、カッコよくなって戻って来たんじゃなかった?」
「駄々捏ねればりっちゃんが僕を選んでくれるって言うならいくらでも駄々捏ねられるよ。ホントはカッコよくスマートな大人っぽい告白がしたかったのに、りっちゃんが急に同居解消とか言い出すから焦って言っちゃったじゃん。だから今度、告白やり直させて。何度だって、りっちゃんのことが好きだって、愛してるって言わせてほしい」
口を尖らせてそう言われ、余計に笑えてきてしまう。昴は心底可愛くて、そのうえとびきり格好良い。冗談めかしたような本気の告白が昴らしくて、愛おしくて仕方ない。
「あははっ、そっか……そっか。昴は凄いな。ポジティブっていうか……僕に無いものがある」
「それって褒めてる?」
「すっごく褒めてる」
言い出すまで沈んでいた気持ちがおかげさまで明るくされてしまった。断固たる決意で臨んだつもりだったのに、まさか笑わされることになるとは思ってもみなかった。
「前向きに検討してね。イヴの夜、良い返事がもらえたら嬉しいな」
イヴまでは、丁度あと二週間だ。分かった、とだけ言って頷き、目を細めた。
「今すぐ返事しちゃダメってことだし……ねえ、昴、何か弾かない? 連弾しようよ。まだ米が炊けるまで少し時間あるだろ。米が炊けたら、一緒におにぎり作ろう」
「僕、ついさっき恋愛的に君のことが好きだって告白したんだけど……そういう目で見てるやつの部屋に自分から行こうって言うの、大丈夫なの? あんまりにも危機感無くて心配なんだけど。りっちゃんって僕のこと、犬とか幼稚園児だと思ってない?」
昴は片眉を上げ、呆れたように眉を顰めて口唇をツンと尖らせる。理月は喉をくつくつ鳴らし、笑いながらソファから立ちあがった。
「昴にそんな強引なことが出来るなら、十二年も初恋大事にしてないんじゃない? 昴はすっごく優しいし、僕が嫌がるようなことはしないだろ。何か楽しい曲でも一緒に弾こう」
「はぁ……生殺しっていうか、飼い慣らしっていうか。りっちゃんはいつもそうなんだからなぁー……」
そう言いながら昴もソファから立ち上がり、肩を並べて歩き出す。
がらりとリビングの扉を開けて、二人防音室へと赴いた。
「な……今そんな話じゃなかったよね?」
「大枠で捉えれば同居解消にも関わる話だよ。で、どう思ってる? 僕と暮らすの嫌だ?」
「そんなわけないだろ……ずっと一緒に住んでいたいって、さっきも話したじゃないか。昴は、僕にとって誰より一番大切な友達だよ。だけど、三年国外に出なきゃいけないのは確定なわけで……それに僕、もう三十歳だし……」
予想だにしなかったゴネ方にたじろいだ。ソファに座ったまま身を乗り出して昴が近づき、あれこれと理由を述べながら上体を後ろに反らす。
「本当はイヴに言うつもりだったけど、やっぱり今言う。僕はずーっと、友達以上になりたいと思ってる。僕はりっちゃんのことが好き。愛してる。恋愛的な意味でね」
「へっ……?」
畳みかけるように一気に言われ、あんぐりと口が開く。まっすぐ見つめてくる昴の面持ちは心底真面目で、だけど緊張しているようにも見えた。
「……だから、さっきは僕『疚しいことなんてない』って言ったけど、同居が疚しいことと言われたら疚しいことなんだよなあ。僕の方は、そういう想いな訳でさ」
苦笑しながらそう言われ、動揺して目が泳ぐ。昴の顔が見られない。泳いだ視線を手元に落とした。
「えっ……と、その……ごめん。突然で、なんて言って良いのか、分からない」
こちらが何かを変えようと踏み出せば、昴だって変えようとしてくるだろう。そんな単純なことに今更気付く。昴に踏み込まれた時にどうしようかなんて、考えていなかった。
「今すぐ返事が欲しい、とか言わないから、もうちょっと聞いて。今すぐ返事が欲しいなんて言ったら、この場で振られそうだし。そうしたら僕、どどっ暗い顔でクリスマスコンサートに挑まないといけなくなっちゃうから」
自身の手を見つめる視界に、昴の手が横から伸びて入り込む。手の甲の上にそっと手が重なった。
「初めて逢った日から、りっちゃんのことがずっと好きだよ。大好き。十五歳の僕の初恋で、二十七歳の今までずーっと、りっちゃんは僕にとってたったひとりの、終わらない初恋の人」
重ねた上から、きゅっと手を軽く握られる。昴の気持ちなんてとっくに分かってる。なのに、茹で上がるように顏が熱く感じた。
「だからさ、僕は三年離れるくらいどうってことないよ。りっちゃんが大学院に進学した時だって二年離れてたじゃん。あの時は渾身の告白をスルーされて相当凹んで……離れてるうちに君に釣り合えるようになろうって、結果出すために頑張ったなあ。懐かしいや」
昴はそこまで言うと一呼吸置いて、言葉を続けた。
「子どもは、誰のもとに生まれるかって選べないよね。親だって、どういう子が良いとか選べないでしょ。だけど、好きな人、これからの人生を一緒に生きていきたい人は、唯一自分で選べるものだって思ってる。僕はこれからも、生涯りっちゃんと生きていきたい。どうしたって、りっちゃんじゃなきゃ――藤原理月じゃなきゃ、ダメなんだ」
そう言われ、手元から視線を上げた。視線がぱちりと交差する。見遣った昴の顔は真剣で、深い琥珀色をした澄んだ瞳で理月を射貫くように見詰めていた。
この目で見詰めて強請られると、何でも聞いてやりたくなる。けれど、瞳に吸い込まれそうになりながらもぐっと堪えて言葉を絞り出す。
「生涯、昴と生きていきたいのは僕もそうだよ。だけどこれからも友達として――」
「あっ、無し無し。それ以上言うの無し。返事はコンサートの後にして。もう恥も外聞もないから僕は言うけど、いつも通りスルーで聞いて」
慌てた昴に口元を手の平で覆われて、無理矢理言葉を遮られる。いつものんびり穏やかな調子だから、こんなに焦って必死になっている昴を見るのは長い付き合いでも初めてだ。申し訳なく思う気持ちもあれど、ちょっと面白くなってきてしまう。
「りっちゃんが、跡継ぎって役目をずっと頑張ってるのは分かってる。跡継ぎとしての責任があるから、僕の気持ちを伝えたら負担になるだろうってことも。だから僕のワガママって分かってるけど、ワガママ言わせて。僕は、りっちゃんが他の誰かのものになるのは絶対嫌だ。友達のままで同居解消したらさ、駐在行って帰ってきた時、僕じゃない誰かと適当に結婚決めちゃうでしょ。そんなの絶対嫌だ。りっちゃんの遺伝子が後世に残るのはそりゃあ素晴らしいことだろうけど、僕はそれより、りっちゃんが欲しい。一生涯、りっちゃんの一番近くに居るのは僕じゃなきゃ嫌だ」
理月だって無責任な本音で言えば、昴に理月以外の誰かを選んでほしくなんかない。昴の遺伝子が後世に残るのは素晴らしいことだろうけれど、そんなことより昴が欲しい。だから言い分はよく分かる。
けれどこうも真っ向から必死に嫌だ嫌だとゴネられるとやっぱり可笑しくなってきて、思わず「ふはっ!」と声を上げて笑ってしまった。
「……昴、イタリアで一回り成長して、大人になって、カッコよくなって戻って来たんじゃなかった?」
「駄々捏ねればりっちゃんが僕を選んでくれるって言うならいくらでも駄々捏ねられるよ。ホントはカッコよくスマートな大人っぽい告白がしたかったのに、りっちゃんが急に同居解消とか言い出すから焦って言っちゃったじゃん。だから今度、告白やり直させて。何度だって、りっちゃんのことが好きだって、愛してるって言わせてほしい」
口を尖らせてそう言われ、余計に笑えてきてしまう。昴は心底可愛くて、そのうえとびきり格好良い。冗談めかしたような本気の告白が昴らしくて、愛おしくて仕方ない。
「あははっ、そっか……そっか。昴は凄いな。ポジティブっていうか……僕に無いものがある」
「それって褒めてる?」
「すっごく褒めてる」
言い出すまで沈んでいた気持ちがおかげさまで明るくされてしまった。断固たる決意で臨んだつもりだったのに、まさか笑わされることになるとは思ってもみなかった。
「前向きに検討してね。イヴの夜、良い返事がもらえたら嬉しいな」
イヴまでは、丁度あと二週間だ。分かった、とだけ言って頷き、目を細めた。
「今すぐ返事しちゃダメってことだし……ねえ、昴、何か弾かない? 連弾しようよ。まだ米が炊けるまで少し時間あるだろ。米が炊けたら、一緒におにぎり作ろう」
「僕、ついさっき恋愛的に君のことが好きだって告白したんだけど……そういう目で見てるやつの部屋に自分から行こうって言うの、大丈夫なの? あんまりにも危機感無くて心配なんだけど。りっちゃんって僕のこと、犬とか幼稚園児だと思ってない?」
昴は片眉を上げ、呆れたように眉を顰めて口唇をツンと尖らせる。理月は喉をくつくつ鳴らし、笑いながらソファから立ちあがった。
「昴にそんな強引なことが出来るなら、十二年も初恋大事にしてないんじゃない? 昴はすっごく優しいし、僕が嫌がるようなことはしないだろ。何か楽しい曲でも一緒に弾こう」
「はぁ……生殺しっていうか、飼い慣らしっていうか。りっちゃんはいつもそうなんだからなぁー……」
そう言いながら昴もソファから立ち上がり、肩を並べて歩き出す。
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