千物語

松田 かおる

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待ち合わせ

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「お待たせしました。ホットコーヒー二つになります」
あたしはそう言うと、一つを座っている女性の前に、そうしてもう一つをテーブルの向かい側に置く。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言いながら軽く女性に会釈をすると、女性も軽く会釈を返してくれた。



コーヒーを出し終わってカウンターに戻ったあたしは、
「ねぇマスター。どうしてあの人、いつもコーヒー二つ頼むんです?一つは飲まないまま帰っちゃうし」
前から感じていた疑問を、カウンターの向こうにいるマスターへぶつけてみた。
マスターは他のお客様や話題の主に気を使ってか、少し小声で
「あの人ね…前は男性と二人で来てたんだけど、2年くらい前だったかな…その頃から一人で来るようになって、その時からコーヒーを二つ頼むようになったんだよ」
と教えてくれた。
…あたしがここで働き始める前からそうだったんだ…
「ふーん、その人って『彼氏さん』なんですかねぇ?どうして一緒に来なくなっちゃったんでしょうね?」
さらに素直な疑問をぶつけてみたけど、
「さすがにお客様のプライベートなことになるから、僕にはわからないなぁ。聞くつもりもないしね」
と、なんともそっけない答えが返ってきた。
そりゃそうか、こっちから聞くような話でもないし、あの人も自分のことをべらべらしゃべるような感じじゃなさそうだし…
「もしかして、ずっと待ち合わせの約束でもしてるのかもしれないね」
「あー、なるほど」
あたしはその答えに妙に納得して、仕事に戻った。



「お冷をお注ぎしまぁす」
例の女性のテーブルを回って、お冷を注ぐついでにコーヒーの残りをちらっと確認してみる。
女性の方のコーヒーは半分くらい残っていたけど、反対側の分は全然減っていなかった。
『…こりゃ、今日も冷めたコーヒーが残るかな…』
何となくそんなことを考えていると、
カランカラン…
入口のドアの開く音がした。
新しいお客様の来店だ。

あたしはその場で入口の方に顔を向けて、
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
と、人数を確認する声をかける。
すると店に入ってきた男性は、
「あ、『待ち合わせ』です」
すかさず答える。
その時、背中を向けてその声を聞いていた例の女性が、視界の隅で一瞬体をこわばらせたように見えた。
男性は少し店内を見まわすと、
「あー、いましたいました」
そう言いながら、一直線に例の女性のテーブルの方に足を進めて…


彼女の席の奥のテーブルに座っている、別の女性客の方に向かっていった。
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