千物語

松田 かおる

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酔いどれ天使

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…え?
「どこかで会ったことがあるか?」って?
ふふ…ずいぶんと古い手でナンパしてくるんだねぇ。
なんだか気に入ったよ。

で、どうしてあたしなんかに声をかけてきたんだい?
…「何か辛そうな顔をしていたから」?
顔に出ちまうなんて、あたしもまだまだだね。
その通りさ、実は仕事でちょっとあってね。

あたしの仕事?
あたしの仕事は「天使」さ。
そう、恋人同士をくっつける「愛のキューピッド」。

そんな天使だって、酒くらいは飲むさ。
「それにしてはずいぶんと乱暴な飲み方をしている」?
まったく、一体いつから見てたんだい、あんたは。
ま、でもそうなるのも無理ないんだけどね…
ここで会ったのも何かの縁だ、少し酔っぱらいの愚痴を聞いてくれるかい?

…うれしいねぇ、ありがとうよ。


実はさ、あたしがくっつけた恋人同士が別れることが最近増えててね。
それでちょっと落ち込んでいた…というか、へこんでたんだよね。

あたしの仕事は「二人をくっつけるまで」で、そこから先はノータッチ。
だからあとあと二人が別れるようなことになっても、あたしは何もすることができないのさ。
それに自分が一度担当した人間は、もう二度と関わることができないんだよ。
「情が移るかもしれない」とかいう理由なんだとさ。
だから、本当に何もできないんだよ。

ちょっと想像してごらん?
左手の小指から垂れている赤い糸が、「ちぎれて風に揺れている」のを見ちまった時をさ。
もちろん、そうなったのはあたしのせいじゃないんだろうけどさ。
でもなんていうかな、こう…虚しいというか、無力感?みたいなものを感じちまうんだよね。
確かに糸がちぎれても、また新しく他の相手とつながることだってあるから、ここまでへこむ必要なんてないんだけどね。
でも、「せっかく一緒になったのに別れるなんて」って考えちまってさ…
ついついこうして、酒を飲んで気を紛らわそうとしてるってわけさ。


はは…つまらない話を聞かせちまったね、ごめんよ。
でもこうして話を聞いてもらえて、少し気分が軽くなったよ。
ありがとうね。



さ、これ以上グチグチしちまわない前に、あたしは失礼するよ。
話を聞いてくれたお礼にさ、その一杯はあたしからおごらせてもらうよ。

もしまたどこかで会うことがあったら、その時は一緒に笑いながら飲もうじゃないか。
それまでにあんたのちぎれた糸も、他の新しい誰かとつながっているといいね。
微力ながら祈らせてもらうよ。


…じゃあ、その時までまたね。
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