千物語

松田 かおる

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一番近くて、一番遠い

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僕の家の隣には、少し年の離れたお姉さんが住んでいる。
僕が小さい頃から家族ぐるみでお付き合いがあるので、僕はお姉さんのことを「おねぇ」と呼んでいる。
「おねぇ」は年の離れた僕のことを弟のようにかわいがってくれて、僕も「おねぇ」に甘えて育ってきた。
幼稚園、小学校、中学校と年を重ねても、「おねぇ」は毎朝僕と一緒に通園、通学に付き添ってくれた。

僕が高校に入学した年、「おねぇ」は就職した。
それでも「おねぇ」の出勤時間が一緒になる朝は、それまでと変わらず一緒に駅までの道を歩いていた。

その頃になると、僕は「おねぇ」に特別な感情を抱き始めていた。
「少し年の離れたお姉さん」ではなく、「一人の女性」として意識し始めたのだ。

「おねぇ」のことを考えると胸の奥がざわざわする…というか、落ち着かない気持ちになることが増えてきた。
もしかしたら、これが「恋」なのかもしれない…
そう頭の片隅で思うようになってきた。
そしてその気持ちは僕の中で日増しに強くなり、「どうすれば『おねぇ』ともっと親密になれるだろう」と考えるようになった。

そんなある日の晩。
僕が家のベランダでぼんやりとしていると、隣の家の「おねぇ」の部屋に電気がともった。
仕事から帰ってきたのだろう。
でも、少し様子が違うのに僕はすぐ気づいた。
いつもなら部屋のカーテンをすぐ閉めるのに、今日に限ってはカーテンも閉めず、部屋の真ん中で立ったままだった。
よく見たら目元が少し腫れている。
もしかして、泣いているのかな?
何があったのか気になったし、何より「おねぇ」には笑っていてほしかった。
何でもいい、慰めようとスマホを手に取って電話をかけようとしたら一瞬差で着信があったようで、「おねぇ」が電話を取った。

しばらくはうつむいて話していたけど、次第に顔を上に向け、やがて笑顔さえ浮かべ始めてきた。

それを見たとき、僕は直感した。
…あぁ、「おねぇ」には「大事な人」がいて、そして今はその「大事な人」が慰めてくれているのだろう、と。

きっと僕にもあんな笑顔を浮かべさせることはできるけど、多分それは「お姉さんとしての気遣い」の笑顔なのだろう。
僕では、あんな風に笑わせることはできない。

僕にとっての「おねぇ」は、手が届きそうなほど近いのに決して手が届くことがない、遠い存在なのだと痛感した。



笑顔で話し続けている「あの人」を見ていた僕はいたたまれない気分になり、部屋に戻ってカーテンを閉めた。
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