千物語

松田 かおる

文字の大きさ
3 / 94

明日と今日と昨日

しおりを挟む
「ねぇ。もし、『明日世界が滅びる』ってわかったら、あなたどうする?」

彼女はちょっといたずらっぽい笑顔を浮かべて、そんな事を聞いてきた。
「リンゴの木を植え続ける」
僕がそう答えると、彼女は
「ルターね?神々しいわね」
と、少し驚いたような表情を見せた。
「まぁ僕はリンゴ農家じゃないから木は植えられないけれど、そのくらい『いつも通り』に過ごしたいかな」
そう言うと、彼女は小さく頷きながら
「そうよねぇ、自分で言っておいてなんだけど、いきなり『明日』なんて言われても、どうしようもないものね」
と同意してくれた。

夜更けのバーで話すにしてはちょっと物騒な話題かもしれないけれど、こういう他愛ない会話を交わせる事が一番の幸せなんだろうな…と、改めて感じる。

「じゃあ、君はどうする?」
僕が聞くと、彼女は少しだけ考えて
「うーん…わたしもあなたと同じかな。『いつも通り』に過ごしていたいかも」
そう答えるとグラスのカクテルを飲み干し、
「マスター、お代わり」
とカウンターの向こうに声をかけた。

「マスターはどうする?明日世界が滅びるってわかったら」
彼女が話を振ると、マスターはお代わりを出しながら
「今日よりおいしいカクテルを作れるよう、腕を磨きます」
と落ち着いた声で答えてくれた。

「あ、さっきのよりおいしい」
お代わりのカクテルをひとくち飲んで、感心したように彼女が言うと、
「恐縮です」
マスターもうやうやしく返事を返してくれる。

実際、こんなものなのだろうな。
慌てたり、じたばたしたところでどうしようもない事だし、こうして「何気ない普通の日」を過ごしながら終わるのも悪くない。
僕も飲み干したグラスを差し出し、
「僕にもお代わりを」
とマスターに告げる。

ほどなくして僕の分のお代わりが目の前に差し出され、ひとくち。
「あ、本当だ。さっきよりおいしく感じる」
素直に感想を言うと、マスターは
「それは何よりです。これで安心して明日を迎えられます」
と、ほんの少し笑みを浮かべながら応えてくれた。


「そうだ、おいしいカクテルを作ってくれたマスターに、いい事教えてあげる。あなたも聞いて?」
突然彼女が、マスターと僕の顔を交互に見ながら言った。
「いい事?」
僕が聞くと、彼女はほんの一瞬真面目な顔になって、マスターと僕にだけ聞こえるような小さな声で、
「内緒の話ね?実はね、世界は昨日滅んでいたの」
と言うと、いつもよりいたずらっぽい笑みを浮かべ、くすくすと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...