千物語

松田 かおる

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わたしはだあれ?

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私はある企業で、受付業務をしている。
会社の「顔」ともいえるため、業務中は一瞬も気を抜くことができず、緊張の連続だ。
それは勤務中に限らず、私生活でも「会社の顔」としての行動を望まれている。
普段の立ち居振る舞いは言うまでもなく、SNSなどの「ネット関係」でも不用意な言動を差し控えるよう、結構強く言い渡されている。

そんな生活では息が詰まってしまうので、本当はよくないけどSNSで「裏アカウント」を使ってストレスを吐き出させてもらっている。
もちろん言いたいことをそのままつぶやいたりはせず、「フェイク情報」を取り混ぜている。
身分がばれるリスクは避けたいので、フォロワーはいるけれどこちらからのフォローは行なわない。
おかげで「フォロワー多数、フォロー0」という、いびつなアカウントになっている。



「最近辛口じゃない?」
ランチを一緒にした同僚から、そんなことを言われた。
「ランチがおいしくなかったことの感想が、かなりきつかった」のだそうだ。
「そうかしら?そんなことないと思うけどなぁ」
「自分で気づいていないかもしれないけど、きつかったよ?」
「うーん、じゃあ気を付けないとね」
そう返したものの、私が感じたことを言っただけなのだから、あまり目くじらを立てることもないと思う。



「何を考えているの!?」
ある日の業務中、受付の隣に座っている先輩に突然控室に引っ張りこまれ、物凄い形相で怒鳴られた。
何が起こったのか解らないままでいると、
「お客様に何て言ったか、気づいてないの?」
と先輩。
いつもと同じく『いらっしゃいませ』と出迎えたつもりだけど、開口一番に
「悪趣味なネクタイを締めてるわね」
と言ったそうだ。
…全く身に覚えがない…

先輩は大きくため息をつくと、私に早退するよう命じた。
私は言われるままに早退し、身支度をしに洗面所へと向かった。

一体どうしてしまったのだろう。
「表」と「裏」の区別がつかなくなっている?
そんなことをぼんやり考えていると、
「何を言ってるの?さっきのあなたが本当のあなたの姿じゃない」
という声が聞こえた。

周りを見ても誰もいない。
どうやらその声は、私が無意識のうちに発していたようだ。

改めて鏡を見ると、そこにはとても卑しい笑顔を浮かべる私がいた。
まるで自分ではないようだ。
その顔を見て思わず、
「…あなたはだあれ?わたしはだあれ?」
問いかけてみたけど鏡の中の私は何も答えず、卑しい笑顔を浮かべているだけだった。
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