千物語

松田 かおる

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私とわたし

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「それじゃあ今日の配信はここまで!次の配信までまたね!」
わたしはそう言うと[配信終了]のボタンをクリックして、配信を終了した。

私は今「Vtuber」として、週に一度ライブ配信をしている。
とは言っても専業ではなく、会社員との「二足のわらじ」状態ではあるけれども。
私がライブ配信をしていることは、仕事先の同僚や友人たちにも秘密にしている。
「恥ずかしい」というのが大きな理由で、普段の私からは想像がつかないほど「正反対のキャラ」を演じているためでもある。
なので、本名からは全く想像がつかない別名やアバターも使って、私のことが決してばれないように細心の注意を払っている。
配信の時は普段の自分では言えないことをライブ配信で発言していることが多いのだけれど、それはそれでリスナーにはおおむね好評でちょっと嬉しかったりする。
「私」とは別の「わたし」を演じるのも、少しスリリングで悪くないかもしれない。

そんな生活を送ってしばらくした頃、
「最近、雰囲気が変わったね」
と、職場の上司に言われた。
上司曰く
「今までは少し『暗い』雰囲気があったけど、最近は少し人が変わったようにも感じられてね…あ、決して悪い意味じゃなくてね?」
とのこと。
特に意識していなかったけれど、ライブ配信のキャラの影響が出てきているのかな…
どこから正体がばれるかわからないから、この辺は少し気を付けないと。



「お客様、ご記入されたお名前が違うようですが…」
…しまった、ミスった。

ある日のこと。
買い物をしてカードで決済しようとしたところ、あろうことか明細の署名欄に「Vtuber名」を記入してしまった。
買い物で少しテンションが上がったこともあって、「Vtuberキャラ」に寄せられてしまったのかもしれない。
おかげでお店にカード詐欺を疑われてしまい、改めて「本名の私」の身分を証明する羽目になってしまった。

他にも職場での電話の時、危うく「Vtuber名」で名乗りそうになったりもした。

このままではいつか大きなミスをしてしまうかもしれない。
どうすればいいだろう…

ライブ配信をやめて、今までの「私」に戻るか。
Vtuberの「わたし」を実生活で受け入れて、折り合いをつけるか。

どちらも同じ「自分」なのだから、もしかしたら正解は出ないのかもしれない。


でもリスナーは配信を待っている。
そんなことを考えながら、今週もパソコンの前に座って[配信開始]ボタンをクリックする…
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